そこに広がっていたのは見慣れぬ景色だった。おそらくヨーロッパあたりの風景だと思う。石畳の道沿いにレンガ造りの家が規則正しく立ち並び、その町に沿うように流れる広い川が、雲の隙間から差し込む光を反射する水を淡々と運んでいる。 そんな町並みを見下ろすように雨上がりの空に虹が架かっていた。その虹は、この世界の人の目にも映ることのできる虹龍のもうひとつの姿だ。その虹の上を実体のない俺はふわふわと漂っている。この感覚はこれまでに何度か感じたことがあった。カードの精霊達と接触した時や、遠い昔のことを知った時と同じだ。 だからすぐにこれは虹龍が見せているものだと気づいた。何か伝えたいことがあるのだろう。そう考えた俺はその背に座り見守ることにする。すると虹龍の視線が町の一画に留まり、意識がそこに飛んでいく。 そこには蒼い髪の幼い少年が一人、公園に佇んでいた。 turn.25 ヨハン・アンデルセン 上 さっきから強い気配を感じる。何だろうと辺りを見渡しているけれど、いつもと違うのは虹が出ていることだけだった。 「虹、きれいだな〜。オレ、オーロラも好きだけど、虹も好きだ」 『そんなこと言ってる場合か?今回はごめんなさいじゃ済まないと思うぜ?』 「うるさいなぁ、お前に言われなくてもわかってるよ」 誰もいない公園で虹を見上げながら、隣に並んで冷たい目で見てくるそいつに口を尖らせて言った。 「ていうかさ、オレ悪くないもん。悪いのお前じゃん」 『そうだな。悪いのはオレだ。オレがやったことだ。だが、まわりの大人はこれまでと同じようにそうは思わないだろうな。けど、もとを正せばあいつらの誘いに乗るのお前が悪い。あいつらは最初からお前のことをバカにする為に声をかけていると、何度も言って聞かせた筈だぜ』 「わかってるよ!でも、どうしてもって言うから・・・・・・」 それはついさっきの出来事だ。孤児が集められたホームにいるヤツらが、いつものように声をかけてきた。「お前、いつも言ってるよな。精霊が見えるってさ。話聞かせろよ」。だからオレは聞かれるままに答えた。嘘は言ってない。ただ、そいつらはオレの話しを信じなかった。それもいつものことで「やっぱりな」としか思わなかった。ただいつもよりしつこくバカにされて、ちょっと頭にきてケンカになって、そいつらの中の一人を殴ってしまったのだ。もちろんどんな理由があっても殴るのはいけないことだ。それはわかってる。とはいえ子供同士のケンカぐらいじゃ大事にはならない。あとでホームの大人にちょっと叱られるくらいのもんだ。 でも今回はそれだけではすまなかった。そいつらはオレだけじゃなく、精霊やいつもオレと一緒にいる「そいつ」のことをバカにしたのだ。結果、その場にいたヤツみんな一斉に気を失って倒れてしまった。それを仕出かしたのはオレじゃない。物心ついた時からずっと一緒にいる、まるで双子のようにオレと同じ姿をした「そいつ」の仕業だった。 「あれはやりすぎだ。きっとあいつら目を覚ましても、しばらく使いものにならない」 『だろうな。だが、オレには関係ないし』 そいつは白い髪を揺らしてツンとそっぽを向いた。結局いつもオレがそいつの濡れ衣を着ることになる。 「アルビノが悪いのに、いつもオレばっかり怒られて仲間外れになるんだ。オレはただ殴っただけなのに」 「アルビノ」っていうのはオレがつけたそいつの名前だ。そいつはオレの姿を真似ているけど色が違った。オレの髪は蒼で瞳は碧だけど、そいつは髪が白くて瞳は赤かった。 数年前、ホームでテレビを見ていた時に、遺伝子の異常で色素とやらがない所為で毛が白く瞳が赤い動物が紹介されていて、そういう生き物をアルビノと呼ぶと知った。それからオレは、名前を教えてくれないそいつのことをアルビノと呼ぶようになった。 『精霊やオレの存在を知ることができない大人にとって、そこは問題じゃない。問題なのは騒動の元がヨハンで、どうすればこれ以上被害が出ないかだけだ。お前がいくら真実を叫ぼうと、あいつらには意味のないことさ』 「偉そうに・・・・・・今度こそ、オレ、病院行きなんじゃないか?」 『どこだろうと問題はない。お前が気に入らないならオレがすべて消してやる。オレだけはいつも一緒にいる』 「わかってるよ。オレたちはずっと一緒だ。だから消すとかは止めてくれ。そんなことしてたら何処にも居場所が無くなって、最後には誰もいなくなる」 『そう思うなら、今後は無暗に精霊やオレのことを人に話すな』 「それが納得いかないんだよな〜、何で本当にいるヤツのこと話しちゃダメなのさ」 『居場所が欲しいなら、頭が弱いと受けとられるような発言は控えろよ。少なくともそれを奇異の目で見るヤツ等の前ではな』 「わかってるってば」 こういう問題が起こった時はいつも同じ会話になる。全部オレの所為にしておいて、それが嫌なら何も話すなと言う。正直アルビノは性格が悪いし、悔しいけどオレより断然頭もいい。もしかしたらまわりの大人より賢いかもしれない。だからいつも言い負かされてしまう。 そんなヤツだけど、オレのことを認めてくれて、守ろうとしてくれて、ずっと側にいてくれる唯一の存在だったから、アルビノが何だろうとその時のオレにはどうでもいいことだった。 「ああ、虹が消えちゃう・・・・・・」 その日の虹はこれまで見た中で一番きれいだったのに、あっと言う間に霞んで消えてしまった。 案の定、オレはホームから追い出された。そのホームのまわりには精霊が居てオレは結構気に入っていたのに。 そこでオレは決心した。