光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜







「なんか不思議な気がする」
 DA本校の屋上ではじめて会った遊城十代はそう言った。握手を交わしたまま同じように感じていた俺も「俺もだ。はじめて会った気がしないぜ」と言うと、彼も「うん」と返してくれた。
 遊城十代の印象は公開デュエルの時とまったく変わりなかった。いや、それ以上の鮮烈さを持って俺の中に飛び込んで来た。その力強さに、はじめて施設で見た写真は別人だったのではないかと考えたくらいだ。
 何より、十代が俺と同じように感じてくれたことが、親友だと笑い合うことができることが嬉しくて仕方なかった。
 そんな彼に好意を持つのは必然だったんじゃないだろうか。




 turn.26 ヨハン・アンデルセン 中




 その日、教室に十代の姿はなかった。どうやら授業をサボる気らしい。いつものことだと十代の友人達は気にも掛けていない。ただ、その時の俺は何となく気になって十代を探しに出た。
 購買部、屋上、岸壁・・・・・・いつもいる場所にその姿を見つけることはできず、当て所なく彷徨っていると森で迷ってしまった。
「この先に十代がいるのか?」
『ルビルビ〜!』
 こうなったらルビーに任せた方が早い。すぐに自分の力で探すことを諦めた俺は、大人しくルビーの後を付いて行く。藪の中の獣道をしばらく進んで行くとやがて森がひらけて、青い海を見下ろすことの出来る崖っぷちに出た。
『ルビビ〜!』
 ルビーに促されて辺りを見渡すと、地べたに横になってる十代の姿を見つけた。覗き込むと十代は眠り込んでいる。
「こんなところにいた・・・・・・十代?」
「・・・・・・・・・・・・っ」
 授業をサボって昼寝とは良い身分だなと思ったら、悪い夢でも見ているのだろうか、十代は眉間に皺をよせてうなされていた。
「十代、十代!」
「・・・・・・っ!・・・あ、よはん・・・・・・」
 さすがに目の前で唸ってるヤツを放っては置けなくて、肩を揺すって声をかけると、十代はすぐに目を覚ました。
「大丈夫か?随分うなされてたぞ?」
「え、ああ〜・・・・・・なんか変な夢見てた。そんなことよりヨハンこそどうしたんだよ?」
「いや、何となく。理由なんてないぜ。けど、悪夢から十代の目を覚ませることがたんだ。来てよかっただろ?」
 何かおかしなこと言っただろうか?それを聞いた十代は、呆れたような少し恥ずかしそうな、微妙な顔をした。
「まぁ、俺はよかったけど。今、クロノス先生の授業だろ?サボってよかったのかよ留学生」
「大丈夫、叱られる時は一緒だ」
「それのどこが大丈夫なんだよ」
「十代の方こそ、授業サボって寝たりしてるから、クロノス教諭の生霊とか怨念とかの所為で悪夢を見てたんだな〜。きっと」
 暢気に寝てる十代の頭元で、半透明なクロノス教諭が歯軋りする姿を想像して笑ったけれど、いつもなら一緒に笑いそうな十代が浮かない顔でボソッと言った。
「・・・・・・それならいいんだけどな」
「?」
「なんでもねーよ」
 それはほんの一瞬で、俺がどうしたのかと訊ねる前に、十代はいつもと同じ人好きさせる笑顔を浮かべた。その時の影のある表情は、施設で見た写真の幼い頃の十代を思い起させた。
 出会ってまだ間もないけれど、俺と十代は自他ともに認める親友と呼べる仲だと思う。とはいえ、十代にも言えないことがあるんだろう。俺にもあるように。
 今すぐには無理でも、いつかそれを互いに理解し合えるようになりたい・・・・・・そう願うのは欲張りだろうか?



 そう願ってから数週間が過ぎたその日も、俺はレッド寮の十代の部屋に居た。十代と意気投合してから、用意されていたブルー寮ではなくレッド寮で寝起きすることが日に日に多くなっていて、夕食後の十代とのデュエルは日課になっていた。
 この日の勝率は俺の2勝。ここ数日、俺が連勝することが多かったから、十代は明日こそはと意気込んでデッキを調整していた。
 デェエルに対しては手を抜かない十代につられて、俺がカードに集中したのはほんの少しの間だったはずだ。気がつくと十代はうつ伏せの体勢で、カードを手にしたまま床で眠り込んでしまった。その隣で、ハネクリボーとルビーも同じように眠っている。
 規則正しい寝息を立て始めた十代を前に、またかよと溜息を吐きながらその肩を揺すってみる。
「十代、床で寝たら身体が痛くなるぞ」
「・・・・・・んん〜・・・・・・・・・・・・」
「十代〜」
 反応したのは最初だけで、その後はいくら呼んでも揺すっても寝息しか返って来ない。こうなったら簡単に起きないことはわかっている。
「しょうがないなぁ」
 その手からカードを引き抜き、広げていたデッキをまとめて机の上に置くと、十代をひっくり返して抱え上げて、彼が使っている一番下のベッドに運んだ。今日はすでにジャージに着替えていてくれて助かった。制服を脱がすとなると、さすがに簡単にはいかない。そんなことを考えながら布団をかけてやろうとしたその時、寝返りを打った十代の鎖骨から流れる首筋にドキリとする。その先にはいつもは隠れている耳が、無造作に散らばった髪の中から覗いていて、触れている手に伝わってくる体温は幼い子供みたいに温かい。
 十代に対して、親友とは別の感情を意識するようになったのは何時からだろう。いや。もしかしたら一目会った時からだったのかもしれない。もちろん十代は俺の気持ちにはこれっぽちも気づいていない。気づいていたら、さすがの十代も易々と隙をみせたりはしないはずだ。こうして何気なく側にいることができるのは、親友というポジションに居るからだ。
 そう考えながらもその姿から目を離すことができない。おそらく今、少し色づいた耳や、薄い瞼、柔らかそうな唇に触れても、十代は目を覚まさないだろう。こんなふうに無防備な様子を曝け出される度に、何度そう考えたかわからない。
 けれど、あくまで推測だが、そういったことに疎そうな十代に対して、一方的に得て満足するのは卑怯な気がするし、そういう行為はお互いが求めてするべきことだ。何より、十代から向けられている親友という信頼を裏切りたくない。
「ちょっと頭冷やして来よう・・・・・・」



