深い水底から浮かび上がり水面から顔を出した時ように、大きく息を吸い込んだ。取り戻した記憶に、心臓がうるさいくらいバクバクと大きく脈打って苦しい。 あの時、俺は死んだと思った。 いや、本当にそうなっていたはずだ。 けれど、今、俺はこうして生きていて、心臓が痛いくらい身体の中で暴れている。 turn.22 疑惑の蒼 「あああああっ・・・・・・!」 両肩を抱え込むように床に蹲って、思い出したばかりの生々しい記憶に震える。なんて性質の悪い夢だと笑い飛ばすことができたらどんなにいいだろう。 でもそれが夢でも妄想でもないと俺自身が証明していた。 今ならわかる。目を覚ましてからずっと感じていた、苦痛をも伴った身体からずれるような感覚の根源は、自分の中に息づいたままだった<破滅の光>の楔に他ならなかったのだ。俺は失くした記憶を全て思い出すことができれば、全ての謎が解けると思っていた。けれど現実はますます大きな疑問が産まれた。 あの後、何があったんだ? <破滅の光>はどうなったんだ? 俺はどうやって生き残ったんだ? 確実なことは、俺を生かしているのは<破滅の光>に他ならないいうことだけだった。 膨らむばかりの疑問にこれ以上振り回されないように、冷静になれと自分に言い聞かせ、乱れる呼吸を整えようと深呼吸を繰り返していると、頭の上から声が聞こえて来た。 『・・・・・・クリクリ〜』 「!・・・・・・相棒・・・!?」 そこにいたのは俺とヨハンの子供の頃を思わせる精霊達ではなく、行方不明になっていたはずのハネクリボーだった。そしてその横でルビーがその赤い瞳を潤ませて、心配そうに俺を覗き込んでいる。ずっと探していた相棒と、ペガサス会長に預けられているはずのルビーに、再会できた喜び以上に驚きの方が強くて、次の言葉が浮かばない俺をハネクリボーが気遣ってくれる。 『クリクリ〜?』 「!・・・・・・大丈夫。俺は、大丈夫だぜ・・・!ちょっとビックリしただけ・・・・・・ハネクリボーもルビーも、どうしてこんなところに、」 そこでハネクリボーと共に去ったユベルのことが浮かんだ。あれからもう随分時間が経過してしまっている。 「相棒!ユベルは、ユベルはどうしたんだ!?」 慌ててそう訊ねると、ハネクリボーはその瞳からポロポロと涙を落とした。その様子からユベルはここにいないことはわかった。実際、相棒からユベルの気配もない。最悪な事態も過ぎったが、まずはハネクリボーを慰めようとしたその時だった。目の前の相棒達の姿が変化する。いや、正しい表現をすれば、俺の目には、いつもの姿と俺をここに導いた幼い子供の頃の姿が重なって見えたのだ。 「その姿はいったい・・・・・・!?」 『特に姿は変わってないと思いますのにゃあ?』 俺の疑問に背後から聞きなれた声が答えた。振り返ると想像した通りの人物がそこに立っている。 「大徳寺先生!」 『どうやら無事、全て思い出してくれたようで安心しましたにゃあ〜』 どうやらハネクリボー達の姿が、幼い俺とヨハンに似た姿に見えるのは俺だけのようだ。それに気づいて相棒とルビーを何度も見直す俺に不安を感じたのか、大徳寺先生は「私の姿はちゃんと見えてますかにゃあ?」と確認してくる。何がどう無事なのか俺にはまったくわからない。混乱するばかりだ。だが、この混乱を解決する方法は目の前にあった。 俺は噛み付くように大徳寺先生に尋ねた。 「教えてくれ!ここは何なんだ?どうして相棒達がここに?ユベルは、<破滅の光>はどうなったんだ!?」 『お、落ち着いて下さいにゃあ〜!』 「少なくとも大徳寺先生はあの場所に居たんだ!あの後、何があったのか知っているんだろう!?教えてくれ!」 掴みかかる勢いの俺に身の危険を感じたらしい。大徳寺先生はその姿を光の玉に変えると、フラフラと浮かんで高い場所へ逃げてしまった。 『申し訳ないですが、私から伝えることができるのは、我々は破滅の光の力によってここに閉じ込められていた、ということだけですにゃあ』 「だから、どうしてここに閉じ込められてたんだ!?」 脅して吐かせようにも、あいかわらず体調は悪いままで身体は思うように動かず、容易く大徳寺先生を捕まえることはできなかった。