光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜







 その日、プロリーグの大会が開かれていた会場の前で、集まったファンが人垣を作っていた。その中心に立っている人物を、俺は少し離れた場所から眺めている。




 turn.19 囚われた闇 上




 DAを卒業してから3年。まさに風の向くまま気の向くまま、自分の行きたいところへ行ってやりたいことをする、とても充実した日々だった。
 もちろん、自らの使命を忘れた訳じゃない。
 I2社やKCの研究に必要とされている情報を提供したり、デュエルモンスターズにまつわることなら何時でも何処へでも飛んで行って。それに係わる困っている人から精霊まで、俺の力が必要なら最低限の手助けをして。
 いつの頃からか、その世界じゃデュエルモンスターズ界のなんでも屋・遊城十代なんて呼ばれるようにもなった。
 こんな日々がずっと続くなら、それほど嬉しいことはないのだろうけれど、そうは問屋が卸してくれないらしい。
 俺の視線の先にいるのは、ヨハン・アンデルセン。まだプロとして活動してはいなかったが、世界で唯一の宝玉獣デッキの主として、今回の大会のエキシビジョンデュエルに参加していた。宝玉獣の使い手としてだけでなく、デュエルに対するスタンスやそのルックスも合わさって、プロとして活動していないにもかかわらず彼のファンは多かった。すでにファンクラブもあるって話だったがこの状況を見れば頷ける。DA卒業後はデュエルカレッジに進んでいたけれど、卒業後もプロとして活躍していくことは誰の目にも明らかだろう。
 そんな彼から見つからないように、離れた場所から声をかけるでもなく、少し重く感じる身体を壁にもたれ眺めていたら、いつもの不満げな声が聞こえてきた。
『・・・・・・いつまでこうやって眺めてるつもりなんだい?』
「いつまででもいいだろ?」
 やや投げやりにそう答えると、ユベルが横に並ぶようにその姿を現した。視線は俺と同じくヨハンに向けたまま、ますますふてぶてしい口ぶりで言う。
『君らしくないね。僕はてっきりアイツに話す覚悟をしたんだと思ってた』
「口からでまかせを言うなよ。わかってるくせに・・・・・・」
 俺とユベルは魂を共有していたが、全てのものが筒抜けって訳ではなかった。それでも俺が今何を考えてこれからどうしようとしているのか隠してはいないから、ユベルはわかってるはずなのにあいかわらずの減らず口だ。
 意地の悪いユベルに負けじとそう答えたが、そんな俺の様子にそれまでとは打って変わって、ユベルは神妙な面持ちで訪ねてきた。
『・・・・・・本当にいいの?眺めてるだけで』
「珍しいな、ユベルがそんなふうに言うなんて。お前の方こそイイのかよ?ヨハンに話したら、きっとずっと顔つき合わすことになるぜ?」
『君がそれを訊くの?嫌に決まってるだろう。けど・・・・・・そんなこと言ってる場合じゃないだろう』
「そうだな・・・・・・」
 確かにユベルの言う通り、この先のことを考えれば嫌いだからとは言っていられない状況だろう。ただ珍しくユベルの勧めることでも抵抗感があって、俺はそこから動くことができず、その蒼い髪の親友を遠くからただ眺めていた。
 そんな俺に豪を煮やしたのか、背負っていたリュックから顔を出していたファラオが「にゃあ〜」と鳴くと、その口の中から光の玉が出てきてふわふわと俺の前を飛ぶ。
 それはDA卒業後、成り行きでずっと共に行動して来た大徳寺先生だ。あいかわらず成仏する様子がない彼は健在で、ふわふわ浮かぶその姿を眺めながら、これはこれで案外便利なのかもなと考えていると、ユベルと同じように考えたらしい彼は(いや、もしかしたら影でユベルに脅されてるのかもしれない)、遠慮がちに姿を現して言った。