 そのまま側にいたら、いつか自分を抑えられなくなりそうで、気分を変えようと部屋を出て俺は、レッド寮の階段に座り込んで星空を眺めた。しばらくして眠気を感じて、あくびをしながら部屋の扉を開こうとしたその時、中から聞こえた声でドアノブに伸ばした手が止まった。
『・・・・・・今回は、俺が先に見つけたぜ』
 聞き間違うはずがない。それは自分と同じ声だった。すぐにそれが誰か目星はついたが、声色に含まれた複雑なニュアンスと言葉の意味に眠気が吹っ飛んだ。
 部屋の中から発せられる独特の空気に腰が引けて、扉と睨めっこしていたが、知らん振りもできず、結局好奇心が上まわった俺は、ゆっくりドアノブをまわし僅かに開いた扉の隙間から中を覗いて息を飲んだ。
 声の主は思った通り、DA本校に留学して来てから一度も姿を現さなかったアルビノだ。アルビノはベッドに腰を掛け、いつか俺にしていたように、触れることのできない手で栗色の髪を撫でていた。
 眠る十代を愛しそうに、それでいて、辛そうに覗き込みながら。
 アルビノにもあんな表情ができるのかと驚くのと同時に、心の中にもやっとしたものが産まれるのを感じた。それは子供の頃、親に買ってもらったカードを見せびらかすヤツ等に感じた、羨望や嫉妬が入り混じったものに似ていて、そんな自分に愕然とする。
 もし、それがアルビノでなかったらまた違ったのだろうけれど、突き付けられている現在進行形の光景に、見なかったこととして済ませてしまいたい消極的な自分と、今すぐにでも飛び込んで、めちゃくちゃにしてやりたい衝動で狂いそうな自分が全力でせめぎ合っていて、身動きどころか目を背けることさえもできない。
 どうしようもなくなって扉の前で立ち竦んでいると、アルビノは視線を十代に向けたまま言った。
『・・・・・・いつまでそこに突っ立てるつもりだ?』
「!・・・・・・ああ〜、いやあ・・・そう、だな・・・・・・」
 どうやらとっくに俺のことに気づいていたらしい。かなり気まずいものの今更逃げ出すこともできず、俺はおずおずと部屋に入りアルビノの前に座る。その間もアルビノが十代の髪を梳く手を止めることはなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・』
 沈黙が息苦しい。留学前にしたケンカの時とは別の圧迫感だ。目の前にいるアルビノはいつもの無表情だったけれど、ついさっき見た、十代に向ける眼差しがちらついて仕方がない。黙っていると余計にそれを意識してしまう。それを振り払いたくて、とりあえず口を開いた俺の言葉に被せるようにアルビノが言った。
「アルビノ・・・・・・お前さあ、」
『お前はこいつが欲しくないのか?』
 「欲しい」という言葉に俺はドキッとする。あいかわらず視線は十代に向けられていたが、アルビノの眼差しは真剣で、それが冗談ではないとわかった。
「・・・・・・急に何なんだよ?それに、欲しいとか・・・・・・そういう問題じゃないだろう?十代は物じゃないんだ」
『そんなことを言ってたら、こいつはすぐ姿をくらますぞ』
「くらますって、アルビノじゃあるまいし」
 その話を切り上げたくて、『くらます』という言葉の意味もわからないまま俺は適当にあしらったが、それくらいでアルビノが怯むはずもなく、逃げることは許さないとその赤い瞳を俺に向けた。
『こいつがいつまでもお前の側にいると思ったら大間違いだ。いざとなれば容赦はしない。こちらのことなど御構い無しに離れてく。たとえお前の気持ちを知ったとしても』
「いったい何の話してんだよ?」
 子供の頃から難解な比喩を使うことはあったが、さすがに何が言いたいのかわからないし、噛み合わない会話にイライラしてくる。
『もし、お前が本気なら、力尽くででも手に入れるべきだ』
「そんなのおかしい!十代の気持ちを無視してなんて間違ってるし、力尽くで手に入れるようなもんじゃないだろう!?」
『こいつはお前の気持ちなんて気にもしないのに?』
「ただ気づいてないだけさ!言ってみないとわからないだろう!?」
『言う覚悟なんてないくせに』
「それはっ・・・・・・だいたいさ、」

 施設で俺が知る前から、アルビノは十代のこと知ってたんだろう?
 何で俺に話してくれないんだ?
 アルビノ自身にもかかわることだから?
 まだ俺は話すに値しないってことなのか?
 いざ俺が理由を訊ねても答える気なんてないくせに、こんなふうに匂わすようなこと言って、いったいどういうつもりなんだよ!?