その苛立ちも加わって、空を浮かぶ彼を睨みつけると、大徳寺先生はぶるぶると震えながら言った。 「大徳寺先生!」 『十代くんの気持ちがわからない訳ではないのにゃあ!許されるのなら全て話したいというのも、本当の気持ちなのにゃあ!ですが、今となっては私にもどうすることが正しいのか、もうわからないのですにゃあ〜』 真っ白な天井に着く程の高さで浮遊しつつ、『だから勘弁して欲しいのにゃあ』と泣きが入る大徳寺先生に俺は何も言えなくなる。ただ単に大徳寺先生にとって話し辛いことを、隠そうとしているだけかもしれない。けれど「事実」ならまだしも「正しさ」なんてものを持ち出されたら、わからないことだらけの俺には反論しようがない。 これ以上は無駄だと判断した俺は、大徳寺先生のことは諦めてそれ以外の方法を考えた。すぐに浮かんだのは他でもない、ヨハンだ。 「・・・・・・ヨハン・・・ヨハンは、全て知ってるんだな?」 俺の矛先がヨハンから移って喜ぶと思いきや、大徳寺先生の声はより沈み込み、何時になく深刻な様子で言った。 『確かにヨハンくんは全て知っていますにゃあ。とはいえ・・・事実は安堵をもたらすとは限らない。より深い苦しみをもたらすかもしれません・・・・・・』 その言葉に身体中に冷たいモノが広がる。 もしヨハンは全て知っていて、俺に黙っていたのだとしたら・・・・・? ヨハンを疑うなんてどうかしてる。なのに一度浮かんでしまった疑惑から目を背けることもできなかった。 「ヨハンは相棒達がここに閉じ込められていること、知っているのか・・・・・・?」 『もう、何も聞かないで欲しいのにゃあ〜』 大徳寺先生はその答えを誤魔化した。はっきりとしない答えにヨハンへの疑惑は消えなかったが、俺の恐れを肯定するものでないことにホッとする自分もいて、それ以上問い詰める気にはなれなかった。 だが、このままで良いとも思えない。何より、<破滅の光>のその後だけは知っておく必要がある。その為にもヨハンに話を聞くのが一番いいのだろう。けれど、つい昨夜の出来事なのに随分昔のことのように感じる、ヨハンと過ごした時間を思い出して気が重くなった。 これまでヨハンがたまに見せた辛そうな顔や怯えた様子は、そこから来ているんじゃないだろうか。それに気づいてしまった今、あの時感じた、他には代えることのできない充足感は、夢だったのではないかとさえ感じるのが悔しい。 「あった・・・・・・!」 部屋の奥にあった机の引き出しの白い箱に収められていた、ハネクリボーとルビーのカードを見つけ出して手に取った。<破滅の光>に閉じ込められていたというからには、俺には手出しができないのではないかと思ったが、実際は苦もなくそれを手にするとことができた。むしろ丁寧に扱われているのが見て取れて、自分の知っている<破滅の光>とはかけ離れた印象を受ける。 「一緒に来てくれるよな?」 『クリクリ〜!』 『ルビビ〜!』 当然だと答える相棒とルビーに頷いて答えると、俺は未だ高い位置に浮いている大徳寺先生に訊ねながら辺りを見渡す。 「大徳寺先生はどうする?ファラオは見当たらないけど・・・・・・」 『もちろん行きますにゃあ。ここに一人残されても困るのにゃあ!ファラオは・・・連れて行かれてしまいましたにゃあ〜』 「そっか・・・・・・それじゃ、行こうぜ」 誰に連れて行かれたのか俺は聞かなかった。それが誰にせよ<破滅の光>には違いなかったから。 何の根拠も無い不安に囚われているのはゴメンだ。まずヨハンに話を聞こう。そう考えて、デッキとデュエルディスクを持っていなかった俺はまず病室に向ったが、俺の足は再び中庭に戻ってきた頃に動かなくなっていた。相棒達が閉じ込められていたあの部屋に比べれば、<破滅の光>の影響がない分負担は軽いはずなのに身体が重い。息苦しい。クラクラする。それら全ての原因は、俺の心の闇の中に存在する光の楔だろうが、今の俺にはどうすることもできないのがじれったい。 「・・・・・・くそっ・・・!こんなことで、立ち止まっている場合じゃ・・・ないんだぜ、俺・・・・・・!」 『クリクリ〜!』 あいかわらず人気のない中庭で膝に手をついて自分を叱咤していると、側で見守ってくれる相棒の声の後に俺を呼ぶ知った声が耳に届いた。 