光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜







 それからの覇王はとても大人しいものだった。ただ単に視力を奪われたことと、初っ端の失敗が堪えただけかもしれないが。
 あの後、医者に目を診てもらったが結局原因ははっきりしなかった。おそらくそうなるだろうと予測していたが、どうやら覇王はそう考えてはいなかったようだ。対処の方法がないと聞いた途端、すっかり落ち込んでしまいそれまで以上に輪をかけて大人しくなってしまった。
 確か日本ではこういうシテュエーションを「借りてきた猫」と言ったと思う。
 猫と言っても百獣の王だが。




 turn.11 全てを理解出来る訳ではないけど




 穏やかな午前中の太陽の光に包まれる中庭で、ベンチに腰を掛け俺は背筋を伸ばした。看病とはいえ病室に閉じこもってばかりいるのも気が滅入るもんだ。
 そこへ溜息と共にオブライエンが戻って来た。思わず釣られてこちらも苦笑が漏れる。彼のその様子から詳しく話を聞くまでもなく、何とか上手くいったようだと予測できたが、この場で話を聞いてやることも彼のストレスを発散する為には必要だろうと、俺はあえて経緯を訪ねた。
「どうだった?」
「どうもこうもない。予想通り現状を話した途端、今すぐ帰ると言い張った」
「だろうね」
 俺とオブライエンで話し合った結果、ヨハンにはあえて十代のことを知らせるのを遅らせていた。理由は簡単。彼が十代のことを知れば、再び研究を放ってすぐにでも帰ると言い出すことが目に見えていたからだ。そう考えた俺達は少しの間彼からの電話にも嘘をついてタイミングを計っていた。だが、たった数日とはいえ、十代本人がヨハンからの電話に出ないという状況をいつまでも誤魔化せる訳もなく、明日戻って来る予定の今日、ヨハンに知らせることにしたのだ。もちろん下手をすれば、そのまま彼が帰って来てしまうことも想定内だ。
「で?どうやって説得したんだ?」
「 “何の為に俺達を呼んだんだ。十代のことを本当に思うなら、とっととその研究を終らせろ”と」
 案外シンプルな説得を試みたもんだと口笛を吹く。だがヨハンにはその方が効果があるのかもしれない。何事にも冷静で頭が回るヨハンだが、十代のこととなると少々視界が狭くなるのは自他共に認めるところだろう。そんな彼が随分呆気なく承諾したものだと「それだけかい?」と聞き返した俺に、オブライエンはもう一度溜息をついて答えた。
「ああ。そのかわり“十代から一時も目を離すな”だそうだ」
「ハハハ!ヨハンらしいね」
 その言いっぷりに思わず笑ってしまう。ヨハンのスゴんだ物言いが目に浮かぶようだ。そんな風に迫られるオブライエンには同情する他なかったが、俺達が危惧していた再び研究を放ってすぐに戻って来るという事態を避けられたことで、少しはオブライエンも安堵したのだろう。余裕のある様子で呆れたとばかりに頭を振った。
 それに十代についてはヨハンに言われるまでもなかった。というか、彼を前にして目を離すことができる者がこの世界にいるとは思えない。良い意味でも悪い意味でも。
「で、あっちの方はどうだ?」
「あいかわらず大人しいもんだよ。何だか物足りないくらいだね」
 二人の視線の先に気分転換にと外に連れ出されたものの、視力を奪われたことで自由に動くこともできずに、ただまんじりともせずベンチに座ったままの覇王の姿があった。
 覇王との付き合いは(あくまで異世界でのことを除いての話だが)ここ数日の間でしかなかったが、彼が纏っていた覇気というヤツは、以前に比べれば格段に穏やかなものになっている。俺の左目には彼から異世界での脅威は感じられない。今もしも右目にオリハルコンの眼があったとしても同じだと思う。少なくとも俺はそう感じていた。しかしオブライエンは今の覇王を目にしてもそうとは思えないようだった。どうやら異世界での体験が心底堪えているらしい。彼にとってのトラウマとやらになっているのかもしれない。
 案の定物足りないと言った俺に、オブライエンは信じられないと言わんばかりの視線を向けて来た。
「お前はあいつを前によくそんなことが言えるな……」
「君は警戒し過ぎだと思うね。もうそろそろ慣れてもいい頃だろう?少しはリラックスしたらどうだい?ほら、どこからどう見ても人畜無害なクールビューティーにしか見えない」
 これは謙遜ではい。出会った頃の十代はころころと表情の変わって可愛いという印象の方が強いが、今の覇王は表情が乏しいことが幸い?してか、彼が本来持っていたのだろう美しさってのが強調されているのだと思う。何よりデュエル中とは違って覇気のない彼の姿は、その瞳の色もあってまるで綺麗なドールが座っているようにさえ見える。
 けれどもそんな俺に、オブライエンは共感することはできないらしい。
「……お前の感覚はおかしい」
と、ここに来てから何度目かのセリフを聞いたその時、覇王が「おい」と声をかけて来た。
 彼は基本的にどうしても一人では困る場合を除いて、自分から話かけて来ることはなかった。つまり彼から声をかけてくるいうことは、何かして欲しいことがあるということだ。
 すぐに「何だい?」と訪ねると彼は「トイレ」と一言だけ口にした。片言だけで伝えようとするその様子は、むしろキュートと言っても間違っていないんじゃないだろうか?
「OK。オブライエン、頼んだ」
「な、」
 これまでは俺が覇王の世話をしていたが、オブライエンの彼に対する恐怖ってのを拭い去るにはいい機会だろう。そう考えてのことだったが、オブライエンはわかりやすいぐらいの反応で固まった。正直そんな反応をされると、少しばかり意地悪なことを言いたくなるのは俺だけじゃないはずだ。
「これくらいは問題ないだろう?それとも、まだ彼に怯えてるのかい?」
「まさか!……仕方ない、な」
 あえて彼が少々カチンとくるであろう言葉を選んでやると、なんてことはない。オブライエンは売り言葉に買い言葉で、すぐにそれを承諾して覇王の元に向かい「行くぞ」と彼に声をかけると、覇王を自らの腕に捕まらせて歩き出す。
 なんでもない振りをしているが明らかに硬直気味なオブライエンと、彼の腕に引っ張られつつそのことを気にも掛けていない覇王が後ろから付いて行く、というその面白い風景に、思わず笑いそうになって俺はハットで口元を隠した。