『十代君、せっかくここまで来たのにゃあ』
「大徳寺先生まで・・・・・・俺は別にこのまま終ってもいいんだけどな」
 少しウンザリしてきたこともあって半分本気で俺がそう言うと、ユベルと大徳寺先生が苦い顔で見合わせると珍しくタッグを組んで説得してきた。
『諦めるにはまだはやいにゃあ〜』
「別に諦めてる訳じゃないぜ?」
『何度も言わせないで。ボクはごめんだよ。ボクの所為で・・・・・・終るにはまだ早過ぎる』
「何度も言わせるなよ。ユベルの所為じゃない。これは俺が選んだんだ」
「それでも文句あるのか?」という売り言葉に買い言葉のような俺の念押しに、ユベルも大徳寺先生もこれ以上は無駄だと諦めたようだ。
『・・・・・・君の好きにすればいい。ボクはそれに従うよ』
 ユベルはそう言って姿を消し、大徳寺先生は慌てて再び光の玉になると(どうやら“血の池地獄”以来、俺のことが若干怖いらしい)、
『十代君がそこまで言うなら、私はもう何も言わないにゃあ〜』
と言いながら後ろへ飛んで行き、ファラオはそれをあたり前のように飲み込んだ。何度見てもおかしな風景だ。
 二人を説得?して再びヨハンの方へ視線を戻すと、俺は姿を消した二人に諭すように言った。
「心配するなよ。簡単に投げ捨てるようなことはしないから。それに俺にはまだやらなきゃいけないことがある」
 そうだ。なにもヨハンの顔を見る為だけにここに来た訳じゃない。自分自身のことだけじゃなく、解決する必要がある問題があるのだ。それを放って置くことはできない。
『・・・・・・わかってるなら、それでいい』
 俺の覚悟を感じたのだろう。ユベルの声は何時になく優しかった。
 いつかこんな日が来るのは、異世界から戻って来た時からわかっていたのに。少しばかり未練を感じるのは、きっと俺が過ごして来た日々が楽しかったからだ。けど、これ以上のことを望むのは強欲ってヤツだろう。
「・・・・・・じゃあな」
 人垣の隙間から遠くに見えるヨハンに小さく別れの言葉を告げて、そのままそっとその場を離れようと踵を返したその時、俺の名を呼ぶ聞きなれたあの声が響いた。
「十代・・・・・・!やっぱり、十代じゃないか!」
 俺の姿を捉えたヨハンはその人垣を掻き分けつつ、心底嬉しそうに笑い手を振りながらこちらに駆けて来た。ヨハンには気付かれていないと思っていたが、そうはいかなかったようだ。もしかしたら俺に気付いた宝玉獣達がヨハンに知らせたのかもしれない。心の中でしまったと小さく舌打ちしつつ、そこに居合わせた人々の遠巻きに寄せられる熱い視線もあって、俺は当たり障りのない返事を返した。
「よっ!久しぶり。さすがは“宝玉獣のヨハン”。人気者は大変だな〜」
「冷やかすなよ。お前の方こそいろいろ話には聞いてるぜ?」
「ろくな噂じゃないだろう?」
「ハハハ!自覚あるんだ。ま、お前らしいけどな!これから時間空いてるか?ていうか、空いてるから来たんだよな!」
「ああ、まあ別に構わないけど〜・・・・・・」
 ヨハンが親しげに振舞う相手が誰なのかと、彼のファンから嫉妬混じりの好奇心を隠すことなくぶつけられる。さすがに居心地が良いとは言い難い状況の上に、いつも以上に強引なヨハンの誘いを断り切れず、突き刺さるような視線を一身に受けながら、ヨハンに引っ張られるようにその場を離れると、彼が近くに待たせていた車に有無も言わせず連れ込まれた。
 予定外とはいえ、とりあえず彼のファン達による遠慮のない視線から逃れられたかと安堵した途端、それまでヨハンを包んでいた屈託の無い空気が一変した。
「・・・・・・お前、俺が声掛けなきゃ、あのまま行くつもりだっただろう?」