「十代!」 つられるように頭を上げると、こちらに駆け寄って来る斎王の姿が視界に入る。 「斎王・・・・・・!」 「顔色が悪い。大丈夫か?」 ふらつく俺の肩を支えて、斎王は側に設置されていたベンチに俺を座らせる。 「俺は大丈夫だぜ。それより、どうしてこんな所に?」 「もちろん君を見舞う為だ。ただ、断られないように黙って来てしまったが」 「どういうことだ?」 「君が意識不明で入院しているという話しを聞いてから、面会を申し込んで来たが、ずっと断られていたのだ」 久しぶりの再会を喜ぶ間もなく、斎王の言葉に再び血の気が引く。 「断るって・・・・・・ヨハンが、か?」 「そうだ。目を覚ましたと知った後も、幾度か会いたいと連絡を取ったが、その度に様々な理由で断られたのだ。最初はただの偶然かとも思ったが、エドや影丸会長から聞いた話との乖離を無視することはできなかった」 話を聞けば聞くほどヨハンへの疑惑が増していく。ヨハンを疑いたくなんてないのに、次々と浮かび上がる事実がそれを許してくれない。そんな俺の気持ちを察してか、斎王は直接ヨハンを疑うようなことは言わなかった。 「なぜ私を遠ざけるようなことをするのか。その理由を知る必要があると考えた・・・しかし、君に会ってその理由がわかった」 「理由?」 「私に<破滅の光>の存在を知られたくなかったのだろう」 「斎王、お前どうして・・・・・・!」 斎王の口から<破滅の光>の名が出てさすがに驚いた。斎王の話しが本当ならば、ヨハンの対応に疑いを持つのは同然だろうが、まさか<破滅の光>の存在にまで気づくとは思わなかった。もしかして予知の力を取り戻したのかと目を丸くした俺に、斎王は頭を横に振った。 「私は予知の力を失ったままだ。だが、“そういった存在”を察知する力は残っているようだ。何より、一度はこの身を支配した相手。あちらにとって私はたわいのない存在かもしれないが、この身体がはっきりと覚えている。間違えたりはしない。今、君の中にあの時以上に強い光の力をはっきりと感じる。今回の件に<破滅の光>がかかわっていたのだな」 「・・・・・・ああ、その通りだぜ。そして、まだ何も解決していない」 ここまで状況を把握している斎王に惚けても仕方が無いと、話をする覚悟をしたその時、病棟の扉から飛び出すようにオブライエンが現れた。彼はすぐに俺達に気づいてこちらに駆けて来る。 「十代!」 明らかにいつもと違う緊迫感を伴ったオブライエンの様子に、俺も斎王も一気に緊張する。 「何かあったのか!?」 「・・・・・・・・・・・・」 「オブライエン?」 口を開きかけて、一度言葉を飲み込んだオブライエンは少しの間考え込み、一度瞼を閉じた後、覚悟を決めたように俺の目を真っ直ぐ捕らえて言った。 「・・・・・・ヨハンが、裏切った」 「!?」 もし何の前振りもなく聞いたとしたら、俺はきっと信じなかっただろう。ヨハンを疑うなんてと腹を立てたかもしれない。しかし今となってはオブライエンの言葉は、あの後何が起こったのかわからない自分の、的外れな思い違いではないかという小さな望みが、幻でしかなかったと知るには十分だった。 これ以上現実から目を背けることは許されない。迷いを振り切るようにそう自分に言い聞かせて、俺はオブライエンに訊ねた。 「・・・・・・オブライエン。あの後、何があった?」 「十代?」 「全て思い出したんだ。囚われていた俺をヨハンが助けに来たあの時、お前もあの場所にいたよな?教えてくれ、あの後何があったんだ?」 「・・・・・・話は移動しながらだ。ペガサス会長から、非常事態が発生した場合、すぐに十代をここから移すように言われている」 「さあ、行くぞ」とオブライエンに腕を取られてベンチから立ち上がったが、身体だけでなく心がどうしようもなく重くて仕方がなかった。 オブライエンが乗り付けたジープの後部座席に俺と斎王を乗せると、迷いのない動きで辺りを窺い、アクセルを踏み込み施設を後にする。遠ざかる病棟を窓越しに見ながら、そこで過ごした時間を振り返ってみるが、まるで夢でも見ていたように思えた。 