光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜







 気が付いたら光だけの空間にいた。
 ここはあのシステムが産み出した次元の狭間であり、<破滅の光>のフィールドでもあった。そして目の前には、ヨハンの姿を真似た<破滅の光>が立っている。




 turn.21 囚われた闇 下




「このまま俺の好きなようにしてもいいんだけれど・・・・・・デュエルしようぜ?」
「デュエルだと?」
 すると使い慣れた俺のディスクとデッキが腕に現れた。戸惑う俺を気にせずに<破滅の光>は当然のように話を進める。
「お前、好きだろ?デュエル」
「・・・・・・・・・・・・」
 デュエルで決着するなら願ってもない話だと思うところだけれど、今回はそうはいかない。そいつの目的は俺の闇の力なのだ。いつもなら全力で相手にぶつかればいいが、その結果、闇の力をこいつの好きにさせることになるのだとしたら、可能な限り避けるべきだ。
 そんなことを思案していたら、<破滅の光>が挑発してきた。
「なんだよ、俺とのデュエルに怖気付いているのか?」
 見下すようにそう言う<破滅の光>を前に、どうするべきか俺は必死に考える。例えここでデュエルを拒んだとしても、おそらくこいつは別の手段に訴えるだけだろう。
 相手を倒す為ではなく、<破滅の光>に闇の力を使われないように。これ以上次元の歪みを大きくしないように。これまでやったことのない、そんなデュエルをやらなくちゃならない。
「・・・・・・いいぜ、受けて立ってやる!」
「そうこなくっちゃ。一方的にお前を食らい尽くすだけじゃ物足りない」
「やれるもんならやってみろよ!」
 そう言ってデェスクを展開した次の瞬間、場面が急に切り替わったように視界が変わる。後ろから力いっぱい引き倒されて、俺は背中を強打して咳き込んだ。<破滅の光>はそんな俺に馬乗りになる。
「なんのつもりだ・・・・・・!?」
「なんのつもりって、君の力を奪う為に決まってるじゃないか。光と闇がぶつかり合うことで、それだけ強い力が産まれるのは君だって知ってるだろう?」
 そう言いながら<破滅の光>は確かめるように身体を撫でていく。そうやって俺の闇の力を奪っていくのだ。これは嫌がらせには違いないのだけれど、ヨハンの顔をしてこんな風に触れないで欲しい。ぶつかり合うって言うなら、いっそ殴ってくれた方が気が楽だ。そんなことさえ浮かぶ自分に嫌気が差して、これまでそいつにだけは気づかれまいと我慢していたのに思わず口にしてしまった。
「いつまでその姿でいるつもりだ・・・・・・!」
「ああ、そんなにこいつのこと好きなんだ。もしかして俺に触れられるだけで感じちゃう?不快さと快楽は紙一重だからなぁ〜、いっそ、その感覚に身を任せてみたらどうだ?」
「っ・・・・・・黙れ!」
 ジタバタと暴れるが、俺を押さえ込むそいつの力には敵わず好き放題撫でられる。そいつに触れられる度に、ゾッと神経が逆撫でられてそこから力が抜けていき、次に熱が集まってくる。
「ずっとこうしたかったんだ。闇に触れたくて仕方なかった――――――」



「・・・・・・じゅう・・・だ・・・つ!・・・・・・十代!」
「!・・・・・・ユベル」
 気が付くと前世の姿のユベルが心配そうに俺を覗き込んでいた。辺りを見渡すと、そこは俺の心の闇の奥底だった。どうやら夢を見ていたようだ。そのことに気づいて安堵しながらも、その内容にうんざりした。あのシステムが起動する度に、次元の狭間で破滅の光の気まぐれに付き合わされて、思ってるよりずっと参ってるらしい。
 思わず溜息をついたその時、横になったままだった俺の頬にポツリと一粒の雫が落ちた。見上げるとユベルがポロポロと涙を流している。こんな風に泣いてるユベルを見るのは、異世界で再会した時(あの時のユベルはまともじゃなかったが)以来じゃないだろうか。
「泣き虫ユベル」
「言っとくけど、君以外のことで泣いたりなんてしないんだからね」
「知ってる」
 強がるユベルの頬の涙を拭ってそのままユベルを胸の上に引き寄せると、珍しく逆らおうとはせず素直に俺の胸に顔を埋めた。
 俺はよく知ってる。ユベルは俺の前で弱音を吐かないし、泣かない。俺の為なら自らの命をも投げ出すことも厭わない、誰よりも強い勇気を持ってるヤツだ。そんなユベルが誇らしくかった。それが俺を強くしてくれた。だからこそ、俺はユベルのことを守りたい。その為なら俺も何だってする。今がきっとその時だ。
 しばらくそうしていると少しは落ち着いてきたらしい。ユベルが少し照れくさそうに「いつまでこうしてるつもりだい?」と身じろいだ。本当は嬉しい癖に。
「俺の気が済むまで」
 素直じゃないなぁと笑ってそう言い返すと、
「仕方がないね。じゃあ、十代の気が済むまで付き合ってあげる」
 と、ユベルも笑っていつもの減らず口でそう言った。本当に素直じゃない。