 挑発としか思えないアルビノの言い草に腹が立って、思わず出そうになった言葉を俺は必死で飲み込んだ。
『何だ?』
「・・・・・・いや、なんでもない」
 アルビノが話したくなった時でいいと言った手前、黙り込むしかない。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、言いたいことは言ったとばかりに立ち上がり、再びその視線を十代に向けながら言った。
『お前にその気があるなら覚悟をしろ。もし、その気がないなら俺が・・・・・・』
「俺が・・・・・・なんだよ?」
『・・・・・・なんでもない』
 最後の最後に言葉を濁して、アルビノは姿を消した。
 『俺が・・・・・・』どうするつもりなんだ?
 聞き捨てならない言葉に、今まで感じたことのない不安を覚えながらアルビノの意図を探る。
 茶化しに来ただけだろうか?それとも煽りに来たんだろうか?いや。アルビノにそんな気配はなかった。むしろ切羽詰ったものを含んでいたように思う。それにアルビノの指摘は的確だった。俺の中に閉じ込めてしまおうと思っていた十代への想いを、無理やり引きずり出して目の前に突きつけて行った。
 そう考えれば、後押ししてくれたと解釈していい気もするけれど、最後の『俺が・・・・・・』の続きを想像すると素直に喜べない。そして『いつまでもお前の側にいると思ったら大間違いだ』という言葉が耳について離れず、根拠のない不安が膨らんでいく。
 悔しいことに、そんなアルビノの言葉の意味を知るのに時間はかからなかった。






 これまで想像したことはあった。きっと精霊達の住む世界があるんだろうと。それが今、俺達の目の前に広がっている。

 最初、何が起こったのかわからなかった。いや。その原因と思われることはわかっていた。死んでしまった息子を取り戻したいというコブラの願いを利用した精霊によって、俺達はDAごと異世界に飛ばされてしまったのだ。
 そして、この事態を引き起こした精霊を前にして悟った。そいつの狙いが十代であったと。そこで俺は推測することができた。施設で聞いた十代に憑いていた精霊とは、こいつのことなんじゃないかって。
 どんな経緯があってこんな事態になっているのか、さすがにそこまではわからない。ただひとつはっきりとしていたのは、このままそいつに十代を渡すことはできないってことだ。俺の直感が、この精霊に十代を連れて行かれたらすべて終わりだと告げている。
「十代、後は頼むぜ。このデュエル、俺が預かる!」
「・・・・・・え?ヨハン!?」
 何故こんなことになっているのか彼自身理解できずにいるのだろう。戸惑いの浮かぶ表情に影のある子供の頃の写真が重なる。そして異世界に飛ばされる前、アルビノに言われたことを思い出した。
『いつまでもお前の側にいると思ったら大間違いだ』
 今の十代からは、伸ばされた精霊の手を取ってしまいそうな危うさを感じる。これがアルビノの示唆したことかどうかはわからないが、自分の直感を正当化するには十分だった。
「ヨハン!」
「十代。俺は自分のデュエルを通してみんなを救うのが夢だった。今、それを叶える時が来たんだ。後は頼んだぜ!」
 アーミタイルと虹龍、二体の強大な力がぶつかり合うことで、ビリビリと空気が震え、まるでガラスのように空間にヒビが入ると砕け散り、足元の砂城が崩れていく。そんな中で俺は十代に向ってガッチャした。
「ヨハン!」
 虹龍が放った光が広がって、すべてを飲み込んでいく。
「ヨハ――――――ンッ!!!」
 七色の光の嵐の中で、遠くに十代の呼ぶ声を聞いた。
 せっかく想いを伝えることが、交わすことができたのに。ここで別れることになるのは悔しいけど、きっと必ずまた逢えると、その時の俺は根拠もなく信じていた。



