「…………十代!十代!!」 名前を呼ばれて目を覚ますと、目の前にヨハンがいた。病室には午前中の柔らかい光が差し込んでいる。 「……ヨハン」 「大丈夫か?またうなされてた」 「え?ああ〜そっか……」 そう言われて汗を掻いてシャツが肌に張り付いていることに気付いた。たぶんヨハンの言う通り夢を見ていたのだろう。しかもあまり気分のいい夢じゃなかったらしい。けれどそれを思い出そうとするとその端から霞んで、何ひとつ思い出すことができないまま、ただモヤッとした感覚だけが残った。最近こんなことが多い。 「ん〜……やっぱ何も思い出せないや」 心配そうに俺の様子を伺うヨハンに俺はあははと笑って 「けど、もう大丈夫だぜ!」と言った。これ以上ヨハンに余計な心配かけたくない。 「そうか?ならいいけど……」 ヨハンはまだこちらを伺うようにしていたが、俺にも気になることはあった。 「それより、ヨハンの方こそ大丈夫なのかよ?お前最近寝てないだろう?」 「……なんだ、気付いてたのか」 「だってさ、俺が夜中に目が覚めた時も、いつも起きてんだもん」 最初は偶然かと思ったけどそうじゃない。少なくとも俺が起きてる間に、眠っているヨハンを見たことはなかった。もしかしたら俺の覚えていない昔からそうだったのかもしれない。とはいえ、夜中に目が覚めた時でも、常に起きてるのはさすがにおかしい。 「お前、何時寝てんだ?」 「俺だって寝てるさ。ただ、最近手伝ってる研究の方が煮詰まっててさぁ〜。1日が48時間あればいいのになぁ〜」 どうやら余計なお節介だったようだ。ベッドサイドに腰掛けたヨハンからは余裕さえ感じて、俺は話を切り上げた。 「そうだなぁ〜そうしたら24時間寝れるのに」 「お前は結局半日寝て過ごす気かよ」 そう言って笑い合ったその時、テーブルの上に置いてあったヨハンの携帯が鳴った。そういえば今日から研究の為に、しばらく泊まり込みで出かけるって話だった。 「もうそんな時間かよ〜」 携帯のアラーム音に急かされて、ヨハンはテーブルに広げられていた研究の資料らしき書類や、ノートPCを大雑把にまとめてカバンに詰め込むと、ベッドに戻って来て俺の頭を撫でた。 「くっそ〜!今の十代を一人にはしたくないんだけど……今回はどうしても俺が行かなきゃならないだ。一週間後には戻る予定だけど、本当に大丈夫か?」 前から思ってたけど、ヨハンの俺の扱いは同い年の男同士としてはどうだろうか。それともそれを意識してしまう俺がおかしいのか。 「俺は小学生かよ。大丈夫だって!たかが1週間だろ?ここには医者も看護師もいるし、確かに前より体力は落ちてるかもしれないけど、俺は許可が出たらいつでも退院してデッキを探しに行きたいぐらいだぜ!」 「だから心配なんだよ。お前は自分を過信してる。頼むから俺が戻って来るまで大人しくしてろよ?」 「もう、何度も言わなくてもわかってるって!それよりいいのか、そろそろ出ないと遅刻するぜ?」 「おう!約束だからな!無茶はするなよ!」 そう言い残してヨハンは嵐の様に出て行った。静寂が戻った一人の病室はとてもつまらなが、もう一度寝る気にもなれない。はやく退院の許可出ないかな。そしたらすぐにでも俺のデッキを探し出して来て、まだ聞いても教えてくれない、本当のデッキを使ったヨハンとデュエルするんだ。そう思うと少し湧き上がってきた寂しさも薄らいだ。 turn.4 時々夢、一時見舞い、のちデッキ これは夢だ。 俺は自分で夢を見ている時、それを夢だと認識できた。 だからこれも夢のはずだ。夢だって思う。思いたい。 だってこれが現実の筈がない。 砂漠の真ん中にDAがあったり、太陽が3つあったり、見たことのない彗星が流れてたり。みんなが時に砂の様に崩れてしまったり、時に光の粒になって消えてしまったり。モンスターに襲われたり、モンスターに仕えられたり。真っ暗闇の中に居たり。 脈絡もなくて益々訳がわからない。 だからこれは夢に違いない。違いないのにそれは妙に生々しい。もし違うのだとしたら俺は―――― 「…………十代!十代!!」 名前を呼ばれて目を覚ますと、目の前に巨大なコアラの精霊がいた。 「デスコアラ!?……って、なんだよ隼人かよ〜……て、隼人じゃん!!」 目の前に居たのはレッド寮のルームメイトだった隼人だ。隼人は俺がDAの2年になる時に、I2社のカードデザイナーになったんだった。そこでようやくはっきり目を覚ました。どうやら昼飯の後に寝てしまったらしい。 「どうしたんだよ!