 許されるのなら、このまま心の底でまどろんでいたいけど、そうも言ってられない。現実は待った無しの状況だ。隔離された場所に閉じ込められていることに加え、ここ数日は今みたいに意識が飛ぶことが増えて、どの程度の時間が経過しているのかすっかりわからなくなってしまっていた。
「あれから、どれくらい経ったと思う?」
「僕にも、もうはっきりとはわからないよ。けどあれから半月は過ぎてると思う」
「だよな・・・・・・でもさ、きっともうすぐみんなが見つけてくれるさ」
「もうすぐなんて悠長なこと言える余裕なんて無いくせに。<破滅の光>の所為でこの場所を特定し難い状況だとはいえ、遅いぐらいだよ」
「そう言ってやるなって。それもこれも俺が力を抑えてる所為なんだから」
 システムを使用することで次元の歪みが生じるということは、できれば避けたい事態ではあったけれど、同時に、そのことで仲間が俺達の居場所を突き止める手がかりになるのではないか?と、当初俺とユベルは期待した。
 しかし当然のことながら、<破滅の光>はそれを見逃してはいなかった。どうやらその歪みを利用してこの場所を隠しているらしい。しかも次元の歪みによって世界の均衡が崩れないように、俺が<破滅の光>に抵抗して歪みの発生を最小限に抑えていることが、上手くこの場所を隠せる結果になっているらしい。<破滅の光>にそう指摘されても俺には他にどうしようもなかった。仲間に見つけてもらうことよりも世界を守る方が先だ。
「・・・・・・その所為でこんなに消耗してる」
「ユベルの方こそ」
 俺でさえ苦痛を伴っているこの状況は、それ以前から弱っていたユベルにとっては限界に近いものだった。出来得る限りユベルには負担を負わせないようにとしてきたけれど、<破滅の光>はそれを許さない。ユベルは何も言わなかったが特にここ数日で酷く消耗していた。こうやって触れていても、次の瞬間、フッと消えてしまうんじゃないかと思う程に。それが悲しくて悔しくてユベルを抱き寄せていた手に力を込めた。
「・・・・・・ごめんな」
「十代?」
「ユベルはいつも俺の為に傷ついて苦しんでる。俺はユベルも守ってやりたいのに・・・・・・全然上手くいかねぇな」
 これまで俺の魂を繋ぎ止める為に、その存在をかけて力を尽くしてくれたのに。闇を統べる者としてどれほどの強大な力を持とうと、肝心な時にユベルを救えない。本当に上手くいかない。
「僕だって・・・・・・いつも十代を守りたいのに、全然上手くいかない・・・・・・!」
 顔を見られたくないのか、ユベルは俺の胸に顔を埋めたまま吐き出すようにそう言って肩を震わせた。
 これからどうするのか。選択しなきゃいけない時に限って、その選択肢は少なくて。俺が選択しようとしていることを知ったら、ユベルはきっと怒るだろうけど。震えるユベルをぎゅっと抱きしめながら俺は覚悟を決めた。
 その時、タイミングを見計らったように、俺達を気遣いながらハネクリボーが現れた。俺は<破滅の光>に邪魔されないように、すぐに相棒を心の中に迎え入れる。
「クリクリ〜・・・・・・」
 相棒はどこか悲しげに大きな瞳を潤ませていた。けれど俺はあえてそれには触れず、ここに来た目的を確かめるように言った。
「・・・・・・よう、相棒。準備はいいか?」
 それは、ハネクリボーをここから脱出させるという計画だ。<破滅の光>の話ですぐに仲間の助けが望めないとわかった時から、捕まっている精霊達と話し合っていた。
 <破滅の光>に見張られているこの状況で、その目を欺くことはかなり困難なことだったが、<破滅の光>にも休息は必要らしく、その意識が途切れ支配が弱まる時間があった。その隙があったからこそ、ハネクリボーを通じて話し合うこともできたのだ。その隙を突いて脱出させようという訳だ。
 脱出した相棒にはヨハンの元に向かってもらって、ここのことを知らせることができれば状況は確実に変わるはずだ。何より、ただここで助けを待っているだけよりはいいだろう。上手くいけばこちらにとって優位な状況に持っていける。とはいえ、ハネクリボーにはそれだけ危険を冒させることになる。相手は<破滅の光>だ。リスクも高い。俺達が想定する以上の事態が発生する可能性もある。
 そんなこともあってこれまで様子を見てきたが、俺とユベルの状態やシステムの次元への影響も含めて、これ以上は待てないというのが精霊達の意見だった。ハネクリボー自身もみんなの意見と同じらしく、俺の確認に意気揚々に「クリクリ!」と答えた。
 ことがここに至って、危険を犯すことに反対する理由よりこのまま時間が経過するリスクの大きさが上回って、俺も覚悟を決めるしかなかった。何よりハネクリボー自身がそう決めたのなら、相棒を信じて俺に出来ることを全力で尽くすべきだ。
 そう考えて、俺はめいっぱいの笑顔で言った。
「頼りにしてるぜ、相棒!」
「クリクリクリ〜・・・・・・?」
 すると、これから俺以上に危険な目に合うかもしれないのに、相棒は俺とユベルのことを気遣ってくれる。そんな相棒の優しさに感謝の気持ちで一杯になった。
