光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜







「……おはよう」
 うっかりベッドサイドで眠ってしまった俺が、目を覚まして見たのはいつもの十代だった。
「十、代……!?」
「ああ」
 なぜか仏頂面でこちらを見ているが、いつもの少し濡れた木の実ようなの瞳が朝の光を映している。それは確かに覇王ではなく十代だった。
 まぁ、正直なところ俺にとっては覇王だろうと十代だろうと、どちらでも構わなかった。
 こうして目を覚まして俺を見てくれるならどちらでも。




 turn.14 俺に見せない顔




 十代の話によれば、ダークネスと戦う為にDAに向かうところまで思い出したらしい。確かにそこに居るのは、それまでの幼さを残した十代ではなかった。もちろんそれはたいした問題じゃない。いつかこうなるだろうと予測していたことだ。けれど、ひとつだけ予測というか、俺の希望は叶わなかったようだ。
 明らかに十代は俺と一定の距離をとっているのだ。
 それは異世界から戻って来てから彼が身に付けていた「不用意に人を近づけない」という一種の習性に近いものなのかもしれない。けれど一度は自然と触れ合える距離まで近づけたのにと思うとさすがに少し寂しくなる。十代がなぜそんな態度を取るのかという理由もそれなりにわかっているつもりだから、攻める気にもならないのだけれど。
 でも、少しだけ。ほんの少しだけだけど。側にいるのに気安く触れることができない、この距離感が歯がゆい。






 一時的にとはいえ視力を失っていたのだ。嫌がる十代に無理やり医者の診察を受けさせたが、結局その原因はわからずじまいで病室に戻って来た。当然十代の機嫌はますます悪くなる。さて、これからどうしたものかと頭をひねり出した時、ベッドに腰掛けていた十代が切り出した。
「なぁ、ヨハン……俺とデュエルしろよ」
「いいぜ」
 気分転換には丁度良いかと、いつものデッキを取り出そうと椅子から立ち上がろうとした俺を十代は止めた。
「寄せ集めのデッキじゃなくて宝玉獣のデッキで、だぜ?」
「!…………ヒーローデッキでやろうってのか?」
「ああ」
 それはつまり俺が以前仮定した、デュエルで記憶を取り戻す可能性をあえて試すということだ。最初にそのことを話した時は十代自身がそれを望まなかった。だが異世界でのことを思い出した今、その覚悟をしたのだろう。今の十代なら欠けた記憶が自分にとって辛いものだと察したとしても、逃げることはしないだろう。だからこそ、それを知っている俺は彼の望みに答えるべきだし、そう約束した。
「そうか、わかった……と言いたいところだけど、生憎まだメンテナンスから戻ってないんだ」
 そうなのだ。いくら俺自身が十代の望みに答えてやりたくても、宝玉獣デッキがなければ話にならない。メンテナンスの為にペガサス会長にデッキを預けて随分経っていたが、なんせカード全てを随分傷めてしまっていたのだ。こればかりは俺にはどうしようもない。
「まだ時間がかかりそうなのか?」
「ペガサス会長に頼めば急いでくれると思うけど、今すぐにとは行かないだろうな」
 俺の言葉に思うところがあったのか、十代はそのことを突き詰めようとはしなかった。
「……ヨハンにもペガサス会長にも悪いとは思うけど、そう頼んでもらえるか?」
 本音を言えば「そんなに急ぐ必要ないんじゃないか」とか、「あえて無理やり思い出さなくてもいいんじゃないか」とか、「これまでもちゃんと思い出してきたんだから、このまま時間にまかせてゆっくり取り戻していけばいいんじゃないのか」とか、そういったことを言いたかったけれど。真剣に俺を見据える彼にそう口にすることはできず、「わかった」と答えた俺に「あとさ、」と続けようとして、十代は言葉を飲み込んだ。
「なんだ?」
「……いや、なんでもない」
 ほんの少し視線を彷徨わせて考え込んだ後、十代はそう答えてベッドから立ち上がりドアに向かった。
「十代?」
「ちょっと散歩してくるだけだ。ちゃんと戻って来るから心配すんな」
 俺が一緒に行くと言い出すことを牽制するようにそう言うと、病室から出て行ってしまった。そんな十代の態度に思わず溜息を吐いたところに、入れ替わるように席を外していたジムが入って来た。
「今そこで十代と入れ違ったんだが、ケンカでもしたのかい?」
 そう言うジムに内心俺はホッとする。もし今、十代が俺ではなくジムが側にいることを許していたと知ったら嫉妬で狂ってしまいそうだ。穏やかではない想像に心を乱しながらも、俺は何でもない風にジムの質問に答える。
「いいや。宝玉獣のデッキでデュエルしろってさ」
「!……そうか、だからあんな顔してたんだな」
「顔?」
 出て行く時はいつもと変わらなかった表情を思い出しつつ聞き返すと、ジムは帽子を深く被り直しながら言った。
「何でもないと笑っていたけど、少し辛そうな……何かに耐えているような顔、さ」
 そう言う彼もそんな顔をしていた。少し笑いながら、けれどどこか寂しそうな顔だ。
 十代にそんな顔をさせているのは、思い出せない記憶?それとも俺?
 どちらにしても、それは俺の所為に違いないのだけれど。






