光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜








「……暇だ」
 発した言葉が一人だけの病室に溶ける。隼人達が見舞いに来てくれてから3日が過ぎ、さすがに新しいカードとにらめっこだけにも飽きて来た。俺はデュエリストだ。新しいカードが手に入ったら、それを使ってデュエルしたいのがデュエリストってもんだ。そして最初にこのデッキでデュエルするならヨハンと、と心に決めていた俺は、今はただヨハンが帰って来るのを待つしかない。
「あと4日か……ああもう!じっとしてるなんて性に合わないんだぜ!」
 返事がないのは承知で一人そう叫ぶと、俺はホルダーにデッキをしまい病衣のまま病室から飛び出した。




 turn.5 赤い瞳と金の瞳




 ヨハンにはできるだけ病室に居る様に言われたけれど、実際ずっと閉じ籠ってることなんて無理な話だ。生活に必要な物を買わなきゃならない時だってある。そんな時の為に病棟にある売店でお菓子やら雑誌やらを買いこんだ後、I2社員専用ということもあって人気の少ない病棟をプラプラしながら、病棟と研究棟の間にある中庭に辿り着くと若干の開放感を感じて一息ついた。
 中庭に設置されていた椅子に腰掛けて、ぼおーっと口を開けたまま空を見上げていたその時、研究棟の方から控えめな視線を感じて、そちらに頭ごと向けた俺は、その視線の元を見つけて顎が外れそうになった。
「……なんだ?…………っ!」
 そこには子供がいた。もちろんただの子供なら俺だってそれほど驚かない。何に驚いたかって、その姿が子供の頃の俺にそっくりだったからだ。
「お前、いったい……!?」
「…………」
 俺がそう声をかけると、黒い服を着た俺そっくりの子供は慌てて研究棟に消してしまう。それを見て俺は反射的にその子供を追いかけていた。妙に軽く感じる身体に違和感を覚えつつも駆け出した足を止めず、関係者以外立ち入り禁止と書かれたプレートが扉に掛かっている研究棟に飛び込んで、その姿を探して周りを見渡すと、その子供は廊下の先にある角を曲がって消えた。
 その建物に入ったところまでは病棟とさしてかわらなかったが、奥に入っていくと薄暗くなって他人の侵入を阻んでいるように感じる。それでもあの子供への好奇心の方が勝って、俺は構わず足を進めた。廊下を突き当たると奥に階段があって、踊場を見上げると、俺の様子を伺う子供と視線が会って再び驚いた。さっきは遠くて気づかなかったが、その子供の瞳の色はまるで血の色のような赤だった。
「お前……!」
「…………」
 思わず立ち止まった俺を置いて、その子供は素早く身体を翻し階段を登って行ってしまう。
「!……ちょ、待てってば!」
 一瞬だったからもしかしたら見間違いかもしれない。そう思いながら、けれど確信していた。あれはただの子供じゃない。精霊だ。どうしてそう思うのか説明のしようがないが、これまでもそうだった様に感覚で認識してるとしか言いようがない。もちろん精霊だったとしても、普段ならこんなふうに追いかけたりしない。
 気になるのは俺の姿を模していたってことだ。
 そして俺が追うことに怯える様子はなく、むしろわざと追わせて何処かへ導いているようにさえ思える。DAに入ってからこれまでもいろんな精霊に出会って来たけれど、あんなデュエルモンスターズの精霊はいなかったと思う。もしかしたら特殊能力で目の前の人物の姿を真似ることができる、とかいうヤツかもしれない。
 俺の中の好奇心がますます大きくなって、研究棟の方は広くてすぐに迷うから入るなとヨハンに言われていたこともすっかり忘れて、その精霊?を追いかけていたが、階段を登ったり渡り廊下で別の棟に移動したりするうちに、息が上がり足取りが覚束なくなってきた。
「……はぁっ!さすがに、キツイ……」
 身体が軽い感覚はそのままだったが、やはりヨハンが言った様に、自分が考えている以上に体力が無くなってるらしい。そろそろ限界だと思った頃、それまでとは打って変わって広く明るい渡り廊下に出た。
「うわっ、眩しい……っ」
 ずっと暗い中を進んできたせいで光に目が眩みそうになりながらも、目を細めて精霊の姿を追うと、あっと言う間にその行き止まりまで進み再び視界から消えてしまった。
 そこではじめて俺は先に進むことができずに足を止めた。体力的なこともあったが、それ以上に目が眩むほどに照らし出された廊下を進むことに抵抗を覚えたのだ。まるで身包みを剥がされて、四方八方から観察されている様にさえ感じる。これなら、ここに来るまでの薄暗くて先が見えない方がマシだ。
 そして今更ながら、ようやく好奇心だけでマズイところまで足を踏み入れてしまっていると気づいて焦ってきた。自分の姿を真似た精霊はとても気になるけど、何も考えずこんなところまで入り込んでしまったことが知れたら問題になるかもしれない。それで俺が叱られるのは仕方ないが、ここの施設でも研究の協力をしているらしいヨハンの立場を悪くしてしまうかもしれない。
「やば……思わずこんなところまで来ちまったぜ。迷子になる前に戻らないとマズイ、よな……?」
 自分に言い聞かせるようにわざと声に出してそう言って、後ろ髪を引かれつつ俺はゆっくり踵を返した。精霊を追っかけていた所為だろうか、側にいないハネクリボーのことを思い出す。
「こんな時に相棒がいてくれたらな……」
『クリクリ〜!』
 その時相棒の声が聞こえた気がして、もう一度精霊の消えた先を振り返った。もちろんそこに相棒の姿があるはずもない。ただ光に包まれた静寂の空間が広がっているだけで、消えた精霊の気配もなかった。



