校長先生との面会の後、さっそくペガサス会長に連絡を取り、そのままI2社に向かうことになった。鮫島校長も一緒に行くことになっていたが、急用でDAに戻ることになり、そこで校長と別れた俺は、ペガサス会長が迎えに寄越してくれた車に一人で乗り込んだ。 turn.20 囚われた闇 中 車の後部座席で膝の上にファラオを乗せて、流れる車窓を眺めながらユベルの異変を思い出して、砂を噛んだような気分になる。まさか実体化することで問題が起こる程、その存在が不安定になっているとは思ってなかった。 まずは精霊の宿るカードが奪われている事件の解決が先だ。そう考えながらも、今し方目の当たりにしたことに内心穏やかではいられない。 『ユベル、本当に大丈夫なのか?』 『・・・・・・大丈夫だよ。君も知ってるだろう?この世界で実体化するということは、精霊にとって負担が大きいんだ。こうしている分には何の問題ない』 その言葉の通り、今のユベルにすぐ何か問題があるようには感じない。けれどそれをそのまま受け取ることもできなかった。なんせユベルは俺以上に意地っ張りで頑固なのだ。そして俺の為なら辛いことを取って代わることも厭わない。そんなヤツなのだ。 『ユベル・・・・・・ありがと、な』 『そう思ってるなら、僕がこのまま消えてしまわないように努力するんだね』 ツンと言い返すユベルに、俺は敵わないなぁと苦笑するしかない。そんなことを思ったその時携帯電話が鳴った。手にとって確認すると、液晶に表示されている名前はオブライエンだ。そこでヨハンからじゃないのかと、一瞬でも思ってしまう自分が情けない。あれから半日が過ぎていたけれど、彼から電話やメールは一度も来ていなかった。いつもなら、文句のひとつも言って来てもおかしくないのに、もしかしたら何も言わずに消えたことに、俺が思う以上に腹を立てたのかもしれない。 そんなことを考えつつ少しばかり手の中の携帯と向き合っていたが、着信音に急かされて俺は携帯に出た。 「おう、オブライエン」 『ペガサス会長から聞いた。今こちらに向かってるらしいな』 どうやらオブライエンにもすぐに話がいったらしい。 「ああ、わざわざ車まで用意してもらってさ。夕方までにはそっちに着くと思うぜ」 『そうか。どうやら本当に、今後しばらくはお前と行動を共にすることになりそうだな』 あいかわらず端的に話を進めるヤツだ。だが、これからのことを確認するオブライエンの言葉の中には、少しばかり困ったような、面倒くさそうな、同時にそれを楽しむような微妙なニュアンスが含まれていて、それはオブライエンなりの信頼だと知っている俺は思わず彼を茶化した。 「何だよ、俺と一緒がそんなに嬉しい?」 『お前は・・・・・・減らず口ばかりが増えていくな』 俺の言葉にうんざりするオブライエンらしい反応に、思わず笑ってしまう。 「素直に嬉しいって言えばいいのに、」 と、わざとらしく言葉を続けようとしたその時、『十代っ!』というユベルの呼びかけと同時に、車の正面に何かが飛び込んで来るのが視界に入った。それに気付いた運転手が「危ない!」と叫び、慌ててハンドルを切り車体を横に滑らせて、キキキキィッと耳障りな音を立てながら急停車する。 「・・・・・・・・・・・・今の、は・・・・・・!?」 それは一瞬の出来事で、何が飛び込んで来たのかわからなかったが、実際車が何かとぶつかるような衝撃はなかった。咄嗟に身構えたが後席で倒れ込んでしまった身体をゆっくり起こしながら、外の様子を伺おうとした途端、車の扉が開かれ男が乗り込んで来た。 「お前は、いったい!?・・・・・・うっ、」 対処する間もなく後部座席に押さえ込まれ口を布で塞がれる。どうやらその布に薬品が沁み込ませてあったらしい。それを引き剥がそうとその男の腕を掴んだが、すぐに力が入らなくなり視界がぶれはじめた。そんな俺の耳にこちらの異変を察したらしいオブライエンの声が微かに届く。 『・・・・・・ゅうだいっ!・・・十代!どうした!?何が起こっている!?』 いつの間に手放していたのだろうか。座席に転がっていた携帯に気付いた男が、片手で足元にはたき落とすとそれを踏みつけたようだ。鈍い破壊音に、足元で威嚇するファラオと、『答えろ十代、』と言うオブライエンの声と共に、そこで俺の意識も途切れてしまった。 