turn.18 蒼い髪の精霊 あれからどれぐらいの時間が経ったのだろう。 曖昧な意識の中、俺は覚束ない足取りでヨハンの部屋を出る。 確かヨハンが腹が減ったら病室に戻れと言っていた。けど何故だろう、昨日から何も食べてないのに腹は減ってない。むしろ妙な満腹感さえある。ヨハンの言葉に従って操られる様に足を進めていたけれど、まだ夢の中にいるような身体と心がずれているような、今までに感じたことのない奇妙な感覚に、昼の光がそそぐ中庭に着いた頃には足を動かすことも億劫になってきた。 どうしてこんなふうになっているのか、ちゃんと考えなきゃいけない気がするのに頭が回らない。頭の芯が痺れたように何も考えられない。 「・・・・・・身体・・・おかしい・・・・・・」 そう口にすると、急に強烈な違和感が沸き出して気分が悪くなる。世界から隔絶されているようにさえ感じるどうしようない違和感だ。立っていることも辛くて、その場に座り込んでしまいたい衝動をどうにか堪えつつ、自分の身体を持て余す俺の耳に名前を呼ぶ声が届いた。 『・・・・・・十代っ!』 一枚膜が張ったような、水の中にいるようなその声を追って、ゆるゆるとそちらを見ると、白い服を着た蒼い髪の子供が立っていた。ぼやける思考の隅でその子供の姿がヨハンに似ていると気づいた途端、それに導かれるように途切れていた記憶が急激に蘇ってくる。 「おまえ、は・・・・・・?・・・あれ、俺・・・前にも、こんな・・・・・・」 酷いデジャヴに視界がぶれて、倒れこむように膝をつく。 「な・・・・・・!?」 フラッシュバックというのだろうか。ヨハンの姿をしたその精霊に自分の子供の頃の姿が重なり、これまで何度思い出そうとしても霞を掴むように捕らえることができなかった記憶が、溢れ出るように一気に噴き出した。 それは数週間前。俺は同じこの場所で、幼い頃の自分の姿をした赤い瞳の精霊に会った。その直後に倒れて、失くした記憶の一部を取り戻したのだった。 あの時、覇王が呼びかけてくれたのに、目を覚ました俺はそのことさえすっかり忘れてしまっていた。 どうしてこんな大切なことを、今まで忘れてしまっていたんだろう。 『・・・・・・十代っ』 屈み込んだまま、今し方思い出したことに愕然としている俺に、ヨハンの姿をしたその精霊は不安を感じたのか、心配そうに再び俺の名前を呼ぶ。つられてそちらを向くと、その精霊の瞳の色がはっきり見える。姿や髪の色はヨハンに似ていたけれど、瞳の色は木の実のような・・・・・・そう、俺にとても似ていた。 俺はあいかわらず思考が定まらなくて、余裕なんて全然なかったけれど、その瞳を見ると不思議と心が落ち着いて来た。 「・・・・・・大丈夫、だから。そんな心配すんな」 『・・・・・・・・・・・・』 そいつは黙り込んでそれ以上は何も言わなかったけれど、俺のことを気遣ってくれているのがわかる。俺はヨハンの子供の頃は知らないけれど、きっとこんな感じだったのだろうなと思いながら、その気配は以前ここで出会った精霊とも違うということに気づいた。とはいえ、今の自分の感覚が通常でないのは明らかだったから、「お前、あの時の精霊じゃない、よな・・・・・・?」と確認すると、そいつはその瞳を潤ませながらこくんと頷いた。 なぜ今、俺の前に現れたのだろう。わざわざ俺やヨハンの姿を真似ているのだから、何か理由があるに違いない。 「お前も・・・あいつと一緒で、俺を連れて、行きたい場所があるのか・・・・・・?」 あの時、俺の姿を真似たあの精霊はまるで俺を導くようだった。そのことに思い至ってそう訪ねると、まだ不安そうにしていたが、そいつはもう一度その蒼い髪を揺らしてこくんと頷くと、少し躊躇したあとその手を差し出した。その手に触れることはできないけれど、俺はこちらに伸ばされたその手を取るように握るとゆっくり立ち上がり、あの時と同じ様に立ち入りを禁止されている研究棟に向かった。 ふらつきながらもヨハンの姿を真似た精霊の後をついて行くと、やはりあの時と同じ、眩しい程の光が差し込んでいるあの渡り廊下に出た。 以前来た時にも感じたが、やっぱりこの光は苦痛だ。闇を統べる者としては当然なのかもしれないが、少しの闇の存在も許さないここの光は、今の俺にはきつ過ぎる。 俺を不安げに見上げる精霊に気遣われながらその廊下を進むけれど、体調はますます悪くなって耳鳴りもしはじめる。自分の意思ではどうにもならない意識が離れてしまう寸前にも似た感覚に抗いながら、渡り廊下を渡りきったその先にある、人を寄せ付けない空気を纏った真っ白で大きな扉にようやく辿り着いた。 今にも倒れそうな身体を支えたくて何気なく扉に手を突くと、その重そうな扉は何の抵抗もなくゆっくりと開く。驚く余裕もなく呆然とその様子を見ていると、扉の向こう、その部屋の一番奥に、あの俺の幼い頃の姿を真似た精霊が立っていた。 「あの時の・・・・・・、」 その姿につられて数歩進んだところで足が縺れてその場に倒れこむと、そいつは慌てて駆け寄って来てこちらを心配そうに窺っていた。 「・・・・・・わりい・・・なんか、身体が・・・言うこと、利かなくて・・・・・・」 二人?の精霊は、今にも泣き出しそうな情けない顔をして俺を覗き込んでいたが、互いの顔を見合わせると覚悟を決めたように頷き合うと、俺の姿をした精霊が手を伸ばし、その両手で俺の顔を包み額を合わせた。 「・・・・・・なんだ?・・・・・・あっ!」 戸惑いながら間近でその精霊の赤い瞳に視線を合わせると、次の瞬間、さっきとは比べ物にならない程の勢いで一気に記憶が溢れ出した。 |
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