これからは気安く精霊やアルビノのことは人には話さないと。 そのまま病院に送られるかもと警戒していたが、オレが連れて行かれた場所は思いもよらず快適な場所だった。そこは海馬コーポレーションがスポンサーの、悪く言えば問題のある、良く言えば風変わりな子供たちが集められた施設だった。 とはいえオレのようにはっきりと精霊が見えるヤツは少なかったし、個性の強い子供達の中で気の合うヤツはいなかった。ただ、人にバカにされたり白い目で見られることがなくなっただけでも随分気楽で、これまでと同じようにアルビノとの生活が続くことになった。 ただし、アルビノのことは誰にも黙ったままで。それがアルビノとの約束だった。 誰もいない施設の屋上庭園のベンチに座って足をブラブラさせながら、テーブルに広げたカードと手にしたカードの間で視線を何度も行ったり来たりさせる。それはここに来るまでどんなに望んでも手に入れることができなかった、デュエルモンスターズのカードだ。 『まだ悩んでるのか?』 「当然だろう!とっておきのデッキを作ってるんだぜ!?気抜けるかよ!」 前のホームにいた時は、どんなに欲しくてもカードを買ってくれる親もいなければ、カードを買える程の余裕のある小遣いもなくて、近所に住んでいる子供達が遊んでいるのを、遠くから指を咥えて見ていることしかできなかった。それがだ。連れて来られたのがKCの施設だったことで、こうやってカードを手にすることができるようになったのだ。 施設での生活はこれまで以上に規律も厳しく、四苦八苦することも多かったが、デュエルが出来るということだけで、今のオレにはこれ以上に望む場所はなかった。 ただひとつ不満があるとすれば―――――― 「あ〜あ、これでアルビノとデュエルが出来たら言うことないのに」 いつものようにオレの隣にいるアルビノに言った。 「きっとすっげー楽しいのにさ」 『それはどうかな』 「何だよ、アルビノだってデュエル好きだろ?」 『そういう問題じゃない。オレとお前じゃ勝負にならないさ』 「あ!またオレのことバカにしやがって!」 『当然だろう?ここにいるヤツ等とのデュエル中、いつもオレに相談するのは何処の誰だよ』 「それはしょうがないじゃん!デュエルはじめたばっかりだし・・・・・・つうか、オレはアルビノがそんなにデュエルのこと詳しいってことの方が驚きだぜ」 『別に詳しい訳じゃない。お前とは頭の作りが違うってだけだ』 「いつものことだけど本当にムカつくな。ムカつくついでに相談だけどさ、これ、どっちのカード入れた方がいい?」 『そうだな・・・・・・デッキのバランスを考えたら、』 アルビノがカードを指差そうとしたその時、いつもは人気のない庭園に人がやって来た。それは施設にいる子供達の世話をしているKCの研究員で、オレの面倒も見てくれている人の一人だった。 「こんなところにいた。探したよ、ヨハン」 「今は自由時間のはずだけど?」 「忘れたのかい?僕に頼んでいたこと」 「あ!」 差し出されたその手には、オレが強請った数枚のカードがあった。 「これが欲しかったんだろう?」 「うん!ありがとう!」 「どういたしまして。自分の思うデッキはできそうかい?」 「ああ!」 「それはよかった。それじゃ、用があるから僕はもう行くよ。夕食の時間には遅れないようにね」 「わかってる!」 そう言ってそこから立ち去ろうとしたその時、彼が脇に抱えていた本や資料の一部が、重力に負けてズルリと落ちると辺りに広がる。散らばった資料を集めるのを手伝っていると、ファイルから抜け落ちた一枚の資料に目が行った。そこには丸い木の実のようなクリッとした目をした、少し不安げな表情を浮かべる少年の写真が印刷されていた。 「これ誰だ?名前のとこ消してあるけど・・・本籍、日本?」 「ああ〜・・・・・・彼はね、君と同じように精霊が見えるらしいよ」 「あ、そいつのことみんなが話てた。もしかしたら、ここに来るかもしれないってヤツのことだろう?」 「噂話は広がるのが早いなぁ」 それを聞いたのはつい先日のことだった。精霊に憑かれている少年が日本にいて、デュエルした相手を昏睡状態にしてしまっているらしい。オレと似たようなヤツが日本にも居るんだなぁと少しばかり興味が沸いたが、みんなが言うようにそいつがここに連れて来られることはないだろうと思った。 そいつには両親がいると聞いたからだ。 もし本当に精霊に憑かれているというだけの理由でここに来ることになったとしたら、何かしらの理由で親を亡くして行き場を失った子供よりずっと可哀想だ。 「まだわからないけどね。もしそうなったら仲良くしてやってくれ。あ、そのデュエルマガジンは君にあげるよ」 「やった!今月号まだ読んでないんだ!」 落としたものをすべて拾い集めて立ち去ったその人を見送りながら、頼んでいたカードだけじゃなく、デュエルマガジンの最新号まで手に入れたことにオレは舞い上がる。さっそくページを開いて前から見たかった記事のページを探そうとしたが、呟くアルビノの声が耳に入って来た。 『日本、か・・・・・・』 「何だよ?珍しいな。アルビノが人に興味持つなんて」 『・・・・・・・・・・・・』 アルビノはそのまま黙り込んでしまった。いつもの気まぐれかと放っておくことにして、目的の記事を探してページを捲る。 「あった!」 『・・・・・・新たなるカード・・・何だ、お前まだ忘れてなかったのか』 そこに載っているのは、数ヶ月前にKCが公募していたカードデザインの発表だ。