「・・・・・・・・・・・・ここは、いったい・・・・・・?」 今までに感じたことのない不快感の中で俺は目をさました。 それもそのはずだ。身体は何かに貼り付けにされているような体勢で、その上目を覆うように頭部に何かを取り付けられていて周りは見えない。酷い扱いに、途切れる前の記憶が現実であることが嫌と言う程わかった。 下半身や腕も後ろにしっかり固定されていて、動くことが出来ないのはわかっていたが、諦めきれずに脱出を図ろうと力を入れたその時、耳に息がかかるのではないかと思うほどの距離で声が聞こえた。 『やっと目が覚めたみたいだね』 「・・・・・・・・・・・・っ!」 子供でもあり大人でもあり男でもあり女でもある、全てを含んで重なり合うその声が、まるで身体中の神経に張り付き囚われるような感覚に力が抜けた。そしてその瞬間わかってしまった。 それは魂に刻み込まれた、俺がこの世界で一番会いたくないものだと。俺の中で警告音が最大限にガンガンと鳴っている。 「お前は、いったい・・・・・・!?」 そいつが“誰か”なんて聞かなくてもわかっているが、どうしても受け入れがたくて未練がましくそう言うと、そいつは溜息をつきながら厭味ったらしく俺に纏わり着いた。 『俺が誰かなんて、悲しいことを言ってくれるね・・・・・・本当はわかってるくせに』 視界を奪っている俺の頭部を覆っているものを、指でなぞようにゆっくり撫でられてゾッとする。 『視界を遮られているからって、いくらこれで闇の王としての力や記憶が封じられている訳じゃないだろう?』 「・・・・・・・・・・・・」 『今度はだんまりかい?あいかわらずつれないなぁ。ま、そんなところも気に入ってるんだけどね』 こうして向き合っていることも不快でしかなくて、全身で拒否すると、そんな俺の態度が面白くなかったらしい。 『そうだね・・・・・・せっかくの再会だ。その目で確かめるか?』 「・・・・・・・・・・・・っ!」 もちろんはじめから俺の了承を得る気なんてまったくないそいつは、俺の後頭部にその腕をまわすと、あっと言う間に視界を覆っていたものを剥ぎ取った。その瞬間俺の視界に飛び込んで来たあまりに強い光に目が眩む。反射的に閉じた瞼越しでも、あたりが容赦のない強い光に包まれていることがわかって、全身を包み込む不快感が増した。そしてその光で認めざるおえなくなった。 俺の前にいるそいつが、紛れも無く<破滅の光>そのものだということを。 『・・・・・・最悪だ』 心の中でそう呟いて、そいつに素直に従うのが癪で瞼を閉じたままでいると、まるでナメクジでも這ったかのような、ヌルッとした感覚が瞼の上を登った。どうやらそいつが瞼の上を舐めたらしい。思わず顔を背けて薄く瞼を開けると、目の前には半透明のそいつが立っていた。 ご丁寧にヨハンの姿を真似て。 唯一違ったのは、瞳の色が白い光を滲ませて輝いているということだけで、最近ではそう簡単に人の挑発に乗ることもない俺でも、さすがにカッと頭に血が登る。 「何のつもりだっ!」 『何のつもりも何も、今の俺は肉体を持たないからさぁ〜・・・・・・気をきかせてあげたのに不満?それとも君の中で弱っている、竜の姿の方がよかったのかな?』 「ふざけんなっ!」 『強がるのも変わらないね・・・・・・今、自分が置かれている状況はわかっているだろうに』 そいつのわかりやすい嫌がらせにムカムカしつつも、眩しい光に目を細めつつ辺りの様子を伺う。 随分と広いスペースに見慣れぬ大きな機械が並び、ゴウンゴウンと脈打つようなその動作音が、その機械の一部に縛り付けられた俺にまで響いていた。そいつの言うように、俺が捕まっているってことは嫌でも理解できるけれど、さすがにパッと見渡しただけでは、ここが何処なのか、この機械が何なのかまでは、俺にはまったくわからない。 現状を把握するには情報が少な過ぎる。そんな俺の心を読んだのか、そいつはヨハンの顔で心底楽しそうにクスクス笑いながら言う。 『ここは最近君が探っていた施設の本部さ』 「!」 『あれはここシステムの末端のひとつに過ぎない。目の付け所は間違ってなかったよ。今頃は君の仲間があそこに乗り込んでいるだろうけど、もぬけの殻さ。