「マジ焦った!戻って来れてよかったぜ〜!」
 何も考えずに進んできたせいもあって、悩みながらも何とか最初に自分が飛び込んだ研究棟の入り口の廊下に辿り着くことができて、俺は安堵の声を上げた。
 戻る段階になって、もしかしてあの精霊を追いかけたことで、またうっかり精霊の世界とかに紛れ込んじまったんじゃないかとハラハラしたけれど、どうやら今回はそんなことはなかったようだ。ホッとして胸を撫で下ろした時、薄暗い廊下のすぐ先に誰かが立っていることに一瞬驚いたが、すぐにそれが姿鏡に写ってる自分の姿だと気付いた。
「!……ビックリした〜。さっき通った時には、あの精霊に気が向いてて全然気付かなかったぜ〜」
 嫌な汗をかきながら、俺はそこでもう一度自分の姿をゆっくり眺めた。
「やっぱ、俺も成長してんだよなぁ」
 そこに居る自分は、自分が思う自分とは少し違った。身長も手足も伸びてる気がするし、髪だって若干伸びたままで襟足は跳ね放題だ。あと、顔つきも少し違う気がする。こうやって見ていると、この前翔に借りて見たDAの卒業アルバムの自分は、確かに自分なんだとわかる。俺が最初にその違和感に気付いたのは、目を覚ましてからすでに数日過ぎていて、そのことをヨハンに言ったら「十代気付くの遅せー!」って大笑いされた。
 普段自分がどんな風に見えているのかなんて、誰だってそこまで意識していないものだと思う。少なくとも俺はそうだ。だから、こうやって鏡に写っている自分を見ないと、自分が記憶の中の自分より、少しばかり変わっていることにも気付かない。
 いや、もしかしたら気付きたくないのかもしれない。
 普段みんなから空気を読まないって怒られることも多いけど、そんな俺でも気付いてしまった。俺が失くしてしまった記憶ってのが、随分大変な内容らしいということに。
 もちろん生きていればいろいろあるだろう。実際エドとのデュエルの後、∧破滅の光∨の影響でカードが見えなくなった時は、途方に暮れて思わずDAから出て行ったくらいキツかった。
 けれど、たぶん。おそらく。それ以上に大変なことがあったのだ。
 鏡に写る憮然とした自分と睨めっこしながら、特に深く考えず手を伸ばして触れようとしたその時、耳元で聞き覚えのある声が聞こえた。
『……いつまでそうしているつもりだ?』
「!?……なん、だ?」
 まるで何者かに後ろから頭でも殴られたかの様に急に視界がぶれる。反射的に伸ばしていた手を鏡につき、倒れてしまわない様に身体を支えてゆっくりと頭を上げると、滲む視界の中で、人のものとは思えない黄金に輝く冷たい瞳と目が合って息を飲んだ。それは他の誰のものでもない、自分の瞳だった。
 身動きひとつとれず、その瞳から視線を逸らすこともできない。陸に打ち上げられた魚みたいに口をパクパクするばかりで、息も上手く吸うことができずに鼓動がどんどん速くなる。
 あの精霊を追いかけた時は身体が軽いとさえ思ったのに、今はとてつもなく重く感じて思ったように動かすことができない。「ヨハンにあれほど言われてたのに、このこと知られたら怒られるんだろうな」なんて暢気なことを考えているうちに、まるで耳に幕が張った様に急速に周りの音が遠くなった。
(…………これ、マズ、イ……)
 今更焦ったところで抗うことができるはずもなく、身体が崩れていくことを他人事のように感じながら、そこでもう一度抑揚のない声が頭の中に響いた。
『いつまでそうしているつもりだ?』
「…………!」
 視界が真っ白になる直前に聞いたそれは、紛れも無く自分の声だった。






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