光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜







 ヨハンに聞きたいことはたくさんあった。
 もちろん俺の失くした記憶の一連のことについてだ。
 けれど最近またそれとは別のことが加わった。
 いや、今になってそのことに気付いたと言った方が正しい。

 それはヨハンがたまに見せる顔だ。
 申し訳なさそうな、何かを押し殺してるような。
 彼には似合わない、そんな顔だ。

 ヨハンにそんな顔させているのは、たぶん俺なんだろうな。




 turn.15 大切なことは心が知ってる




 ジムが帰ってから何事もなく穏やかに過ぎた数日後、笑顔のヨハンが病室に入って来た。
「十代に面会だぜ!」
「面会?」
 いったい誰だろうと考える暇もなく、ヨハンに呼ばれて見慣れた顔が現れた。
「久しぶりね」
「いつまでも入院していると言うから随分弱っているのかと思えば。何だ、どこも悪い様には見えんな」
「一度に大勢で来ちゃってゴメンネ〜!」
「明日香に、万丈目、吹雪さんまで……!」
 思わず出た言葉に万丈目が「サンダー、だ!」と、いつものセリフを吐いた。少しばかり懐かしくて、それでいて聞き慣れたその言葉に笑ってしまう。けれどそこに居る3人は記憶の中の3人とは確かに違っていて、時間の経過を実感させた。ここではじめて目を覚ました時からすれば、随分と多くのことを思い出したと思うけれど、3人の姿を目の前にしてまだ取り戻すべき時間の欠如は大きいことを再認識する。
 そんな俺達の久しぶりの再会を見届けたとばかりに、
「こうやって会うのも久しぶりだろ?たくさん話すといいぜ。俺は昼に一度戻って来る予定だから、それまで十代のことよろしくな!」
と言いたいことだけ言って、ヨハンは踵を返しあっと言う間に病室から出て行った。その様子に「あいかわらず彼は忙しそうだねぇ〜」と吹雪さんが感心する。どうやらヨハンは俺の知らない所でもあの調子らしい。
 その場にいるみんながそのことに苦笑をもらしつつも、すぐに話題はヨハンから互いのことに移った。
「元気そうで安心したわ」
「ヨハン君から話を聞いて、十代君のことだからきっと暇を持て余してるだろうってね」
 確かにそれはハズレてはいなかったが、「だからって何も3人揃って来ることないのに」と思いつくままそう言うと、それを聞いた万丈目がいつもの調子で声を荒げた。
「せっかくわざわざここまで見舞いに来てやったのに、何だその言い草は!」
「そんなこと言って、いつ十代の見舞いに行くのかって一番そわそわしてたの、万丈目君じゃない」
「そそそ、それは!十代のことはついでだ!おおお、俺の本当の目的は……!」
 明日香の切り返しにどもる万丈目を「頑張れ!万丈目君!」と小さく応援する吹雪さんに、大まかな状況はつかめた。どうやら俺の知らないうちに明日香と万丈目の間に何かしらの進展が、ということはなかったらしい。
「ついでなのは一向に構わないけどさ、よく揃って来れたな。それぞれ忙しいんじゃないのか?」
「そうなの。本当はもっとはやく会いに来たかったんだけど……つい最近まで私は教師になる為の研修中で、万丈目君はプロリーグに参加中だったから」
「僕も最近はアイドルデュエリストとして、プロリーグにも参加する様になってね!」
「そんな忙しい人気者の俺達がわざわざ来てやったんだ、ありがたく思え!」
「そうだなぁ〜じゃあ、ついでにサインでももらっとくか?」
「素直に俺様のサインが欲しいと言え!」
 そんなDA時代から代わり映えのないやりとりに、無意識のうちにキリキリと締め付けていたらしい緊張の糸がゆっくりと解けていくのがわかる。それを心の中で感謝しつつ、軽口を叩き合っている俺達を横目に、花束を抱えたままだった明日香が病室を見渡して苦笑した。
