光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜








「「アニキ――!!」」
「思ったより元気そうだな」
「翔!剣山!それにエドまで!」
 一人ベッドの上でデッキを組むことにも飽きて来た頃、何の前触れもなく訪れた友人達にテンションが上がる。そんな俺を見て安堵の表情を浮かべ、いつもの調子で俺に抱きついて来る翔と剣山に、エドがいつもの呆れた眼差しを向けている。
「目を覚ましてよかったよ、アニキ〜〜〜ッ!」
「本当だドン!心配で夜も眠れず、飯も喉を通らなかったザウルス〜ッ!」
「剣山くん、君、DA時代アニキが行方不明になった時も、そんなこと言ながらぐっすり寝て満腹に食べてたよね〜」
「丸藤先輩うるさいドン!」
「心配かけちまったみたいで悪かったな〜。それにしても、なんか妙な感じだ……」
「妙?」
「翔達に会うのすっげぇ久しぶりな気がするぜ〜」
 そう言うと、翔と剣山は互いを窺うように顔を見合わせたが、すぐにいつもの調子で「気がするんじゃなくて、本当に久しぶりなんだよ〜」と返してくれた。だから俺もその言葉に甘えて、頭を掻きながら、今、自分の置かれてる状況をそのまま口にした。
「そうなんだよな〜。俺、ここ数年のことすっかり忘れちまっててさぁ〜」
 そのことに困っているのかいないのか、正直俺にもよくわからなかった。




 turn.2 失くしたはずの日常




「えええええ!アニキが記憶喪失!?」
 アニキの意識が戻ったとの知らせを聞いて、すっ飛んで来た僕を待ち受けていた現実は、あいかわらずすっ飛んでいた。まぁ、いつものことだけど。
「どうやら、DAの3年から後の記憶がないらしい」
 十代に会う前に、話しておかないといけないことがあると切り出された内容に眩暈がする。それまでの経緯から、I2社の研究施設に付属している病院で、アニキの看病をすることになっていたヨハンの表情も冴えない。状況を把握しようと言葉を反芻して、僕はすぐにその理由に辿り着いた。
「え、それって……フリルのことはすっかり忘れてるってこと?」
「丸藤先輩、顔が緩み過ぎだドン」
「記憶障害……それは一時的なものなのか?それとも……」
 DAを卒業後兄さんと立ち上げたプロリーグ参加中に、地獄耳でアニキのことを聞きつけ、一緒に見舞いに来ることになったエドは、腕を組んだまま考え込んだ。この中では年下のエドが一番冷静でいられるのは、アニキに対する情の深さの違いだと思いたい。これ以上ライバルはいらないのだ。
「医者ははっきり断言はできないと言っていたけど、これから徐々に思い出すこともあるかもしれないってさ」
「いや、いいんじゃないかな?むしろフリルのことなんて、すっぱり忘れてしまえばいいんじゃないかな!?」
「お前はあいかわらず俺のことが大嫌いだなぁ〜!」
 あはははと笑うその姿が、異世界に飛ばされる前のアニキを思い出させて癪に障る。
「確かに、十代にとっては忘れたままの方がいいのかもしれないが……」
「そうザウルスね……」
 二人のその言葉に、アニキにとって何が一番いいことなのか、僕自身もこれだと断言できる自信なんてなくて黙り込むしかない。そんな僕達にひとりきっぱりと「十代はそんなに弱くないさ」と言い切れるフリルのその自信は何処から来るのか、僕には理解できないし、したくもない。
「ただ、状況が状況だからな。十代に会う前に、そのことは心にとめておいて欲しいと思ってさ。覚悟を決めろよ?」
「覚悟って、どういうことザウルス?」
「僕達のことを忘れてないなら何等問題ないよ、うん。そしてこの機会にフリルのこともすっぱり忘れてくれれば、神に感謝こそすれ恨んだりしない」
「う〜〜〜ん……こればっかりは、十代に直接会ってみないとわかんないかな〜」
 あいわからず人の話を聞いてるんだかないんだかわからない返事?を続ける。
「とりあえず、すげぇ破壊力だから」
 真面目な顔して何を今更なことを言ってるんだ。アニキは元々何をやらしても破壊力抜群だ。ミラーフォースだ。