本当はオレも出したかったけれど、環境がそれを許さなかった。 「当たり前だろう!オレが応募してたら、オレのカードを作って貰えてたかもしれないんだぜ?そんなオレを差し置いてどんなヤツが選ばれるのか、ちゃんと確認しておかないと!」 『自分が選ばれることが前提かよ。その自信は何処から来るんだ』 「うるさいぜ!お前だって本当は出したかったくせに!」 『オレは興味ない』 「アルビノの嘘つき〜」 口ゲンカしながら二人でそのページを覗き込む。そこでまず最初に感じたのは、あれほど大々的に募集されていた割には扱いが小さいということだ。見開きのページに「新たなヒーローの誕生!!!」という大きなロゴが並び、その下に採用された原画と並んで、カードデザイナーのプロが描いた正式のカードが紹介されている。ひとつの完成されたデッキであるにも係わらず、カードの詳しい解説はなくさわりだけといった感じだ。そのデッキを先日ロケットで宇宙に飛ばしたという写真もあった。しかしそれはオレの期待した内容とは言い難かった。そして選ばれた子供のことについて載っていたのは名前だけだ。 「ジュウダイ・ユーキ」 日本の少年らしい。確かに日本はデュエルキングのいる聖地だし、それだけ日本の子供はデュエルモンスターズに触れる機会も多いだろう。採用されたことと日本人ということは関係ないだろうけど、少しばかりズルイと八つ当たりしたい気分なって、オレはテーブルに顎を乗せて口を尖らせた。 「あ〜あ。もうちょっと早くここに来てたら、オレも応募出来たのにぃ」 『未練がましいヤツだな』 「もしオレが出してたら、絶対オレのカードが選ばれてたって!」 そこで精霊に憑かれているという日本の少年のことが浮かんだ。デュエルするなら(相手が昏睡状態になるとはいえ)、あいつも応募していたんじゃないだろうか。写真の寂しげな顔を思い出しながらそう思った。 KCの加護の元、その後の施設での生活は、それまでと比べ物にならないくらい充実したものだった。精霊が見えるということで無理強いされることもなかったし、俺以上に問題のあるヤツ等がたくさんいたおかげで、特別扱いされることもない。学びたいと望めばその術を与えてもらえたし、何といってもデュエルができる。 こんなに快適な場所から再び追い出されることは避けたかったから、大人から見てできる限り良い子供でいたつもりだ。俺がそんなふうに暮らしている所為か、アルビノが問題を起こすようなこともなかった。 やがて俺はデュエルアカデミアのアークティック校に入学した。そこでの生活も問題はなかった。そうなのだ。俺が無暗に精霊のことさえ口にしなければ、問題なんて起こるはずがなかったのだ。その頃には身を持ってよくわかっていたから、仲良くなった友人にもそのことは話さなかった。 とはいえ、いつも一緒にいるアルビノのことを、誰にも話さないで過ごすというのはやはり気分の良いものではない。自分の大切なことを誰にも理解されないというこは寂しいことだし、アルビノだって俺以外の人間と交流することができたら、気持ちも変わるんじゃなだろうか。 そう考えてDAに入ってから何度か説得を試みたけれど、アルビノは終始頑なに拒否した。俺が知っていればそれでいいというのがアルビノの意見だった。そんなアルビノを前にして、ようやく俺はアルビノがどういった存在なのか考えるようになっていた。 そんなふうに過ごしていたある日のこと。夕食後、俺は寮の部屋でデッキの調整をしながら、いつものようにアルビノと戦術について話し込んでいた。 「んん〜・・・・・・、最近デッキが固まり過ぎてる感じがする。みんなとのデュエルでも、同じ展開になることが多いんだよな〜。こうなったら新しいデッキ組むかなぁ〜」 『お前は気が多いな』 「違うぜ。常に好奇心を忘れないだけさ」 『物は言いようだな』 「ポジティブと言え!アルビノは俺を見習って、もっとポジティブになった方が良いと思うぜ?」 『死んでも御免だ』 「ポジティブついでに言うけどさ、」 『どこまでも面倒な積極性だな』 「そろそろ話してくれてもいいんじゃないのか?お前自身のこと」 こうやって時折訊ねてみるが、あいかわらずアルビノの態度は鈍い。 『それは絶対に知らなきゃいけないことか?』 「いや、知らなくても問題ないっちゃあ問題ないけどさ・・・・・・やっぱお前って精霊?それとも幽霊?」 『どっちでも構わないだろう?』 「構わないけどさぁ〜、世話になってるKCにも黙ってるのは結構心苦しいんだぜ?」 俺にとって物心がついた時からずっと一緒にいるアルビノは、側にいることが当然で、空気のように自然にその存在を受け入れていたから、幼い頃は気にもしていなかった。けれどアルビノが他人に知られたくないと言う原因が、俺の立場を思ってのことだけではないらしいと、今の俺には察することができた。とはいえ、アルビノについて施設の研究員にさえ相談することもできない俺には、何かしらの訳有りの精霊とか幽霊とか、この世界から外れた者なんだろうなと推測するしかない。 もちろんアルビノがどんな存在であったとしても、これからもずっと一緒だという気持ちは変わらない。だからアルビノの意思を尊重するつもりだったし、アルビノ自身が認めるまで誰にも話すつもりもなかった。 結局、今日もアルビノから話を聞くことはできないらしいと、諦めの溜息を吐きながら、自分の発した「世話になってるKC」と言う単語で、俺はうっかり大切なことを忘れていたことに気付いた。 「あ、しまったぁ!今日中に定期報告入れなきゃいけなかったのに、すっかり忘れてた!」 