久しぶりだなぁ〜!元気だったか!?」 「おかげさまで元気なんだなぁ〜、じゃなくて、十代の方こそ大丈夫かぁ〜?随分うなされてたんだなぁ〜」 そう言われて、確かに夢を見ていたことを思い出した。言われなきゃすっかり忘れてた。 「え?あ、そうだっけ?……う〜ん、たぶんまた夢見てたんだと思う」 「また?」 「ああ、最近こんな感じでさ。目が覚めたら全然思い出せないんだけど、きっとたいしたことじゃないから思い出せないんじゃねえかな〜?見ての通り全然元気だし!」 「ならいいけど……」 「それより隼人の方こそどうしたんだよ。見舞いの話なんてヨハンからも聞いてないぜ?」 「ああ、急に決まったことだったんだなぁ〜、あと、実は俺だけじゃないんだなぁ〜」 「?」 「十代が起きたんだなぁ〜」 隼人がそう病室の隣の部屋へ声をかけ、ベッドを囲んでいるカーテンを開くと、見覚えのある2人が視界に飛び込んで来た。 「思ったより元気そうで安心シマシター」 「やあ、十代君。急にすまないね」 「ペガサス会長に影丸のじーさん!」 まさか俺の見舞いに来てくれるとは思わなかった人物の登場にビックリする。 「本当は来週来るつもりだったのデスガ、いろいろ予定が変更になって時間が空いたのデース」 「偶然に私も予定が空いたのでな、さっそくこうやって君の顔を見に来たのだ。話には聞いていたが元気そうでなによりだ」 「そうだったのかぁ〜、影丸のじーさんんも元気そうでなによりだぜ!」 「本当はもっとはやく来たかったんだけど、なかなか時間が取れなくて……けどペガサス会長が一緒にと声をかけてもらって、こうやって来れたんだなぁ〜。でも本当によかったんだなぁ〜一時はどうなるかとハラハラしたんだなぁ〜」 「隼人……」 そう言って隼人は涙ぐんだ。翔と剣山もそうだったが、俺はみんなにこんなにも心配をかけてしまうような状態だったらしい。隼人の様子に、それまでも心の中で引っかかっていたことが再び頭を擡げて来た。 「心配かけて悪かったな。なんか、みんなにすげー心配かけたのに、俺全然覚えてなくて……」 できるだけ暗くならないように気をつけながら言った俺に、影丸のじーさんもペガサス会長も、思うところがあったらしい。 「そのことも聞いておる。何、我々はその事を聞きに来たのではないのだ。今は十代君が無事意識を取り戻したことだけで満足するべきだろう」 「そうなのデース。君程のデュエリストを失うことは、世界にとっても大きな損失デース」 「そこまで言われると照れるぜ……!」 その励ましに、むず痒い感覚を頭を掻くことで誤魔化しつつ、三人が相手ということもあって、俺は思ってることを素直に話した。 「見舞いに来てくれるみんなも、ヨハンも、そう言ってくれてありがたいんだけどさ……最近思うんだ。心配かけた俺が何も知らないってのは、どうなんだろうって……」 「十代……」 俺の言葉に隼人は少し驚いていたみたいだけれど、二人は動じることはなかった。ペガサス会長は落ち着いた様子で訪ねてくる。 「そのことをアンデルセンボーイには話しマシタカ?」 「一度だけ。ヨハンはどうしても知りたいなら話してやるって。けど、その時のあいつの様子見てたらそれ以上聞けなくって……その後も何度か聞こうかなって思ったんだけど、ヨハンと話してると楽しくて、気がついたらすっかりそのこと忘れちゃうんだよな〜」 正直なところヨハンの真剣な様子に怖気付いたと言っていい。さすがにかっこ悪くてそれは言えないけれど。俺を気遣うその場の空気に申し訳なくなって「俺、頭悪いんだよな〜」と笑った俺に、影丸のじーさんが、同じことを尋ねた時のヨハンと同じ様に少し考えた後 「申し訳ないが、我々もヨハン君と同じことしか言えないだろう」 と前置きをしてから、ゆっくり確認するように話しだした。 「君が今どうしても我々の口から聞きたいというなら、知る限りのことを伝えよう。しかし我々はその場に居た訳ではないからな。人から聞いたことを伝えることになる。何より、その現場に居た唯一の人物はヨハン君だ。彼は親友である君を救おうと、今回の件で誰より力を尽くしていた。それを踏まえても、彼から事の顛末を聞くのが一番正確だろう。だがそれでも十代君が聞きたいと言うのなら話をしよう。それが今我々ができる最大限の誠意だ」 「影丸のじーさん……」 返って来た答えはヨハンと同じことだったが、そこに影丸のじーさんの俺とヨハンへの心遣いを感じて不快には思わなかった。