光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜








 十代が倒れたとの連絡に俺は飛んで帰って来た。
 ベットの上の蒼白な顔色の十代に不安が湧き上がるが、医者の話によれば身体に問題はないらしい。そうなると思い当たる理由は、失くしてしまった記憶を取り戻したという可能性だ。
 こればかりは十代が目を覚まさないと確認しようがない。俺は深い眠りの中にいる十代をただ見守るしかなかった。




 turn.7 動き出した時間




 倒れてから2日、目を覚ます気配のない十代に、もしずっとこのままだったら?と、ソファーに身を沈めながら柄にも無く後ろ向きなことを考え出した頃、隣の部屋からゴトッという異音が耳に飛び込んできた。
「十代……!?」
 慌てて隣の部屋に飛び込むと、目を覚ました十代がベットの横に倒れていた。たぶん急に動いて立眩みでも起こしたのだろう。上半身を重そうに持ち上げながら少し視線を彷徨わせた後、側に駆け寄った俺に気付くと、十代はその木の実の様な瞳を大きく見開いた。彼の強い意志が蘇るようにそこに光が宿ると、これまで見たことないぐらいに顔をくしゃっと歪ませる。
「…………よ、はんっ……!」
 その瞳に光るものが見えたのは一瞬で、飛びつくように抱きついて来た十代を受け止めた。
「よはん、よはん、よはんっ……!」
「どうした十代。落ち着けよ、俺はここにいるぜ」
「よはん……っ!」
 抱きつくというよりは、必死にしがみ付いていると言った方が正しい。これまで見たことのない十代の様子に少し驚いたが、何がこれほど十代を怯えさせているのかわからず、その様子を見守るしかできない。何度も俺の名を呼び震える十代の背中をゆっくりを撫でていると、俺の胸に顔を埋めたまま十代は言った。
「……ヨハンを、異世界に残して来てしまった……俺の所為で!本当にすまない……ヨハンッ……!」
 搾り出す様な十代の言葉で、記憶を取り戻したことを確信した。しかし全ての記憶を取り戻した訳ではないらしい。「残して来た」という言葉から察するに、どうやら最初の異世界から戻ったところまで思い出したようだ。何度も 「すまない」を繰り返す十代に俺は胸が締め付けられる。
「お前の所為なんかじゃないさ。俺が望んでそうしたんだ。お前がそんなに自分を責める必要なんてない」
「違う……全て俺の所為だった。デスデュエルも、DAが異世界に飛ばされたことも、全部、俺の所為だった……!アイツが、ユベルがあんなふうになってしまったのは、俺の所為なんだ!」
「そんな言い方するなよ。お前が望んだことじゃないだろう?」
「でも……っ!」
「謝らなきゃならないのは俺の方だ。俺が意地を貫いたことで、十代をこんなに苦しめてしまうとは思わなかった」
 当時は直感でそれが最善だと思った。今でも間違っているとは思わないが、今の十代には通じないだろう。
 俺は知っている。取り残される者の苦しみってヤツを。異世界で救われ、ユベルとの決着をつける為にと彼の背を見送ることしかできなかったあの時、とても辛くて悔しかった。その後も十代は戻って来ると信じていたけれど、それまでの時間は心が千切れる思いをした。そして、異世界から戻って来た十代はそのことを蒸し返すようなことはしなかった。だから俺もあえてそれに触れなかったのだ。
 けれど、今は違う。十代にとって異世界でのことは現在も進行中の出来事で、あの時俺が知ることさえできなかった十代を、今目の前にしているのだ。
「ゴメンな」
 俺の謝罪にも、十代は俺の腕の中で頑なに頭を振る。
 異世界から戻った後、翔達から話には聞いていたけれど、正直信じることができずにいた。あの十代が俺を救うことに拘って仲間を後回しにしていたなんて、みんなの思い違いなんじゃないかなと思ったものだ。
 しかし、それはあながち間違いではなかったらしい。今の十代の様子を見れば納得するしかない。