慌てて携帯を開くと、まだ完成していなかった報告内容を打ち込んだ。 アークティック校は基本的に全員、寮に入ることになっている。DAに入る頃には施設内でも信頼を得ていた俺は、すでに保護の対象から、研究員と同等として扱われるようになっていた。そんなこともあってDAに入学することはすぐに認められたが、寮に入ることと引き換えに課されていることがあったのだ。 それはアークティック校での、俺と同じように精霊を認識することができる人間の発見・監視と、デュエルモンスターズの精霊が引き起こす事象についての報告だった。まるでスパイのような立場だけれど、実際はそんなカッコイイものじゃない。現実は定期的に「異常無し」と伝えるぐらいのもんだ。 DAに入る前は、もしかしたら俺と同じようなヤツと出会えるかもしれないと、少しばかり期待していたけど、やっぱりそんな人間はそうそう居るこんじゃないらしい。 「うう〜ん・・・・・・・・・・・・ま、こんなもんか!」 『世話になっているという割りに、荒い仕事だな』 「う、うるさいなぁ〜」 横から覗き込むアルビノに言い返しつつ内心その通りだと思った。いつもと代わり映えのない内容だが仕方がない。毎回同じような報告ばかりで少し面倒だけど、これでDAでの生活が保障されるのだから安いものだろう。そう気持ちを切り替えてメールを送信すると、すぐに携帯に着信がある。それはクラスメイトの友人からだった。 「もしもし?」 『あ、出た。ヨハン、何してるんだよ』 「何って?」 『何だよ〜、あんなに楽しみにしてたのに忘れたのか?もうすぐ公開デュエル始まるぜ?』 「あ!」 そう言われて思い出した。それは毎年本校とノース校の代表との間で行われている対抗試合で、どういう経緯かは知らないが、今年は大々的にTV中継されることになっていたのだ。それを寮の友人達と一緒に見ることになっていた。 定期報告ばかりか、あれだけ楽しみにしていたことも忘れるなんて、ここでの生活に慣れてきて少しばかり気が抜けているのかもしれない。 『早くロビーに来いよ』 「ああ、すぐ行く!」 わざわざ電話してくれた友人に感謝しながら部屋を飛び出し、すぐに寮のロビーに向うと、すでに多くの生徒達が集まっていた。俺に気づいて手を振る友人達の輪に頭を掻きながら加わる。 「お、来た来た」 「遅いぞヨハン」 「わりい。デッキの調整始めたらすっかり忘れちった。知らせてくれて本当に助かったぜ〜」 「そんなことだろうと思った」 こうやってネット回線を使って中継を見ることができるのも、ここがDAの分校だから叶うことだった。まぁ、もしDAに入っていなかったとしても、きっと施設の研究員に強請って見せてもらっただろうけど。 そんなことをこっそり考えながら、他の生徒達と同じように俺もTVの画面から視線を離すことができない。本場のデュエルはきっとワクワクするものに違いない。そして、今か今かと待ちわびていた俺達の目に飛び込んで来たのは、想像だにしないヤツだった。 『まず紹介するは、ドロップアウトボ〜・・・じゃなかった。遊城十代〜!』 「な・・・・・・っ!?」 そこに映し出されたのは、数年前、施設の研究員の落とした書類に載っていた「精霊に憑かれている少年」だった。しかもそいつの名前は「遊城十代」―――「ジュウダイ・ユーキ」。公募されていたカードデザインに選ばれた少年の名前だ。まさか「精霊に憑かれた少年」と「選ばれた少年」が同一人物だとは思いもしなかった。 思わず声を上げた俺に、生徒達の視線が集まる。 「どうした?もしかしてヨハンの知ってるヤツ?」 「い、いや!そんなことないぜ!」 「?まあ、いいけど・・・・・・それにしても、こいつら俺達と同い年だよな?」 「ああ、あれだ。東洋の神秘ってヤツ。確か、日本人って実年齢より幼く見えるっていう・・・・・・」 「俺も聞いたことがある!デュエルキングは年取らないってヤツだろ?」 「誰だよ、それ言ったの」 慌てて否定した俺に側にいた友人は頭を捻っていたけれど、やがてデュエルがはじまると、みんな好き勝手にデッキや展開を予想して盛り上がり、俺の動揺に気づくヤツはいなかった。 そんな中、TVの中の「遊城十代」は最初のターンにバーストレディーを召喚する。どうやらこいつのデッキはヒーローデッキらしい。そこで俺は確信した。確かあの時ジュウダイ・ユーキが描いたデッキはヒーローデッキだったはずだ。 同意が欲しくて、いつものように隣にいたアルビノの方を向いて、俺は再び驚愕した。 いつもは無表情だったり、意地悪そうに笑ってたり、どちらかと言えば感情が顔に出ないあのアルビノが、大きく目を見開いてTVの画面に見入っていたのだ。そして、見る見るうちに顔を歪めせた。何時泣き出してもおかしくないくらいに。これまでずっと一緒にいたアルビノだけど、それは初めて見せる表情だった。 いつもなら自然とデュエルに集中できるのに、その時の俺には、突然現れた「遊城十代」と、これまで見たことのない「アルビノ」への驚きの方が大きくて、結局、最後の攻撃の途中で突然放送が途切れてしまうまで、内容を追うことができなかった。デュエルの展開さえ頭に残っていない。 さすがにマズイ。これからしばらくの間、このデュエルは学校でも話題になるだろう。このままじゃ友人達の話についていけそうにない。何より楽しそうにデュエルする彼をもう一度確かめたい。 そう思った俺は咄嗟にその場にいた寮長に言った。 「・・・・・・先生、これ録画してますよね?