「・・・・・・ここ、どこだ?」
 光の洪水から解放されて目を覚ましたその場所は、暗闇の中にクリスタルの柱があちらこちらに立ち並ぶ空間だった。
「まいったなぁ〜。もしかして俺、死んだのか?」
 わざとおどけた言葉に返事があるはずもなく、誰もいない空間に溶けた。異世界に取り残されることは覚悟していたが、もし、あれで死んでしまったのだとしたらさすがに悔いが残る。
「さて、どうしたもんかな〜・・・・・・」
 辺りを見渡しながら途方に暮れていた俺の耳に、纏わり着くような声が忍び込んで来た。
「・・・・・・どうして欲しい?」
「!」
 いつの間に現れたのだろう。振り返えるとそこに十代を狙っていた精霊・・・・・・確か十代が「ユベル」と呼んだ、そいつがいた。自分の置かれている状況が把握できない上に、明らかに俺を敵視しているユベルが現れたことで、暢気に構えていた俺にもさすがに緊張が走る。
「もう少しで十代を僕だけの物にできたのに・・・!お前だけは絶対許さない!!」
 憎しみを隠そうとしない、ギラギラと光った左右で互い違いの色をした瞳で俺を睨みつけると、ユベルは音もなく足を踏み出し近づいて来る。
「十代が愛しているのは僕だけなんだ!側にいることを許されているのも、僕だけなんだ!それなのに・・・それなのに・・・・・・!」
 ユベルから発せられる殺気は生々しく夢だとは思えなし、いつも一緒にいてくれた宝玉獣達の姿はここにはない。身の危険を感じて後退りながら、どうやってこの場を乗り越えるか必死で考えた。
「お前・・・・・・十代が子供の頃、側に居た精霊なんだろう?」
「!・・・・・・どうしてお前がそれを!?」
「こっちにも色々事情ってのがあってね。確か、KCが募集したカードデザインに十代が選ばれた後、デザインしたカードと共に、お前もロケットに乗せられて宇宙に飛ばされたんだよな。KCの施設に記録が残ってたよ。それがどうして今頃になって十代の前に現れたのか知らないが、カードを大切にする十代がお前を手放した理由はよくわかった」
「うるさい!うるさい!うるさい!!!」
 その事実がユベルを苦しめているのだろう。それ以上聞きたくないと、両手で耳を塞ぐように抱え込みながら頭を振った。
「・・・・・・じゅうだい、じゅうだい・・・・・・じゅうだいいいい・・・っ」
 搾り出すように十代を呼ぶ声の中に、届かなかった想いにもがき苦しむ心を感じて胸が痛くなった。こいつのやり方は間違ってるし仕出かしたことは許されないが、少しばかり同情ってヤツを覚えざるおえない。
 精霊はいつでも純粋で真っ直ぐだ。本来とは異なる世界で、己を存在させる力とはその「思い」なのだと思う。たとえその思いがどれほど歪んでしまっても、その部分は変わらないんじゃないだろうか。
「ユベル。お前は間違えたんだよ、想いの伝え方を」
 俺がそう言うと、その場に跪いて身体を抱え震えていたユベルが突然急変して「あははははっ!」と笑い出した。
「お前の方こそ間違えてるよ!十代が、僕に、教えてくれたんだ・・・・・・痛み、苦しみ、悲しみ・・・・・・それこそが十代の愛の形なんだってねぇ!」
「ユベル・・・・・・!」
「いいことを思いついたよ・・・・・・!」
 オッドアイの瞳で俺の身体を舐めるように視線を這わせ、青い唇を歪ませながらユベルは言った。
「お前の身体、僕が使ってあげる」
「なっ・・・・・・!?」
「十代と親友だと言ったよね?それが本当なら、きっと十代は君を探しに来るだろう。十代は誰よりも優しい子だからねぇ。そこで、僕が君の身体で迎えに行ってあげたら・・・・・・十代はどう思うだろう?」
「お前・・・・・・っ!」
「親友と呼んだ人と傷つけ合うんだ・・・・・・痛くて、苦しくて、僕のことが憎くて仕方ないだろうねぇ・・・・・・!それこそが、十代が僕に教えてくれた愛そのものだ!!!」
 狂ってる。
 これまでどちらかといえば自分に向けられることの方が多い言葉だったけれど、あの施設に居た世間からのはみ出し者や、その子供達を利用しようとする大人なんて、こいつから比べるとたいしたことなかった。こういうのを本当に狂ってるというんだ。
「十代がそんなこと望んでいると本気で思ってるのか?違うだろう!?お前は十代に愛されたかった、必要とされたかった。それだけなんじゃないのか!?」
 こいつにはもう言葉は通用しない。そうわかっていても叫ばずにはいられなかった。どんなに狂っていも、歪んでいても、理解されたい。愛されたい。身の危険を感じながらも、ユベルのそんな気持ちに共感してしまったのかもしれない。
「どれだけ奇麗ごとを並べたところで僕にはわかるよ!お前の心の闇が・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・くっ・・・!」
 一歩、また一歩、ゆっくりとこちらに向って来るユベルの怪しい光を宿した瞳に囚われ、気がついた時には、視線を外すことも身体を動かすこともできなくなっていた。
「・・・・・・・・・・・・ハッ!十代のことが好き?十代は気持ちを受け入れてくれた?笑わせるね!」
「・・・・・・・・・・・・っ!」
 俺の心の中を覗いているのだろうか?吐き捨てるように嘲りながら、心の中を無雑作に掻き混ざられるような感覚に怒りを覚える。
「似た者同志だと思った十代なら、理解して受け入れてくれると思った?お前はただ、自分が一人ぼっちだってことを思い知るのが怖い子供だ。それは恋なんかじゃない。愛なんかじゃない。残念だったねぇ、十代に必要なのは僕だけなんだ!僕だけが!十代に本当の愛を与えることができるんだ!」
 それは心の浅い部分をなぞっただけのものだった。それでも十分痛い。悔しい。涙が出てくる。なのにその瞳から目を離すことができず、俺を飲み込むように迫って来るユベルを見つめることしかできなかった。
「さあ、僕に心の闇を、身体を曝け出して・・・・・・!!!」
 何でも引き裂くことができるだろう爪が並ぶごつごつとした手が、俺の頬に触れる。
 ああ、もうダメだ。
 そう思った時だった。
『それはどうかな』
 聞き馴染んだ自分と同じ声と共に、俺とユベルの間に強烈な光が生じて、一気にその空間を真っ白な光で塗りつぶしていく。その勢いに飲まれ、俺の意識もそのまま光の中で途切れてしまった。



