光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜







「っ・・・・・・いってー!」
 心地よくまどろんでいた俺の頬に、ゴッという鈍い音と共に衝撃が走ってすっかり目が覚めた。特別室とはいえ病室のベッドには違いないから狭いのは仕方ないが、ズキズキと痛む頬を擦りながらその痛みをくれた隣で寝ている張本人を見る。
「・・・・・・ったく、すっげー気持ち良かったのに〜」
「・・・・・・どろぉ〜・・・・・・」
 どうやら夢の中でデュエル中らしい。十代はもごもご寝言を言いながら寝返りを打つと、再び規則正しい寝息を立てる。そういえばこいつは昔から寝相が悪かったと苦笑しながらも、最近ずっと悪夢に魘されていることを知っている俺はホッとする。こんなにも穏やかで警戒心の無い寝顔を見るのは本当に久しぶりだ。レッド寮に入り浸っていた頃以来かもしれない。
「そんな顔されたら、文句言えなくなる・・・・・・」
 今夜ぐらいは悪夢を見ずにゆっくり眠れるといい。と、俺が願うのは自己満足でしかないって自覚はあるけど。起こしてしまわない様にゆっくり手を伸ばしてその頭を撫でながら、十代の寝顔を見ているとそう願わずにはいられなかった。




 turn.9 どこまで行っても平行線




 互いの気持ちを確かめ合って。
 互いの体温を分け合って。
 何があっても俺が側に居ると知って。
 そのことが支えになって十代が少しでも落ち着いて過ごせればいい、という俺の考えは甘かった。俺も十代も意地っ張りで強情なのだ。俺は十代の側にいると言い、十代はやれるとこをやれと言う。ここに居ることが俺にとって一番大切だと何度繰り返しても、十代は聞く耳を持たなかった。このすれ違いもお互いのことを思ってのことだけに性質が悪い。
 そんな状況が数日続いて、どんどん機嫌が悪くなっていく十代を前にして、結局俺が折れることになった。
「十代、俺は正直、今も納得できない」
「なんだよ、お前がわかったって言ったんだろ?男に二言は無いんだぜ!」
「そうだけどさ〜」
 俺は口を尖らせながら十代を後ろからきつく抱きしめて跳ねた髪に顔を埋めた。ようやくこんなふうに触れ合えるようになったのに、協力している研究に戻る数日の間とはいえ十代と離れなきゃならないと思うと不満だ。そんな俺の心境を知ってか知らずか十代はいつもの様に茶化す。
「なんだよ、甘えてんの?」
「甘えてますよー。結局俺は十代に逆らえないんだ。せめて甘えさせろよー」
「しょうがねえなぁ」
 少し呆れて、けれど嬉しそうに。頭だけで振り返った十代にキスしようとしたその時、自動のドアが開くと聞き覚えのある声が二人だけの空間をぶった切った。
「・・・・・・邪魔して悪いが、そろそろ時間だ」
 扉に立つその声の主は、腕を組んで仁王立ちしているオブライエンだった。邪魔しているという自覚があるなら、せめてもう少しだけでいいから間を空けてから来て頂きたい。そんな彼の登場に俺はがっかりしたが、十代はまったく気にならなかったらしい。この状況を見られたことを恥ずかしがるでもなく邪魔されたことを残念がるでもなく、歓喜の声を上げた。
「オブライエン!久しぶり?だな〜!どうしたんだよ?」
「聞いていないのか?ヨハンが居ない間のお前の見張りだ」
 オブライエンの不躾な物言いに「看病って言えよ」と突っ込んだ俺に、十代は不満そうな視線を向けた。
「ヨハン・・・・・・俺は大丈夫だって言ったのに」
「俺が大丈夫じゃねえの。これが俺の最大限の妥協な」
 本当なら一時も十代から離れたくないのが本音で、何人たりとも俺の意思を変えることなんてできないが、十代だけは別だ。その結果がこれだ。離れている間のことを考えて俺が事前に頼んだのだった。もちろん十代はそんな必要ないと言うだろうが、俺だってこれ以上は譲れない。
「たくっ・・・・・・」
「他にも来るはずだから、それはその時のお楽しみな」
「他にも!?何人も呼ぶ必要ねーじゃん!」
「見舞いに来たいって言ってくれる人がいるんだ。ありがたい話だろ?」
「そりゃ、見舞いに来てくれるのは嬉しいけどさぁ・・・・・・」
 おそらく自分のことを頼りなく思われていることが不満なのだろう。ここ数日何度も向けられている眼差しに、さすがの俺もいい加減にしろよと言いたくなる。確かに俺は十代を甘やかしたいのだけれど、それと同じくらい自分に従わせたくも思っているのだ。これは男としての本能といってもいいだろう。問題は十代も同じ様に感じているということだ。こうなるとどこまで行っても平行線だ。二人の間に流れ始めた不穏な空気に、それを読んだオブライエンが「ヨハン」と声をかけてきた。彼はよくわかっている。けど、どうせ読むならさっきもそうして欲しかった。
「わかってる。じゃ、行って来るぜ」
「おう」
 キスは諦めてポンポンと十代の頭を撫でた後病室から出ようとすると、オブライエンが俺の後に続きながら言った。
「ヨハン、少し話がある。十代、動き回るなよ」
「あ?」
「おう?」
 彼らしい端的な指示に、俺も十代も頭を捻りながらも拒否する理由もなく、「なんだよ、オブライエンまで俺のこと子供扱いかよ〜」と唇を尖らせた十代を置いて、俺達は部屋を後にした。