 隣を窺うとヨハンは笑顔で窓の外のファンに向かって手を振っていたけれど、その声はドスの効いた不機嫌なものだった。どうやら声をかけずに立ち去ろうとしたことが癪に障ったらしい。
「いったいどういうつもりだよ」
 やがて車が走りだしてこちらを向いたヨハンは、相当腹を立てているようで眉間に深い皺を寄せて凄んでくる。せっかくの美人な顔が台無し、というよりは、むしろ美人なだけに迫力が増して怖い。とはいえ、そんなヨハンにビビる程こちらも軟くはできてない。
「お前に憧れるファンの邪魔しちゃ悪いと思ってさ〜」
 そんなヨハンのことなど歯牙にもかけない体で受け流すと、彼は呆れの混じった溜息をついた。
「いつもは呼んでも来ないヤツが、珍しく姿を現したと思ったらぬけぬけと・・・・・・何か用があったんじゃないのか?」
「偶然だよ、偶然」
「偶然、ね・・・・・・まあ、いいけどさ」
 ヨハンはそう答えたけれど、その様子から納得はしていないことはあきらかだ。それでもこうして話しができたことで、幾分気分も晴れたらしい。その頃には不機嫌さは随分と薄れていて、こちらの出方を窺うように嫌味を混ぜながら話を続ける。
「で、その偶然ここに居合わせた十代さんは、これからどういった予定で?」
「偶然だからなぁ〜、予定なんて何もないぜ」
「なら、これから俺の泊まってるホテルでデュエルはいかがですか?」
「そんな安い誘いに乗るとでも?」
「あれ?十代さんにとってこれ以上の誘いがあるなら、是非聞かせて欲しいなぁ〜」
「そうだな〜、食事も付くなら考えてやってもいいぜ?」
「安っ!」
 白々しい会話に耐え切ず互いの顔を見合わせると、一斉に噴き出し大笑いする。ヨハンとこんなふうに話すことも久しぶりだったけれど、顔を合わせて話してみれば学生時代となんの変わりもなかった。どうやらヨハンも同じように感じたらしい。呼吸を整えながら言った。
「ハァ〜ア、やっぱお前は変わらないわ」
「お前こそな」
「よ〜し!今夜は久しぶりに十代とデュエル三昧だぜ!」
「返り討ちにしてやるよ」
 自分で思っていたよりずっと神経を張っていたらしい。ヨハンと話すことで気が緩んだことに気づいた俺に、俺の中のユベルが呆れたように『素直になればいいのに』と呟いたけど、無視することにする。
 そしてここまで足を伸ばす切っ掛けになった件を思い出して、できるだけ何気なく訪ねてみた。
「あ、そうだ。偶然ついでに聞くけどさ」
「なんだ?」
「最近、精霊の宿ったカードを集めてるヤツがいるって話、ヨハンは聞いたことないか?」
「いいや。・・・・・・なんだよ、またそんなヤツ等がいるのか?」
 それを聞いたヨハンの表情が硬くなる。その反応からするとどうやらヨハンは何も知らないようだ。この手の話に人一倍過敏なヨハンは、どういうことなのか詳しく知りたそうにしていたが、この件にヨハンを巻き込むつもりのない俺は惚けることにした。
「ただの噂さ。知らないならいいんだ」
「ふうん・・・噂だけならいいどさ・・・・・・」
 俺の話と態度に納得いかないのだろう。再びヨハンの機嫌が悪くなったけれど、こればかりは仕方がない。成すべきことは人それぞれってヤツだ。






「・・・・・・・・・・・・なっ!?」
 目を覚ました俺は、その寝息が掛かるほどの間近にあるヨハンの寝顔に驚いた。
 何がどうしてこうなったのかわからないが、俺はベッドでヨハンに抱きしめられたまま眠っていたらしい。慌てて状況を把握しようと辺りを見渡して、隣でスヤスヤと寝息を立てるヨハンを起こさないように俺を抱えているその腕を離すと、ゆっくりベッドの上から這い出した。窓に掛かっているカーテンの隙間から朝日が差し込み、ベッドサイドに置かれた時計の針は7時前を指していた。