 意識を失って倒れこんでいるヨハンを見下ろしながら、アルビノは頭を捻った。
「さて、どうしたもんかな」
 ヨハンが本当の意味で俺を求めるまで手出しをするつもりはなかったのに、結局こうなってしまった。それもこれも、見境がなくなった精霊がヨハンに手を出そうとしたからだ。
「・・・・・・・・・・・・お前は、いったい・・・・・・!?」
 一瞬光に眩んだものの、ヨハンのように意識を失うことはなかったらしいユベルも、突然現れたアルビノに驚いて困惑の表情を隠せずに、互い違いの色をした瞳を見開いてこちらを窺っている。
「ああ、そうか。今のお前にはわからないかもな。そうだな、大人しく俺に従うと言うなら、生命だけは助けてやってもいい」
「・・・・・・はぁ?・・・冗談じゃないよ・・・・・・どうして、僕が・・・・・・っ!」
 圧倒的な力の差を本能で感じているのだろう。口ぶりは変わらないが、明らかに先ほどまでの勢いはない。その証拠にアルビノが一歩踏み出すと、ユベルはその分だけ後ず去る。
「まぁ、当然そう言うだろうな。けど、お前に拒否する権利はない」
「何を言って・・・・・・!?」
 次の瞬間、睨み合っていたユベルの瞳から意思が消え、虚ろな表情でその場に崩れるように跪いた。本来のユベルであったなら、ここまで簡単に俺の手に落ちることはなかっただろう。
「安心しろ。お前の計画を邪魔するつもりはないんだ。むしろ、これからあいつがどうするのか興味がある。ただし、今のままじゃダメだ。高位モンスターとはいえ、お前のような人工的に作られた竜に俺を操ることはできない」
 そうでなくとも、すでに<光の波動>を受け魂を削られ歪んでしまったユベルでは無理な話だ。下手をすれば触れた途端、消え去ってしまってもおかしくなかった。あのまま放っておいてもこちらに実害はなかったが、割って入ったのはそれを避ける為だ。
「憐れなもんだな。こんなになっても、あいつを求めることを止められないなんて・・・・・・いや、逆だな。あいつを求めなければ、こうはならなかった」
 ユベルはあいつを優しいと言ったが、アルビノの知っているあいつはそんな甘ったるいだけのヤツじゃなかった。まるで麻薬のように、一度知ってしまったら手放せなくなって、やがてそれによって壊されてしまう。ユベルもその被害者だ。
「・・・・・・ま、人のことは言えないか」
 アルビノはそう言ってクスクスと笑い、ユベルの顎に手を当ててこちらを向かせると、空に彷徨わせたままの瞳に視線を合わせる。
「ヨハンの身体、お前に貸してやるよ。好きに使うといい。ついでに少しばかりだが俺の力も貸してやろう。このままじゃオチが見えてるからな」
「・・・・・・あああああああああっ!!!!」
 完全に壊してしまわないように。魂を蝕んでいる光に、加減しながら新たな力を注いでやると、ユベルは悲鳴を上げて仰向けに倒れこんだ。
「十代を手に入れることができないなら、世界ごと消してしまうぐらいの意気込みを見せてくれ」
 少しの間、荒い息を吐いて震えていたが、その後起き上がったユベルの瞳からは、アルビノに対する敵対心は消えていた。
「ただし、俺もヨハンにはまだ用があるんだ。ちゃんと返せよな。」
 ありえないことだが、もし今回の痴話喧嘩如きであいつが終るというなら、俺が相手をするまでもないってことだろう。その時は、何の苦労もなくあいつを手にすることができるし、その後ヨハンとの決着をつければいい。
 これまでずっと考えていたことを再び反芻していたアルビノは、横をすれ違い倒れたヨハンの元に向うユベルを目で追うこともしなかった。






