光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜








 十代が目を覚ましてから、早いもので1週間が過ぎようとしている。
 最初、まるで出会った頃に戻ってしまったような十代に、まったく戸惑わなかったと言えば嘘になる。だってもう二度とお目にかかれないんだろうなぁと思っていた、あの頃の十代が目の前に現れたのだ。もし異世界へ行かずあのまま成長していたら、きっと十代はこんな大人になっていたに違いない、とソファーの隣に座る十代を盗み見ながら、ヨハンはそう考えた。




 turn.3 覚えのない写真




「お!お!すげえすげえ!万丈目の奴、あのカイザーを追い詰めやがった!でもなぁ〜、なんてったってカイザーだもんなぁ〜きっと次のターン……!」
 あの後すぐに翔から送られて来たプロリーグのDVDに、一喜一憂する十代はあの頃のままだ。楽しそうで何よりだが、十代の揺ぎ無いカイザーのデュエルに対する信頼?ってのが、若干俺の嫉妬心を刺激する。
「――来た!おおおおっ、ここでそう来るのか!デッキが変わってもやっぱカイザーすげえなぁ〜!!」
「そうだなぁ〜カイザーはすげえなぁ〜」
「なんだよ、なんでヨハンが不機嫌になんだ?」
「そりゃあ……いや、なんでもないぜ」
 自分の好きなヤツが、目の前で他の人に目を輝かせていて心地がいいはずがないと、思わず口に出そうになった本音を俺は飲み込んだ。こればっかりはしょうがない。十代は何も覚えていないのだ。
「なんでもないことないだろう?なあ、何かあったのか?それとも俺、何かした?」
「そんなんじゃないよ」
「俺バカだからさぁ、言ってくんなんとわかんないぜ〜」
 感覚的なものを感じ取ることに長けている十代は、なかなか引き下がらなかったが、今は俺の気持ちを話すつもりはなかったから、カイザーが逆転勝利したことを見届けたところでVTRを止めると無理やり話を変えた。
「本当になんでもないぜ。ただ、ちょっと他の考え事してただけ。それより、ここらで一休みして昼飯にしようぜ。今日は俺がパスタ作ってやるよ。十代が好きなエビフライ付きな!」
「マジで!?やったぁ――!」
 俺が不機嫌な理由を話す気がないと悟ったのか、十代は素直に俺の飯に釣られてくれた。そういえば十代ははじめて出会った時から、見て見ぬ振りをするのが上手かった。



