光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜









 なんで俺、こんなところで寝てんだろう?
 あ、そうか。コブラとのデュエルの後に、DAの校舎ごと異世界に飛ばされてしまったんだった。
 できるだけまわりを起こさないように小さく欠伸をしながら、俺は横で寝ていた相棒を撫でた。



 異世界に来てからまだ数日。けれど、次々に起こる予想もつかない出来事に、これまでにも精霊界?に飛ばされたことのあった俺でさえも、これからどうすればいいのかまったくわからなかった。
 しかも生徒が傷つく事態が起きてしまっている。何者かに襲われて怪我をしたレイの為に、薬を探しに潜水艦へ行って戻って来たら、生徒達がデュエルゾンビ?になってた。なんとかレイを救い出すことはできたが、ゾンビになった翔や万丈目達を元に戻す術があるのかどうかもわからない。
 途方に暮れながらもデュエル続きで疲れているだろうからと、その日は休むようにと明日香達が気遣ってくれたおかげで一眠りしたが、空腹も後押ししてすっかり目が覚めてしまった俺は、眠っている相棒を抱えて静かにその場から離れた。




 turn.6 異世界の月の下で




 さすがにこの状況じゃ、好き勝手にそこらへんをフラフラする訳にはいかず、体育館の観客席の裏の通路で我慢する。そこでも人の目は無いから気分を変えるには十分だ。小さな天窓から外の光が差し込むところで床に座り込むと、腕の中で眠っている相棒をここぞとばかりに撫でた。異世界に飛ばされて大変だってことはわかってるけれど、こうやってハネクリボーに直接触れることができるのは正直嬉しい。元の世界でもこうやって触れることができたらいいのに。そんなことを思いながら、天窓からそそがれる光の元を見上げて、誰にとも無く呟いた。
「……異世界でも月は綺麗だなぁ」
「そうだな」
 独り言に返事が返って来て心臓が跳ね上がる。声をした方を振り返るとそこにはヨハンが立っていた。
「ヨハン!……ごめん、もしかして起こしたか?」
 彼も俺と同じく、デュエルで疲れているだろうからと今夜は休んでいたはずだ。ヨハンがここに来た理由を考えて謝った俺に、ヨハンはいつものやわらかい笑顔で俺の隣に座りながら言った。
「違うよ。十代が起き出す前から起きてたんだ。いろいろ考えると目が冴えちゃってさ」
「そっか」
 彼の腕には俺と同じように穏やかに眠るルビーが抱かれていて、お互いに腕の中の精霊を見て笑った。
「異世界に来て困ったことの方が断然に多いけど、こうやって精霊に触れられるってのは嬉しいよな」
「ああ。俺も同じこと思ってた」
 他の仲間達は呆れるかもしれないけど、こんな時でも同じ様に感じて笑い合える相手がいるってことが嬉しいし、何よりその相手がいつもと変わらないということは本当にありがたい。
 異世界に飛ばされてもヨハンはとても冷静だった。さすがトップを取って留学して来ただけはある。留学生達の異世界での行動は他の生徒達とは比べ物にならなかった。頼りがいがあると言ってもいいくらいのものだ。その中でもヨハンのみんなをまとめる力ってヤツは目を見張るものがあった。たとえ俺が大人になったとしても、あんなふうに振舞うことはできないと思う。その様子に見惚れたと言っても過言じゃない。ヨハンには異世界に来てから感心するばかりだ。
 だからだろうか。ヨハンとこうしていると、ここが異世界だってことを忘れそうになる。これから何が起こったって解決できる気がする。もしかしたら、これまでこんなに誰かを頼りなると思ったことはなかったかもしれない。
 そんなことをぼんやりと思いながら月を見上げた。そして
「「……美味しそう」」
と、俺とヨハンは同時に同じことを呟いた。確かに俺もヨハンも腹ペコだろうけど、何も月を見上げて同じタイミングで同じように言うことないのに。思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
「なんだよ、真似すんなよ〜」
「そっちこそ!」
 今までにも同じようなことが何度もあった。そんな俺とヨハンをみんなは似た者同士だという。確かに精霊が見えたりデュエルを楽しむ姿勢ってのは似ているかもしれない。でも、俺はそんなに似ていると思わない。むしろ全然違うんじゃないかと思う。ただ辿り着く答えってヤツが一緒ってだけだ。