「ありがとうハネクリボー、俺は大丈夫だぜ。相棒のこと、ヒーロー達のこと、みんなのこと、信じてるから・・・・・・!」
「クリクリ・・・・・・!」
 互いの健闘を祈りながら拳を合わせると、そこで俺は切り出した。
「あと、もうひとつ・・・・・・相棒に頼みたいことがあるんだ」
「クリ?」
 こちらを窺うハネクリボーにもう一度笑いかけて、それまで隣で大人しく成り行きを見守ってきたユベルに向き合う。
「・・・・・・十代?」
 相棒と同じような表情で戸惑うユベルに手を伸ばし、もう一度ゆっくりとまだ少し濡れているその頬を撫でてから、その手をユベルに翳すと、辺りの闇が一気にユベルを包み込んだ。ユベルを飲み込んだその闇はあっと言う間にユベルごと収縮して、両手に乗る大きさの黒い卵のような形になる。
 突然のことに、さすがに慌てたユベルがその中から抗議した。
『ちょっ、十代!いったい、何のつもりだい!?』
「俺はユベルを守りたい」
『!』
「だから、一度“サヨナラ”だ」
『十代!こんなの嫌だ!僕は認めない!』
 そう言うと思った。きっと怒るだろうなと。これはハネクリボーを脱出させるという話が出た頃から、ずっと考えて来たことだったが、ユベルが知れば反対することは分かりきっていたから黙っていたのだ。
 案の定、ユベルは俺の両手で包んだ黒い卵?の中で暴れている。通常のユベルなら話は別だが、今のユベルには俺が作った闇の殻を破ることはできないだろう。もちろん<破滅の光>にもそう簡単に手出しはできないはずだ。これなら少々のことが起こってもユベルを守ることができるだろう。
 俺の思惑に気づいたユベルは、何とか止めさせようと反論する。
『今、僕が離れたら十代は・・・・・・!』
「どうにもならないぜ。ユベルも、もうわかってるだろう?」
『!』
 これまでは一度身体から放れたユベルとひとつになった魂を、ユベルの力で留めていたが、ここで<破滅の光>に囚われるようになってから、その状況は変化していった。
 ユベルの力が弱まる度に、反比例するように破滅の光の力は増して、やがて逆転し、今ではユベルの力ではなく<破滅の光>の拘束によって、ここに留められているといってもいい状態になってしまっていた。
 ユベルもよくわかっていたはずだ。それでも、これまでそのことに触れずにいたのは、俺と共に居ることがユベルの意思だと知っていたからだ。けれどこれ以上はユベルを苦しめるばかりで、何より俺が弱っていくユベルを見ていられなかった。
『君が言ったんだよ!?ずっと一緒だって!一緒に<破滅の光>と戦うんだって!!それなのに、どうして・・・・・・!』
 姿は見えないけれど、何とかそこから出ようとするユベルの必死な様子が手に取るようにわかって少し心が痛んだ。だけど、こればかりは俺も譲れない。
「このまま行けば間違いなくユベルは消える。ただ消えるんじゃない。<破滅の光>に消されるんだ。そうなれば、この先ユベルの存在がどうなってしまうのか、俺にもわからない。もしかしたら<破滅の光>に支配されて、今まで以上に苦しむことになるかもしれない。悪ければ精霊としても輪廻することもできずに、存在そのものが完全に消えてしまうのかもしれない」
『それでも僕は・・・・・・!』
「そんなの、俺は嫌だ」
 俺の知ってるユベルなら、きっと最後まで俺と共にいて俺を守る為に在ろうとするだろう。例え、そのまま消えることになっても構わないと言うだろう。
 けど、それだけは絶対嫌だ。
 たとえそれがユベルの譲れない望みだとしても。
『十代・・・っ!・・・だからって、サヨナラなんて言わないで・・・・・・!』
 しばらく卵の中で暴れていたが、それを破ることはできず、自分の置かれている状態を思い知ったらしい。搾り出されるような言葉に心が揺らぐけれど、ユベルだけじゃなく俺自身にも言い聞かせるように言った。
「俺は信じてる。みんなも、仲間達も、ユベルも。だから諦めた訳じゃないぜ?これは次に繋げる為の一手だ。それに、例えもしこのまま別れることになったって、きっとまた巡り会える」
『・・・・・・十代・・・っ』
「だから心配するなよ。何があっても、俺が絶対迎えに行ってやるから・・・・・・!」
 本当は納得なんてまったくしていないだろうけど、ユベルはそれ以上何も言わなかった。
 そんな俺達を静かに見守っていたハネクリボーにユベルを委ねて、心の中から送り出す。ハネクリボーはそのままそこから離れようとしたが、思い残すことがあったのか、もう一度俺を振り返った。
 それに気づいて、俺はここ数日、閉じたままだった瞼を久しぶりに開く。ハネクリボーのとても悔しそうな瞳に映るのは、システムに繋げられた水槽の中に閉じ込められた自分の姿だ。以前、三幻魔の件ではじめて出会った影丸会長を「金魚鉢」なんて言ったけど、今となっては俺がそう言われてもおかしくなかった。
 ハネクリボーは俺を置いていくことが悔しくて仕方が無いらしい。俺は水越しに見える、ハネクリボーの背中を押してやる。
