「うお〜っ!すげー部屋じゃん!DAのブルー寮以上じゃね?」 扉を開いて明かりをつけると、長い間使われず闇に包まれていた部屋が浮かび上がった。ヨハンの後ろをついて来ていた俺は、そこがヨハンの為に用意された部屋ということもあり、すげー!と声を上げつつも特に気を使わずに入って行く。部屋の内装も備え付けの家具もシックなデザインで揃えられているが、俺にもわかるくらい明らかに高価なものばかりだった。 「そっかぁ?俺、殆どここには居ないから、いまいち自分の部屋だとは思えねーんだけどさ。ペガサス会長にも言ってるんだぜ?わざわざ俺の部屋を用意する必要なんてないって」 「どうせずっと十代のところに居るんだからさ」と何でもないことのように言うヨハンに、少しこそ痒くなったけれど俺はわざと気付かない振りをした。 「そりゃ当然だろう?世界でたった一人、宝玉獣デッキの持ち主ヨハン・アンデルセンを放ってはおかないだろう」 「何でお前が偉そうなんだよ」 「それも当然だ。親友が宝玉獣デッキの使い手なんて、威張れるじゃん!」 「それを威張るのかよ」 「ああ!」 「俺としてはあの伝説の遊城十代の方が凄いと思うけど?」 ヨハンから思いもよらない“伝説”という言葉が出て来て、さすがに惚けていられなくなる。 「はぁ?何だよ、伝説って」 「伝説になってるんだよ、十代は」 「それこそ意味わかんねー!」 ヨハンが言うには、DAでの俺の話がその後の後輩達やデュエリストの間で、伝説の様に語り継がれているらしい。しかも遊戯さんに並ぶ扱いだと聞いて、さっきとは別のこそ痒さに襲われる。さすがに遊戯さんに並ぶなんて恐れ多い。 内心ドギマギしていると、ヨハンは少し離れたところから振り返り、俺の格好を見て腕を組んだ。 「う〜ん、やっぱ俺の服じゃちょっと大きかったかな」 同じ敷地内とはいえさすがに病衣でうろつく訳にはいかず、とりあえず借りたヨハンのTシャツとズボンは俺には少し大きかった。身長はそれほど変わらないはずなのに、シャツの肩幅は余ってるしズボンの裾が長い。前からわかってたことだけど、こう体型の違いがはっきり目に見えてしまうと悔しくて「ちょっとだけな!」とその差を強調した。 「そうだな、ちょっとだけな」 そんな俺の様子を何時に無く楽しそうに笑った後、ヨハンは確認するように訪ねてきた。 「それにしても、本当にここでよかったのかよ。どうせ外泊するなら施設の外の方がよかったんじゃないか?」 どうやらヨハンはせっかくの外泊が、同じ敷地内だってことが気にかかるらしい。けれど俺にとってそれは大した問題じゃなかった。 「ここでいいんだ。つうか、人が来ない病室以外なら何処でも。俺はヨハンが一緒ならそれでいいんだ」 自分の気持ちを隠さずに。素直にそう言うとヨハンはその瞳を大きく見開いた後、嬉しそうに笑って「俺も」と言った。 turn.16 それじゃ、未来の話をしようか 外泊と称してヨハンの部屋に来た経緯は、みんなが見舞いに来ていた日まで遡る。 昼食に明日香の手料理をみんなで囲み、午後もお互いの近況やこれからのことで話が途切れるとこはなかった。そんな時間は穏やかに、けれどあっと言う間に過ぎて、気がつけば日が傾く時刻になっていた。 「・・・・・・まだまだ話足りないところだけど、今日はそろそろお暇しようか」 「そうね、私たちも明日は予定が入ってるし」 「明日は吹雪さんもデュエルマガジンの撮影なんですよね?」 「そうだよ〜、万丈目君も同じ場所で取材だったよね?どうだい、僕と一緒にタッグ組んでデュエルマガジンに売り込んでみないかい?」 「師匠とタッグ・・・・・・!喜んで!!!」 万丈目は何処まで万丈目なんだろう。少しばかり不憫にさえ感じはじめた。それはどうやら俺だけではなかったらしい。容赦なく明日香が切り込んだ。 「・・・・・・兄さん、思いつきで適当なこと言わないで。万丈目君も兄さんの冷やかしに乗らないで」 「あいかわらず明日香は冷たいなぁ〜、そんなんじゃ明日からの実地研修で明日香が受け持つ子達も緊張しちゃうぞ?」 