 留学期間を予定通り終了して、その日、DAを発つことになっていた俺は、自室の整理を終えて、一人校舎の屋上で降り注ぐ太陽の日を浴びながら、ぼおっと空を眺めていた。
 異世界から無事戻って来て、あっと言う間に一週間が過ぎようとしていた。時の流れってヤツは容赦なくて、何もできない無力な自分に追い討ちをかけるようだった。
 そこへ宝玉獣達が側にいないこともあって、再びよく姿を現すようになったアルビノが声を掛けてきた。
『不満そうだな。まだ納得いかないのか?』
「当然だろう。俺は十代が戻って来るまで、ここで待ちたかったのに」
『“旅に出る”だったか・・・戻ることのできる旅ならいいけど』
「何でそんな言い方しかできないんだよ、この捻くれ者」
 鮫島校長とアークティック校の校長に頼んだが、DAに残ることを認めて貰えず、その理由も腹立たしさに拍車を掛けていた。
「十代が何時戻って来るかわからない今、DAに留まることが俺の学生生活にとって有益ではない」
 それが学校側の判断だった。気に入らない。口にはしなかったが、校長も含め、教師達は十代は戻って来ないと考えているのだ。まったくもって気に入らない。
 恐らく大方の人間がそう考えているのだろう。いくら彼は必ず帰って来ると訴えても、俺のことを憐れなヤツだと見る目ばかりで、それは幼い頃、精霊の話を聞いた大人達を思い出させて益々気分が悪くなった。
 もちろん、俺と同じ気持ちのヤツ等もいた。十代と親しかった友人や留学生達だ。虹龍とユベルと共に、異世界に取り残されたところまでしか記憶のない俺に、その後のことを話してくれた翔なんかは、珍しく俺と意見が合って「アニキは必ず帰って来るけど、ヨハン君は帰っていいよ!むしろとっとと帰れ!」と言ってケンカしたぐらだ。
 腹が立つといえば、もうひとつあった。異世界に残された後のことをアルビノは話してくれなかったのだ。
「納得いかないといえば、お前にもだぜ。何で嘘つくんだよ」
『お前も大概しつこいな。俺はお前と同じように何も覚えていない。何度言わせれば気が済むんだ』
「本当のこと話してくれるまで、気が済むつもりなんてないぜ」
 翔の話が本当なら、あの直後、恐らく俺はマルタンと同じようにユベルに操られることになったのだろう。しかしその間、たとえユベルに逆らうことはできなくとも、アルビノは何があったのかを見ていたはずだ。なのに、何度聞いても「俺も覚えていない」とはぐらかした。本当に気に入らないことばかりだ。
「アルビノがちゃんと話してくれるまで俺は諦めない。十代のことも諦めない。十代は必ず戻って来る。宝玉獣達と一緒に・・・・・・!」
 ヒーロー達だけじゃなく、宝玉獣達も側にいる。十代は絶対俺達のところに帰って来る。それは疑う余地のないものだった。
「今は帰らなきゃいけないけど・・・十代が戻ったら俺は必ず会いに来る。そして、もう一度この気持ちを伝えるんだ・・・・・・!」
 俺が何より確かめたかったのは他でもない、異世界で交わした十代への想いだ。あの状況が想いを伝える後押しをしてくれたことに違いはなかったけど、このままじゃ、十代への想いも中途半端になってしまいそうで、それが一番怖かった。
 十代と再会できれば、そんな不安を一掃することができる筈だと自らに言い聞かせていると、俺の隣に並んで海を見下ろしていたアルビノが言った。
『確かに十代は戻っては来るかもしれない』
「当然だ」
『けど、以前と同じように側にいることを許して貰えるかどうか・・・・・・』
 アルビノは異世界に飛ばされる前にも同じことを言っていた。今回の一件で終ったと思っていたのに、その言葉に触発されて押さえ込んでいた不安が一気に膨らんでいく。
「・・・・・・それ、どういうことだよ?」
『あいつが戻って来れば、わかることさ』
 アルビノは俺と視線を合わせることなく、そのまま姿を消した。
 子供の頃からアルビノの俺に対する態度は、単純に優しいものではなくて、随分捻くれたヤツだとは思っていたけれど、異世界から戻ってからのアルビノの纏う空気は、以前とはまた別の冷たさを含んでいる気がする。
 何より、一度はアルビノも十代のことが好きなんじゃないかと疑ったのに、今の彼の十代に対する態度は冷淡なものだった。俺の疑いは的外れなものだったのだろうか。
 そんなことを考えているからか、俺の眼下に広がる海が、今日はとても無常なものに感じた。



 十代が戻って来たのは、俺がDAから離れたその日の晩だった。それを知ったのはアークティック校に戻ってからで、俺はすぐに本校に取って返そうとした。宝玉獣のデッキを十代に預けたままだって言えば認めて貰えるだろう。そう考えていたが、目論見は外れた。その時既に十代が鮫島校長に頼み、宝玉獣達は俺の後を追ってこちらに向っているらしい。本校に戻る為に誰にでも納得してもらえるだろう理由に、それ以上のものを見つけることができなかった俺は、アークティック校で大人しく宝玉獣デッキを待つことしかなかった。
 結局、後日デッキを受け取り宝玉獣達と再会した俺にできたのは、直接礼を言いたいと頼むことぐらいで、レッド寮にはテレビ電話もなかったから、校長室で鮫島校長立会いの下、再会を喜び、当たり障りのない会話を交わすことが精一杯だった。
 しかも今回の本校での出来事はアークティック校でも知れ渡っていた。その所為で、帰ってからしばらくはみんなに追い回され、根掘り葉掘り聞かれることになった。とはいえ、異世界でのことを誰彼構わず話せる訳もなく、その時のことをあまり覚えていないという、あながち嘘ではない嘘を吐きはぐらかして過ごした。そんな煩わしい日々は、十代と過ごした時間を恋しく思わせるには十分だった。
 それから俺は適当に理由を作り上げて十代に直接連絡を取ろうとしたが、それがなかなか上手くいかない。現代科学の力はスゴイと思う。あっと言う間に、地球の裏側に声や映像を届けることはできるのだ。しかし、どれほど優れた技術があっても、受け取る側にその気がなけりゃその力も空回るばかりだ。時差を考えて十代が起きていそうな時間を狙ってみるが、どうやっても繋がらない。返事といえば、しばらくしてメールで一言「何か用か?」
 そのメールと睨めっこしてると、宝玉獣達が側にいないことを確認して、アルビノが声をかけて来た。
『だから言っただろう?以前と同じようにはいられないって』
「うるさいな!ちょっとタイミングが合わなかっただけさ!」
『ふうん』
 俺の反論にアルビノには鼻で笑った。最近アルビノの嫌がらせに拍車がかかってる気がする。俺の不安に合わせて現れてそれを好きなだけ刺激して、何もなかったように姿をくらます。そんなアルビノに対して、その頃にはさすがに俺も反感を覚えはじめていた。DAに留学する前は、自分でも依存や甘えかもしれないと感じるほどだったのに。もしかしてこれが反抗期ってヤツだろうか。
『あっそ。ま、俺には関係ないけどさ』
 そう言い残して、アルビノはいつものように姿を消した。ぶつける当てのない不満を持て余しつつ、再び携帯のメールに目をやって俺は再び溜息を吐いた。
 避けられているのかもしれない。そんな不安に囚われそうになっていた時、珍しくオブライエンから連絡があった。どうやらまたDAできな臭いことが起きていて、十代がそれを解決する為に動いているらしい。オブライエンに言われるまでもなく、十代の力に成る為に俺はアークティック校を飛び出した。