随分長い間そこにいたはずなのに、持ち出したものはオブライエンが病室に取りに行ってくれたデッキとディスクと、気を利かせて一緒に持って来てくれた着慣れた黒いシャツとズボンだけで、それだけがそこで過ごした時間が現実のことだと証明しているように感じた。 そこで改めてヨハンから借りた服を身につけていたことを思い出し、昨夜のことをどう受け止めればいいのかわからなくなった俺は、吹っ切るように素早く着替えた。 「とりあえずペガサス会長に連絡がとれるまで、鮫島校長が用意してくれた場所で待機する。時間をとるようならDAに向うことになっている」 重苦しい空気が満ちた車内で、オブライエンが冷静にそう言った。非常事態であるという理由を察して、斎王も眉間に皺を寄せて確かめるように聞き返した。 「ペガサス会長と連絡がとれないのか?」 「ヨハンが面会に向かった直後からな」 オブライエンはいつもの調子で言ったが、連絡がとれないことにヨハンが関わっていると、暗に言っているも同じだった。 「オブライエン。お前“ヨハンが裏切った”と言ったよな。いったい何が起こってる?」 「十代の記憶の欠如も、今起こっていることも、全ての発端はお前が行方不明になったあの一件からはじまっている。しかし、俺の把握できているのはほんの一部に過ぎないだろう」 彼にしては珍しい遠まわしな言い方に、何が起こっているのかわからず、友人であるヨハンを疑わなければならない現状に、もどかしさを感じていることを知ることができた。しかし聞かない訳にはいかない。 「それでもいい。俺は知らなきゃいけない。オブライエンの知っていることで構わない。話してくれ」 「わかった。だが、話はあいつを拾ってからだ」 「あいつ?」 オブライエンが向けた視線の先を追うと、帽子を被った長身の男が立っていた。それは数日前に帰ったはずのジムだった。そのまますぐ側に車を止めると、ジムは迷うことなく助手席に乗り込んで来る。 「ジム!どうしてここに!?」 「あの直後、ペガサス会長から直々に話を聞いてね。こんなシチュエーションも想定して待機してたのさ」 「すまない、ジム・・・・・・」 「十代が気にする必要なんてない。これは俺が望んだことだ」 再び走り出した車内で、ジムは後部座席を振り返りながら座席の背に肘を乗せると、俺の目をまっすぐ見て言った。 「どうやら記憶を全て取り戻したようだな」 「!・・・・・・なんでわかるんだ?」 「目を見たらわかるさ」 普段から言葉を使わずカレンと意思の疎通をしているからだろうか。俺やヨハンが精霊達と通じるとこができるように、ジムには俺達の知らない、言葉を必要としないコミュニケーションの方法を知っているのかもしれない。 「直接会うのははじめてだったな、ジム・クロコダイルだ」 「斎王琢磨だ。改めて、よろしく」 俺から視線を移して挨拶を交わすジムと斎王の様子からすると、今回のことに関してすでに話は通じているらしい。 「オブライエン、ペガサス会長から連絡は?」 「まだだ」 「そうか・・・・・・だが、あの人のことだ。きっと無事だろう。何より、今これだけの頭数が集まってるんだ。ノープログレム!何とかなるさ」 「その通り。だが、まずは情報の整理と共有が必要だ。私も詳しい話が聞きたい」 斎王の提案に車内の空気が引き締まる。 「頼む、オブライエン」 運転しながらバックミラー越しに、こちらを確認するように視線をやった彼に、俺が頷いてさっきの話の続きを促すと、「俺の知っていることは、ほんの一部でしかない」と、念を押すように前置きしてからオブライエンは話し出した。 「行方不明になった十代の捜索と救出に、ヨハンの協力はなくてはならないものだった。次元に影響が出るような事態が起こっていることは把握していたが、ハネクリボーが現れるまで、消えた十代の手がかりを得ることがまったくできていなかったからな。ヨハンを通してハネクリボーの話からあの場所を知った俺達は、十代を救い出し、次元に影響を及ぼしているシステムを停止させる為にあの施設に潜入した。十代も無事見つけ出し、三沢の協力もあってシステムを停止させる一歩手前までは順調に進んでいた。しかし、そこで想定外のことが起こった」 「想定外?」 