「お見舞いに花を持って来たんだけど、やっぱり花瓶はなさそうね」
「ああ〜、花瓶はないな。見舞いに花をもって来るヤツなんて明日香がはじめてだし」
 明日香の言う通り、ここに花瓶なんて洒落たものはなかった。俺もヨハンも根本的に物に拘らない性質で、デッキさえあれば問題ないと考えているから、もう随分長い間使ってる病室にも余計な物が増えることはなかった。むしろ何もないと言った方が良いぐらいだ。
 そのこともお見通しだったのだろう。明日香の対応は早かった。
「そんなことだと思った。いいわ、すぐ近くに大きなショッピングセンターがあったから買って来るわね。他にも必要なものはない?」
「いや。いつもヨハンがそろえてくれてるから、特に問題ないぜ」
 ありのまま答えたら「へぇ〜、ヨハン君は本当にマメだねぇ〜」と吹雪さんが妙に嬉しそうにしていた。何故そこで吹雪さんが嬉しそうなのかまったく理解できない俺を他所に、明日香はそのことを気にする様子もなく、備え付けのキッチンを確認しながら言った。
「これだけきちんとしたキッチンがあるなら丁度良いわ、ヨハンもお昼に戻って来るって言っていたし、私が何か作るからみんなで食事にしましょう。十代も病院食ばかりだと飽きるでしょう?」
「いいのか?」
「ええ、十代が嫌でなければだけど」
 それを断る理由もないから「それじゃ、頼む」と答えようとした途端、「嫌な訳がないだろう!いや、十代が嫌だといっても俺が許さん!」と万丈目が割り込んで来た。吹雪さんも続いて捲くし立てる。
「僕も久しぶりに明日香の手料理が食べれるなら嬉しいな〜!」
「決まりね。料理をつくるなら時間もかかるし、さっそく行って来るわ」
 明日香は花束をテーブルに置くと、腕時計を確認して出掛ける準備をはじめた。おそらく予想以上の展開だったのだろう。「天上院くんの手料理ゲットォ……!」と小さくプルプルと力を込めて喜ぶ万丈目に、すかさず吹雪さんが耳打ちする。
「万丈目君、男ならここで何をするべきか……ちゃんとわかっているよね?」
 こういう時の吹雪さんは万丈目を煽るのが上手い。いや、万丈目が煽りやすいだけか。まぁ、俺がとやかく言わずとも話が進んで行くのは気楽でとてもありがたい。
「はっ!もちろんです師匠!天上院くん、僕も一緒に行こう」
「でも、」
「君に重い荷物を運ばせる訳にはいかない!」
「そうね、それじゃ手伝ってもらえる?」
「喜んで……!」
 ヨハンに続いて万丈目と明日香が嵐の様に立ち去って、急に静まり返った病室で俺と吹雪さんは視線を合わせると苦笑した。
「悪いね十代君。万丈目君も明日香のハートをGETしようと必死なんだよ」
「それはいいんですけど……吹雪さんはあいかわらず物好きだなぁ」
 DA時代から変わりないらしい万丈目は、吹雪さんからすればとても弄りやすい対象だろうなと思う。少なくとも俺がそう思うぐらいだから。けれど吹雪さんの好奇心は、すでにこの時万丈目から移ってしまったらしい。俺の言葉に食い付いてきた。
「んん?十代君……それは聞き捨てならないな。恋のない人生なんて、ドローできないデュエルと同じだよ?」
 彼は再び妙に嬉しそうにそう言った。なぜ嬉しそうなのかもわからなければ、その喩えもいまいちわからず、なんと返せばいいものか悩む俺のことなど御構い無しに、吹雪さんは話を続ける。
「まぁ、今回は十代君よりもヨハン君に謝らないといけないかもね。せっかくの君との生活を邪魔しちゃったから」
「別に望んでそうしてる訳じゃ、」
「あれ?もしかして、ヨハン君と何かあったのかい?僕はすっかり二人は一緒に生きていく誓いを立てたんだとばかり思っていたんだけどな」