 たとえば立っている場所は全然違うんだけど、俺達は同じ時に同じことに気付いて同じ様にそこに辿り着く。結果としては似ている行動をとっていることになるのかもしれないけど、実際はまったく違う経路を進んでいる。それは普段の物事の考え方でもデュエルでもそうだ。俺の予測を超えた道筋をヨハンは見せてくれる。だからこそ俺はヨハンとの会話やデュエルがたまらなく楽しいのだ。
 それを似ていると言うならそうなのかもしれない。けれど俺には、まったく違うヨハンがまったく違う道を辿って、俺と同じ場所に着くことってことがたまらなく嬉しいと思えるのだ。
 普段頭を使わない俺がそう思うぐらいだから、間違いないんじゃないだろうか。根拠は無いけど。
「それにしても、予想外だなぁ〜」
 隣に座るヨハンを視界の隅に置きながら、眠る相棒を撫でつつそんなことを思っていたら、唐突に続きが読めない言葉が出た。頼りになるヨハンだけれど、時々こんな風に突拍子のないことを言い出す。これだから俺はヨハンとは似てないと思うのだ。何がどうなって予想外なんだ?「何が?」と思ったまま聞き返した俺に、ヨハンは穏やかな顔でさらりと言った。
「まさか十代に月明かりがこんなに似合うとは思わなかった」
「――は?」
 突然何を言い出すのか本当に訳がわからない。目を丸くして見返すことしかできない俺に、ヨハンは楽しそうに笑いながら付け加えた。
「だってさ、お前の普段の様子見てたらさ、月明かりっていうよりは太陽の光の下が似合う気がするじゃん?」
「そっか?まぁ、確かに太陽の下は気持ち良いとは思うけど、こうやって夜起きて月見るのも俺は好きだぞ?」
 わざとらしいくらい惚けた返事をしてるって認識はある。けど、他に言葉が出てこないのだから仕方ない。俺は馬鹿なのだ。思ったことをそのまま口にして失敗することも多い馬鹿なのだ。そんな自分でもわかる的を外した返事に、ヨハンは真剣なのか馬鹿にしてるのかますますわからないことを言う。
「そっか。だからかな、普段は可愛い十代が妙に美人に見える」
「可愛いって、美人って…それに妙ってなんだよ妙って」
 こうなるともう俺にはお手上げだ。どこから突っ込めばいいのかわからない。これはあれか?留学生特有のおかしな日本語の使い方ってヤツだろうか?それとも本気なんだろうか?
 こんな時きっと翔や万丈目あたりが居れば、正しい突っ込みとやらを入れてくれるんだろうけど、二人ともゾンビになってしまっていた。
「マジだって」
「それを言うなら、ヨハンの方が絵になるってヤツなんじゃないか?」
「俺じゃダメ。意外性の問題なんだな」
「意味わかんねーし」
「わかんなくてもいいよ。俺がわかってれば問題ない」
「出たジャイアンデルセン!」
 そこで、それまでいつもと同じように話していたヨハンが急に真剣に言った。
「……なぁ、十代」
「なんだ?」
「これから何があっても、絶対みんなで元の世界に戻る。俺が戻してみせる」
 もしかしたらヨハンは俺が思っている以上に、今俺達が置かれている状況に気が張ってるのかもしれない。もちろん俺だってそれぐらいはわかってるし、もしみんなを元の世界に戻せる方法があるなら、それが危険なことだとしても諦めたりはしないだろう。
「ああ、俺だって諦めてないぜ!」
「……ああ。そしたらまたゆっくりデュエルしようぜ。もっと楽しいデュエルができるさ」
「そうだな」
「そして、日常を取り戻したら……そうしたらさ。きっと、もうこの気持ちも伝えなくてもいいんじゃないかって。そのままでいいと思うんじゃないかって。そのまま留学期間が終ってアークティック校に戻って。DAを卒業した後どんな生き方をしたとしても、十代とはきっと今と同じようにずっと親友で…」
 ヨハンにしては珍しく、元の世界に戻った後のことに思いを馳せるように、持って回った言い方をする。
「ヨハン?」
「年を取って二人ともじいさんになって、それでもやっぱりデュエルは大好きで…それもいいと思う。けど…自分の気持ちを伝えることはとても大切なんじゃないかって。今はそう思うから」
 そこで一息吐いてから、ヨハンは言った。
「俺は十代のことが好きだ」
「!」
 それが、ただの友達への好意でないことは普段空気を読まないと言われる俺でもわかった。わかったけど、それに対してどう対応すればいいのかわからない。
「俺もヨハンのことは好きだぜ?」
 俺は思わずその場をやり過ごそうとした。けれどヨハンはそれを許さなかった。
「その好きってどんな好き?」
「どんなって……」
「俺の好きは特別だ。他には代えられない、特別の―――」