「・・・・・・いつの間に寝ちまったんだろう」
 寝起きの頭で昨日の晩の記憶を引っ張り出す。
 確か食事の後、さっそくデュエルすることになって。やはりヨハンは簡単に勝たしてはくれない。デュエルの結果は一勝一敗。お互い負けず嫌いな俺達は次で決着をつけようという話になって。ヨハンが少しその場を離れた間、デッキを調整しているうちにそのまま眠ってしまったようだ。そこまで思い出して苦笑していると、俺の中のユベルがぼやいた。
『君はこいつの側にいると気を緩め過ぎだよ』
 反論できない。
 あまりにもあっと言う間に過ぎてしまった楽しい時間に、まだ足りないと感じつつも、ヨハンを起こさないように静かにベッドから立ち上がり、素早く身支度を整えた。
『どうするの?』
「これから向かえば、あっちに着くのにいい時間だろ」
『・・・・・・・・・・・・』
 俺が何も言わずに立ち去ろうとしていることに気づいても、ユベルはもう何も言わなかった。心地良さそうに深い眠りの中にいるヨハンを覗き込んで、俺は小さな声で詫びた。
「悪いな、ヨハン」
 目を覚まして俺がいないと知ったらきっと怒るだろうけど。これ以上ヨハンの側にいると甘えてしまいそうだから。
「また、会えるといいな・・・・・・」
 願望というより祈りに近い別れの言葉を告げると、俺は静かにその部屋を離れた。






「急な話ですみません、校長先生」
 その足で童実野町に向かった俺は、あるホテルの一室で久しぶりに鮫島校長に会っていた。
「そんなことはないですよ。こちらこそいろいろ協力してもらって、本当に感謝しています。今回の件も十代君が協力してくれていることで、どれ程助かっているか」
 今回の件・・・・・・精霊のカードを集めている者がいるという話を、鮫島校長から聞いたのは1ヶ月ほど前のことだった。
 話によればカードを盗まれたり、持ち主から無理やり力尽くで奪う行為もあったらしい。そんな中、DAに封印されている三幻魔も狙われ、この問題を解決する為に俺に声がかかった訳だ。何より校長先生から話を聞く前に、俺の耳にも精霊達から異変を伝える声が入って来ていて、俺は迷うことなく協力すると申し出た。俺の力はこんな時の為の力だ。
「その件ですけど、何か新たな情報はありましたか?」
「残念ながら・・・・・・十代君が報告してくれたこと以外に新たな情報はありません。被害が広がっていないということは幸いなことですが、どうやらこちらの存在に気づかれたようですね」
「俺の知らせた施設についても、詳しく調べてもらえましたか?」
「表向きは一般企業の開発施設ですが、今回の“精霊の宿るカードを集めている集団”に繋がっているようです。出入りしている人物の中に、同一と思われる人物が数人確認されているという話です。残念ですが十代君の予想は当っているかもしれません」
「そうですか・・・・・・けど、これでこちらも対処する目処が立つ」
 俺の情報の出所は精霊達からのものも多かったが、これほど信頼性のあるものもなかった。事実、精霊達が捕らえられている場所を特定できたのも、俺に協力してくれた精霊達の功績だ。
 精霊の宿ったカードを集めた目的は何なのか。未だにその理由はわからなかったが、その手段や三幻魔を狙ってきたことを考えれば、公にできないことを企んでいてもおかしくない。探りを入れれば、いずれ相手側にこちらの存在を知られるのは承知の上だったが、そのことで捕まっている精霊達のカードを危険に曝す可能性もある。そうなる前にできる限りの手を打つべきだろう。
「そのことについて、ペガサス会長が十代君と直接話をしたいと言っていました。出向いてもらっていいですか?」
「そうですね。俺も一度ちゃんと話さないといけないと思ってたし・・・・・・」