 その言いっぷりに呆れつつ、内心俺とヨハンとの関係がどういったものなのか、今の俺にはわからなくて率直に訪ねてみた。
「何を聞いて、何を見たら、そうなるんですか?」
「君の方こそ、無意識だとしたらヒドイ話だよ〜。ヨハン君は誰がどう見ても十代君一途じゃないか!」
「それを十代君が知らないとしたらヨハン君が可哀想だよ!」と大げさに嘆く吹雪さんに、俺は何も言い返せない。確かに吹雪さんの言う通りだと思う。ヨハンはこれまでもずっと俺の為に尽くしてくれていた。今思い起こせば恥ずかしくなるくらいに。もしそのことを本当に知らないとしたら、それこそ罰が当たるだろう。
 ただ、俺は気付いてしまった。ヨハンが俺に向ける眼差しの中に、記憶を失う前には無かった、罪悪感にも似たものが含まれていることに。いくらその理由を考えてみても予測の域を出ることはなくて、結局欠けている記憶を取り戻すことでしか、その理由に辿り着くことはできない様に思えた。
 再びここ数日考えていることに辿り着いて黙り込んだ俺を、ほんの少し窺ってから吹雪さんが訪ねてきた。
「……もしかして十代君はヨハン君に対して、何か後ろめたく感じることがあるのかい?」
 それまではの吹雪さんは、少しばかり茶化す様な空気を含んでいたけれど、今はそれがすっかり消えていて、さっきまでの表情は何だったのかと思う程真剣な様子に思わず腰が引ける。
「そう、なのかな?……いや、そうかもしれない」
 俺はヨハンに対して申し訳なく思ってる。当然だ。けれどそれに輪をかけているのが、彼自身の様子なのだ。
 それとも俺が考え過ぎなのだろうか。もしかしたらヨハンは一連のことを、自らの力不足と責めているのかもしれない。実はもっと単純な話で、ヨハンに申し訳なく思ってる俺の様子を見て、ヨハンもそう思っているのかもしれない。
「俺にもよくわからないんだ」
 まるでドロ沼にはまってしまった様に、そこから抜け出すことができなくなって、もともと考えることが苦手な俺は逃げ出したくなる。考えても考えても答えが出ないなら、いっそ放り出して楽になりたい。けれどそうしないで何度も繰り返し考えているのは、俺がヨハンに対していい加減なことをしたくないからだ。
 そんな心の内を言葉にすることは難しくて、俺は生返事しか返すことができなかったが、吹雪さんにはそれで十分伝わったらしい。
「なんとなくだけどね、僕にもわかる気がするよ。今の十代君の気持ち」
「吹雪さん?」
 少し辛そうに。それでいて何処か懐かしそうに、吹雪さんはゆっくりかみ締める様に言葉を続けた。
「十代君も知っての通り、藤原とダークネスのことを思い出すまで、僕は長い時間踏み出すことができなかった」
「…………!」
 そこでようやく彼の言いたいことに気付いた。異世界から戻って来た後、オネストとダークネスがDAに現れた時のことだ。吹雪さんはあの廃寮で起こったことを思い出す為、再びダークネスの力を受け入れ俺とデュエルをしたのだ。
「思い出さないといけないと思えば思うほど、頭が割れる様な痛みに襲われて……痛みだけじゃない。その記憶が僕にとって辛いものだという予感に、結局、僕は事態が切羽詰るまで失われた記憶に向き合うことはできなかった。そこに思い出すべき大切な記憶があると感じていながら、ずっと目を背けていた」
 決して心地良い記憶ではないだろうあの時のことを思い出しながら「本当はもっとはやく向き合うことができれば良かったんだけどね」と吹雪さんは苦笑した。
「だからね。今の十代君の焦りや不安は、他の人より少しはわかるんじゃないかなと思うんだよ」