 童実野町での十代との再会。DA本校でのダークネスとの戦い。数ヶ月振りに戻ったその場所で次々と起こる出来事は、留学中と同じく常識を超えたものだった。けれど俺にとっては、十代の側にいてその力になることができるという充実感で、それまでの鬱積した時間は何処かに飛んで行ってしまった。
 そして自分の気持ちを再確認する。俺はやっぱり十代が好きだ。






 ダークネスとの戦いの後、俺とオブライエンは本校に残っていた。十代達の卒業が間近だったから、ついでに見送ってやろうということになったのだ。詳しく説明しないままアークティック校を飛び出していた俺は、停学処分も覚悟していたが、ダークネスの件に関わっていたこともあって、鮫島校長にもアークティック校の校長にも許してもらえた。おかげで大手を振って本校に残ることができた。卒業デュエル中だった十代達も、その資格を満たし無事卒業できることになった。十代はそれとは別に、補習を受けさせられてたけど。
 そんな十代がレッド寮に戻って来るのを、俺は階段に腰をかけて待っていた。話には聞いていたが、今ここを本当に十代一人だけで使っているらしい。取り巻きの姿もないレッド寮はとても静かで、俺の知ってるレッド寮とは別の場所みたいだ。あれから半年も経ってないはずなのに、まるで幾年もの年月を重ねたような感覚と現実の乖離感を覚えた。
 日は傾き太陽が海に沈み、辺りを黄金色に染める中、十代は戻って来た。俺に気づいて十代は少し困ったような表情を浮かべた。最近よく俺に見せる顔だ。
「こんなところで、どうしたよ?」
「俺が待ってたらおかしいか?」
「別におかしかないけど。ヨハンだって卒業前で忙しいだろうに、ここで時間潰していいのかよ」
 俺の横を通り過ぎて階段を登り、廊下を進む十代の後ろを付いて行く。
「俺を誰だと思ってるんだ?アークティック校でトップを獲って、ここに留学して来たんだぜ?これくらいで卒業できなくなるほど、切羽詰った学生生活してないさ」
「どうせ俺は落ちこぼれのドロップアウトボーイで、卒業ギリギリまで補習を受けさせられるどうしようもないヤツだよ」
「拗ねるなよ〜」
「優秀なヤツにはわかんないだろうさ」
「お前のは自業自得ってヤツだろ?やればできるのにやらない十代が悪い」
「そりゃ買い被りだぜ」
「そっか?俺の知ってる十代はやればできるヤツだぜ?」
「ヨハンが知ってる俺、ね・・・・・・」
 相変わらず鍵をかけていないドアを、軋ませながら開き中に入る。夕刻の闇を滲ませたその部屋は馴染んだ空気で満ちていた。
「やっぱここが一番落ち着くぜ」
 自分の家に帰って来たように、何気なく部屋に上がり込み床に座り込んで一息吐くと、そんな俺に呆れたのか、十代が迷惑そうな顔を隠そうとはせずに言った。
「ここは俺の部屋だっての。ヨハンには、ブルー寮に隙間風も入ってこない立派な部屋が用意されてるだろうが」
「何だよ、つれないな〜。十代は俺の親友だろ?てことは、十代の物は俺の物だ」
「はいはい。好きにすればいいさ」
 これ以上は何を言っても拉致が明かないと諦めたのか、子供の戯言を聞き流す大人のように軽くそう言った。以前の十代ならこんなふうに返したりはしなかったと思う。いや。同じ言葉を使っても、ニュアンスが違うと言った方が正しいだろうか。少なくとも、今みたいに捌けた言い方はしなかった。
 異世界から戻って来た十代は、みんなの言うように確かに俺の目にも変わったように見えた。異世界でユベルから解放されたあの時から数ヶ月しか経ってないはずなのに、外見も出会った頃の子供臭さは抜けて随分大人びたと思う。
 それ以上に十代の纏った空気が、異世界で別れた時とは明らかに異なっていた。目の前にいる十代からは、それまでのまわりにいる者に等しくその光と暖かさを与える、太陽のようなオーラは消え去り、正反対の冷やりとした夜の空気を思い起させた。
 そのことに俺は少しのばかり焦りを感じていた。今の十代には、俺とのことを済んだこととして流されてしまいそうだったから。それは俺の独り善がりじゃないはずだ。こちらに戻って来てからのずっと噛み合わなかった日々が、そんな思いを強くさせた。
「わかった。好きにするぜ」
「!」
 十代の言葉を口実に、少し離れた場所へ腰を下ろそうとしていた彼にタックルするように抱きついた。それまで余裕綽々だった十代も焦ったらしい。慌てて俺を振りほどこうとした。
「何すんだよ!」
「お前が好きにしろって言ったじゃないか」
「それとこれとは話が別だろうか!」
 じたばたと暴れる十代を俺は力尽くで横から抱え込む。
「放せ!このバカ!」
「俺のこと嫌いになったってなら放すぜ」
「!・・・・・・嫌いだぜ。だから放せよ・・・・・・!」