 この件に関してペガサス会長から依頼を受けて、オブライエンも動いているらしい。今後直接乗り込むことになるなら、彼が頼りになるのは間違いない。
「それはさておき・・・・・・今日はその件とは別に私に話があったのでしょう?十代君直々の頼みとはいったいなんですか?」
 これからのことに思考を巡らせていると、鮫島校長がこちらを気遣いながら訪ねてきた。今回直接会って話がしたいと言い出したのは俺自身だったのに、話している内に事件のことに気が行ってしまって、すっかりそのことを忘れていた。
「こんなこと頼めるの、校長先生以外に浮かばなくて・・・・・・」
「他ならぬ十代君の頼み、私が力になれれば幸いです」
 校長先生はこちらの気持ちを察して、そう言ってくれるのはとてもありがたい。が、いざ話すとなると腰が引けてくる。自分から頼んでおいて今更躊躇するなんて情けない話だが、このことは出来る限り伏せて置きたかったし、最近までそのつもりだったのだ。
「・・・・・・何か困ったことが起こりましたか?」
 付き合いの長い校長先生は無理に聞き出そうとはせず、じっとこちらが話し出すことを待ってくれたが、さすがにこれ以上校長先生を気遣わせることも申し訳なくて、俺は覚悟を決めた。
「校長先生は異世界で俺に何が起こったのか、どこまで把握してますか?」
「君と深い繋がりを持つ精霊・・・・・・あの一件を起こしたユベルと魂を共有している。と、話には聞きました。ただ、なぜ十代君がそうしなければならなかったのかは、予測の域を出ません」
 本来なら、あの時何が起こったのか、俺が異世界から戻って来た時に問いただされていてもおかしくなかったと思う。そうしなかったのは校長の優しさだろう。俺もそれに甘えてこれまで話さなかったが、今回はそうはいかない。
「・・・・・・そのユベルを救いたいんです」
「それはいったいどういうことですか?」
 今俺の身に起こってることを話すには、まずその根本である異世界でのこと。そして、この世界の理から話す必要がある。
「少し長い話をしましょうか」
 そう一呼吸置いてから。俺は、俺の知ることを話した。
 この世界の始まりから、光と闇の戦いについて。そしてDAでの光の波動の事件や、異世界でのことが、それに連なることだという話をあくまで大まかに、だ。詳しく話したところで、それは意味がないように思えたし、本来知らなくてもいいことだ。
 そう考えて簡単にまとめたつもりだったが、それでも俺の口から飛び出すとっぴの無い内容についていけなかったようだ。
「壮大過ぎて、私の理解の範囲を超えていますね・・・・・・」
最初、鮫島校長は目を白黒させていたが、俺の話を一笑に付したりはせず、しばらく話を反芻するように考え込んだ後、その目を輝かせて言った。
「DAとは、本来デュエルモンスターズにかかわる謎を解き明かす為に作られたのです。十代君の話はまさにその根幹にかかわる話で、とても興味深いです」
 そんな校長の反応に俺は少なからずホッとした。まぁ、こんな話をする気になったのも、校長ならきっとそれを理解しようとしてくれるとわかっていたからだけれど。
「俺の話はおそらく世界の一面でしかないと思いますけど」
「それでも、それを知ると知らないでは大違いです」
「これまで黙っていてすみません」
「いいえ、話を聞いてその訳がよくわかりました。・・・・・・それで、そのユベルを救いたいというのはどういうことですか?君の中に存在するユベルに何か問題でも?」
 ここで話が終ることができたならよかったのに。そう思いながら本題に入る。
「あの一件でユベルの魂は深く傷ついてしまった。その存在を保つことが困難な程に」
 考えてみれば当然だ。宇宙に放り出される前からすでに光の波動に汚染されていたユベルのダメージは、光の波動を払えば元に戻すことができるほど、簡単な話じゃなかったのだ。
