朝日が差し込む部屋で、まだ眠りの中にある十代を起こさないようにと、静かに近づいてその顔を覗き込む。 俺は何をしても何を捨てても欲しいと望んだ、十代を手に入れた。 何より十代自身がそれを望んでくれたのだ、これほどの喜びが他にあるだろうか。 これまでの苦労は報われたと言っていい。 なのにこの満たされることのない、酷い飢餓感はなんだろう。 やはり本来の目的を達しない限り、この苦しみから逃れることはできないのだろうか? turn.17 秘密の部屋 その時、ベッドの脇に脱ぎ散らかしたままだった服の中で携帯が震えた。 マナーモードにしておいてよかったと思いつつ、もう少し十代との時間に浸っていたくて俺の手はそれに伸びない。たいした用事でなければすぐに切れるだろうと様子を見ていたら、一度切れた携帯が間を空けず再び震えだした。さすがに無視していられず、こんな時間に誰からだろう?と、携帯を開くと液晶に表示されている相手の名前はペガサス会長だった。予定にない連絡に良い予感はしなかったが、放り出すことも出来ず通話ボタンを押した。 「もしもし、ヨハンです。何かありましたか、ペガサス会長」 『早朝にスミマセーン。急な話で申し訳ないのデスガ、今日、貴方と話がしたいのデース』 「今日、ですか?確か近く報告の為に、面会の予定が入っていたと・・・・・・」 唐突な誘いに若干戸惑いながら後日に伸ばせないかと、やんわり断りを入れようとしたが、彼はそれを許さなかった。 『どうしてもできるだけ早く、直接貴方に確認したいことがあるのデース。あの研究についてだけでなく、宝玉獣のことも含めてデース』 宝玉獣の名を出したペガサス会長の様子で、それが認められる状況ではないとわかった。もしかしたら、俺がこれまでペガサス会長に隠してきたことに気づいたのかもしれない。今後起こりうる可能性を片っ端から思い浮かべながら、できる限りこちらの思惑を気取られないように冷静に対応する。 「わかりました。これから準備してそちらに向かいます。それでも着くのは10時頃になると思いますが」 『構いまセーン。すぐに車も準備させマース』 ペガサス会長は「待っている」と念を押すと、すぐに携帯を切ってしまった。こちらが断ることは想定に入れていないのだろう。おそらく今俺が逃げ出したとしても、それも想定済みですぐに対処してくるはずだ。あの人を甘く見たら痛い目を見るのはこちらだ。 来るべき時が来たのだと覚悟しつつ、思わず溜息を吐いたところで名前を呼ばれた。 「・・・・・・・・・・・・よはん・・・・・・?」 舌の回っていない十代は、寝起きというよりは虚ろとさえと感じさせた。 昨夜のことを思い出してにやけそうになるのを堪えつつ、「悪い、起こしたか?」と声をかけると、返事をするのも億劫なのかゆるゆると頭を左右に振った。たぶん「悪くない」って意味だろう。 「今日はゆっくりできると思ったんだけどな・・・・・・どうしてもこれから出かけなくちゃいけないんだ」 「ん・・・・・・」 頭を撫でてやると、瞼を閉じて十代はゆっくりこくこくと頷く。 「ここなら気を遣う必要ないから、十代はまだ寝てろよ。腹が減ったら病室に戻れ。オブライエンが手配してくれる。俺も夕方には帰れるはずだから」 「・・・・・・わかった・・・・・・・・・・・・」 夢現に十代はそう答えたれど、内容をちゃんと聞き取れているかどうか怪しい。この後目を覚ましても、このやりとりは覚えていなのではないだろうか。そして「行くな」とか「側に居て欲しい」とか、十代の口からは出てこなさそうなことを、少しでも期待してしまう自分にも苦笑する。 十代を置いて行くのは気がかりだけれど仕方ない。この先どうなるかわからないこの状況で、彼を連れて行くことは様々な意味で危険だ。 ペガサス会長から個別の仕事も請けているらしいオブライエンは、これから起こるかもしれない状況をどう判断するかわからないが、今、十代を任せることのできる人物は、彼以上に思い浮かばない。後はオブライエンが十代にとって一番いい判断をしてくれると信じる他ない。 ――――いや、俺が何も起こさせない。どんな嘘を吐いても、どんな手を使っても。人に滑稽だと笑われようと、卑怯だと罵られようと、全てを知った十代に卑下されようと構わない。俺はもう後には戻れないのだ。 俺はベッドから静かに立ち上がると、そのまま再び規則正しい寝息を立て始めた十代を見下ろし、さっきまでその頭を撫でていた手をぎゅっと握りしめた。 