残念だったね。』 その言葉に俺は愕然とした。そいつの話を信用するなら、こちらの動きは全て筒抜けだったのだ。しかもその理由は“俺”だ。相手が<破滅の光>なら話は早い。<闇を統べる者>である俺をマークしているのは当然だろうし、俺に気付かせないようにそれ相当の対処もしていただろう。 今回の件で俺自身が直接関わったことは少なかった。あの施設について探るといっても俺自身が確認した訳ではなかったし、精霊の宿るカードを集めているヤツ等と対峙することもなかったのだ。とはいえ、だ。その件に<破滅の光>が関わっていると、まったく気付くことができなかったという事実に眩暈がする。 直接関わらなかったことで気を抜いていなかったか?厄介ごとに対すること自体に慣れてしまっていなかったか?ユベルのことがあったとはいえ、いつものように俺が直接動いていたら気づくことができたんじゃないのか?もし、そのせいで<破滅の光>に気づくことができなかったのだとしたら、致命的な失策だ。今更考えたところでどうにもならないとわかっていても、俺の頭の中をそんな思いが通り過ぎる。 ただ現状を嘆いているだけじゃ何も解決しないということを、俺はよく知っている。何より背負うものを放り出すつもりはない。相手の手の内にいるからこそできることもあるはずだ。 そう自分に言い聞かせて、停止しそうな思考を再び巡らせる。 「・・・・・・集めた精霊達はどうした!彼等を集めて何を企んでいる!?」 『企む、ね・・・・・・』 「答えろ!」 『今は自分の心配をしたら?』 「俺が大人しく捕まっているとでも思うのか?」 『できるものなら、やってみればいいさ』 「!」 はじめからこちらの問いにまともに答えるとは思っていないが、<破滅の光>の余裕綽々な様子が鼻に付く。 『ずっと、ずっと君を見ていたよ。優しい闇が世界に満ちる様と共にね。けど、君だって気づいてたよな?俺の存在に』 「・・・・・・・・・・・・」 『闇が満ちる時、等しく光が照らし、やがて世界を満たした闇と光はぶつかり合う・・・・・・それが世界の理さ』 これまでの永い時間を振りかえるように視線を少し空に浮かせて、それを再び俺に戻すと腕を伸ばし頬に触れた。そいつは透けていて、本来、人の触れることができる存在ではないはずなのに、さっきから俺に触れる感覚は妙にリアルでゾッと背筋に不快感が走る。 『君が<闇を統べる力>を受け入れてから、どうやって俺に従わせてやろうかと思ってたけど・・・・・・一度ユベルを手の内にできたことが決め手になったね』 その感触に酔うようにうっとりと頬を撫でて、睨みつける俺のことなど御構い無しにキスする。ぎゅっと力を込めた唇を、重ねるだけじゃ足りないとばかりにすったり噛んだり舐めたりして、その合間に俺の様子を伺う。逃げることも振り払うことも叶わない俺は、ただそれを耐えるしかない。 視界に入るヨハンの姿に苛立ちが増すばかりだけれど、ここで瞼を閉じてしまうとそいつの思惑に負けてしまう気がして、俺は意地でそいつを睨み続けた。 やがて思う存分唇を味わい満足したのか、息が触れる程度に離れて言った。 『まさかこんな簡単に、君を手に入れることが出来るとは思わなかった』 「・・・・・・・・・・・・っ!」 恍惚とした表情で舌舐めずりするそいつに心底腹が立つ。すでに結果は出たと言わんばかりのそいつの態度が、俺の癪に触って仕方がない。 そんな俺の様子をニヤニヤと笑いながら眺めていたそいつが、そこでピクリと何かに反応した。ふいっと視線を俺から背けて、まるで何処か遠くで起きていることを眺めるように言う。 『・・・・・・どうやら君の仲間が動いたようだ。君無しでどこまで反撃出来るか見物じゃないか』 「!」 そいつの言い分を信じる気にはならないが、もしそれが本当で、今この世界で何かが起ころうとしているということを察して、皆が動き出したのだとしたら、例え相手が<破滅の光>だとしても状況を変えることが可能かもしれない。僅かながらもそんな希望が見えたことで、最悪だった気分が少し浮上する。 けれどそんな俺の気持ちも、お見通しと言わんばかりにそいつは鼻で笑った。 『何故精霊の宿るカードを集めていたのか。君を狙ったのか。このシステムで何をしようとしているのか。