そして、ペガサス会長も同じ様に考えていたのか、影丸のじーさんの言葉に頷きながら話を続けた。 「確かに記憶の欠損は不安なことであると思いマース。それを知りたいと思うのも当然デース。デスガ、たとえばデース。長い間暗闇に居た後急に光の中に出ると、誰でもその光に目が眩むものデース。その時無理に光に眩んだ目でまわりを見ようとしても、何も見ることはできないと言うモノ……十代ボーイにとって、今はゆっくりと身体を休めるべき時なのでショーウ。わたしにはそう思えマース」 ペガサス会長の言葉は、ここ最近俺が感じていたことをとても上手く言い当てている気がして、ざわついていた心が少し落ち着いてくる。 「ペガサス会長……そうかな、本当にそれでいいのかな?」 「そうデスネ。忘れてはならない重要コトは、君のことを大切に思ってくれる人が居るコト、君の危機に駆けつけてくれる人が居るコト……それさえ忘れなければ大丈夫なのではないでショーカ?」 「ペガサス会長の言う通り、その時が来れば今は見えぬことが見える時が来よう。自らの道を自ら選び進むことのできる十代君のことだ。我々もそのことについて心配はしておらんよ。ただ、君は1ヶ月近くも意識が戻らない程のダメージを負ったのだ。休息は必要だろう。」 「そっか……そうだよな。意識してなかったけど、俺、ちょっと焦ってたかも」 基本的に考えることが苦手だ。考えれば考える程、何を考えていたのかわからなくなることも多い。それなのに自分でも知らず知らずの内に思考のループにはまってしまって、大切のことを忘れかけていたのかもしれない。 「焦って、気遣ってくれるみんなへの感謝を忘れちまったら、元も子もないよな……!隼人にも影丸のじーさんにもペガサス会長にもみんなにも、俺、本当に感謝してるぜ!」 そう言った俺に三人は笑ってくれたから、きっとこれが正解なんだろう。 「すっかり話しこんでしまったが、今日は十代君にみあげがあるのだ」 ベッドから隣の部屋に移り、隼人が入れてくれたお茶で一服したところで、影丸のじーさんがそう切り出した。 「え!マジで!?」 「そうデシター、コレを受け取って下サーイ」 それを聞いた隼人が、足元の大きなアタッシュケースをテーブルに乗せ開いた。 「!……これ、新品のデュエルディスクじゃん!」 その中にはデザインは見慣れたものだが、メタルブラックでカラーリングされた真新しいデュエルディスクが納まっていた。 「でもなんで黒なんだ?せっかくなら赤が良かったぜ〜」 「ははは、十代ならそう言うと思ったんだなぁ〜」 「レッドはDAのオシリスレッド生のディスクに使われているのデース。十代ボーイはそれでも構わないと言いそうデスガ」 「あはは、今そう言おうと思った!」 笑いながらこの間ヨハンと一緒に見たDAの卒業アルバムで、みんなが色違いのデュエルディスクをつけていたことを思い出した。それならますます赤でよかったのにと思ったものの、ディスクだって安いものじゃない。それまで使っていたディスクが無い今、それを見舞いで貰えるだけでとてもありがたいことだった。 「けどそっか〜……うん、黒もカッコイイぜ!」 そこでディスクの横のカードケースに気が付いた。手にとって開けるとカードが一式納まっている。 「これ……!」 「俺とペガサス会長でヒーローデッキと、それに使えそうなカードを揃えたんだな〜」 「うわぁー!これ、はじめて見る!新作か!?」 「へへへ、俺がデザインしたんだな〜。これでデッキを組んで、十代に使って貰えたら嬉しいんだな!」 それまで使っていたヒーローデッキと、それを補助できる新しいカードに心が一気に舞い上がったが、そこで今まで使っていたカードが思い浮かんだ。 「マジでいいのか!?すっげー!うっ……すげぇ嬉しいけど、俺……」 カードはカードだ。例えそれがこれまで自分の使っていたものでなくても同じだ。けれど、どうしてだろう?自分の覚えのない中で、仲間を、相棒を、失ってしまったからだろうか?これまで感じたことのないデッキへの執着が心の中にあることに気付いた。理由がはっきりしない強い感情に当惑して、俺は言葉に詰まってしまう。 「十代ボーイが何を考えているのかわかるつもりデース。自分が心を砕き共に戦い積み上げてきたデッキは、他に変えることは出来まセーン。デッキに拘りを持つことは当然デース。ワタシも一人のデュエリスト、理解していマース」 「ペガサス会長……会長の言う通りだぜ。俺は、俺のデッキは今もどこかで俺が探し出してくれるのを待ってると思ってる。