「それでも俺と魂を融合することで、その傷を癒すことも可能かもしれないと考えていました。けど、そう上手くはいかなかった」
「・・・・・・もし、そのままユベルを救えない場合・・・十代君自身にも問題があるのですね?」
 俺の様子に最悪の状況を察してか、校長は言葉を濁しつつ訪ねてきた。覚悟はしていたとはいえ、それを口にすることで予測が現実になってしまう気がして、やっぱり後ろ向きな話しはしたくないもんだな、と口篭っていると、それまで大人しく成り行きを見守っていたユベルが話しかけてきた。
『・・・・・・十代、続きは僕が直接話す』
『ユベル?』
『今回のことを言い出したのは僕だしね。僕を実体化させて』
『でも、』
『いいから』
「十代君?」
 ユベルから伝わって来る強い意志に逆らうことができず、黙り込んでしまった俺に鮫島校長が戸惑い始めたこともあって、躊躇しながらも校長にそのことを伝えた。
「あの、ユベルが校長と直接話がしたいらしくて・・・・・・」
「わ、私とですか!?」
 これ以上は話すより見せた方が早い。そう判断して俺は一度瞼を閉じると再び開く。すると校長が驚きの声を上げた。当然だろう。今の俺の瞳の色はいつもの木の実のような色からかけ離れた、オレンジとグリーンの宝石が嵌め込まれたような、オッドアイのように見えているだろうから。そして驚きを隠さない校長の目の前に、ユベルを実体化させたところで俺も驚いた。
「おおおおっ、これが十代君の力なんですね!そして、この子が精霊ユベル・・・・・・!」
「あ、え・・・・・・!?ちょ・・・ユベル、おま、え・・・・・・!!?」
「なんだい?いまさら君がそんなに驚くことないだろう?」
「いや、だってお前、その姿・・・・・・!」
「?・・・・・・あっ、」
 実体化したユベルはそれまでの両性具有の竜の姿ではなく、前世での人の姿をしていたのだ。ユベル自身もすぐにそのことに気付いて、さすがに予想外の出来事だったのだろう、目を丸くして自分の姿を見下ろしている。
「でも話から想像していたのとはちょっと違いますね〜。確か竜だという話でしたが・・・・・・十代君?何か問題でも起こっているのですか?」
「問題・・・というか、なんて言えばいいのか・・・・・・」
 歯切れの悪い俺とユベルの間を、好奇心旺盛な校長の視線が行ったり来たりする。どうしてそうなってしまったのかすぐに目星がついて、思わず顔を顰めた俺を見て、ユベルはひとつ溜息をつくと何事もないかのように振舞った。
「この姿は僕が竜になる前の・・・・・・人として生きていた前世の姿だよ。どうやら、自分の姿を保つこともできないほど不安的な状態みたいだね」
 ユベルのそのひと言で、一気にその場の空気が重くなる。
「率直に言うよ。僕は十代と魂を融合することで存在しているように、十代も僕と魂を融合することで、今ここに存在することができているんだ」
「それでは・・・・・・!」
「僕が消えれば、十代も消える」
 それはとても自然で当然の結果だと思う。超融合の力でユベルと魂をひとつにしたあの時、俺の魂は一度、自らの身体から離れたのだ。ユベルを苦しめていた光の波動を追い払い、こうして自分の身体に戻ることができたのは、正気を取り戻したユベルの“人に憑く力”があってのことだった。
 あの時から俺とユベルは微妙なバランスの上で成り立っている。「人智の超えた存在」なんて大それたことを言われもしたが、俺とユベルが一連托生ではじめて成し得る、まさに人でも精霊でもない中途半端な存在だった。