「大丈夫よ。生徒と兄さんは別だから」 バッサリ切られてもめげない吹雪さんは凄い。いや、ただ切られ慣れてるだけかもしれない。ちなみに切られた万丈目は恍惚としている。こいつはもうダメだ。 「なんだよ、みんなやっぱり忙しいんじゃないか。そうならそうと言えよ。俺の見舞いなんていつでも問題ないんだからさ」 「そんなこと言って、十代のことだから気がついた時には姿を消していそうなんだもの。こうやって過ごせる時間がそうそうあると思えないわ」 「はははは!明日香には敵わないな、十代」 「だが、的を得ている」 気を遣って遠慮したのに返す刀で俺までバッサリ切られた。その上ヨハンとオブライエンにまで追撃されたら俺は苦笑するしかない。実際そんなことないとは言えなかった。記憶の問題がなければ、とうの昔にここから飛び出してる。 「明日から2、3日それぞれ予定が入ってるけれど、みんなしばらくの間こちらに滞在するつもりだからまた見舞いに来るよ。そうそう、デュエルマガジンとは別件で亮とも会うからその後連れて来るよ。あと藤原にも声をかけたら日を合わせて来るってさ」 「藤原も!?何だか見舞いというよりも同窓会みたいになってきたな」 藤原というとダークネスに関わっている、オネストの主である消えた特待生の藤原のことだろうか。ヨハンの様子からすると、どうやらダークネスの件も無事解決して、今は藤原も日常の生活を送っているのだろう。もしそうなのだとしたら俺としても安堵できるけど、こうなるとヨハンの言う様にさながら同窓会の乗りだ。 「楽しければそれでいいじゃない!それにこんな機会でもなきゃ、なかなか集まらない面子なんだから!」 「ついでに他のヤツラにも声をかけておいてやろう。感謝するんだな十代!」 吹雪さんの勢いに万丈目も便乗する。みんなが集まることには明日香も賛成らしくもう止めない。もちろんみんなに会えることは嫌ではないけれど、この状況はさすがに少々照れくさくて、俺はわざと紙に書いたセリフを読むように感謝の言葉を口にした。 「ウワアーチョウウレシイゼーー」 「心が籠もってない!」 間髪入れず万丈目が突っ込んで来た。 そうして3人を見送った後、さっきまでの賑わいの名残が残っている病室のゲストルームに戻ると、小さく溜息を吐いた俺に気づいてヨハンは気遣ってくれる。 「十代はこんな賑やかに過ごしたの久しぶりだろ?疲れてないか?」 すぐに「平気だ」と答えたけれど、思っているよりは体力がないらしく、若干の疲労を感じて素直に変更する。 「いや、少し疲れたかも」 「休むか?」 「大丈夫。でも楽しかったぜ。みんなと話せてよかった」 俺はそう答えながらソファーに深く身体を預けると、吹雪さんと話してから考えていたことをもう一度反芻して、心配そうにこちらを伺うヨハンに声をかけた。 「・・・・・・なぁ、ヨハン」 「なんだ?」 「1日ぐらいは外泊しても問題ないよな?」 「「!」」 そんな突拍子の無い話ではないと思うが、ヨハンとオブライエンには唐突だったらしい。顔を見合わせた後、ヨハンが真意を確かめようと訪ねて来た。 「何処か行きたいところでもあるのか?」 そう聞かれて俺も困った。特に何処かに行きたくて外泊したい訳ではなかったからだ。どう話を進めればいいのか思い巡らせながらゆっくり言葉を選ぶ。 「ヨハンはこの施設の研究にも協力してるんだよな?」 「ああ。そうだけど?」 「だったら、こことは別にヨハンが泊ることが出来る部屋があるんじゃないか?」 それは遠まわしにヨハンと二人っきりになりたいという話で、だからそれをストレートに言うことはさすがに憚られた訳だけれど、ヨハンもオブライエンもすぐに察してくれた。 「あるけど・・・・・・外泊なのに、同じ敷地内でいいのかよ」 「ああ」 こうなったら止められないと判断したのだろう。ヨハンより先にオブライエンが切り出した。 「主治医に聞いてみよう。