「原因不明の爆発が起こったんだ」 『オブライエン』 ガガガッと割れた音の後、ヘッドフォンから十代の救出に向ったヨハンの声が届いた。 「十代を見つけたのか?」 『ああ!そっちはどうだ?』 「予定通り、関係者とメイン機関は制圧完了だ。今、三沢がプログラムに侵入を開始した」『了解。俺は今から十代を脱出させる準備をはじめる。そっちは任せていいな?』 「ああ。システムを完全停止させる前に知らせる」 『頼むぜ!』 どうやら計画通り進んでいるようだ。十代を見つけることができたなら、後はこのシステムを止めるだけだ。それも時間の問題だろう。その為に行動を共にしている三沢に迷う様子はない。 威圧的にそびえるシステムを見上げると、少し視線を上げた位置にはめ込まれた金属のプレートに気づいた。そこには『D・D・G』という文字が刻み込まれていた。どうやらこのシステムの名前のようだ。 すぐに永続魔法の「ディファレント・ディメンション・ゲートDifferent Dimension Gate/異次元隔離マシーン」が思い浮かぶ。効果は「自分と相手のフィールド上からモンスターを1体ずつ選択し、ゲームから除外する。このカードが破壊され墓地へ送られた時、除外したモンスターを同じ表示形式で元のフィールド上に戻す」 しかし異次元に干渉しエネルギーを集めるというこのシステムの名前に相応しいとは思えず、まったく別のイニシャルかと頭を捻りながらも、俺は捕らえた研究員達の側に立っていた傭兵の一人に指示した。 「拘束した者を連行してくれ」 「ラジャー」 ここに突入する為にペガサス会長に頼んで、少数だが俺と同じようにI2社に雇われているプロの傭兵に協力してもらったこともあり、制圧に時間はかからなかった。 とは言え相手はまともな状態ではなかった。今、俺の前を連れて行かれる彼等の目は生気がなく虚ろで、明らかに本人の意思でここにいたのではないのは明らかだ。この後、正気を取り戻したとしても、ここでのことを聞き出せるとは思えない。そして、こんな大掛かりな施設を作り管理していたことや、十代を連れ去ったことを考えると、タイミングと隙を付いたとはいえ簡単過ぎるように感じる。 そのことが少し気がかりではあったが、今現在、何事もなく計画が進行していることを思えば、俺の杞憂でしかなく、大きな問題ではないのかもしれない。 そう考え直した次の瞬間だった。耳を劈くような爆発音と共に大きな振動に襲われた。俺は足を捕られて反射的に方膝をついて息を飲み、システムのコントロールを試みていた三沢に声をかけた。 「三沢、無事か!?」 「!・・・・・・ああ、俺は大丈夫だ。しかし、いったい何が・・・・・・?」 少なくとも自分の視界に入る範囲での出来事ではない。体感から、何処かここではない場所で爆発か何かが起こったと判断した俺は、無事を確認する為にヘッドホンに手を掛けヨハンに呼びかけた。 「ヨハン!」 『・・・・・・ガッ・・・・・・・・・・・・ガガッ』 「ヨハン返事をしろ!」 『・・・・・・ガガガッ・・・・・・』 完全に電波が途切れてしまっている訳ではないようだ。しかし何度呼びかけても返事は無い。三沢も不安を感じたらしく、青ざめた顔でこちらの様子を窺っていた。 「ヨハンと連絡がつかないのか!?」 「電波が邪魔されているようだ。まさかと思うが・・・・・・ヨハンの元に向う。三沢、ここを任せるぞ」 「わかった!」 三沢の警護に傭兵が一人残っていたこともあり、俺が動くことにした。一瞬浮かんだ最悪の事態を振り払うように、コントロールルームから出ようとした途端、突然電灯が消えて非常用の赤いランプが点灯した。何が起こったのかと振り返った俺の耳に、明らかにこれまでと違う動作音が飛び込んできた。 「三沢!何が起こっている!?」 「わからない!さっきまでは問題なくプログラムが作動していたのに・・・・・・これは!」 「どうした!?」 「システムが完全に再起動している・・・・・・いや、これまで以上に強い次元への干渉が起きている!」 「止めることは出来ないのか!?」 「やっているが・・・・・・こことは別の場所からコントロールされている!ハッキングされているのか!?くそっ!このままでは、またDAの時のように異次元に飛ばされるようなことが起こるぞ!