光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜







 一歩踏み出そうとした足が急に折れて、そのまま崩れ落ちそうになった身体を、ヨハンが咄嗟に抱き止めてくれた。どうやらダークネスから受けたダメージは、自分の思っている以上に大きなものだったらしい。その場に跪いたまま思うように動いてくれない重い身体が歯痒い。




 turn.13 そんな俺の弱さ




「大丈夫か?無理するな」
「すまないヨハン……もう平気だ」
 今この時もDAがダークネスの脅威に曝されている。ここで足を止める訳にはいかない。何よりこの事態を起こす切っ掛けの一因は、他の誰でもない自分自身なのだ。たとえ這い蹲ってでも帰らなければと、力の入らない身体を奮い立たせようとした俺をヨハンが止めた。
「十代、気持ちはわかるけど少し休んだ方がいい。お前のことだからここまでずっと眠りもせずに来たんだろう?」
「そんな時間ないぜ。一刻でもはやくDAに戻らないと……!」
「そんな身体で戻って、いざって時に全力を出せるのか?ダークネスと対峙できるのか?」
 ヨハンの言い分はもっともだったが、だからといって休むという提案をすんなり受け入れることもできず、俺は身体を支えてくれていたヨハンから離れようとした。
「それは……けど、今はそんなこと言ってる場合じゃ……!」
「頼むから」
 ヨハンはそう言って無理やり頭を抱え込むように俺を抱き止めた。体調が優れないということ以前に、体格的にヨハンの力には敵わないのだ。それでも往生際悪く抵抗を試みるが、やはりその腕を引き離すことはできない。力尽くで押さえ込まれるという状況に、さすがに少しばかり腹が立って声を荒げようとした俺に、ヨハンは少し寂しそうに言った。
「何す……っ!」
「お前はもっと仲間を……俺を、信頼しろよ」
「!」
 その言葉に俺は抵抗を止めた。
 もちろん俺は仲間を信じている。ヨハンの言う通り、俺が居なくても問題が起これば自分で考えて動ける奴等だ。ダークネスにもそう簡単に屈しないだろう。けれどそう思うのと同時に、もし再び仲間が傷つくことが起こってしまったら?という思いが消えることはなくて。みんなを遠ざけたのは他の何でもない。そんな俺の弱さからだ。
 ヨハンやみんなからすれば、それは不快でしかなかったのかもしれない。自分勝手なヤツだと腹が立っただろうし、頼りにされないと悔しく思ったのかもしれない。少なくとも俺が逆の立場なら水臭いと怒るだろう。それでも俺は構わなかった。傷つけるくらいなら俺から離れればいい。それで恨まれても仕方ないし、傷つけて苦しめることに比べたら全然良い。ずっと良い。
 事がここに到った今でもそう思う。ヨハンがこうして駆けつけてくれて、どうしようもなく嬉しくても……。
 ヨハンはそんな俺の弱さを掻き消すように、今度は明るい口調で言う。
「大丈夫、みんなお前が思ってるよりずっとしぶといんだぜ?」
「ヨハン……」
 こういう時のヨハンに抵抗できるヤツなんていない。少なくとも今の俺にこのヨハンの腕を振り払う力も術もなかった。そんな俺の頭をヨハンはぽんぽんと撫でる。
「一眠りするだけでも随分違うもんだぜ?一度海に出ちまったら休む暇もない。大丈夫、俺が居るんだ。ちゃんと起こしてやるから少し寝てろ」
 そう言うヨハンの腕の中は温かくて心地よくて。なんだか妙に懐かしくて。そう感じた途端、それまで張っていた緊張の糸が切れるように身体の力が抜けると、急激に眠気が意識を支配する。
「……ごめん、ヨハ……」
「ん、わかってる」
「……ちゃんと…起こせ、よ……」
「ん……」
 ヨハンはもっと信頼しろって言ったけど、俺にしてみればヨハンほど頼りにしてるヤツなんていない。
 眠りに落ちる寸前にそう思った。






 目を覚ますと、そこはようやく見慣れて来た病室だった。
 ああ、またアレだ。途中で目が覚めたんだと溜息をついた。どうせなら、全部思い出してしまいたかった。
 夜明け前のまだ薄暗い病室のベッドの上で、天井を睨みつけながら俺は頭を捻る。確かに途中までの記憶を思い出したけど、また直前のことが霞がかかったように思い出すことができない。昨日の晩、医者に目を診てもらって。時間も遅いから詳しい検査は明日にという話になって。俺はそれまでと同じようにベッドに入って……過去の記憶とは別の夢を見た気がする。
 何か、とても重要な……?
「なんだか、もやもやする」
 思わずそう呟いて頭を掻いていると、病室にジムが入って来た。どうやら俺が起きたことに気付いたらしい。小声で「目が覚めたかい?」と声をかけて来た直後、すぐに俺の変化に気付いた。
「……そうか、記憶を取り戻したんだな」
 あいかわらず聡い男だ。特に説明しなくても状況を察してくれるのはありがたい。
「ああ。まだ途中まで、だけどな……」
「そうか……ま、焦っても仕方ないさ。目の方は?」
「見えてる。何故かは俺に聞くなよ」
「OK。見えているならノープログレムさ」
 俺の大雑把な話にも突っ込んで来ないのは本当にありがたい。ヨハンがジムとオブライエンを選択したのは正しい判断だ。もし今、根掘葉掘話を聞かれたら俺は間違いなく逃げる。そう思いながらベッドから起き上がろうとしたその時、足元に重みを感じて視線を移すと、そこにあった碧色の髪が揺れた。
「……ヨハン!」
 何故かベッドに突っ伏すように椅子に座ったままヨハンが眠っていた。ビックリして思わず大きな声を出した俺を、ジムは唇に人差し指を当てて咎める。
「何でヨハンが?確かヨハンが帰って来るのって……もしかして俺、また数日眠ってたのか?」
「いや。ついさっき戻って来たんだ。十代のことを聞いて居ても立ってもいられなかったそうだ。始めからこんなことになるんじゃないかと思っていたけどね」
 ヨハンを起こさないようにゆっくリ起き上がって。声を抑えたまま話をしていたけれど、さすがに眠りを妨げてしまったらしい。ヨハンは「うう〜ん」と呻きながら、俺の足を押さえ込むように寝返りを打った。
「ヨハンも疲れてるんだろう。そのまま少し寝かせてやってくれ」
「え」
「まだ起きるには時間もはやいし、君も、もう少し眠るといいよ」
「ちょっ、待……!」
 ジムはそう言うと手を振りながら、こちらが止める暇を与えず病室から出て行った。確かに気持ちよさそうに眠っているヨハンを起こすことは気が引けるけど、これじゃこっちは下手に身動きがとれない。
「マジかよ……」
 溜息を吐きながら再びヨハンに視線を戻す。
 いつもなら御構い無しに起きてしまうところだけど、取り戻したばかりの記憶のこともあって、俺はその寝顔を肴にしばらくヨハンの枕になることにした。






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