よかったらダビングして貰えないかなぁ」 「あ、俺も俺も!」 「先生、頼むよ!」 「仕方ないですね」 俺の提案に他の寮生も乗ってくれたおかげで、寮長はすぐに手配してくれて、自然にそれを入手することができた。放送後もデュエルの余韻のせいか、みんなロビーから立ち去ろうとしなかったが、俺はダビングしてもらったDVDを受け取ると、適当に理由をつけて自分の部屋に戻った。 すぐにでも見返したかったが、それと同じくらいアルビノのことも引っ掛かっていたから、一応声をかけてみた。 「・・・・・・アルビノ、いったいどうしたんだよ?」 『・・・・・・・・・・・・』 予想通りアルビノから返事はなかった。気配は感じるが姿も現さない。これはつまり「俺のことは放っておけ」ということだ。何がアルビノをそこまで動揺させたのかわからないが、それを問われたくないなのだろう。そういえば施設ではじめてあいつの写真を見た時も、少しばかり態度がおかしかったことを思い出した。本当は一緒に確認して欲しかったけれど仕方がない。こんな時はアルビノが落ち着くまで、そっとしておく方がいいだろうとこれまでの経験から判断して、俺は自室のTVの電源を入れ、プレイヤーにDVDをセットすると再生ボタンを押した。 そこに映っているのは紛れもなく「精霊に憑かれた少年」だ。 はじめて彼の存在を知ったあの後、俺の思った通り「精霊に憑かれている少年」が施設に来ることはなかった。一度会ってみたいという気持ちはあったが、家族と生活できるならそれにこしたことないだろうと思った。物心がついた頃にはホームにいた俺には、漠然とした想像でしかなかったが、家族が一緒に暮らしていけるならその方がいいに決まってる。 それから今日まで彼のことを忘れてはいなかった。ただ、これからもデュエルしていけば、いつか何処かで出会うこともあるかもしれない。そんな程度の期待だった。それがこんな形で叶うとは思わなかった。 とはいえ「精霊に憑かれた少年」と「選ばれた少年」が同一人物だとは、幼かったとはいえ、どうしてこれまで気づかなかったんだろう。俺が彼のことを知ったのも、今となってみれば、何故一致しなかったのかとさえ感じるくらい絶妙のタイミングだった。少し考えてみればわかりそうなもんだ。 カードデザインが採用されたあの時、「精霊に憑かれる」という事態がKCに知らされ、場合によれば施設に保護するという状況だったのではないだろうか。もしかしたら「精霊に憑かれた」という情報の方が先だった可能性もある。その事実に俺は頭を抱えたくなったが、画面の中でクルクルと動くそいつを見ているうちに、そんなことは気にならなくなって、やがて目を離せなくなった。 あの時の写真の寂しげな表情からは想像することはできなかった、デュエルが楽しくて仕方がないという溢れんばかりの笑顔に惹きつけられる。何よりデュエルが強い。追い詰められた状況でも諦めず、自分のデッキを信じて、言葉は悪いがバカみたいにデュエルを楽しんでいる。もちろんDAにいるヤツ等は当然デュエルが好きだけど、こんな開けっ広げに楽しんでるヤツは見たことない。 日本語は施設で勉強していたけれど、さすがにすべてを聞き取ることができないのが悔しくて、何度も何度も繰り返して見るうちに、湧き上がるジュウダイ・ユーキへの好奇心を抑えることはできなかった。 午後の穏やかな光が窓から差し込む教室で、俺は友人達と共に一枚の用紙に向っていた。 「ヨハン、書けたか?」 それは今度KCとI2が共同で開催する、ヨーロッパ大会へのエントリーシートだ。はじめての経験に俺は四苦八苦しながら項目を埋めていたが、これまでに幾度か大会に参加したことがあるらしいクラスメイト達は、すでに書き終えていた。 「わりい。俺はまだ途中だ。みんな先に提出してきていいぜ」 「そうか。じゃあ先行ってるぜ」 まだ時間がかかりそうだからと手を振ってクラスメイト達を見送った後、一人きりになった教室で俺はもう一度その用紙に視線を移した。おかしなポカをしないように、書き終えた項目を何度も見直していると、それまで窓から外の風景を眺めていたアルビノが声をかけてきた。 『どういう風の吹き回しだ?』 「何が?」 『これまで何度か機会はあったのに、一度として大会には参加しようとしなかったお前が、急にその気になるなんておかしいだろ』 「そっかぁ?まぁ、確かにこれまではあんまり目立たないようにとは思ってたけどさ。やっぱ興味あるじゃん。ヨーロッパ中のデュエリストの中で、自分がどれだけやれるのかってさ」 『それだけか?』 「?」 真剣な声色にエントリーシートから視線を上げると、アルビノの赤い瞳と目が合った。 『“遊城十代”に感化されてるんじゃないのか?』 「・・・・・・そうだな。確かに感化されてるのかも」 アルビノに隠しても仕方がない。手にしていたペンをくるりと廻しながら俺は素直に答えた。 「俺はさ、何時でも何処でもアルビノが一緒にいてくれたから寂しくなかったし、KCの施設に行ってからはデュエルもできるようになって、本当にそれだけで満足だったんだ。だから、それ以上どうこうしようとは思わなかった。このままDAを卒業して、KCの施設の研究員にでもなって、俺と同じような立場の子供の世話をするのも悪くないってさ。少なくともKCに居れば精霊達の為に動くこともできそうだし」 それも悪くない選択だと思う。つい最近までそう考えていた。 「だけどさ。この前の遊城十代のデュエル見て、俺、思ったんだ。