それはこれからのお楽しみだ』 わざとらしく耳元でそう囁いてようやく俺から離れると、有無も言わせず再び目を覆うものを被せられる。 『まわりのヤツ等が何をしたところで今更さ。何度も繰り返されてきたこの戦いだけど、今回は俺の勝ちだ』 そう言い残し<破滅の光>はスッと気配を消した。視界を隠されたことで直接見ることはできないが、それまで辺りを包んでいた眩い光が消えて、その場を深い闇が満たすのを感じることはできた。 そいつの強烈な気配が消えて、全身から力が抜けるのを感じながら身震いした。自分が思っている以上に身体に力が入っていたらしい。それも当然だろう。なんせ相手は宿敵であるあの<破滅の光>なのだ。頭に登っていた血が冷えて、自分の置かれた現状ってヤツを冷静に振り返ると、悔しさと共に手も足も出ない最低な状況に、さすがに不安も湧いてくる。 何より俺の中のユベルが、これまでとは比べ物にならないくらい疲弊していた。今のユベルにとってこれほどキツイ状況はないだろう。弱音を吐くことはしないが、光の影響から逃れる為に俺の心の奥底でじっと耐えている。 このままじゃマズイ。じっとしていると碌なことが浮かばない。この状態で身体を無理に動かせば、固定されている部分を痛めるのは確実だったが、不安に囚われてしまうよりはマシだと思えて、腕に力を入れようとしたその時、聞きなれた声が耳に飛び込んで来た。 『クリクリ〜!』 「相棒・・・・・・!無事だったんだな、よかった・・・・・・」 それは見えなくても間違えることはない、俺の相棒、ハネクリボーの声だった。 <破滅の光>がいたほんの少しの間とはいえ、辺りを見渡した限りでは俺のデッキの気配はまったくなくて、あの後みんなはどうなったのだろうかと嫌なことを一瞬想像したが、ハネクリボーの声がそれを一気に吹き飛ばしてくれた。 相棒はすぐに俺のすぐ側まで来ると、どうにか俺を助け出せないかとまわりを飛び回り、せめて俺の視界を遮っているものを外せないかと右往左往する、そんな相棒の必死な様子が伝わって来た。もちろん実体化していないハネクリボーには無理なことだし、それは相棒自身もよくわかっているだろう。それでもどうにかしたいという相棒の気持ちが、何よりもありがたくて思わず笑みが零れた。 『クリクリクリ〜〜ッ!』 「ありがとう相棒、俺は大丈夫だぜ。これぐらい平気だ。それよりみんなは?無事なのか?」 『クリクリ!』 ハネクリボーの話によると、ヒーロー達はこれまで集められていた精霊の宿るカードと同じ場所に閉じ込められていて、ハネクリボーはそこにいるみんなの協力で、<破滅の光>の目を避けてここまで来ることができたらしい。 「そうか、捕まっていた精霊達と同じところに閉じ込められてんのか・・・・・・」 ハネクリボーもヒーロー達もまずは無事だったということにホッとする。もしあの後、俺の落ち度でそのまま仲間を失うようなことになっていたら、悔やんでも悔やみきれない。 こうして相棒を送り出してくれたことで、仲間の無事を知ることができて本当によかった。最悪を予想して不安に囚われる要素がひとつ消えただけでも、今の俺にはありがたくて、不安に囚われそうだった心が救われた気がした。そんな俺を鼓舞するように相棒は励ましてくれる。 『クリクリ〜』 「そうだよな・・・・・・!まだやれることたくさんあるはずだ」 あの時オブライエンと通話中だったことも、不幸中の幸いと言っていいだろう。きっとこちらの異変を察知して動いているに違いない。<破滅の光>は歯牙にも掛けていないようだったが、みんなそれ程ヤワじゃない。甘くみたら足元をすくわれる。それは俺が身を持ってよく知っている。 「ハネクリボーもヒーロー達も他の精霊達も、絶対救い出してやるから!」 『クリクリ〜!』 これまで、それなりに場数を踏んできたという自負もあるし、簡単に諦めるつもりなんてない。少しばかり心が揺らぎそうになっていたこの状況にも立ち向かえる。心強い相棒の声は、俺にそう思わせてくれた。 それ以来、ハネクリボーは<破滅の光>の目を避けて会いに来てくれた。そして捕らえられた精霊達の様子や、この施設内の様子を伝えてくれる。