 その時、そう思った僕も馬鹿だった。
 事前に聞いていたにもかかわらず、そのギャップはかなりのものだ。異世界から戻って来た、あの影を背負ってクールで凛々しく、空気も読める大人に進化したアニキが、見た目は大人、頭脳は少年に戻ってしまったのだ。
「本当にDA卒業しちまって、3年も経ってんだよなぁ〜……翔は背伸びてないみたいだけど」
「ああ!ヒドイッス〜!僕の気にしてることを〜!!」
「あはは、わりいわりい!でも俺の記憶の中より逞しくなってる気がするぜ?剣山もエドも!」
 そう言って笑うアニキに、異世界から戻って来た後の影はまったくない。クルクル変わる表情。底抜けな明るさ。まるでまわりにいる皆を照らしてくれる太陽の様な……。一度それを失ってしまったことが、今の明るさをより強くしている気さえする。ダメだ、胸がきゅんとする。
「そういえば、翔もプロのデュエリストになったんだってな!ヨハンに聞いたぜ?」
「そうなんスよ!兄さんと一緒に新しいプロリーグを作ったんだ。エドやプロになった万丈目くんにも参加してもらって、人気も鰻上りなんだから!」
「ううう〜皆のデュエル見たかったぜ〜!って、俺本当は見てるんだろうなぁ……くっそぉー!なんでそんな面白そうなこと忘れちまってるんだ俺――っ!」
「アニキ……アニキが見たいって言うなら、今までのデュエル全部ダビングしてプレゼントするよ!」
「マジか!?やったぁ――!超楽しみだぜ〜!!」
「あいかわらずのデュエルバカだな」
「プロで活躍してるヤツに言われたくないぜ!」
 頭を抱えてみたり、両手を挙げて喜んでみたり、ついこの間まで意識が戻らず眠っていたとは思えない。これだけ元気なら、記憶が少々欠けてたって問題ないのではないだろうか?なんて不謹慎な気持ちがわいてきた。
「ん、アニキ、デッキを組んでたザウルスか?」
「ああ。俺のデッキ、事故?の時に行方不明だからさぁ〜、ヨハンとデュエルしたいって言ったら、手持ちのカード持ってきてくれたんだ。んで、お互いにここにあるカードだけでデッキ組んでデュエルやるんだけどさ、アイツすっげぇ強いんだ!なかなか勝てなくて悔しくってさ〜」
 ベッドの上に並べられていたカードをまとめながら話すアニキに、3年の始業式の姿が被る。どうやら2度目の出会いでも、アニキはフリルのことが気に入ったようだ。今回の件や記憶喪失というアクシデントの中で、唯一と言っていい「フリルのことを忘れている」という光明はすでに消えてしまっていた。どうしようもなかったとはいえやっぱり悔しい。呪ってやる。そこにその対象が入って来た。呪ってやる。
「当然だろ?お互い同じ条件で、そんな簡単に負けちまったら、俺の立つ瀬がないぜ」
「ヨハン!もう用事はすんだのか?」
「ああ、十代とデュエルしたくて速攻で済ましてきた!」
「よっしゃ!ならさっそくやろうぜ!次は絶対勝つ!」
「返り討ちにしてやるぜ!」
 僕達と話した後、「まだ学生とはいえ、これでも俺忙しい身の上なんだぜ?」と言いたいことだけ言って、さっさと行ってしまったフリルは、急用とやらを済ませて来たらしい。
 アークティック校卒業後も、研究生としてI2社での研究に協力したり、正式にはまだプロではないものの、世界でひとつの宝玉獣デッキの使い手として、あちこちから引く手数多のフリルは何かと忙しいらしい。アニキが記憶を失う切っ掛けとなった事件解決にフリルとI2社が噛んでなかったら、アニキをまかせたりしないのに。呪ってやる。
「ちょっと!病み上がりのアニキに対して、少しは気を使うってことできないの!?」
「俺はどんなデュエルでも手は抜かない主義なんだ」
「俺もだぜ!」
「だよな!」
 こうなるともう後は見守る他ない。この構図だけはどうやったって変わらないようだ。そのことに呆れているのは僕だけじゃないらしい。エドも大きな溜息をついて言った。
「まったく……まぁ、それだけ元気なら退院も近いだろう」
「おう!そしたら必ずデッキ探し出してくるからさ、そん時はエドもまたデュエルしてくれよな!」
 笑いながらアニキはエドにガッチャと指を指した。その仕草をするアニキを見るのは、本当に久しぶりで妙に嬉しくなる。エドも悪い気はしなかったらしく、
「フッ……いいだろう。ただし、僕もデュエルでは手加減しない主義だ」
 と珍しく嬉しそうな顔でそう答えた。そんなやりとりに「エドも大人げないドン!」と突っ込んだ剣山くんと僕に向かって、「翔も、剣山もな!絶対見つけてくるからさ!」と、アニキはガッチャする。
「「アニキ……もちろん!」」
 あいかわらず剣山くんと声が被って腹が立つけど、それ以上にアニキのガッチャ!が嬉しくて顔がニヤけてしまう。
 今回ばかりは「すげぇ破壊力」と言ったフリルに異を唱えることはできない。そして、こんなにも楽しそうなアニキを見ていると、共に過ごしてきた記憶を取り戻して欲しいという気持ちが萎えていく。いっそ本当にこのままでもいいんじゃないかな?という気がしてくる。だって記憶を取り戻したら、再びあの時の苦しみをアニキは味わうことになるのだ。そう思うとこっちまで落ち込んでしまう。フリルが言ったようにアニキはそんなに弱くないだろうけど、だからといって何度もそんな思いをするアニキなんて見たくない。
 それはきっとアニキのことを思っている、みんなの願いなんじゃないだろうか。






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