きっと世界には、俺の知らないデッキで、俺の想像を超えたデュエルをするヤツがたくさんいるんだろうなって。そして一度でも多くそんなヤツとデュエルがしてみたい。そうすれば今以上に自分の可能性が広がる気がするんだ。それだけじゃない。これまで自分の想像もしなかった可能性が見つかるんじゃないかって」 『・・・・・・・・・・・・』 そんなふうに思えるようになったのは遊城十代のデュエルを見てからだ。あいつのデュエルを見れば見るほど、彼への好奇心だけじゃなくデュエルへの欲求が止められなくなったという自覚があった。 「こんなふうに思ったのはじめてなんだ。だから、」 これまで「精霊のことを話すな」ということ以外に、アルビノが俺のすることに反対したことはなかったけれど、まるで大会に出ることを子供が親に強請るように言葉を重ねようとした俺を、それまで黙って聞いていたアルビノが遮った。 『・・・・・・好きにすればいいさ。ただし、今回俺は助けないからな』 「もち!」 今回の大会への参加は自分の実力試しでもあるのだから当然だ。もし反対されても参加するつもりだったけれど、アルビノの同意も得たことに満足して、俺は再びエントリーシートに視線を戻した。 そのせいでアルビノの瞳に、複雑な感情が浮かんでいることに俺が気づくことはなかった。 ヨーロッパ大会後、大会に参加する為に泊まっていたホテルの部屋に戻って来た俺は、バスルームの鏡にうつる自分の顔を見ながら、立って続けに自らの身に起こった出来事がいまだに信じられず、まるで夢でも見ているような気さえして、手短に抓るものがなかったから仕方なく自分の頬を抓ってみた。 「痛い」 やっぱり夢じゃない。 はじめて参加したヨーロッパ大会は、参加人数は多かったがアマチュアだけだったこともあって、順調とは言い難かったけれど勝ち進むことができた。だが、決勝戦で負けてしまった。最後で迷いが出たことが勝敗を分けたと言って間違いないだろう。とはいえ、まだまだ自分の思うようにデッキも組めていない中で、決勝まで残っただけでも上出来だと思う。それに、はじめての相手とデュエルする楽しさも覚えた。何が出てくるかわからないあのワクワクは癖になりそうだ。 これからもDAにいる内はできる限り大会に参加しようと決心して、デュエルの余韻を引きずったまま会場の廊下を歩いていると、見知らぬ人から声をかけられて、そのまま連れて行かれた先にいたのは、大会を観戦に来ていたペガサス会長だった。 そして、そこで俺は宝玉獣達と出会った。しかも俺が宝玉獣達の主で、その上、今後はペガサス会長がスポンサーになってくれるらしい。さすがに想像もしなかった展開だ。 明日、大会後のパーティーで正式に俺が宝玉獣デッキの主に選ばれたと発表して、その場でデッキを受け取ることになっている。その後起こるだろう騒動は、正直、面倒だと思うけれど、世界でたったひとつのデッキなのだから仕方ないし、それ以上の高揚感に満たされていた。 バスタブに注いだ湯から立ち上る湯気を眺めながら、フロアに並んだ宝石に手を翳すと光を放ち、宝玉獣のカードが現れた場面を思い出して、頬が緩むのを止められなかった。 そんな俺に半目のアルビノが溜息をついた。 『嬉しそうだな』 「もちろん!だって“家族”ができたんだぜ!?」 『まったく・・・・・・会ったばかりの精霊に、ホイホイ乗せられやがって』 それは宝玉獣達の主ということに戸惑う俺に、サファイアペガサスがくれた言葉だった。家族がいない俺にとっては、とても嬉しくて、主よりもずっと居心地がいいものだった。けれど、アルビノは気に入らなかったらしい。 『最近は身をわきまえることを覚えたかと思っていたが、どうやら俺の思い違いだったようだ。こんな調子じゃ、今後のことが思いやられる』 呆れの中に拗ねるような表情を見せるアルビノが珍しくて、俺は思わず茶化してしまう。 「なんだよ、もしかして寂しい?」 『そんなわけあるかよ』 「ふうん。異議があるなら、みんなの前に姿を見せて言えばよかったのに」 これまでもアルビノは、出会った精霊に対して姿を見せようとはしなかった。今まではそのことを咎める気はなかったけれど、今回はそうはいかない。宝玉獣が俺の家族になるなら、アルビノも宝玉獣達の家族だ。 「俺にとっては、アルビノはたった一人の家族なんだ。ちゃんと宝玉獣に紹介したいし、これから一緒にやって行くなら必要なことだと思う」 最初は居心地がよくないかもしれないが、これまでも俺のことを守ってくれたアルビノのことだから必ず受け入れてくれる。 そう信じ込んでいた俺は、アルビノから返って来た言葉に息を飲んだ。 『・・・・・・もし、宝玉獣達が俺を拒否したら、お前はどうする?』 「え?」 『俺のことを知った宝玉獣達が、俺と共に在る限り、お前を家族として認めないとしたら、お前はどうする?』 「どういうことだよ?どうしてそんな、」 アルビノが宝玉獣達を認めないとしても、宝玉獣達がアルビノを受け入れないとはこれっぽっちも考えなかった。アルビノが訳有りだってことはわかっていたけど、宝玉獣達なら精霊同志、笑って受け入れてくれるんじゃないかと思っていた。しかし言われてみれば、そう簡単な話ではないことは推測できた。精霊の間にも相容れない存在ってヤツはあるだろうし、俺にさえ自分のことを話そうとしないアルビノを宝玉獣達はどう思うだろう? そこまで考えが至って、ようやくアルビノの言う事態を把握した俺は、舞い上がった気持ちから一転して、これまで感じたことがない恐怖にも似た感情を覚えた。 