「聞いていたより元気そうだ」
 二人でその歩を進めていると、珍しくオブライエンが先に口を開いた。
「ああ、元気過ぎてちょっと心配になるくらいな」
「お前もな」
「?」
 あいかわらず余計なことは話さないヤツだ。まぁ、彼がそういった性質であることは今に始まったことではないし、話さなければならないことを避けることはしないからなんら問題はない。そんなことを思っていた俺に、その話題をそれ以上続ける気はないらしく直球で話をふってきた。
「聞いておきたいことがある」
「なんだ?」
「あの研究、いつまで続けるつもりだ?」
「!・・・・・・とりあえず、今回の実験結果しだいってところかな」
 今回彼に十代を任せることになった理由でもある研究については、オブライエンもよく知っていた。その研究に俺が関わるようになった経緯も目的も全て知っている。彼はそれを知る数少ない人物の一人だった。そんな彼が、こんな確認をしたくなる理由もわかる。十代のことを含めて俺の行動に疑問を感じても当然だ。そう考えて答えた俺に、オブライエンは念を押すように確認した。
「そうか・・・・・・お前の目的は今も変わってないんだな?」
「もちろん。そうじゃなきゃあんな研究、俺が協力する理由があると思うのか?」
「いや・・・・・・それなら問題はない。少なくとも同じミッションをこなしているお前のことは信頼している。そうでなければここにも来ないさ」
 俺の返事を聞くと張り詰めていた空気を緩めてオブライエンが言った。
「それに十代のことも、気になっていない訳じゃない。あいつの力になりたいと思っているのはお前だけじゃないんだ」
 決して自分が、とは言わないところが彼らしい。俺と十代の関係についてもわかっているはずだが、そのことについてごちゃごちゃ言わないところもいい。だからこそ、十代のことを任せる気になれたのだ。もし十代が記憶を失わず全てを知っていたとしたら、きっと俺のことを抜け目のないヤツだと呆れながらも正しい判断だと納得することだろう。
 心残りが無いと言えば嘘になるが、ここまで来て引き返すこともできない。
「ありがとうオブライエン、十代のこと頼む」
 俺は覚悟を決めると、そう言い残してそのまま病棟を出た。