『相棒、ユベルを頼むぜ』
『クリクリ・・・・・・!』
 今の俺には信頼しか贈ることができないけど、相棒はそれだけで十分だと、今一度、気合を入れ直して、今度は振り向くことなく闇の中に姿を消した。

 ハネクリボーもユベルも、無事にヨハンの元に辿り着けますように。
 再び瞼を閉じて一人になった心の中で俺は祈った。






 <破滅の光>が俺の心の中にまで入り込んで来るのに、ハネクリボーと共にユベルが消えてから、そう時間はかからなかった。闇の中でじっと時が過ぎるのを待っている俺の背後から、聞きなれた声が届く。
「・・・・・・やっとお前の中から、あの忌まわしい龍が消えたか」
「・・・・・・・・・・・・」
 こうなるであろうことは、ユベルを送り出した時から覚悟していたが、やはり心地良いものじゃなかった。そいつと向き合うことも煩わしいと思いながらも、無駄な抵抗はこっちが消耗するばかりで得策じゃないとしぶしぶ振り返ると、視界に入ったそいつからは、これまで纏っていた刺々しいものがすっかり消えていた。言葉使いは変わらないものの、本物のヨハンのような穏やかな<破滅の光>の表情に俺は戸惑う。
「思ったより時間がかかったな。ま、あいつは強情な上に我慢強いから。けど、お前なら最終的にユベルを手放すと思ってた。十代は優しいから。きっと今頃、ユベルはハネクリボーに当り散らしてるだろうなぁ〜」
「!」
 お前がユベルの何を知っているんだと、いつも以上に馴れ馴れしそいつに腹立たしい気持ちだったが、後半の言葉に緊張が走った。ハネクリボーの名前が出て来ることを考えれば、こちらの動きはすべて知られていると判断するべきだろう。けれどそいつの様子やその言い方から、ハネクリボーとユベルを追う気配は感じられない。もし<破滅の光>にその気があれば、俺を追い詰めるのに相棒達はもってこいの存在だったはずだ。
「・・・・・・知っていてなぜ見逃した?」
「なぜ?おかしなことを聞くんだな。邪魔なユベルとハネクリボーがいなくなるのは喜ばしいことじゃないか。なのに、それを俺が止める必要があるか?」
 そう言いながら実は相棒達を追っているのではないかと訝しがったが、これまでの横暴が嘘だったかのような<破滅の光>の妙に落ち着いた様子に、拍子抜けしてしまった。
「お前・・・・・・いったい何を考えている?」
「それも今更だ」
「・・・・・・!?」
 一瞬何が起こったのかわからなかった。<破滅の光>に優しく抱き寄せられて言葉を失くした俺に、そいつはこれまで聞いたことのないとても愛しげな声色で囁いた。
「やっと・・・・・・やっと、二人きりになれた」
 ユベルが消えて心の闇にまで入り込んで来た<破滅の光>は、きっとこれまで以上に好き勝手に振舞うだろうと思っていた俺は、何がこいつをそうさせているのかわからず戸惑うばかりだった。






 いつの間にか途切れていた意識がフッと戻り、重い瞼を持ち上げると、未だにヨハンの姿でいる<破滅の光>が大事そうに俺を抱えていた。
 ほんの一瞬とはいえ、本物のヨハンではと息を飲んだ自分が情けない。
「あいかわらず不満そうだな」
「・・・・・・俺がこの状況を望んでると思うのか?」
「そうだな。けど、そう言ってられるのも今だけさ」
「・・・・・・・・・・・・」
 腹立たしいことに変わりはなかったが、反発する気力さえも勿体無くて(決してこいつに絆された訳じゃない。と誰にともなく言いながら)、愛しげに俺の頭を撫でている<破滅の光>は無視することにした。そいつもそんな俺に機嫌を損ねることもなく、満足げに俺の髪を梳いていたが、どうやら例の休息の時間らしい。
「このままお前の側にいたいけど、俺もやらなきゃならないことがあるんだ」
 「すぐ戻る」と、さも当然のようにそう言うと、心の闇の中から<破滅の光>の意識が消えた。僅かな開放感に、俺は大きく溜息を吐きながら力を抜いく。



 ハネクリボーとユベルを送り出してから、どれ程の時間が経過したのかまったくわからなくなっていた。
 わからないことといえば、<破滅の光>の態度も俺には理解できなかった。
 ユベルが去ってからのそいつはとても穏やかで、常に俺の側にいたがった。<破滅の光>の「二人きりになれた」という言葉をそのまま受け止めれば、ユベルがいたことに機嫌を損ねていたということなんだろうが、さすがにそれだけで現状を納得する気にはなれない。何より、未だにヨハンの姿を模していることは腹立たしい。だが、その姿を目にすることで、希望を失わずにいることも否定できなかった。
 その希望の兆しを感じたくて意識を浮上させると、重苦しい身体の感覚が戻って来る。瞼を閉じたままでも、強い光が辺りを満たしていることを知ることができた。水を通して、籠もった機械の動作音が聞こえてくる。最初は耳障りでしかなかったその音も、今ではまるで自分の身体の一部の様に馴染んで心地良いぐらいだ。いや、今となってはそれは本当に自分の一部になってしまっていた。おそらくこの音が止まった時が、まだそう言えるのか疑わしいが、俺自身の命ってヤツが尽きる時だろう。そして、その時がもう目前に在ることは間違いなかった。