「ヨハンは悪くない……」
「十代」
「悪いのは俺だ。全部俺の所為だった……」
「十代」
「俺が居なければ、ヨハンが異世界に取り残されることはなかった……」
「十代」
 最初はじめて見る十代の様子に面食らっていたけれど、自分を卑下する十代に段々腹が立ってきた。そして、この十代の行き着く先が覇王なのだとしたら――――
「みんなは、ヨハンは、何も知らないから……っ!」
「……十代!」
「!」
 その細い肩を掴んで声を荒げた俺に、十代がビクッと身を縮込ませた。
「それ以上自分を責めるようなこと言ったら、俺は本気で怒るぜ?」
「けど、」
「けどじゃない!……落ち着けよ、十代。今お前の目の前には誰が居る?」
「……ヨハン」
「そうだ。確かに異世界でのことは全て現実に起こったことだし、それを引き起こしたのはユベルで、ユベルの目的はお前だった。一度は俺も異世界に残った。」
 俺の言葉に十代は顔を顰める。けれど俺から目を逸らそうとはしない。そんな十代はやっぱり強いと思う。だからこそ、俺は十代に惹かれる。目を逸すことができない。手放したくない。
「だけど、今、お前の目の前に俺は居るじゃないか」
「!」
 まっすぐ俺を見つめるその瞳が心地良い。このままずっと俺だけを見ていてくれたらなんて、叶わないだろう甘い思いを隠して、今はただ少しでも十代の不安が消えるようにと言葉を繋いだ。
「俺は何処にも行かない。十代が不安に思うことなんてない」
「これ、夢じゃない…よな?本当に、ヨハンだよな……?」
 今にも零れ落ちそうになっていた涙を拭って頬を撫でると、そのままぎゅっと抱き寄せた。まだ少し震えている十代から伝わって来る体温が熱い。
「ああ、俺はここにいるぜ。ちゃんと感じるだろう?」
 その熱を確かめるように、俺の熱も十代に伝わるように、異世界の月の光の下ではじめて交わした時よりも少し長く口づけた。そのことで不安が薄らいだのか、ただ単に驚いて気が紛れただけかもしれないが、少しはいつもの調子を取り戻したらしい。
「……ヨハンはいつも、急なんだよ」
 十代は少し顔を赤らめながら口を尖らせた。その表情に俺も安心してもう一度抱き寄せると、十代は俺の腕の中できょろきょろと視線をあちこちに彷徨わせながら、ようやく回り出したらしい頭で確認するように言う。
「なんで俺、こんなところに……あ、そうか。事故にあったんだっけ?なんで事故…あ、忘れちまってんだったっけ……?」
「ゆっくりでいい」
「ごめん、ヨハン……俺、なんか頭の中、グチャグチャで……」
「わけわかんねぇ」と苦笑して、俺の肩に押し付けたその頭を撫でてやると、やっと落ち着いて来たのか十代は強張っていた身体の力を抜いた。
「謝るなよ。一度にいろいろ思い出したんだ。しかも、日常とはかけ離れたことばかりだ。混乱しても仕方ないさ」
「ちょっとどころじゃないぜ……!きっと経験してない人間が聞いても、本当のことだって信じて貰えないようなことばっかりだ」
「そうだな。けど、少なくともあの異世界を過ごした仲間達は、ちゃんと本当のことだって知ってる。それだけで十分じゃないか」
「そうだよな。みんなも、ヨハンも、無事に異世界から戻ってるんだよな……」
 布越しに感じる十代の篭った息が熱くて仕方ないけれど、弱みに付け込むことはしないようにと、膨れ上がる気持ちを必死に押さえ込んだ。



 人伝でしか知らなかった十代の一面を目の前にして、その痛々しさの反面、十代にとって俺の存在は、自分が思っていた以上に大きかったと思っていいんじゃないだろうか?と、じわじわと広がる喜びに気付いて苦笑した。
 ゆっくりと時間を取り戻し始めた十代のこれからのことを考えれば、喜んでばかりはいられなのに、自分の腕の中に十代がいるってことが、どうしても俺の気持ちを緩ませる。






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