「何があったって、二度と十代を手放すもんか」 素早く身支度を整えて、まだ夜の空気が残る部屋を後にすると、それまで俺を包んでいた熱が冷えて思考が冴え始めた。 もしもの時に備える必要がある。そう考えた俺は施設の中にある自分の研究室に足をのばしていた。俺の使っている研究室は広かったが、実際に使用しているのは一部で、その中に誰にも知られていない部屋があった。人に知られると問題があるものを保管する為に、誰も足を踏み入れることができないように、俺が手を加えた秘密の部屋だ。その一室で壁一面に並んでいる多くの資料の中から、持ち出す必要のあるものをまとめていると、足元をじゃれつくものがあった。 「にゃあ〜」 「やあ。おはよう、ファラオ。腹が減ったか?」 「にゃあ〜〜」 ファラオが返事をするように鳴いたその時、口の中から光の玉が飛び出すと、やがて人の姿をとった。それは生前?大徳寺と名乗りDAの教師として十代達に慕われていた、自称錬金術師アムナエルという(本人談なので俺にはそれが本当かどうかわからない)、他の人間とはちょっと違った存在だ。 『・・・・・・十代君の様子はどうですかにゃ?』 「元気だよ。記憶もまだ全て取り戻していない。まぁ、時間の問題だろうけど。それよりも先に俺の方が嗅ぎ付けられたかも」 『!』 話をしながら必要な研究資料を手早くカバンに詰め込む。こんな時も来るだろうと、以前から人に知られるとマズイものは最小限にまとめてあったから、手間取ることもなくあっと言う間に準備はできた。あとはこれをペガサス会長のもとに向かう前に処分してしまえばいい。 その様子を眺めていた彼は、いつも下がってる眉をさらに下げて言った。 『そうですか・・・・・・不謹慎なのは承知の上ですが、もう少しこのまま穏やかに時間が流れることを望んでましたにゃ』 「幽霊先生も、俺のこと恨んでいいんだぜ?」 『所詮身体のない存在ですにゃあ。今の私にできることと言えば、君達の行く末を見守ることぐらいですにゃあ』 「そうしてくれるとありがたい」 今回起こった出来事の全てを知る彼を、ここに閉じ込めている俺が言っても全然信用はないだろうけど、本心からありがたかった。 そこで、そんな俺に文句があるのだろう見慣れた精霊が、大徳寺先生の横に姿を現した。 『・・・・・・君はそうも言ってはいられないですかにゃ?』 『クリクリ〜』 ハネクリボー。十代がDAに入学する前、あの伝説のデュエルキング「武藤遊戯」に貰った、大切なカードの精霊。失くしてしまったことを悔やみ、今も探している十代の相棒。 ハネクリボーも今回起こったことを全て知っている。だから俺がここにいるように強いているのだ。十代が苦しんでいることを知りながら何も言わずに。 「悪いな、お前も俺を恨んでいいぜ」 不満げにこちらを見ているハネクリボーに、気休めにしかならないことを言って、その場から離れようとしたその時、もう一体の精霊が姿を現した。 『るび〜』 宝玉獣のルビー。大切な俺の家族。俺を見るその赤い瞳が悲しそうに潤んでいた。 「・・・・・・今は連れていってやれない。ここで大人しくしてるんだ・・・・・・行くぞ、ファラオ」 「にゃあ〜」 ルビーの視線を振り切って俺は研究室を後にする。 これが俺のことを信じている十代に対する罪のひとつ。 けどこんなこと、大したことじゃなかった。 みんなを押し込めてまで隠してる、俺の選んだことに比べたら。 いつも以上にピリピリしたヨハンを見送った後、その場に残された大徳寺は溜息混じりに呟いた。 『十代君もそうですが、ヨハン君を止めることができる人間なんていないのにゃあ〜。いるとしたら、それは十代君だけですにゃあ・・・・・・』 『るびぃ〜・・・・・・』 自分達の存在を認識できる人間がいない上に、ここから出ることさえままならない今、一人と二体にはどうしようもない。だが、ハネクリボーだけは諦められなかった。これまではヨハンからのプレッシャーや十代自身の問題もあって、危険を冒してまで動くことを躊躇っていたが、動くなら今しかないように思えたのだ。 『・・・・・・・・・・・・クリクリ〜!』 ハネクリボーは自らを奮い立たせると、大徳寺とルビーに向き合った。 |
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