「もし、そんなことになったら、俺は・・・・・・!」 どちらかを選ぶなんて俺にはできない。アルビノが居なくなるなんて想像したこともなかったし、もしそれが推測ですまないとしたら、家族だと言ってくれた宝玉獣達や、世界でたった一つのデッキを贈ってくれたペガサス会長にどう説明すればいいのだろう。 アルビノを見やると、何もかも見通したような赤い瞳に途方にくれた自分の顔が映っていた。そんな俺に、アルビノは一度溜息を吐いてから言った。 『・・・・・・心配するな。俺は宝玉獣達の前に姿を現すつもりはない。お前の選択を邪魔するつもりもない』 「お前、まさか・・・・・・!?」 『心配するなと言った。俺はお前から離れたりしない。常に共にある』 「アルビノ・・・・・・」 俺から離れるつもりなんじゃないかと一瞬不安になったが、アルビノは今まで都合の悪いことに黙り込んでも、俺に嘘をついたことはなかったからひとまず安堵した。 アルビノはいつも俺のことを思ってくれている。俺もアルビノに何かしてやれることはないのだろうか? 「なぁ、アルビノ。もし、俺に力になれることがあるなら言えよ?まぁ、アルビノから見たら、俺なんて頼りない存在かもしれないけどさ。俺にとってアルビノは大切な、本当に大切な家族なんだ。まるで双子みたいにさ」 『そう思うなら、宝玉獣達に俺のことは話すな。宝玉獣達だけじゃない。他の誰にもだ』 「・・・・・・わかった。その代わり約束してくれ」 『約束?』 「アルビノのこと、何時か必ず俺にちゃんと話してくれ。何時かはアルビノが判断してくれたらいい」 本当は今話して欲しいところだけれど、出来るだけ早くその日が来るように。いつか、アルビノが助けて欲しいと思った時、それに答えることができる存在になれるように努力しよう。そう心に決めた俺にアルビノは『わかった』と言ってくれた。 人生には真逆さまに転げ落ちる時があるように、神様ってヤツから愛されていると勘違いしてしまいそうなくらい、すべてが良いほうに動いていく時があるらしい。 たぶん今がそうだ。 大会に参加したことで宝玉獣達と出会った俺は、アークティック校だけでなくKCの施設での俺に対する評価も上がった。伝え聞いた話では、海馬社長はとても満足気だったらしい。もちろん良いことばかりではない。注目されるってことはそれだけ責任が伴うもんだ。けれど、俺にとってはそんなことが苦にならないほどの充実した毎日だった。 何より、アルビノとのことで、自分の向上意識が高くなったことが一番の要因だったように思う。 結果として、それから一年後、アークティック校のトップをとり、思いもよらずDA本校に留学出来ることになった。それはあの公開デュエルで「遊城十代」に魅せられる前までは、想像することさえなかったことだった。 余りに順調過ぎて怖くなるくらいの、夢見るような日々に追われながらも、近づいてきた留学の為の準備に、寮の部屋で先に送るものを床に広げ整理していると、アルビノがいつも以上に不機嫌そうな顔で、正反対の表情をしているだろう俺を見下ろしていた。 「何だよ、俺が留学するのがそんなに不満なのかよ」 『ああ、不満だね。何もかもがお前の望む通りに進むなんて、この世界はどうかしてる』 「俺の選択の邪魔はしないんじゃなかったか?」 『邪魔はしてない。文句は言うけどな』 「天邪鬼」 その日、留学前のメンテナンスの為にペガサス会長に宝玉獣達を預けていて、部屋に居たのは俺とアルビノだけだった。最近は宝玉獣といつも一緒で、アルビノとゆっくり話すことも減っていたから、こうやって話せることはすげー嬉しいんだけど、不満を隠そうとしないその様子を見ているとだんだん不安になって来る。 「まさか、一緒に行かないとか言わないよな?」 『それもいいかもな。今のお前には俺以外にも家族がいるし』 「冗談でも、そういうこと言って欲しくないぜ」 『言われるとわかっていて、聞くお前が悪い』 そう言い捨ててそっぽを向くと、眉間に皺を寄せたまま、星空が広がる窓の外を眺めて黙り込んだ。どうやら本気で気に食わないらしい。 「アルビノが何でそこまで反対してるのかわかんなんけどさぁ、これは俺の夢を叶える為の一歩なんだ」 窓に映ったアルビノの赤い瞳が、まっずぐ見上げる俺の視線と合うと、ほんの少しの沈黙の後、諦めたような表情を浮かべて溜息を吐きながら頭を振った。 『・・・・あの、頭のメデタイ夢か』 「アルビノはそう言うけど、俺にとってはたったひとつの夢なんだぜ」 ≪精霊と人との架け橋になる。≫ それが俺の夢だった。 KCの施設に辿り着くまで俺は誰にも理解されなかった。居場所がなかった。精霊達やアルビノと過ごすことは楽しかったけれど、「何故俺だけが?」という思いがずっとあって、考えずにはいられなかった。その理由ってヤツを。 けれどいくら考えても答えなんて見つからなかった。もしかしたらはじめから理由なんてないのかもしれない。ただの偶然なのかもしれない。考えること自体意味がないのかもしれない。そう思いながらも、それでもやっぱり理由ってヤツが欲しくて、俺は自分でその理由を作ることにした。 それが≪精霊と人との架け橋になる≫ということだった。 俺は人に理解されない悲しみ、苦しみ、寂しさを知っている。同時に人を慕ってくれる精霊達が、理解されず傷ついていることも知ってる。その双方を知る俺だからこそできることがあるはずだ。 今はまだ一部の人にしか認識さえていない精霊達だけど、いつかその存在が当然のものとして受け入れられるように。