 一時的とはいえ<破滅の光>から解放されて、今が一番気楽なはずなのに、強がる相手がいないからだろうか?自分の心をコントロールできなくなる。<破滅の光>を前にしてる時は考えないことが、次から次へと浮かんで仕方がない。
 こんな時は、繋がっているだろう希望を思う。
 今頃、ハネクリボーはヨハンの元に辿り着いているに違いない。
 今この時にも、ヨハン達はこの場所に着いているに違いない。
 次の瞬間にも、俺の目の前に現れるに違いない。
 破滅の光と対決も、ヨハンが横に立っていてくれるだけで乗り越えられる気がする。今こんな状態でも負ける気なんてしない。
 そして、この件が終ったらまたみんなと、ヨハンと、気が済むまでデュエルするんだ。きっと今まで以上にとても楽しいデュエルが出来るだろう・・・・・・そうだな、デュエルだけじゃなくて、俺のやれる範囲のことならヨハンの望みを叶えてやろう。結局、今回のことに巻き込んでしまったし、ホテルの部屋から黙って出て行ったことにも、腹を立ててるだろうから。
 あと・・・・・・ヨハンに俺の気持ちをちゃんと伝えたい。自分の気持ちを伝えることは、とても大切なことだってわかっていたけど、異世界から戻って来てからいろんな理由を付けてははぐらかしてきたから、今度こそ誤魔化さずに伝えよう。
 不安に飲み込まれそうになった時、そう思うだけで強くなれた。まだ頑張れると思えた。
 けれどこんなふうに揺れる心とは裏腹に、置かれた状況を冷静に判断する自分もいた。<破滅の光>と向かい合う時間が増えれば増えるほど、意識の途切れる時間も多くなっていくことは誤魔化しようがなかった。
 それはつまり、俺にとってのタイムリミットだ。
 このままいけば、やがて自分の意識を保つことも難しくなることは明らかで、今の状況を変えることができない限り・・・・・・考えたくもないが、<破滅の光>の独壇場になってしまうことは避けられないだろう。随分弱ってしまっているとはいえ、闇の力を自由に使われるのはゴメンだ。その力で世界を滅ぼすのだとしたらなおのことだ。
 そうなってしまう前に。俺は自分自身で決着をつけるつもりだった。それはユベルを送り出すことを決めた時に覚悟したことだった。それが<闇を統べる者>としての俺の役割であり、成すべき事であり、誇りだった。
 とはいえ、自分という存在に未練がないかといえば嘘だった。もし、この先もみんなと同じ時間を共に生きていくことができたらと、カケラも願わないといえば嘘だった。いや。もしかしたら、他の誰よりもそう望んでいたかもしれない。けれど俺がそう感じるのは、世界は俺が思うよりずっと優しかったからだ。そんな世界が大好きになったからだ。
 だからこそ、俺はこの世界を守りたい。みんなの未来を守りたい。
 これまで何度も繰り返してきたことをもう一度反芻して、身体の苦痛にこれ以上覚悟を削り取られないように、再び意識を心の闇に戻そうとした時だ。
 それは突然のことだった。光に満ちていた空間が闇に包まれたのだ。
 システムが起動してから、これまで一度たりとも絶えることのなかった光が急に消え去ると同時に、動き続けていた機械の音が止み、はじめて俺が感じたゴウンゴウンと脈打つような動作音だけになった。何が起こったのだろうかと瞼は閉じたまま辺りの様子を伺うが、<破滅の光>の意識は途切れたままだし、光に支配された人達の気配もまったくない。もしかしたら、ただ単に俺が知らないだけで、システムのメンテナンスの為に一時的に停止しているだけなのかもしれない。
 けれど、どうしてだろう。これまで感じたことのない高揚感が湧き上がってくる。理屈ではなく直感が知らせてくる、心に産まれた小さな期待が膨らむにつれて、心臓がその存在を思い出させるように、胸の中でバクバクと脈を打って暴れだした。
 それでも期待とは別の事態が起こる可能性もある。冷静になれと言い聞かせながら、小さな変化も見逃すまいと息を飲んで警戒していると、扉の開く音がして闇が満ちたその場所に一筋の光が射す。その眩しさに気づいて、随分と長い間閉じたままだった瞼をゆるゆると上げると、自由の利かない闇の中で何度も思い浮かべた人が光を背に立っていた。
「・・・・・・・・・・・・十代!」
 そいつは闇の奥に俺を見つけて駆け寄って来ると、俺の姿を目にしてその整った顔を歪めたが、すぐに俺が見たかった笑顔を浮かべた。
「待たせたな・・・・・・!遅くなってすまない」
 ずっと聞きたかった声に、本当に助けに来てくれたんだと、それまでぐっと心の奥底に押し込めていたものが一気に溢れ出そうになる。その勢いで口から飛び出そうとしたその名前は、咽返って上手く声にならなかった。
『・・・・・・よ・・・は・・・っ!』
「無理に話さなくていい。ハネクリボーがちゃんと俺に知らせに来てくれたよ。ユベルも無事だ、安心しろ」