 覇王の昼食の手伝いもオブライエンに任せてみたら、どうやら彼の中で覇王に対する気持ちが少しは変わったようだ。餌付けとは良く言ったもので、する方もされる方も絆されるのかもしれない。二人の様子を見ながら覇王が自分の手から離れていくことに、少しばかり寂しさを感じていることに気付いて苦笑した。
 そして、彼は間違いなく十代なのだと理解する。他の誰よりも人を惹き付けて止まない魅力を持った十代だと。



 そんな昼食を済ませた後、俺は以前から気にかけていたことを思い出して、隣のソファーに座っていた覇王に断りを入れた。
「覇王、TVでデュエルの番組があるんだ。見てもいいかな?」
「好きにすればいい」
「ありがとう」
 あえて尋ねたのは、目が見えない今の彼にとって、デュエルを思い出させるのは苦痛かもしれないと心配してのことだったが、覇王自身にそれほど気にする気配はなかった。同じく様子を伺っていたオブライエンも問題ないと判断したのだろう。覇王にも伝わるようにわざと声をかけてソファーから立ち上がった。
「もうそんな時間か。すまない、少し席を外す」
「構わないよ」
 俺の承諾を得るとオブライエンは病室から出て行く。彼もヨハンに負けず劣らず忙しい身の上だ。今受けているミッションとやらの経過報告だけでなく、今後のことについて話し合う必要もあるだろう。特に十代のことは難問中の難問だ。
 今回の件に深くは関わっていなかった俺にも、これが安易な問題ではないと推測することは難しくなかった。おそらく噂に聞いた三幻魔やユベルの事件に並ぶ事態だ。そう察したからこそこうやって駆けつけた訳だが、我ながらベストタイミングだったんじゃないだろうか。
 そんなことを思いながらTVをつけると、すでに目的のデュエルははじまっていた。まだプロとしてデビューしたてのデュエルスト同士ということもあって、後半の人気デュエリストの前座のような扱いに観客席の反応は疎らだったが、俺にとっては好奇心を持たざるおえないデュエルだった。何ひとつ見逃すまいと真剣に見ていると、覇王の気もTVに向いていることに気付いた。デュエリスト自身の言葉や司会やコメンテーターの解説があれば、覇王程のデュエリストなら目が見えないことはハンデにもならないだろう。それを証明するように、TVの中のデュエリストが召喚したモンスターで、すぐに俺が注目した理由を察した。
「……その男、お前と同じコンセプトのデッキか」
「ああ。だから彼のタクティクスは是非見ておかないと、と思ってね」
 覇王の言う通り、彼は俺と同じ化石融合を主力とした岩石族デッキの使い手だった。そのことを知ったのはつい最近の話だが、自分と似たデッキを使っているとなると気になるのは当然だろう。
 それから二人とも黙ってそのデュエルに集中していたが、デュエルはまだ中盤というところで覇王が言った。
「この男も弱くは無い。だが……」
「だが?」
「お前程、デッキを使いこなせているとは思えない」
「!」
 彼からそんな言葉が出て来るとは思いもよらず、意識がデュエルから覇王に移る。覇王もそんな俺に気付いているのだろうが特に気にかける様子はない。TV画面に向けてはいるが見えていないはずの金の瞳を見つめながら、彼の言葉を反芻していると、じわじわと妙な嬉しさが広がってきた。
「君にそう言ってもらえたら、とても自信になるね」
「俺を相手に一歩も引かず、あれだけのデュエルをしておいて、カケラにも思ってもいないことを言うな」
「だからこそさ。俺は身を持って君の実力を知っているからね。そんな君が俺のデュエルを認めてくれているのだとしたら、他の何よりも信用できるし嬉しいさ」
 それは俺の率直な気持ちだった。自らが強いと認めた相手から、己のデュエルを認められることほど嬉しいことはないだろう。が、それを聞いた覇王は何故かフッと口角を緩めた。