下手をすればこの世界ごと吹き飛ぶかもしれない!!」 「何だって・・・・・・!?」 三沢の言葉に、この状況に対して何も出来ない歯痒さに奥歯を噛んだその時、ゴウンとより大きな音を立ててシステムが停止した。非常用の赤いランプも消えて通常のライトが点灯すると、今し方起こったことはまるで錯覚だったのかとさえ思える。 「・・・・・・止まった・・・のか?・・・・・・三沢!」 「別の場所からのシステムへの侵入が止まっている!次元への大きな影響もなかったようだ。コントロールに失敗したのか?」 完全に停止した訳ではないらしく、システムの脈打つような稼動音は続いていたが、次元への影響が止まったことで冷静さを取り戻したらしい三沢は、再び持ち込んだPCとコンソールに向かっていた。 何が起こったのか予測もつかなかったが、直前の爆発と思われる振動のこともあり、その原因を探る必要があると、俺は再び踵を返しながら三沢に言った。 「三沢はシステムを完全に停止できるように計画通り進めてくれ。俺はヨハンの元へ向かう!」 「わかった!」 コントロールルームを飛び出し、辺りを警戒しつつ足を進めながら携帯電話の液晶に目をやる。本来ならGPSによってそれぞれの居場所が表示されるはずだったが、やはり電波の状況が良くないのだろう。何も表示されない画面に舌打ちして視線を暗い廊下の先に戻すと、俺は足を速めてヨハンが居るだろう場所へと向った。 「―――――その後、俺が見つけたのは、血に濡れたお前を抱えたヨハンだった」 バックミラー越しに俺に視線を移し、その時のことを思い出したのかオブライエンは少し顔を顰めた。 「十代を病院に担ぎ込んだ後、ヨハンから何が起こったのか聞いた。あのシステムに十代と敵対する“意思”が宿っていて、ヨハンは宝玉獣と十代に救われたのだと」 「意思・・・・・・<破滅の光>か。ヨハンはその“意思”はどうなったと?」 「十代の力で消え去ったらしい。事実、あのシステム・・・・・・『D・D・G』がそれ以降暴走するようなことはなかった」 「オブライエンが感じた振動やシステムの暴走はその所為だったのか?」 「おそらく。十代に深手を負わせてしまったことを気に病んで、詳しくは話したがらなかったがな」 「・・・・・・・・・・・・」 ここまでのオブライエンの話に破綻はないように思える。もし俺がオブライエンの立場だったとしても、ヨハンの説明に疑うことはなかっただろう。 けれど俺は知っている。<破滅の光>を消し去ることはできていない。オブライエンが爆発だと感じたあの時、俺ができたのは、<破滅の光>に囚われた虹龍の解放だけのはずだ。 黙り込んだ俺に、皆の視線が集まっていることはわかっていたが言葉が出ない。ちゃんと考えなきゃいけないのに、今も生々しく蘇る意識が途切れる直前の感情や、ヨハンが気に病んでいたという話に、心と思考が振り回されて頭が破裂しそうだ。 そんな俺を窺いながらも、斎王が疑問点を上げていく。 「どうしてシステムをすぐに破壊しなかった?」 「ヨハンが反対した。十代に敵対する意思<破滅の光>と言ったか、その影響が強く残っている十代のことを考えると、ユベルの力が戻らない今、無暗に干渉しない方がいいと。何より、より安全に破壊する為にも、システムについてきちんと把握するべきだとヨハンが主張した。そのことに関しては三沢も同意見でな。結局、捕らえた研究者達は操られていた間の記憶がなかったこともあって、ヨハンと限られた少人数の研究者だけで、残された数少ない資料から、システムからの十代の解放と破壊を目的としたプロジェクトが進められることになった」 「なるほど・・・・・・しかし、今回の会長や君の行動は、以前からこの事態を予想していたとしか思えないが?」 「その通りだ。ペガサス会長ははじめからヨハンを疑っていた」 「はじめから?」 そう聞き返した斎王に、オブライエンではなく、それまで二人のやりとりを聞いていたジムが「今回の一件で、傷ついた宝玉獣デッキを助けて欲しいと頼みに来た時、ヨハンが言ったらしい」と答えた。 「“もしかしたら、もう宝玉獣達には家族として、マスターとして、認められないかもしれない”と」 それはこれまでのヨハンから想像もつかない言葉だった。