「……眩しい」 つい口を吐いてしまった言葉に舌打ちするが既に時遅し。同じ空間にいる二人が固まってしまった。 turn.12 眩む闇 「覇王、今なんて言った?」 見えずとも気配を察することはできる。切羽詰った様子で詰め寄ってくる二人に「何でもない」と答えたが、それで引く二人ではなかった。 「 “眩しい”と言ったな。それはどういうことだ?」 「言葉の通りだ。それ以外の何物でもない」 そう答えると少しばかりの沈黙の後、顔の前を何かが勢い良く通り過ぎる。開いたままだった瞳に風が触れるのを感じた。おそらくジムが俺が本当に見えないのかを確かめたのだろう。しかし言った通り今の俺には何も見えない。 「……確かに見えていないらしいね。覇王、すまないが言葉の意味を詳しく説明してくれないか?」 いつもの穏やかな調子でジムに尋ねられて、俺は今自分の見えているものをそのまま伝えた。強い光を正面から浴びたように眩しく視界が遮られていると。少なくとも俺が目を覚ました時からずっとそうだった。 常に闇の中にある俺にとって……いや、闇そのものである俺にとっては、常に光を目の前に突きつけられているようなこの状況は苦痛でしかなかった。しかしどうしようもない。医者にも原因がわからなければ、どうしようもないと言われたのだ。いっそ瞳を取り出してしまおうかとも思ったが、取り出したところでこの光?が払われる保障がない以上、俺にはただ耐えるしかない。そう思っていたのに、気が緩んだとしか言いようがない。つい “眩しい”と口を吐いてしまったのだった。 それを聞いた二人は随分戸惑っているようだった。 「通常はどうなんだろうな?俺の認識では目が見えないというのは、暗闇というイメージなんだが」 「見るという行為は、瞳が光を捉えることが前提のはずだ。強い光によって視界が奪われることがあるが、それと視力を失うことは別だ。確かに見えないという状況にかわりはないだろうが……」 しばらく二人で分析していたが答えが出るはずもなく、その矛先が再びこちらに向いて来た。少しばかり呆れた様子でオブライエンが言う。 「何故もっとはやくそのことを言わなかった」 「言わなければならないことか?」 俺にしてみればそれがそれほど重要だとは思えない。闇だろうが光だろうが見えないことに変わりないし、後は俺にとっては光が不快だというだけの話だ。そう考えて聞き返した言葉に、再びしばらくの沈黙と共に二人の呆れと戸惑いが伝わって来る。 「…………」 「……できれば最初に伝えてもらいたかったね。そうだと知ることによって、視力を元に戻すことも可能かもしれないだろう?」 確かにそうかもしれない。だが弱点を自ら話すということに、抵抗を感じるのは当然ではないだろうか。内心ではそう思いながらも、ジムの言う可能性を否定することもできず「そうか……」と小さく頷いた。 すると途端にジムの気配が緩んだ。何故そこで気を緩めるのか俺にはまったく理解できない。もちろんそれを言う気はないが、ジムはそんな俺の心境を読んだのだろうか、ひとつ息を吐いてから言った。 「……まぁ、こちらもそこまで聞かなかったしね。とりあえず今からでもそのことをドクターに知らせた方がいいかな」 非があるとしたらそれは俺の方だろうに、おかしな男だ。だが不快ではない。本当におかしな男だ。 それを聞いたオブライエンも何も言わずに動き出す。今の俺にそれを拒否する理由はなかった。 目を覚ましてからずっと光?の中にいたからだろうか。眠りについてもそこはいつもの暗闇ではなかった。ただ起きている時に比べれば仄かな光に幾分心が落ち着く。どうやら自分が思っている以上にあの光に参っているのかもしれない。 しかしそこに十代の姿はない。十代の意識をまったく感じないのだ。もちろん俺は十代であり、十代は俺であるのだから、その存在が消えてしまったということはないだろう。むしろ今俺の身に起きていることの所為で、十代の意識を感じることができないのではないかと思われた。 それでも俺はあえて呼ぶ。 「十代」 もちろん返事はない。還って来るのは沈黙だけ。そんなことをずっと繰り返している。 何故こんな状況になっているのか。原因がわからない俺には手の打ちようもなく、この状態がいつまで続くのだろうと思っていたその時、変化が生まれた。急に辺りを包んでいた光が強くなったのだ。それは足元から浮かび上がるようにその世界を照らし出す。覇王として意識を取り戻してからこれまで一度としてこんなことはなく、突然の変化に戸惑う俺の前により強い光の塊が生まれる。俺の視界を遮ぎるそれは起きている時のそれにとてもよく似ていて、あまりの眩しさに手を翳し目を細めた。すると、その光が震えてそこから声が零れた。 「さすがの君にもお手上げだろう?」 それは子供でもあり大人でもあり男でもあり女でもある、全てを含んだ声だった。重なり合う音が不快だが、何処かで聞いたことがある気がする。けれど幾重にも被さる音が邪魔してはっきりとはわからない。わからないことが苛立ちに輪をかける。今の俺は視界だけではなく聴覚もまともに働いていないのだろうか。あまりの不快さに瞼を閉じて両手で耳を塞ぐと、閉じているはずの瞳に震える光が届いた。それは俺を見て笑っている。 「そんなことしても無駄だよ。お前をここに留めているのは俺なのだから」 そう言って俺の腕に触れる。それは闇に属する俺にとっては相反するもので苦痛でしかなく、直接神経を逆撫でられたような感覚に思わず息を飲む。 「……くぅっ!」 「今の君には逃げることも払うこともできない」 身を捩ってその光から離れようと試みるが、その言葉通り逆らうことができず、身体中を撫でられて思わず悲鳴を上げた。 「ああああっ……!」 そのまま覆いかぶさるように抱き込められた頃、その苦痛の奥に別の感覚が宿っていることに気付いて愕然とする。慌てて全力で振り払おうとしたが、全てを察しているのか、その光に笑いながら唇を塞がれた。 「怯える必要はないよ……当然のことなのだから」 「!……んんっ……」 奥に宿っている感覚を無理やり引きずり出すかのように口内を犯されて、身体の底から湧き上がる感覚が苦痛を上まわるのにたいして時間はかからなかった。唇を解放された頃には力が抜けて、俺はその光の中で身悶えることしかできない。 「……はぁっ…も、やめ……っ!」 「何があっても止めない。離さない」 「何故、こんな……!」 「今は何も知る必要はない」 その言葉さえも俺の感覚を犯していく。視界はその強い光で眩んですでに何も見えず、あまりに強いその感覚に思考が定まらない。 「そのまま俺に委ねて……」 「…………っ!!」 声にならない悲鳴を上げて、俺は一気に身体を駆け抜けた強烈な感覚と共に、拡散する意識を止めることができなかった。 「そう、いい子だ。そのまま逆らわず、深く深く眠るといい……」 「…………」 この声に従ってはいけない。本能ではわかっているのに抵抗できず、俺はその光に沈み込むように意識を手放した。 |
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