時間が時間だから今日は無理だろうが、施設内でヨハンも一緒なら問題ないだろう」 「サンキュー、オブライエン」 普段ならこんな風にわざわざ他人に承諾を得るなんてことしない。けれど今俺が置かれている状況で、何も言わずに姿を消せば大事になるのは目に見えてる。それを避ける為には少々面倒でも、確認をとっておくことに越したことはないだろう。 もしかしたらオブライエンは色々と深読みしたかもしれないが、それも仕方ないし否定もできなかった。 そんなこんなで医者からも許可を得て、施設に用意されていたヨハンの部屋に来ている訳だ。 「こっちこそ悪いなヨハン、わざわざ時間取らせて。研究の方とか大丈夫なのか?」 柔らかいソファーに身体を預けながら、俺は気にかかっていたことを訪ねた。昨日まであれほど忙しそうにしていたのだ。俺が言い出したこととはいえ、さすがに問題はなかったのか気になる。 「ああ〜、十代にはまだ話してなかったか。ここのところ手間取ってた研究の方はひと区切りついたんだ。後は時期を見て完了ってところかな」 「そっか、ならいいんだけどさ」 これ以上ヨハンの負担になるのは申し訳ないと思っていた俺は、そう聞いて一安心する。ここに来る直前に施設内の売店で買い込んだ物を手に、キッチンに向かうヨハンは鼻歌交じりだ。 「とりあえず何か飲むか?デザートもあるぜ!」 「何だよ、随分機嫌がいいじゃん」 「当然だろう?こうやって十代と過ごせるだけで、俺は幸せなんだから」 こちらを振り向きながら笑うヨハンは本当に幸せそうで、さすがに顔が赤くなるのを感じる。 「幸せとか言うなよ、恥ずかしいっつうの」 片手を膝に肘をつき口を覆って照れ隠しに小さくぼやく俺を、「十代の方こそ、すっげー楽しそうじゃん」と茶化しつつ、ペットボトルとグラスを手にキッチンから戻って来ると、ゆっくり俺の様子を伺いながらヨハンは言った。 「昨日みんなに会えて、少しは心の整理がついた?」 「ん〜・・・・・・まだ途中、かな。けど、今の俺でもできることがあるかもしれないって思ったから。ならできることからやってみようと思ってさ」 俺がわざと匂わすような言い方をするとヨハンも悪乗りしてきた。俺の横まで移動してその腕を俺の後ろに廻す。 「できることね・・・・・・それって何?二人きりにならないとできないこと?」 「ヨハンだって邪魔が入らない方がいいだろ?」 「その言い方、俺期待しちゃうぜ?」 このまま雰囲気に流されてしまうのも悪くない。けど、今日ここに来たのはヨハンに聞きたいことがあったからだ。そう思い直して俺は切り出した。 「でもまだ迷ってんだ」 「迷う?」 俺はヨハンから逃げるようにソファーから立ち上がり、明かりのついていない隣のベットルームに移動して、下ろしたままのブラインドウの前まで来ると、ゆっくりヨハンの方へ振り返る。部屋の中より外の方が明るくて、その光が隙間からやわらかく差し込み俺を背から照らしていた。 「選択肢は二つ・・・・・・過去の話か、未来の話か」 濁した表現に笑って誤魔化されるかとも思ったが、俺の後について部屋に入ろうとして立ち止まったヨハンは、的確にその意味を汲み取り少し考え込んだ後、予想で済ますことはできないと判断したんだろう。その柔らかい髪を掻きあげ握ると、言葉の真意を確かめてきた。 「過去の話、ね。そっか・・・・・・自然に任せるのも宝玉獣デッキが戻って来るのも待てないか。まぁ、十代らしいっちゃあらしいけど。じゃあさ、未来の話って何だよ」 「見舞いに来てくれたみんなと話して思ったんだ。記憶を失った出来事が俺にとってどんなに辛いことでも、例えばこれから先どんなことが起こったって、俺の気持ちは変わらないんじゃないかなって」 「それって・・・・・・」 ヨハンの瞳に強い光が宿る。それはたぶんヨハンの期待だろう。すぐにでもその期待に答えてやりたいけどそうはいかない。俺だけでなく、ヨハンの気持ちも大切にする為にもここに来たんだから。 「だから今ならちゃんと受け止められる気がするんだ。