そうして相棒が会いに来てくれることが、俺を励ましてくれることはもちろんのこと、自由に動くことさえままならない俺にとって、まわりの状況を把握しこれからどう動くべきか、思案する上でもとても重要なものになっていた。 もちろん、その間ただハネクリボーを待ちわびていただけじゃない。隙あれば脱出してやろうと企んでいた。けれど<破滅の光>はそう簡単にその隙を見せてはくれない。俺の囚われている場所に出入りのある人間は完全に<破滅の光>に支配されていて、その人たちを正気に戻すこともできなかった。 何より<破滅の光>が側にいなくても、見張られていることに変わりはなくて、ここで目を覚ましてから、張り付くようなそいつの存在を常に感じ、そのことが俺の神経をどんどん削っていく。 そんな時間が過ぎた数日後、縛り付けられてこちらが自由に動けないことをいいことに、あいかわらずヨハンの姿で必要以上にベタベタと触れてくる<破滅の光>の口から出た言葉に、心臓が跳ね上がることを止めることはできなかった。 『ヨハンが君を探しているらしいよ』 「・・・・・・・・・・・・!」 『消えた君を見つけ出す為に、精霊を見ることができるヨハンに話がいったみたいだね』 そいつの言うことを、俺自身も予想していなかった訳じゃない。とはいえ今回の件に、ヨハンを巻き込む必要はないと判断したのは他ならぬ自分だ。なのに、そう考えながらも心の奥底で期待していたのかもしれない。 ヨハンなら俺を見つけてくれるんじゃないかって。 助けに来てくれるんじゃないかって。 そんな甘い願望をはっきりと認識して俺は唇を噛んだ。 『あれ、嬉しくないのか?君の大好きなヨハンが、必死に君のこと探してくれているのにさ。やっぱり、今回の件に巻き込むまいと嘘まで付いたのが、無駄になったことが悔しい?』 そいつの厭味ったらしい言い方にイラッとするが、それさえもそいつを楽しませてしまっているらしい。そのことに苛立つ俺に、そいつはますます調子に乗るという不快のスパイラルに、自由になったらまず一発ぶん殴ってやると心の中で毒づいていると、そいつはわざとらしくひとつ溜息をついて言った。 『本当はもうしばらく君との時間を楽しんでいたかったけど、これまで準備してきたことをこれ以上先延ばしにはできないんだ』 「!」 そいつのその言葉が合図だったように、それまで脈動するように動いていた機械が、大きな音を立てて動き出した。聞きなれない起動音に、さすがにこれから何が起こるのかと緊張が走る。なんせ<破滅の光>が関わっているのだ、嫌な予感に一気に不安が沸き起こる。 『このシステムで何ができるのか。これから何が起こるのか。自分が何に利用されるのか。やっぱり知りたいよな?』 「持ってまわった言い方するなよ」 『ふうん、君ならそれなりに予想もついてるんじゃないかと思ったんだけど』 「・・・・・・・・・・・・」 『まぁいいさ。どうして精霊の宿るカードが集められたか、君なりに予想しただろう?』 当然のことながら俺なりにその理由を予想していた。特に三幻魔を狙ったということで、ここに囚われる前は、影丸会長と同じようなことを企んだのかもしれないとも考えていた。けれど、それは肉体を持たないらしい今の<破滅の光>にとっては、それ相応のリスクを伴うことであるはずだ。三幻魔の力はそれほど強力で厄介なものだった。 弱みは見せまいと<破滅の光>を睨みつけながらそのことを思い出した。そんな俺の視線さえも楽しそうにそいつは話を続ける。 『君も知っての通り、偶然にカードに精霊が宿るんじゃない。主とのより強い絆がカードに精霊を宿る力を与える。つまりカードは絆の証であり、こちらの世界と精霊の世界を繋げるゲートでもある訳だ。それを利用しようってのがこのシステムさ』 「ゲートだと?」 『そう。その仕組みを利用して次元に干渉して異世界とのゲートを作り、その時に発生するエネルギーと、異世界に存在するエネルギーをこちら側に転送・変換し、使用することを目的として開発されていた。つまり、膨大なエネルギーを安定的に採取することができるってことさ』 「そんなこと簡単にできるはずない!」 『もちろん、最初にこのシステム開発を始めたヤツ等もすぐに壁にぶち当たった。俺がそいつらのことに気づいたのはその頃さ。