 全ての命はいつか消える。闇を統べる者だからといって例外はない。優しい闇は命を育むけれど、消え逝くものをとどめる力はないから、こればかりは俺の力でもどうしようもない。もちろんこの世界に存在するどんな力を用いても、その理から逃れられることはできないだろうし、例えできたとしてもしちゃいけないだろう。

 だからその日が来るまで、俺は前を向いて進むことを決めた。
 どんなデュエルでも楽しむことを忘れず、真っ直ぐ。
 前だけ向いて、真っ直ぐに。

 けれど、当のユベルはそれだけでは納得いかなかったらしい。俺に最後まで足掻けと、できるだけのことをしろと言って譲らなかった。ユベルがそう言わなければ、今ここに俺は来ていないだろう。
「なんてことだ・・・・・・!」
 ユベルの話にさすがにショックを受けたらしく、校長は言葉を失くし考え込んでしまった。その様子を見て、もしヨハンがこのことを知ったら、どんな反応をするだろうと考えてみる。
 はじめは驚いて。なんでもっと早く俺に相談してくれなかったんだと怒って。どうして十代がそんな目に会わなきゃいけないんだと悲しみ。ユベルを救う方法を一緒に探そうと意気込む。
 わかりやすい様子が浮かんで、思わず苦笑してしまいそうになった俺に、黙り込んでいた校長先生が珍しく声を荒げた。
「十代君!そんな大切なこと、どうしてもっと早く話してくれなかったんですか!?・・・・・・いや、違いますね。そのことを察することができる機会は、これまでにもあったはずなのに、気づくことができませんでした・・・」
 空想していたことを目の前で校長に実行されて、呆れるやら申し訳なくなるやらで、相談した俺としても若干気まずい。それでも年の功ってやつだろうか。校長先生はすぐに立ち直るとこれからのことについて話を進める。
「十代君の置かれた状況はわかりました。話しを聞いた限り、我々にできることがあるのか正直わかりませんが、他でもない十代君の頼みです。ユベルを救う方法を全力で探しましょう。それが十代君を救うことに繋がるのですから、断る理由はありません」
「鮫島校長・・・・・・ありがとうございます」
「頭を下げる必要なんてないですよ。むしろこちらが頭を下げてでも、力にならなければいけないでしょう。精霊の宿るカードの件も、十代君が集めてくれた情報で十分に助かりました。これからはユベルを救うことだけを考えて下さい」
「いえ、その件も最後まで手伝います。それが俺がここに居る理由ですから。それにこんな中途半端なまま手を引いてしまったら、俺自身が納得できない」
「そうですか・・・・・・ならばその代わり、私の提案をひとつ受け入れてくれませんか?」
「提案?」
「このことをペガサス会長にも話して欲しいのです」
「ペガサス会長に?」
「十代君以外で、精霊のことについてもこの世界で誰よりも精通しているのは、デュエルモンスターズの創造者であるペガサス会長でしょう。I2社ならDAの研究機関以上に、我々も知らない膨大な情報があると思います」
 確かに少なくとも俺の知る人物の中でも、彼以上に理解のある人は他にはそういないし、校長の言うようにペガサス会長なら、ユベルを救う方法を示してくれる可能性もあるかもしれない。何よりペガサス会長の元にならば、精霊のカードが奪われた事件に関しても動きやすいだろう。
「きっと十代君の話を聞けば、ユベルを救う為に力を貸してくれるはずです。もちろん無理強いをするつもりはありません。十代君さえよければ、ですが」
 校長の気遣いのある後押しがありがたくて、俺は再び頭を下げた。
「・・・・・・わかりました。いや、こちらこそよろしくお願いします」
 ユベルの為にもできるだけのことをやる。その時の俺はそう考えてた。






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