 ヨハンを見送った後すぐに病室に戻ると、十代はテーブルにカードを広げていた。何も言わずオブライエンは向かいのソファーに腰を下ろす。
「お、早かったな」
「たいした話じゃなかったからな」
「ふ〜ん、それにしてもオブライエン本当にここに居てもいいのかよ?お前だって俺と違っていろいろやる事あるんじゃないのか?」
「ここで数日過ごすくらいの余裕はあるさ」
「そっか。まぁ、確かに俺と違ってオブライエンはしっかりしてるもんな、俺が心配する必要なんてないよな〜」
 そう言いながら特に気にする様子もなくカードに向かっている十代に、少しばかり落ち着かない自分がいることに気付いた。もしこれが異世界から戻って来た後の十代ならば、あえて知らぬ振りをしているのだと判断するが、ヨハンの話によれば今の十代はそうではないらしい。
 もちろんこれまでの記憶があろうが無かろうが十代には変わりないし、それで俺の十代に対する態度が変わる訳ではないだから何の問題もないはずだ。そう考えながらも消えない違和感に、どちらかといえば異世界から戻って来てからの方が付き合いの長いからだろうか?と自分の気持ちを量りかねていると、十代が少しばかり遠慮がちにおずおずと声をかけて来た。
「・・・・・・なあ」
「なんだ?」
「デュエルしねえ?」
 十代は「あ、でもHEROデッキは使えないけど、」と口篭っていたが、俺にデュエルを拒否する理由も特にない。「いいだろう」と答えると十代は大げさなリアクションで「え!?マジでいいの!?」と、驚きの声を上げた。
「何をそんなに驚く必要がある」
「いやぁ〜だってさぁ、俺はてっきりヨハンに止められてると思って・・・・・・」
 そう言いながら頭を掻く十代に、ここでのヨハンとの生活が垣間見えた気がした。
「なるほど・・・・・・確かに話は聞いているが、俺はアイツの様にお前を甘やかすつもりはないからな」
「あはは!だよな〜!ヨハンは俺に甘いっていうか、ちょっと過保護っていうか」
「大体、お前がデュエルをしたがらない方がおかしいだろう」
「!・・・・・・そうだよな!じゃあさっそく、」
 その言葉が嬉しかったのだろうか、顔を紅潮させながらさっそくとばかりに飛び上がるように立つと、備え付けられているテーブルの引き出しからデッキとディスクを取り出し、ディスクを腕にはめようとしている十代を、さすがに俺は止めた。
「ただし、ディスクは無しだ」
「ええ!なんで!?」
「お前・・・・・・ソリッドビジョンとはいえ、病室で騒ぐのはマズイだろう」
「あ、そうか。そうだよな!あははは」
 そう言いながら頭を掻いて笑う十代に、張り付いていた違和感が薄らいだことに気付いた。そうなのだ。目の前にいるのは誰よりもデュエルを楽しむ出会った頃の十代なのだ。そう考えるとむしろこの方が自然の姿であるようにさえ思えてくる。十代が目を覚ましてすぐ見舞いに来たらしい翔たちが、このままでもいいんじゃないかと喧々諤々していたらしいが、納得せざるおえない。
 ただ、個人的な意見を述べれば、俺は全てを思い出すべきだと考えている。それも一刻でも早く。それが辛くとも十代の為になるはずだ。十代のことを思いやる翔達やヨハンには悪いが、そう思ったからこそ俺はここに来たのだ。






 十代との久しぶりのデュエルも問題はなく、数日過ぎ、ヨハンの心配も杞憂で済んだと喜ぶべきなのだろうかと思いはじめた頃、ある男が訪ねて来た。
「やぁ、オブライエン」
「・・・・・・予定通りだな、ジム」
 そう言いながら病室に入って来た彼の背中に見慣れた姿がない。
「カレンはどうした?」
「事前にアポイントしたら遠慮して欲しいと言われてね。今回彼女は留守番さ。俺にとっては家族だが、世間ではそうとっては貰えないことが多くて悲しいね」
「そうか、きっと十代も残念がるだろう」
「その十代の様子はどうだい?」
「ああ・・・・・・」
 そう言いながら奥の病室に案内する。そこには大きな口を開けて寝息を立てている十代の姿があった。
「昼食後の昼寝中だ」
 その姿を見てジムも安堵したのだろう。小さく笑い声を上げた。
「元気そうで何より」
「元気過ぎて困る」
 十代を起こさないようにそっと隣の部屋に戻りながら、数日前にヨハンと交わした同じセリフを思わず口にする。共に時間を過ごしたのは数日だが、あの時ヨハンがそう言った訳がよくわかった。確かに十代は元気過ぎる。その姿だけを見ていれば記憶の障害のことなど、たいした問題ではない気がする程だ。
「その様子だと、俺は必要なかったかな」
 ソファーに腰を下ろしたジムはそう言ったが何処か楽しげだった。
「ありがたいことにな。だが、十代はお前に会えば関係なく喜ぶだろう」
「だと嬉しいがね。まぁ、せっかくここまで来たんだ。ヨハンが戻って来るまで十代とのデュエルを楽しませてもらうさ」
 なんてことはない。デュエリストはどんな道を進もうと何処まで行こうともデュエリスト。デュエルせずにはいられないのだ。ましてや十代程のデュエリストを前に指を咥えている方がおかしい。まぁ、そんな風に思えるようになったのは他でもない十代に出会ったからなのだが。
「そんなことを言っていられるのは今のうちだけかもしれないぞ。十代に付き合わされてデュエルして、最後まで笑っていられた人間はヨハン以外に見たことがない」
「違いない」
 そう言って笑っていたジムだったが、そこで表情が変わる。
「十代とのデュエルも楽しみだが・・・・・・十代が目を覚ます前に、俺とデュエルってのはどうだい?」
 どうやらジムは俺のことも十代同様、デュエルするに値するデュエリストと認識してくれているらしい。もちろんそれは俺も同じだ。そして十代同様、ジムとのデュエルを断る理由はなかった。
「いいだろう」
 それ以上の言葉はいらない。俺達は互いのデッキを交わしてシャッフルする。






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