 人間の身体は使わなければどんどん怠けるようにできているらしい。もう随分長い間話すことのなかった俺の喉は咳き込んでばかりで、感謝の言葉どころか、「ヨハン」というたった一言さえ発することができなかった。そんな俺の様子を心配そうにこちらを窺うヨハンに、大丈夫だと伝えたくて笑って見せると、ヨハンの足元にファラオの姿を見つけた。「にゃあ」と鳴くその口から光の玉ががひとつ飛び出し、DAを卒業してからずっと行動を共にしてきた人の姿が浮かんだ。
『十代くん!見つかって本当によかったにゃあ〜!』
 ここに連れて来られた直後、ハネクリボーからファラオ達は捕まっていないようだと知らされていたが、どういう経緯でヨハンと一緒にいるのかわからず目を丸くしていると、そのことを察した大徳寺先生が説明してくれた。
『車が襲われたあの時、驚いたファラオが外に飛び出してしまって・・・・・・現場に駆けつけたオブライエンくんがファラオに気づいてくれたおかげで、ヨハンくんと会うことが出来たのですにゃあ!それはともあれ、とても心配してましたにゃあ〜。あれから心休まる日はなかったですにゃあ〜』
「詳しい話はまた後でな。今すぐここから出してやるから!」
 大徳寺先生の話に俺は感激する。俺の知らない場所で、これまで俺が繋いできたものがちゃんと繋がって、ここまで辿り着いたのだということに、涙が出そうになるほど嬉しくなる。
 その間にもヨハンは辺りを見渡し、俺を解放しようとすぐ近くのコントロールパネルを操作しながら、耳にかけていたヘッドホンに手を伸ばし呼びかけた。
「オブライエン」
『十代を見つけたのか?』
「ああ!そっちはどうだ?」
『予定通り、関係者とメイン機関は制圧完了だ。今、三沢がプログラムに侵入を開始した』
「了解。俺は今から十代を脱出させる準備をはじめる。そっちはオブライエンと三沢に任せていいな?」
『ああ。システムを完全停止させる前に知らせる』
「頼むぜ!」
 オブライエンだけでなく三沢も協力してくれているようだ。どうやらこちらのことを念入りに調べて準備して来たらしい。
「もう少しの辛抱だからな」
 そう言いながらヨハンは迷うことなく操作する。間もなく俺を包んでいた水が抜けて外と隔てていたガラスが上昇すると、久しぶりに空気の存在を感じた。けれど、ここに閉じ込められてからずっと望んでいた開放感を味わう暇もなく、全身を包む強烈な圧迫感に思わず呻いた。
 そんな俺に気づいて、ヨハンは「大丈夫か!?」と慌てて側に駆け寄って来る。これ以上心配させないようにと俺はコクリと小さく頷いたけれど、悲鳴を上げる身体に自らの衰弱を思い知らされた。今となっては、この大げさな機械が俺を維持していたのだと認めざるおえない。その苦痛に耐えながら、途切れてしまいそうな意識を保とうと必死に抵抗する。言葉にせずとも俺のそんな様子に気づいて、苦痛を取り除く術のないヨハンはもどかしそうに言った。
「外にヘリを待機させてある。もう少し我慢してくれ・・・・・・!」
 俺に向かって伸ばしたヨハンの手が触れる直前、それを制止するように声が響いた。
『本当に、それでいいのかな?』
 それはずっと俺が闇の中で聞いてきた、ヨハンを模したあいつの声だ。
 やはりシステムを停止させるだけでは、そいつ自身を止めることはできなかったようだ。ありったけの気力で声の主を睨みつける俺や、毛を立てて警戒するファラオの様子だけでなく、ヨハン自身も、その声の主は味方ではないと感覚で認識しているようだ。
 時をおかずに、緊張感で張り詰めた闇を照らし出す光の中から<破滅の光>が姿を現した。ヨハンの姿を真似たままで。
「・・・・・・おまえ・・・!」
『ま、ま、また出たのにゃあ〜っ!!!』
 その姿を見た大徳寺先生は慌ててヨハンの後ろに回り込む。「また」と言うからには、ここに来るまでにすでに鉢合わせていたのかもしれない。ヨハンに狼狽する様子はなかったが、いつもの穏やかな表情は消え、敵に対する時の鋭い視線を<破滅の光>に向けていた。
 しかし<破滅の光>もその程度では怯まない。俺とヨハンに光を帯びた冷たい目を向けながら、まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせるように言った。
『そのままシステムから切り離したら・・・・・・十代は死ぬぞ?』
「そんな脅しが通じると思ってるのか?」
『脅しなんかじゃないさ。ハネクリボーやユベルから聞いてるだろう?今、十代を生かしてるのは他の誰でもない、この俺なんだから』
「確かに聞いてるぜ。ユベルを逃がしたことで、十代がとても危険な状態だってことは。けど、こっちだってそれ相当の準備が出来てる。おまえに邪魔はさせない・・・・・・!」
『ハッ!それは魂の話だろう?今の十代は、完全に俺に生かされてるんだ』
「・・・・・・どういうことだ?」
『十代の魂だけじゃなく、その肉体もこのシステムによって生かされているってことさ。お前達は遅過ぎたんだ、間に合わなかったんだよ』