思ったような結果を得ることができなくて、途方に暮れていたヤツ等を俺の支配下に置くのは簡単なことだった』 その様子が手に取るように浮かぶ。迷いの中で現れた眩い光が、心の隙間に入り込むことは、そいつの言うように容易いことだったろう。 『システムも俺の力で補助することで大きな問題はなくなった。それでも、俺が簡単に握り潰せる程度の精霊を使ったぐらいじゃ、大した結果は得られない。安定には程遠い。そこで三幻魔を利用するって案が上がった訳だ。そうすれば異世界だけでなく、この世界中の精霊達のエネルギーも集めることが可能だからな。まあ、結局奪うことはできなかった訳だけど・・・・・・』 口では残念そうにそう言うが、その表情はまったく逆だった。 『だがその結果、こうして<闇を統べる者>を手にすることができたんだ。三幻魔以上の成果だって言っていいんじゃないかな』 ニヤニヤと笑いながら、<破滅の光>はこれまでもことあるごとに持ち出し、何度も繰り返してきた言葉を吐いた。俺に対する嫌がらせだ。事実そう言われる度に俺は反感を感じ、心の中で『まだ負けてない』と反論している。そして今のこの状況にも諦めたつもりもない。諦めてなんてやるものか。そんな反発心の赴くまま<破滅の光>に噛み付いた。 「お前の目的は何だ!?」 『目的?』 「強大なエネルギーを集めてどうするつもりだ?いや、それ以前に次元に干渉するなんて、下手をすれば世界が吹き飛ぶぞ!」 『そんなこと聞かなくたってわかってるだろう?俺の目的は世界を光で満たすこと。すべての存在に等しく光を与えることさ。このシステムで膨大なエネルギーを得ることができれば容易いことし、もしその所為で世界が吹き飛ぶならそれもいい。まさに世界の全てが光に還るんだ。それこそが、俺の望むものさ・・・・・・!』 「!」 そいつの口から聞かずとも、それはわかりきっていたことだ。けれど結局そこに辿り着くのかと辟易とする気持ち半分と、それは本能に近いもので、<破滅の光>でさえそれに抗うことはできないのだろうとも思えた。他でもない、俺自身が<破滅の光>を前にして、心の闇が産む衝動を常に感じていたからだ。 これまでも何度も繰り返されてきた、光と闇の戦いを避ける術はないのかもしれない。その存在から目を離すことなんてできない。向かい合えばそこから逃げることもできない。後は全力でぶつかり合うだけ。 きっと同じように感じているだろう<破滅の光>が、そこでようやくそれまでの人をバカにしたような笑いを引っ込めると、その手を伸ばし確かめるように俺の頬に触れながら言った。 『すでに君はこのシステムの一部に組み込まれてる。そして、このシステムは俺自身でもある・・・・・・この意味、少し考えたらわかるだろう?』 そこではっきりと一番最悪な予感が当たってしまったことを思い知る。 『異世界へのゲートに、<闇を統べる者>ほど相応しいものなんて、ないんじゃないかな?』 「・・・・・・・・・・・・っ!」 『君の闇の力が、世界を光に導くんだ・・・・・・!!!』 <破滅の光>に対する怒り。 この状況に何も出来ない自分に対する悔しさ。 これから世界で起こるかもしれないことに対する不安。 そんな入り混じった感情がいっぱいになって、小刻みに震えながら奥歯を噛んだ俺を見て、<破滅の光>は恍惚とした表情を浮かべた。 『全て知って絶望する君の顔が見たかった』 俺の表情をそいつはそう受け取ったらしい。確かに、もし今、<破滅の光>がヨハンの姿をしていなかったら、そいつの言うように絶望感ってヤツを覚えたのかもしれない。けれど、俺の目の前にあるのはヨハンの姿だ。そしてその姿から思い浮かぶものは、希望とか諦めない心とか、絶望とは正反対のものだったから、折れそうになる心をもう一度奮い立たせて、目を逸らさずそいつをまっすぐ睨み言った。 「絶望なんてするもか!お前の好きになんて絶対させない・・・・・・っ!」 そう言い返したその時、頭上にあった筒状のガラスの中から光が溢れ出し、その空間を眩い光が照らし出した。強烈な光に反射的に目を瞑ったが、その光を遮ることはできず、自分の中に光が雪崩れ込んで来る様な感覚に飲み込まれてしまった。 |
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