そう言ったジム自身も信じられないらしく、肩を持ち上げて首を左右に振った。 「これまでのヨハンなら、どんなことをしても家族を助けて欲しいと望みそうなもんだが、そうは言わなかった。会長も、最初は正義感の強いヨハンは、宝玉獣達を傷つけてしまったことに罪悪感を感じているのかもしれないと考えたそうだが、傷ついたカードのリカバーを試みた時に起こった出来事で、ヨハンに対する疑惑は強まった」 「いったい何が?」 「どういう訳か何度描いてもカードは真っ白なままで、宝玉獣達の姿を再び描くことができなかったそうだ」 「真っ白・・・・・・」 「科学的には説明のつかない現象だが、会長はその原因がヨハンにあるのではないかと考えた訳さ」 何も描かれていないカードを思い浮かべて、俺と斎王は視線を合わせた。口には出さないがお互い思い浮かべることは同じ、エドとのデュエルの後、俺がカードを見ることができなくなった時のことだろう。 しかし、あの時とは状況が違う。ヨハンの言ったことを踏まえるなら、<破滅の光>のせいで見えないのではなく、宝玉獣達がペガサス会長に対して、描かれることを拒否しているということだ。ただし、その切っ掛けが<破滅の光>であることは間違いない。 ペガサス会長は何も知らないはずだが、それでもそこに何かが関与しているのではないかと直感的に気づいたのかもしれない。事実、その直感は当たっていた訳だ。 「そこで会長から依頼を受けた俺が、ヨハンの動向を見張ることになった」 ジムの話をオブライエンが繋げた。 「俺の見ていた範囲では、ヨハンの行動におかしなところはなかった。十代が目を覚ました後もな。会長の疑いも思い違いではないのかとも思えた。だが、『D・D・G』システムのコントロールが可能になった後、ヨハンはその破壊に反対するようになった」 「それは、十代への影響を考えてのことではないのか?」 「ヨハンもそう主張した。そのことに関しては俺達も不安があった。しかし、ユベルの力ば及ばない状態の中でも十代の状態が安定し、徐々に記憶を取り戻しつつあったことで、世界に危険を及ぼすシステムをそのままにしておくことに、不安を訴える研究員の方が多かった。逆に、有効に活用すべきだと言う者もいたがな」 それも当然だと思えた。あれが存在する限り世界を危険に曝し続けることを知っていて、不安を覚えない方がおかしいし、危険だとわかった上で、システムが産み出すエネルギーに目が眩むのもまた、人間らしい欲求だ。 「ペガサス会長もそのままにしておくことには反対で、時を待たずに決断を下すつもりだったらしい。とはいえ、これまでの貢献を思えば、ほんの少しの疑惑でヨハンに話を通さず事を進めてしまうことには気が咎めたのだろう。会長は十代の記憶が全て戻る前に、直接ヨハンの言い分ってヤツを聞く機会を作ることにした。それが今日だ」 オブライエンはそこで一度溜息を付いた。 「話し合うことで解決できるならよし。もし、それで済まないとしたらと危惧していたが・・・・・・残念ながら、この現状だ」 そう言ってオブライエンは黙り込んだ。ジムも話を続けることはなく、ただ一言「どう思う?」と切り出した。ほんの少しの沈黙の後、斎王が口を開く。 「これまでの話を聞く限りでは、ヨハンの身に何かが起こっていることは間違いないだろう」 「何かとは?」 「おそらく<破滅の光>に操られている。<破滅の光>は消え去ってはいない。皆もそう考えているんじゃないのか?」 斎王に反対する者は車内にはいなかった。俺は信じたくなくて「そんなはずない」と怒鳴り散らしたい衝動に襲われたけれど、一度根付いたヨハンに対する疑惑を見つめる冷静さも残っていて、反論することができない。ただ、そんな複雑な心境だったのは俺だけじゃなかった。 「だが、俺の知る限りでは、それを思わせる様子はなかった」 ずっとヨハンと行動を共にしていたオブライエンにとって、それは俺以上に納得し難いことだったのかもしれない。しかし、それに関して最初から心当たりがあったらしく、答える斎王に迷いはなかった。 「何か事情があって自らの意思で従っている可能性もある。