 十代の入院している病室は特別室ってやつで、バスやキッチンユニットも設置されている。そのキッチンを使って作ったナポリタンに、出来合いのエビフライ(さすがに病室で揚げ物はできない)を乗せる。あのレッド寮の飯でさえ美味そうに食う十代だ。あっと言う間に平らげて、満足そうに腹をさすっていたかと思うと、すぐに翔が送って来たものの中から分厚い本を引っ張り出した。
「へへへ、これこれ!」
「お、それデュエルアカデミアの卒業アルバムか?」
「おう!」
 留学生とはいえ俺は本校の卒業アルバムを持っていなかったから、先日見舞いに来た翔達に、十代が貸して欲しいと頼んでいたのだ。こんなことなるなら、鮫島校長に本校のアルバムも欲しいと頼んでおけばよかったと今更なことを考えながら、さっそくページをめくる十代の視線を追った。
「1年の頃の写真も載ってるぜ〜!あ、修学旅行だ!」
「どれどれ……うは!何だよこれ、何でみんな白い制服来てんだ?万丈目似合わね〜!」
「ああ〜、これなぁ〜大変だったんだぜ?」
 その頃の記憶ははっきり覚えている十代は、ページをめくりながらひとつひとつ説明してくれる。けれど十代の楽しそうな説明は、あるページを開いて止まった。
「!……これ、ヨハンだよな?」
 そこには俺の姿があった。
「おう。前に一度話したよな?俺、3年の時にデュエルアカデミアに留学して来たんだぜ。ほら、ここに並んでる4人が留学生さ」
「…………」
 十代はそこから先は何も言わず、1ページ1ページ確かめる様にゆっくりめくっていく。異世界へ飛ばされるまで1ヶ月もなかったから写真の数は少ないが、それでも留学生という立場もあって、他の生徒に比べれば多くの日常を切り取った写真が載っている。そこには満面の笑みで俺の隣に居る十代の姿もあった。
「……やっぱ本当なんだな」
「十代?」
「ヨハンの言うこと信じてなかった訳じゃないけどさ。心のどっかでさ、やっぱ信じられなかったんだ。自分の記憶が抜けてるってこと。でもこれではっきりわかった。やっぱ俺の記憶抜けてんだわ」
 続くページには異世界での出来事の後、皆がそれぞれ成長した姿がそこにはあった。オベリスクブルーの制服に身を包む翔に、2年生なのにちゃっかり載っている剣山の、3年生の壮行会で生徒達をまとめるしっかりした様子もあった。その後の卒業デュエル中に、皆を見守りながら泣き出しそうなクロノス先生や、いつものポーズを決めてる吹雪さんはあいかわらずだけれど。
 そしてアルバムの最後には卒業式の写真も、きちんと挿み込まれていた。
 最後まで確かめる様にじっくり見た後、途中で引っかかるところがあったらしい。そのページまで戻ると「なぁ、なんか俺……おかしくね?」と十代は眉間に皺をよせて訊ねてきた。
「おかしい?」
「うん……このあたりから、なんかさ、なんかすっげえ俺変な顔……」
 指差すそこには、カメラに向かって笑っている皆を、少し離れた場所から見守るように苦笑する十代がいた。セリフをつけるなら「しょうがねえなぁ〜」って顔だ。
「そうか?変じゃないと思うけど?」
「絶対変だぜ!なんて言えばいいのかわっかんねえけど……やっぱ変だ」
 十代が言いたいことはわかる。写真とはいえ、その前後で十代がまとう空気が明らかに違うのだ。
 異世界から戻ってからの十代は、仲間達も戸惑うぐらい変わってしまっていた。無邪気に笑い、目の前にあること全てを楽しむあの十代はそこにはなかった。それは見た目だけじゃない。一人きりになったレッド寮に引き籠り人を寄せ付けないかったり、卒業アルバムの写真でさえ最初は逃げ回って写りたがらなかったって話だ。
 それはダークネスとの戦いに、みんなを巻き込まないための行動だったらしいが、十代をそうさせたのは他ならない、ユベルが引き起こした一連の事件を気に病んでのことなのは明らかだった。
「……この間に、何があったんだ?」
 意識を取り戻してから、はじめて十代がそのことについて訊ねてきた。
 いくら能天気な十代でも、突き付けられた現実から目を背けることはできなかったのだろう。記憶喪失であるということがわかってから、いつかそんな時が来るだろうと思ってはいたけれど予想よりはやかったなぁと、滅多に見ることがない不安そうな顔を向けてくる十代の視線を受け止めながら答えた。
「そうだな、すっげえいろんなことがあったぜ……聞きたいか?」
「!」
「お前がどうしても今知りたいって言うなら、そうだな……すっげえ長くなるし、今の十代に信じてもらえるかわからないけど、ちゃんと話してやるよ?」
 まっすぐ正面から向かい合って伝えた俺の言葉に、十代の心が揺れるのが手に取るようにわかる。口にはしないが記憶がないことに不安を覚えるのも当然だろう。もしかしたら十代にとっては痛みを伴うだろう覚えのない現実ってやつを、無意識に感じ取っているのかもしれない。
 もちろん十代が未だに異世界での経験を、ただ苦しいだけのものとして受け入れることができずにいるとは思わない。俺にとってもそうだ。異世界での経験が全て悪いとは思わない。学ぶことも得たもの多かった。けれど、そこには確かに消すことのできない苦しさや悔しさを伴っている。おそらく十代にとっても。
 俺の様子から簡単な話ではないと察したのだろう。しばらく考え込んだ後、
「……いや、今はイイや。たぶんヨハンの言う通り、今の俺が聞いてもちゃんと理解できそうにねえや」
 と言って十代は下を向いたまま鼻の頭を掻いた。正直、過去を知るなら俺の口から聞くより十代自身で思い出して欲しいし、もし十代にとってそれが必要なら、何もしなくても記憶を取り戻すだろうと考えていた俺は、少しホッとした。
「そっか。俺も無理に話そうとは思ってないんだ。けど十代が知りたくなったら言えよ。その時は俺がちゃんと話してやるから」
「ああ、わかった……ありがとな。ヨハン」
 ようやく安堵した表情を浮かべたと思ったのに、十代はすぐに顔を曇らせた。
「あと、ゴメン。俺ヨハンにすっげえ悪いこと言っちまった」
「悪いこと?」
「目を覚ました時さ、“お前誰だ?”って……ヨハンずっと看病してくれてたのに。いや。それ以前に、友達だったこと忘れてさ……」
「何言ってるんだよ。十代が謝る必要なんてひとつもないさ」
「でもさ、」
 彼は今、自分の置かれている状況ってやつを少しづつ受け入れているのだろう。そしてまわりを見渡す余裕も生まれてきたのかもしれない。けれど、まさかそんな些細なことを気にかけていたとは思いもしなかった。しょんぼりしてしまった十代に、俺はずっと伝えたかったことを口にした。
「そりゃ最初はビックリしたし、少し悲しかったけど。そんなことよりお前が目を覚ましたことの方が嬉しかったし、それに今回のことで俺自信が持てたんだぜ?」
「自信?」
「そう。例え俺達がお互いのことを何度忘れてたとしても、その度に親友になれるってさ!」
「ヨハン……」
 彼が目を覚す前から、いや、もしかしたらはじめて出会った時から、それを伝えたかったのかもしれない。今となると、この気持ちを彼に伝えるために、俺は生まれてきたんじゃないかとさえ思える。俺達は何度でも巡り会えるんだって。
「何が起こっても俺達は親友だ。だからもう気にするな」
「……ん」
 本当は“親友”という言葉は、俺の中で渦巻いている感情には当てはまらないのだけれど、何も覚えていない今の十代に捧げるにはこれが精一杯だ。そんな俺の気持ちの一端だったけれど、十代はちゃんと受け止めてくれたらしい。それだけで俺は十分だったのに、十代が続けた言葉に俺は息を飲んだ。
「あのさ、ヨハン。俺目覚ました時思ったんだ。こいつはじめて会った気がいしないなって。すげえ懐かしいなって。まあ、はじめてじゃなかったんだけど……。だから俺も、もしヨハンが俺のこと忘れても、また親友になれるって思うぜ……!」
 そう言って十代は笑う。はじめて出会った頃の様な真っ直ぐな十代に胸が痛い。もし十代が、失くしてしまった記憶の全てを思い出すことがあったら――こんな笑顔を向けてくれることはないだろう。
 きっと十代は俺のことを許さないだろうから。






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