だから、俺の為に用意してくれたのはすっげぇ嬉しいけど、やっぱり……」 「これは受け取れない」と言おうとした俺に、ペガサス会長はすっと手を上げて続きを遮って真剣な顔で言った。 「ひとつ聞かせて下サーイ。……あなたは真のデュエリストでありたいデスカ?」 真のデュエリスト――聞かれるまでも無い。デュエリストはみんなそれを目指してデュエルしているはずだ。そしてその先にデュエルキングがあるんだと思う。 「もちろん!」 迷わずそう答えた俺をペガサス会長は満足そうに見ると、 「なら今は何も言わずこのデッキとディスクを受け取って下サーイ」 と、同じ言葉を繰り返した。 「?……俺、頭悪いから、ちゃんと説明してくれないとわかんないぜ〜!」 ペガサス会長の意図することがわからず、デュエルと違ってすぐにサレンダーした俺に、それまで俺達のやりとりを眺めていた影丸のじーさんが口を開いた。 「十代君……君は今まで数々の危機をデュエルを通して解決してきた。それはこれからも変わらんだろう。そんな君だからこそ、今後も望む望まざるに関わらず危機に立ち向かわねばならない時が来るかもしれん。だが、その様な時にデッキがなければどうなる?困難に立ち向かうことができないばかりか、君が守りたいと思う大切な人々を救うことさえできないかもしれない」 「――!」 影丸のじーさんの言葉に、これまで体験したこと(俺の覚えてるのはDAの3年になったところまでだけど)が蘇ってきてさすがに背筋が伸びた。 「そうなのデース。だからこそ、君には君の力となるデッキを持っておくべきだと思うのデース」 「……二人が言いたいことはわかったぜ。わかったけど……!」 わかったけど、こうして話しているうちにもヒーロー達とハネクリボーが浮かんで仕方ない。何より目の前に置かれたデッキが魅力的だから困る。自分の気持ちが行ったり来たりしてますます考えが纏まらない。 「もちろん何も起こらないかもしれまセーン。その時はこのデッキを使う必要もありまセーン。デスガ、もしもの時の為に持っていて欲しいのデース」 「君のことを思うこの老いぼれや友の心遣いを組んでやってくれんか?」 「ペガサス会長、影丸のじーさん……」 二人の心遣いってのはとてもありがたい。だが、どうしても失くしてしまったデッキに対する申し訳ない気持ちが先に立って、デッキに手を伸ばせずにいると、それまで黙っていた隼人が「十代」と一息入れて、そのデッキを手にすると大事そうにカードを撫でながら言った。 「十代が自分のデッキを持たずにいるなんて、やっぱり変なんだな。十代はデュエルが本当に大好きなんだな〜。俺はそれをよく知ってるんだな。だから難しく考えずに、デュエルを楽しむ為にこのデッキを使ってくれればそれがきっと一番なんだな」 「隼人……!」 「俺の知ってる十代なら、新しいデッキにワクワクしないはずがないんだな。今はその気持ちでそのデッキに向き合えばいいんじゃないかなぁ〜」 そう言って笑う隼人に目から鱗が落ちた。しかもデカイやつが。 「……わかった!隼人の言う通りだな!ありがたく受け取らせてもらうぜ!」 ペガサス会長と影丸のじーさんには悪いけど、俺には隼人の言い分の方が性に合ってる。確かに、今手元にないデッキに拘って、新しいデッキとの出会いを無下にしてしまったら、それこそヒーロー達と再会した時に怒られそうだ。 そう納得して素直に隼人からデッキを受け取ると、その様子を見ていた二人はほんの少し押し黙った後、 「はっはっはっ!こりゃ、隼人君に一本取られたの!」 「まったくデース。大人の悪い所が出てしまいマシター」 と、顔を見合わせて笑い出した。悪意はないとはいえ、二人を差し置いてしまったことに気付いて隼人は慌てて頭を下げた。 「さ、差し出がましいことしてしまったんだな〜!」 「いやいや、気にせんでいい。ペガサス会長の言う通り、我々は少しばかり考え過ぎていたのだろう」 「そうなのデース。十代ボーイに休むことを勧めておきながら、起こるかどうかもわからないことに対して、備える必要があるようなことを言ってしまいマシター」 三人のやりとりを聞きながら、俺は口元が緩むのを止められなかった。ペガサス会長と影丸のじーさんの真意はさておき、新しいデュエルディスクにカードまで手に入れてしまったのだ。 以前は全然気付かなかったけど、俺ってば随分甘やかされてるんじゃないか? |
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