何時からなのかはわからないが・・・・・・少なくとも今は、<破滅の光>の手先として動いている。そう考えれば、これまでの行動や、今も残る我々の疑惑や矛盾にも辻褄が合う」 そう言ってバックミラーから視線を外した斎王は僅かに顔を顰めた。俺にはすぐにわかった。斎王は<ダークネス>の時のことを思い出したのだろう。あの時、斎王は自らの意思で俺の前に立ちはだかった。<ダークネス>に囚われた美寿知を救う為に。 もし斎王の言うように、ヨハンが操られているのではなく、自らの意思で<破滅の光>に従っているとしたら・・・・・・その何かしらの事情ってヤツはすぐに思い当たった。 たぶん俺だ。 例えば、<破滅の光>が俺の命を盾に取ったとしたら。 従う他に方法がなかったとしたら。 その想像は俺の気分の悪さに拍車をかけた。心の闇の中で俺を縛り付けている光の鎖に、頭がクラクラする。胸がムカムカする。 けれど同時に覚悟も決まった。今、俺のやるべきことはたったひとつだ。 斎王の仮定に、しばらく車内は重い沈黙に包まれていたが、やがて、みんなの視線が再びずっと黙り込んでいた俺に集まっていた。俺はミラー越しにオブライエンの目をまっすぐ見て言った。 「・・・・・・・・・・・・オブライエン。あの場所に、D・D・Gのある施設に向ってくれ」 「!」 「それは少し早急過ぎじゃないか?」 「自らトラップに飛び込むようなものだ」 さすがに、みんな一斉に反対の声を上げる。 「それでも。今ここで逃げ出しても問題は何も解決しない。それどころか、時間が経過すればするほど、もっと危険な状況に追いやられることになる。ヨハンが<破滅の光>に従っているんだとしたら、なおのことだ。ペガサス会長との間に何が起こったのかはわかんねえけど、そのことで俺達が動くことは<破滅の光>も承知の上だろう。きっとヨハンもあそこに向ってるはずだ。これ以上<破滅の光>の好きにさせるもんか。あのシステムを今すぐにでも止めなきゃならない」 (その結果、俺が死んだとしても) 最後の言葉は声には出さなかった。悔しいけれど俺は<破滅の光>によって生かされている。つまりあのシステムを破壊し<破滅の光>との戦いに勝利することは、ユベルが居ない今、俺の死を意味していた。そのことをオブライエン達が知れば、このまま力尽くでDAに連れて行かれてしまうかもしれない。けれどこれ以上時間を食っても解決する方法が見つかるとは思えなかった。 何より、これは時を越えて幾度も繰り返されえてきた、光と闇の戦いなのだ。<破滅の光>の目的はあのシステムを使って、この世界を光に還すこと。それを止めることができるなら本望だし、これ以上誰かを巻き込むようなことはしたくない。 何を言われても意思を変えるつもりはないとみんなを見渡すと、オブライエンが大きく息を吐いてから言った。 「・・・・・・わかった。ただし、ひとつ条件がある」 「条件?」 「俺達を連れて行け」 「!」 「お前のことだ。ここで俺達が反対すれば、車から飛び出してでも行くつもりだろうし、連れて行けば行ったで、付いた途端、俺達のことを撒くつもりだっただろう?」 「それは〜〜・・・・・・」 俺の企みはバレバレだったようだ。咄嗟に都合の良い言い訳が浮かばなくて思わず視線を泳がせて口篭ると、オブライエンがバックミラー越しに少しその眉を下げて困ったヤツだと笑った。 「お前とは長い付き合いだ。一人で突っ走るのは目に見えているからな。だからこそ、ペガサス会長は俺達を十代の側に置いたんだ」 「水臭いぜ、十代。ここまで来て、フィールドから除外されるのは納得できないな」 「もう我々はこの件にかかわってしまっている。それに、ヨハンを救いたいのは君だけじゃない」 「みんな・・・・・・」 オブライエン、ジム。そして斎王。一人一人と視線を合わせて頷き合う。それはヨハンを救う為に、異世界に向かった時のことを思い起こさせて少し胸が痛んだ。けれど、あの時とは違う。俺は自分の弱さも知ってるし、力を持つ者の責任も知ってる。 みんなを守ってみせる。 ヨハンを必ず救ってみせる。 |
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