でもさ、俺がヨハンから何があったのか聞くことは、ヨハンにとっては辛いことなんじゃないかって・・・・・・いや、たぶん辛いんだよな。それでも、俺は聞くべきだと思ってる。けど・・・・・・」 今、俺が気がかりなのはただひとつ。 「そう思うのと同じくらい、ヨハンを苦しめたくないんだ。だから迷ってる」 これが自分だけの問題ならこんなに悩まないのに。俺とヨハンが望むものはたぶん同じなんじゃないかと思うけれど、それがお互いを苦しめてるとしたらなんて滑稽だろう。 俺が話し終わるまでじっと耳を傾けていたヨハンは、少し怖いと感じるくらい真剣な顔で聞き返す。 「何で俺が辛いと思うんだ?」 「お前は気付いてないのかもしれないけど・・・・・・たまにさ、俺のこと見て辛そうな顔してる」 ヨハンは俺の指摘に少し驚いた後「そっか・・・・・・」と困った顔をした。 「俺にはヨハンが何を思ってそんな顔してるのかわかんねーけどさ、きっとヨハンにそんな顔させるようなことがあったんだよな」 それを聞いたヨハンは俯いてしまって、俺からはもうその表情は見えない。ああ、やっぱりヨハンは辛いんだ。ヨハンにそんな顔させたくなくて、これまで知らん振りしてきたけど、もしかしたら逆にヨハンを追い詰めてしまっていたのかもしれない。俺が思い出せないことで悩んでいるように、ヨハンはきっと全てを知ってることで苦しんでたんだろう。 「ヨハンは優しいから。何も言わないんだよな・・・・・・ごめんな」 そう言った次の瞬間、駆け寄って来たヨハンにきつく抱きしめられた。 「・・・・・・十代っ!」 「ヨハン・・・・・・!?」 ヨハンの身体は少し震えていて、けれど俺を引き寄せる腕は強く力が込められて痛いぐらいだ。これは表に出さず心の奥に押し込めた、ヨハンの苦しみなのかもしれないと思うと、ぎゅっと鷲掴みにされたように心が痛んだ。その痛みを受け入れるようにされるがままでいる俺の耳元で、ヨハンは何かに耐えるように呟いた。 「・・・・・・頼むから、俺に謝るな」 「ヨハン?」 「謝らなくていいから、俺の側にいてくれ。俺が十代に望むのはそれだけなんだ・・・・・・!」 「頼むから謝るな」というヨハンの真意は俺にはわからない。その理由を知っているのはヨハンだけだ。俺はそれを知りたいと思ったけれど、同時にこれ以上それを追求する気にはどうしてもなれなかった。 そういえば以前のヨハンは、こんな風に俺に何かと強請るということはなかった。怯えも含んだ必死に俺に縋りつくヨハンの様子は、少し前の思い出した記憶に取り乱した自分の姿を思い起させた。 「・・・・・・わかった。俺はヨハンの為に出来ることなら何でもする。側にいろって言うなら側にいてやる。何があったのか俺はもう聞かない」 「!・・・・・・十代・・・俺は、」 腕の力を少し緩めて俺を覗き込むヨハンの顔は、酷く歪んでいて今にも泣き出しそうだった。ヨハンのことだから、失くした記憶について俺が望めば話すと言っていたのに、それを違えることが悔しいんだろう。そんな彼の顔に手を伸ばしそっと撫でてやる。 「別に約束が違うとは思わねーよ。もちろん知りたい気持ちも本当だけど、今はそれ以上にヨハンの気持ちを大切にしたいんだ。だからこれまでのように自然に思い出すのを待つ。その変わり全て思い出すまで、ヨハンにはまだしばらく迷惑かけることになるかもしれないけど・・・・・・それでも俺は、」 「きっと後悔しない」と言う前にヨハンに唇を塞がれた。何時に無く性急なものだったけれど俺はそれを受け入れる。唾液が零れ落ちるのも御構い無しに舌を絡ませ合い、互いに息が苦しくなる限界まで貪るようにキスをして、息継ぎしようと少し離れると、ヨハンのまだ全然足りないというギラギラと光る瞳が目に入って来た。たぶん俺も今、同じような瞳をしてる。 わざと少し焦らすように、ヨハンの頭を両手で包んで俺は言った。 「・・・・・・それじゃ、未来の話をしようか」 |
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