 そう言う吹雪さんはとても穏やかで、今の彼はちゃんとあの時のことを受け入れているとわかって俺は少しホッとした。今の俺にとっては取り戻したばかりのつい最近の出来事だけれど、吹雪さんにとってそれはすでに懐かしいと言える過去になっているのかもしれない。
 そして今更ながら気付いた。ヨハンの言ったヒーローデッキでデュエルすることで、俺が記憶を取り戻すかもしれないという予想は、吹雪さんのことを踏まえてのことだったのだろう。
「……ヨハンに頼んだんだ。デュエルしてくれって」
 そんな俺の大雑把で短い言葉にも、吹雪さんは俺を急かしたりせずにじっと待ってくれる。
「けど、宝玉獣デッキはまだメンテナンス中でさ……ヨハンは何も言わなかったけど、それってきっと俺の所為だよなって」
 それがヨハンに対する後ろめたく感じる理由のひとつだった。もちろんヨハンはそんなこと一言も言ってないし、たとえ事実がそうだとしても俺の所為だとは言わないだろう。
「それをヨハン君には言ったかい?」
 俺は黙ったまま頭を振った。以前ならきっと何も考えずヨハンに聞きていたと思う。けれど今の俺は聞かない方が良いこともあるということを知ってる。
「それだけじゃない。俺が相棒を、デッキを、失くしてしまったことも。ユベルがここに居ないことも。全て俺に起こったことから始まってる。なのにさ、」
 何もわかならければ俺がどうするべきか判断のしようが無い。その為には全て思い出すしかない。思い出す為にデュエルするなら相手はヨハンがいい。でも、宝玉獣デッキは傷ついていて今はデュエルできない。その理由はおそらく俺の一件。嫌な予感。思い出したい。けど、思い出したら……?
 同じところを空回り。このままじゃいつまで経っても前に進めない。ヨハンに迷惑かけてばかりはごめんだ。
 俺だってヨハンの力になりたい。
 消え入りそうな俺の言葉を、向かいのソファーに腰掛けじっと耳を傾けていた吹雪さんは、足を組み直しながら言った。
「十代君が記憶を取り戻したいという気持ちはよくわかるよ。知らなければこれからのことを選択しようもないものね。だけどね、僕は記憶と同じくらい大切なものもあると思うんだよ」
「大切なもの?」
「それは心だよ」
 吹雪さんは胸に手を当てると、その大切なものを感じるように瞼を閉じた。
「記憶を失くしても、僕の中から僕には大切なものがあるという心が消えることはなかった。その姿は浮かばなくても、それを思う気持ちは消えなかった。まるで魂に刻み込まれたみたいに残っていて、それが何なのかわからなくても、目を背けずに向き合っていると……感情がね、自然に湧いて来るんだ」
 そして祈るように言葉を紡ぐ。
「たぶんそれは何事にも消し去ることはできないんだ」
 俺には吹雪さんがどんな体験をして、そう考えるようになったのか予測もつかない。けれど以前の吹雪さんと俺が似た状況に置かれているからだろうか、それは確信を突いているように思えて、ストンと俺の中に入って来た。
「思い出せない過去が自分にとって辛いものだと感じるのも同じなんだろうね。だから僕は思うんだ。記憶を失くしたとしても、大切なものはちゃんと自分の心が知っているって」
「吹雪さん……」
「その気持ちに従えば、大きな過ちを犯すことはないんじゃないかな」
 そして「それに十代君の気持ちは、もうはっきりしてるでしょう?」と笑う吹雪さんに、恥ずかしさもあいまって思わず苦笑しつつも、まるで複雑に絡まった心の糸が、少し緩み解けたように感じた。今はまだその糸の先は見えないけれど、もしかしたら案外簡単に視界もひらけるのかもしれない。
 そう思えるだけで、今はありがたかった。






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