「……お前はおかしなヤツだな。異世界でもそう感じたが」
「おかしい?」
「俺を前にするだけで殆どの者が抵抗することさえなかった。たとえ逆らったとしても俺を追い詰める程の者はいなかった……お前とオブライエン以外はな」
 そう言う覇王から向けられるのは、殺気混じりの覇気ではなく心地良い闘志だ。
 そんな彼に俺の中でずっと引っかかっていたことが再び疼き出した。本当はそのことを持ち出すつもりはまったくなかったが、こうして覇王としての十代と話すことができるのはいつまでなのか予測もつかない今、いいチャンスだと思えてきた。
「これも必然ってヤツなのかもしれないね」
「必然?」
 一度意識が離れてしまったデュエルはすでに終局を迎えていた。俺はTVの音量を少し下げると座り直して覇王の方に向き合う。覇王も俺の動きを察してかその言葉に耳を傾けていた。
「こんな機会が来るとは夢にも思ってなかったから、もう君に直接伝えることはないだろうと思っていた。だが、異世界のことで君には言いたいことがあったんだ」
「十代に、ではなく?」
「そう。十代にというより…覇王、君にだ」
 一呼吸おいて俺はずっと思っていたことを覇王に伝えた。
「君に一言謝りたかった。すまない」
覇王には見えないのだろうが、それでも俺は彼に頭を下げた。一方的な謝罪に覇王は何が言いたいのかまったくわからなかったようだ。「話が見ない」と、こちらを向くと頭を傾げて言った。
 確かにこれだけじゃ言葉足らずだということは俺にも分かっている。ただ覇王が興味を持たないならば、そのまま聞き流されてしまってもいいと思ったのだ。自己満足の謝罪には違いないから。しかし覇王は俺の謝罪が気にかかったらしい。こうなったら全て話すしかない。こちらを伺う彼に俺は覚悟を決めて口を開いた。
「異世界での君とのデュエル中、俺は十代に“お前の心に闇なんて必要ない”と言った」
「――――!」
「君とオブライエンとのデュエルの後にも、心の闇の十代に俺は言った。“もう闇の鎧は必要ない”と」
「…………」
 どうやら覇王にも覚えはあるようだ。だが、彼にとっては取るに足らない程度の言葉で、そんなことすっかり忘れていたのだろう。まぁ、そんなところだろうと思いながら、俺自身の言葉に説明を付け加える。
「もちろん闇そのものを否定するつもりはないよ。誰の心にも闇は存在する。けれどそれに溺れてしまえば、まわりだけでなく己も傷つくことになる。それがたとえ何かを守る為だったとしても」
「!……俺は、」
 覇王なりに思うところがあったのだろう、言い返そうとした彼を俺は遮った。
「別に全てを知りたい訳じゃないんだ。知ったところで全てを理解できるとも思わないしね。それでも異世界から戻って来てみんなから話を聞いて、俺なりに君という存在について考えているうちに、俺自身が十代に言った言葉が引っかかるようになった。あの時はただ十代を救いたくて、心の闇を……君という存在を、否定するような言い方をしてしまったなと……まぁ、十代や君がそのことを気にしているとは思ってないけどね」
 そう言って笑ってみせる。もちろん今の覇王には見えないだろうけれど。それでも彼には俺の言いたかったことが十分伝わったようだ。テレビに向き直りながらゆっくり瞼を閉じて再びフッと口角を緩めた。
「やはりお前はおかしなヤツだ」
「オブライエンにもそう言われる」
「あの男が正しい」
 まさかあの覇王とこんな風に会話を交わすことができる日が来るとは、神様ってヤツはたまに面白いことをする。これで、覇王の目が見えるようになって、デュエルのひとつでもできれば言うことないのに。だがこれ以上のことを求めるのは欲張りなのだろう。
 あとはこの状況を生み出した事態が好転することを祈るばかりだ。






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