「なんだって・・・・・・!?」
『完全にシステムを停止させるとか言ってたけど、本当にいいのかなぁ〜?そんなことして』
 朦朧としていく意識の中、まともに声を出すことさえできない俺は、<破滅の光>とヨハンのやりとりを追うことで精一杯だった。
『今そんなことしたら十代は本当に死ぬぜ?』
「俺は、お前の言うことなんか信じない・・・・・・!」
『ヨハンくん、待って下さいにゃあ!』
「大徳寺先生?」
『どうやら十代くんに関して、嘘は言ってないようですにゃあ。私が見てわかる範囲ですが、確かに十代くんとこのシステムはかなり高い同調率にあるようですにゃあ。このまま切り離してしまうのは、とても危険だと思われるのにゃあ・・・・・・!』
 そんな大徳寺先生の指摘を<破滅の光>は鼻で笑いながら否定した。
『同調?いや、違うな。すでに俺と十代はひとつの存在なのさ』
「くっ・・・・・・!」
 大徳寺先生の話に、どう動くべきかというヨハンの迷いが伝わって来る。当然、<破滅の光>にもそれは伝わり、満足げな笑みを浮かべながらそいつの視線がヨハンから俺に移った。その目にさっきまでの穏やかさはもうない。
『可哀想な十代・・・・・・ずっと、ずっと待ってたのに、頼りにしていた相手はこの程度なんて・・・・・・でも、これでよくわかっただろう?結局、お前の横に立つ資格のあるヤツなんて、俺以外にいやしないんだ』
「・・・・・・・・・・・・っ!」
 その言葉に、<破滅の光>のと二人きりになってから押さえ込んでいた、反発心が爆発した。ヨハンが側にいることで、これ以上我慢する必要もないと心のどこかで思ったのかもしれない。声には出せなくても<破滅の光>に伝わるはずだと、俺は心の中で叫んだ。
『資格なんて知ったことか!それは、俺が決める!』
 金属の大きな動作音と共に俺を拘束していた枷や多くの管が外れて、そこから吐き出されるように身体が自由になる。そのまま床に叩きつけられることを予想したけれど、とっさにヨハンが受け止めてくれたらしい。俺が感じたのは冷たい床ではなく温かいヨハンの体温だった。
「十代!」
『・・・・・・お前・・・っ!』
 それは<破滅の光>にとっても思いもよらぬことだったらしい。はじめて見せる驚愕の表情に、地道に努力してきたことが報われたと思った。俺だって、ただ漫然とここに囚われているだけじゃなかったのだ。
 それに気づいたのはシステムが起動してすぐだった。<破滅の光>の支配が強くなるほどに、俺にもそのシステムを把握することができるようになっていたのだ。それから俺は、<破滅の光>にそのことを知られないように警戒しながら、少しづつコントロールできる範囲を広げていった。
 最後の手段として、俺を拘束しているシステムを、俺の意思で停止することができるように。
 そこまで気を遣ってタイミングを計ってきて、勢いでその手段を使ってしまうのは、愚かだと言われるかもしれないけれど、俺にも譲れないものがある。
 ヨハンは優しいから、俺の身に危険があるとわかれば躊躇してしまうだろう。そのことを盾に、<破滅の光>に追い込まれてしまうことだけは、どうしても避けたかった。
 <破滅の光>より早く状況を把握したヨハンは、側に置かれていた、病院で検査の時に着るような被るだけの衣を素早く手繰り寄せて、何も身につけていなかった俺に羽織らせると、安堵の中にほんの少しの驚きと悔しさを滲ませながら笑った。
「まったく、あいかわらず無茶しやがって・・・・・・!これじゃ、何の為に俺がここに来たのか、わかんねえだろうが・・・・・・!」
 『俺を何だと思ってる』とヨハンにニッと笑ってみせた。けれど、それが限界だった。自由と引き換えにふっと意識が遠ざかる。ヨハンが名前を呼ぶ声は聞こえるけれど、それに答えることはできなかった。そんな俺の耳にまるで直接届くように、ヨハンの声を押しのけて怒りに満ちた<破滅の光>の声が響いてくる。
『・・・・・・どうして・・・っ!お前を満たしてやれるのは、俺だけなのに!』
 すでに切り離されているはずなのになぜだろう。今も繋がっているように、<破滅の光>の感情までも伝わってきて、次の瞬間、そいつの中で何かがプツリと切れるのを感じた。
『そんなにもそいつがいいって言うなら・・・・・・俺が今すぐ、全て消し去ってやる!!!』
『ひぇええええっ』
 <破滅の光>の怒りと共に空間がビリビリと震える。
 ヨハンはまず俺を連れ出すことが最優先だと判断したらしい。身体の負担にならないようにと丁寧に抱き上げられるのを感じたが、そこでヨハンはビクリと身体を固めた。同時に<破滅の光>から『絶対逃がさない』という怒りが伝わって来て、重い瞼を薄く開くと、立ち塞がる<破滅の光>の姿が霞んで見えた。視界の隅で、大徳寺先生がこれ以上は耐えられないとファラオの口の中に飛び込む。
 今にも襲い掛からんと殺気を漲らせる<破滅の光>に対し、この場からどう切り抜けるか思案するヨハンの前に宝玉獣達が現れた。