 ヨハンはレインボードラゴンとユベルと共に光の中に消えた。
 DAを、みんなを、俺を、元の世界に戻して。
 それから俺の中で、何度も何度もその夜の言葉が繰り返されている。



 たぶんヨハンは気付いてなかったんだろう。ヨハンが考えている以上に俺もヨハンのことを好きだったってことに。同性の親友の、突然の告白にも戸惑いや嫌悪感どころか嬉しさしか浮かんで来ない程、ヨハンのことが好きだったってことに。それが特別っていうなら俺の好きは特別の好きだ。
「ヨハン、俺は……」
「こんなこと急に言われても困るのはわかってる。けど、こんな時だからこそちゃんと言いたかったんだ。」
 ヨハン自身もその時まで気持ちを伝えるつもりはなかったのかもしれない。その場の雰囲気で言ってしまったのかもしれないし、もしかしたらその後に起こることを感じとっていたのかもしれない。ただ、俺を追い詰めるつもりはなかったのだろう。思わず口篭ってしまった俺を気遣って、それ以上俺からの返事を求めようとはせず、「すぐに返事が欲しいとは言わない。ただ知って欲しかったんだ」と、話を切り上げようとしたヨハンに「……もし、俺も」と俺は、ヨハンの言葉を遮った。
「もし俺もヨハンのことが特別に好きだって言ったら……お前はどうするんだよ?」
「十代……!」
 ヨハンはその綺麗な碧の目を見開いて驚いた。言い出したのはヨハンなのに何だか心外だ。けど、その時は俺もヨハンと同じように、今感じてる気持ちってヤツを有耶無耶にしたくなかったし、何より気付いてしまった自分の気持ちを、知らん振りできる程器用でもなかった。
 はじめて見る驚いた様な、嬉しさを堪えてる様な、なんとも形容し難いヨハンが面白くて俺は思わずちゃかしてしまう。
「特別だったら、ヨハンはなんかしてくれる訳?」
「言ったな……!」
 余計なことを考える暇もなく、唇にヨハンの柔らかいそれが触れた。それはほんの一瞬で、さすがにキスしてくるとは思わなかった俺は確かに驚いたんだけど、正直物足りないという欲求の方が上回った。
「……今んじゃ、よくわかんねーよ」
「!」
 快楽に弱い俺は思ったままそれを口にした。ヨハンはそんな俺に再び目を丸くした後、笑いながら言った。
「続きは元の世界に戻ってからのお楽しみ、な……!」


 なぁ、ヨハン。
 お前が気付かせたんだぞ。なのにズルイ。
 続きは元の世界に戻って来てからのお楽しみって言ったじゃないか。
 なのに俺の所為で、こんなふうにお前を失うなんて絶対に嫌だ。
 だから俺はお前を探しに行く。
 たとえ俺自身を犠牲にしたとしても、俺は必ず――――






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