「さて……それじゃ、俺はそろそろ帰らせてもらうかな」
 ジムがそう言い出したのは、昼食を前に全員が病室に集まった時のことだった。急な話に、これからのことにはっきりとした目星が付かず、少しばかりの行詰り感が漂っていた空気が一変した。
「何だよ、もう帰るのか?ゆっくりしていけばいいのに」
 久しぶりに顔を合わせてからまだ半日も立っていない。まぁ、俺自身、人のことをとやかく言えるほどゆっくりしてはいないが。
 そんな俺の言葉を受け流し、手荷物の少ない彼はあっと言う間に帰り支度を済ませてしまうと、それを背負いながら言った。
「ヨハンも帰って来たことだし。はじめからそのつもりだったしね。十代相手とはいえ、さすがに男3人は必要ないだろう?」
 ジムの言いように引っ掛かったらしい。呆れた十代が「俺相手ってなんだよ…」とぼやいていたが、今にも帰ってしまいそうなジムを俺は慌てて止めた。
「そりゃそうだけどさ〜、それとこれとは別だろ?せっかくこのメンツが集まってるんだぜ?せめて今日一日ぐらい付き合えよ」
 十代のことを聞いて見舞いに来たいと言い出したのはジムだけれど、このまま帰らせてしまうことは気が引ける。
 俺の居ない間、また十代が記憶を取り戻すかもしれないと危惧した。だからこそオブライエンやジムを呼んだのだ。しかし、まさか十代が覇王としての意識のまま戻って来るとは思わなかった。もし側にいるのがオブライエンだけだったなら、大変なことになっていただろう。オブライエン当人もジムが居てくれて助かったと言っていた。
 そんな数日を過ごした彼を労うのは当然だ。だがそう思った俺の誘いをジムはやんわりと断った。
「俺にも待っている相手が居るんでね」
 その言葉に彼の帰りを待つ彼女の姿が浮かんで、さすがにそれ以上彼を止める言葉は出なかった。早々に彼を留めることを諦めた(もしかしたらはじめから引き止める気もないかもしれない)オブライエンが「また連絡を入れる」と言えばもう見送るしかない。
「よろしく頼むよ」
「次はゆっくりデュエルしようぜ」
「ああ、もちろん」
 オブライエンに続いて俺が簡単に挨拶を交わし、ジムの視線が十代に移るとしばらくの沈黙の後、少し照れくさそうに十代が言った。
「カレンによろしくな。あと……ありがと、な」
「どういたしまして」
 そのまま立ち去ると思ったその時、ジムは開いたドアの前で立ち止まって振り返った。
「十代」
「?」
「全てを知ることは必要なことだと思うけれど。それと同じくらい、何も知らなくてもできる大切なこともある。と、俺は思うよ」
 そう言うと彼はいつものように手を振り、颯爽とその姿をドアの向こうへ消した。
「……ジムは本当にイイ男だよなぁ」
「あれで普段から連絡が取りやすければ、何も言うことはないんだがな」
 笑いながら少し呆れを含んだ視線を交わす十代とオブライエンを横目に、十代から信頼を得ているジムに嫉妬を覚えて俺は内心穏やかじゃなかった。十代に関することになると少しばかり冷静さを欠くのはいけない。自分を叱咤していると、そんな俺の様子に気付いたのか「どうした?」と十代が訪ねてきた。
「なんでもないぜ?」
 慌ててそう返すと「ふ〜ん?」と意味ありげな視線を向けられた。十代はそれ以上何も言わなかったけれど、今の彼には全てお見通しにされている気がしてならない。






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