『行け、ヨハン!』
「みんな!でも・・・・・・っ」
『我々が時間を稼ぐ!十代を連れて先に行くんだ!その為にここに来たのだろう!?』
「・・・・・・・・・・・・わかった!頼むぜ、みんな!」
 迷いを振り切るようにヨハンがそう答えた瞬間、宝玉獣達が<破滅の光>に一斉に襲い掛かる。同時に駆け出したヨハンは、一瞬の隙をついてそのままその場から脱出すると、前を走るファラオを追いながらルビーを呼び出した。
「ルビー!頼む!」
『るびびぃー!』
 朦朧とする俺の肩に姿を現したルビーは、見たことのない黒い宝石を咥えていた。それが何なのか俺にはすぐにわかった。その石からユベルの力を感じたのだ。ユベルと共にいた間ずっと感じていた、俺の魂を身体に繋げる優しい力と同じものだ。さっき言っていた、「それ相当の準備」とはこのことだったのだろう。
「ユベルから託された力だ。頑張れ十代、ユベルもハネクリボーと一緒に待ってる!」
 そう声をかけながら、ヨハンはできるだけ衝撃を抑えようとしてくれたが、一歩一歩が衝撃となって身体を突き抜けていく。その苦痛に息を詰めて耐えていると、間を空けずに背後から宝玉獣達の悲鳴が響いた。引き裂かれるような悲鳴にヨハンの腕に力が入ったけれど、彼は振り返ることも立ち止まることもしなかった。
 しかし、直後にその足が止まる。その理由はすぐにわかった。前方からヨハンを真似たままの<破滅の光>の声が聞こえてきたのだ。
『・・・・・・まさか本気であいつら如きが、俺を足止めできると思ったのか?だとしたら、愚かにも程があるぜ』
「お前・・・・・・みんなをどうした!?」
『宝玉獣達は主を間違えた』
 すると次は背後からその声がする。肉体を持たない<破滅の光>にとってはたわいのないことだろうが、<破滅の光>の姿を見失ったのかヨハンは慌てて振り返った。
『いや、この時のことを見越していたのかもしれないな。いずれ、俺の元に下るいうということをさ・・・・・・!』
 俺達の目に入ったのは、<破滅の光>とその背後に具現化され光を放つレインボー・ドラゴンの姿だった。その身体には光の鎖が絡みつき、七色の光を湛えた宝玉は全て白銀の光を発していた。説明されずとも、その姿で<破滅の光>に支配されていると知るには十分だった。
 勝ち誇った<破滅の光>とそれに従う虹龍に、衝撃を受けたヨハンの震えが伝わってくる。
「レインボー・ドラゴン・・・・・・!?そんな・・・・・・っ!」
『お前は何も手にすることはできない。家族も。腕の中の愛する者も。せめてもの俺の愛だ・・・・・・愛する家族の光の中で消えるがいい!!!』
 <破滅の光>に操られ虹龍は咆哮を上げた。それは悲鳴だ。守るべき主に牙を向けなければならないことに対する嘆きの声だ。そして空間を震わせる叫びと共に、虹龍から強烈な光が放たれた。
 それは反射的なものだった。
 咄嗟に俺を庇う為に抱きかかえようとしたヨハンの腕の中から抜け出すと、俺はヨハンの前に立ち、今持てる闇の力の全てを放たれた光と共に虹龍にぶつけた。
 次の瞬間、轟音と共に弾かれて、叩きつけられた天井と壁を破壊しながら虹龍は崩れ落ちた。その衝撃に虹龍は苦しそうに身を捩ってしたが、闇の力によって身体を縛っていた<破滅の光>の鎖は消え去っていた。舌打ちをする<破滅の光>を横目に、自由になった虹龍は具現化を解いて姿を消す。
 力尽くだったが、虹龍を解放することができたことに安堵したのもつかの間、自分の中で何かが弾けたように感じた途端、喉の奥から一気にゴポリと音を立てて真っ赤な鮮血が溢れ出した。突然さと余りの勢いに堪える暇もなく、ボタボタと流れ落ちたそれは足元を赤く染める。そのことに俺の背後にいたヨハンも気付いたらしい。
「・・・・・・・・・・・・じゅう、だ・・・?」
 震える声が届いたけれど、それは急に遠ざかって行くように小さくなって、次に気がつくと俺はヨハンの腕の中だった。どうやら再び倒れ込んだ俺を、ヨハンが抱きとめてくれたらしい。
 サンキューって伝えたいのにやっぱり声は出なかった。変わりに溢れてくるのは血ばかりで、上手く息を吸うこともできない。そんな俺にヨハンが何か言ってる。その声を聞きたいのに耳も壊れてしまったのか、ザアザアバクバクと大きな音が邪魔して、ヨハンの声を聞き取ることができない。目も限界なのか、その顔も霞んで印象的な碧色が揺れていることしか見えない。やがて、それまでずっと伝わってきていたヨハンの体温さえも遠くなっていく。
 闇に溶けていくように、急激に閉ざされていく感覚に、俺は終わりを認識した。
 伝えたいことはたくさんあったはずなのに、ひとつも浮かんでこない。
 せめて、せめて今、唯一残っているこの想いだけは伝えたくて、声を振り絞ったけれど、ちゃんと彼に伝わったかどうかを知る術もなく、俺は俺という認識を手放した。






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