互いの存在を認め合うことができるように。その方法を見つけること。それが、自ら導き出した存在理由であり、夢になった。 「もし大好きなデュエルを通して、それを叶えることができるとしたら・・・・・・」 俺のように居場所を求めて彷徨う人を、精霊を、少しでも減らすことができるだろう。 けれどアルビノはそれを誰にも理解されない夢で、叶うことのない夢だと言う。もちろん俺だってそれは簡単なことだとは思わない。一生をかけても叶えることのできない夢かもしれない。 それでも、そう考えるようになった一番の理由は他でもない、アルビノという存在がいたからだ。アルビノの力になりたくて、みんなにアルビノのことを理解してもらいたくて、そこに辿り着いた。だからこそ、こればっかりは譲れない。たとえアルビノに反対されたとしても。 心の中でそんな覚悟を反芻しながら、こちらを振り返ったアルビノに俺は目を見開いた。何が琴線に触れたのかわからなかったが、アルビノの赤い瞳に浮かんでいた呆れたニュアンスは消え去り、怒りが滲んでいることに気づいて背中に冷たい感覚が走る。 『それだけじゃないだろう?』 「どういうことだよ?」 『俺にはわかる。夢なんて後付だ』 「後付って、」 『遊城十代』 「・・・・・・っ!」 その名前を聞いて心臓が跳ね上がる。 『本当は、お前はあいつに会えるなら、他のことなんてどうでもいいと思ってる』 「そんなことない!いや、もちろん遊城十代に会えるのは楽しみだけどさ・・・・・・!それとこれとは話が別だ!」 『いいや。デュエルの大会に出ることを決めたのも、アカデミアでトップを獲るほど努力したのも、すべてあいつに会いたかったからだ』 アルビノはゆっくりと俺の周りを歩きながら、容赦ない冷たい視線を突きつけてくる。それは昔、アルビノが昏睡させた相手に向けたものと同じだ。 『精霊の為?俺の為?夢の為?笑わせるな。どれほど立派な目標を掲げたところで、所詮お前の行動原理はその程度だ』 そいつの纏う殺気にも似た相手を威圧する空気に、俺ははじめて本当にアルビノが怖いと感じた。それは遺伝子に組み込まれている、圧倒的な力を持つ存在に対する恐怖だ。きっと蛇を前にした蛙ってのはこんな気分に違いない。 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、アルビノは追及の手を弛めようとはしなかった。 『俺に隠しても無駄だってお前もよくわかってるくせに。素直に認めろよ。何もできないガキだってさ』 それが図星だったからだろうか。それとも自分を守ろうとする本能からだろうか。誰にも触れられなくない心の柔らかい部分を、いきなり鷲掴みにされたような気分になって、本気でアルビノに反発心を覚えた。いくらアルビノでも、そんな言い方して欲しくない。俺は湧き上がる感情の赴くままに言い返した。 「お前だって遊城十代に会いたいくせに!」 『はあ?』 「お前が俺のことわかるみたいに、俺だってお前のことならわかるんだぜ!?俺が遊城十代のこと調べてる時、いつも興味ない振りしてるけど、本当は気になって仕方ないんだ。俺なんかよりずっとさ!」 『何時、何処で、誰が気にしたよ?』 食いついてきたアルビノに、次々と噴出す言葉を止めることができなかった。 「してるさ!これまでずっと一緒にいたんだ。お前がいくら素っ気ない態度とったって、すぐにわかるっつーの!」 『ガキの癖に、何がわかるっていうんだ!?』 「アルビノこそ、俺の何がわかるっていうんだよ!」 『わかるさ!何も知らないくせに夢を語るばかりで、結局何もできないガキだってな!』 「アルビノだって口ばっかりで何もできないくせに!」 『・・・・・・・・・・・・っ!』 そう言った途端、アルビノの表情が凍りついた。そして、こちらが声をかける暇もなく姿を消してしまう。 アルビノは常に口が悪いから、これまでも何度かケンカしたことはあった。けれどここまで感情的に言い合ったのははじめてのことで、頭に血が登ったままの俺には、この事態の回収の方法を考えることさえ苦痛で、そのままベットに飛び込んで不貞寝することにした。 ケンカの後の興奮を抱えたままベットに入ってもよく眠れるはずもなく、朝の太陽の光に促されて無理やり身体を起こした俺は、床に荷物が広がったままの部屋を見渡して後悔した。 カッとしたとはいえ、アルビノに対して口にするべきでないことを言ってしまった。「口ばっかりで何もできないくせに!」なんて、よくあんな酷いことが言えたもんだ。これまでずっと、そのアルビノの言葉に守られてきたのに。しかも、いざとなれば俺なんて一睨みで殺せる。アルビノにはそれだけの力がある。 何よりアルビノの言うように俺は遊城十代に会いたかった。どれだけ崇高な目的を掲げようと、それを意識していなかったと言えば嘘になる。 どうしようもなく悲しくなって、再びベットに倒れこみ頭を埋めていると、ふと、慣れ親しんだ気配に頭を撫でられた気がした。ゆるゆると重い頭を持ち上げると、ベッドに腰を掛けていたアルビノがそっぽ向いたまま言った。 『・・・・・・本当にまだまだガキだな』 あいかわらず不機嫌そうな顔だったけど、昨日のすべてを拒絶するような威圧感は消えていた。いつものその姿に妙に安堵すると、思いもよらず込み上げて来るものがあって、アルビノの言う通り俺はまだまだガキだと思った。 |
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