「嘘吐き。お前が本気でそう思ってるなら、すでに俺を殴り飛ばしてるだろうが」
「わかってんなら、本当に殴り飛ばされる前に放せ!」
「嫌だ!」
 体格の差ってのはこういう時正直に出る。俺を引き離そうとしばらく足掻いていたが、十代は途中で無理だと悟ったのか、力を抜いてぐったりとその身体を床に横たえた。散々暴れた所為で息も上がっている。
「・・・・・・お前はガキかよ」
「これで十代が俺から逃げられないなら、ガキでも何でも構わない」
 抱える腕に力を込めと、その身体は思うよりずっと細かった。
「俺は逃げてなんか、」
「嘘吐き。ずっと避けてたくせに」
「別に、避けてなんか・・・・・・」
「あんなふうにあやふやにすんのも、されんのも俺は嫌だ」
「ヨハン・・・・・・」
 抵抗する気配はなかったから腕の拘束から解放してやる。十代はもう暴れることも逃げ出すこともしなかった。その顔をよく見たくて、俺は乗りかかる体勢で上から覗き込んだ。
「俺の気持ちは今も変わってない。例え、お前の気持ちが変わって俺から離れたとしても、この気持ちだけは変わらないんだ」
「・・・・・・・・・・・・!」
 俺の言葉に十代はまた少し困ったように顔を顰めた。俺はその頬に手を伸ばし輪郭を確かめるように指を滑らせる。十代の表情は変わらなかったが、視線をそらすようなことはなく俺のことをじっと見据えていた。こういうところは変わってなくて俺は少し安心する。
 このまま唇を奪ってやろう。硬く閉ざしている心も引っ張り出してやろう。
 そう考えてゆっくりと十代との距離を縮めながら、瞼を閉じようとしたその時、俺の唇に、というか顔全体を覆うように何かの毛玉が覆った。
「!・・・・・・なんだぁ!?」
「クリクリ〜・・・・・・」
 それは実体化したハネクリボーだった。結果として俺にキスされることになって、どこかうんざりした表情を浮かべるハネクリボーを、身体を起こした十代がその腕の中に収めて慰めるように撫でた。今し方、自分の顔で実感したばかりだったが、もう一度確かめたくてハネクリボーに手を伸ばしてみた。掌に伝わってくるのは空を撫でる感覚ではなく柔らかい毛並みだ。やっぱり実体化している。
「これ、どうやったんだ?」
 まさかこのタイミングで偶然実体化したとは思えない。トリックまではわからないが、十代がハネクリボーを実体化させたと考えるのが妥当だろう。ハネクリボーをわしわしと撫でながら訊ねると、十代は少し考え込んだ後、ハネクリボーの背中?に顔を埋めた。二つ並んだ茶色い毛玉が揺れる。
「・・・・・・俺さ、あの時わかってなかったんだ」
「うん?」
 訊ねたこととは別の答えが返って来て一瞬ポカンとしてしまったけれど、その声色が真剣だったから、俺は急かさぬように十代の言葉の先を待った。
「いや、あの時だけじゃなくて・・・・・・いつも自分の目の前に起こることだけしか視界に入ってなかった。先のこととか、まわりのこととか、深く考えてなかった」
「うん」
「ヨハンには感謝してる。けど、それとこれとは別っつうか・・・・・・」
「うん」
 そこで十代は少しだけ顔を上げた。顔の下半分ハネクリボーの毛に埋めたままで、迷いに濡れた瞳で俺を見上げる。
「あの時だって、ヨハンのこと、いい加減な気持ちだった訳じゃないんだぜ?けど・・・・・・」
「うん」
 心の迷いを表すように、その視線は落ち着きなくあちらこちらに揺れる。
「あれから、そういうこと考える余裕もなかったっていうか・・・・・・違うな、俺にもよくわかんねぇんだ。自分がどうしたいのか・・・・・・」
「うん」
「ただ、今までみたいに俺にはわかんねぇとか、どうにかなるさって、無責任に判断しちゃいけないってことはわかってるから」
「うん」
「だからさ、ヨハンには悪いと思うけど・・・・・・少し時間が欲しい」
 十代が話を切り出した時点で、俺の期待した答えが得られないことは予想がついた。とはいえ「時間が欲しい」なんて、ちょっと十代らしくないなとも思う。だが、俺にはそれを拒否することができなかった。惚れた弱みってヤツだ。
「・・・・・・わかった。けど、ひとつだけいいか?」
「?」
「この先、十代がどんな答えを出すのかわかんねぇけど・・・・・・それまではお前のこと好きでいていいか?」
 これが俺の精一杯の譲歩だった。待つのは得意じゃないけど、あのまま無かったこととして済まされてしまうことに比べれば随分マシだろう。それに、俺としてもただ十代が答えを出すのを大人しく待つつもりはなかった。何だったら、もう一度俺に惚れさせてやろう。こっそりとそう心に誓った。
 そんな俺の考えが伝わったのか、十代は一度その丸い瞳をさらに大きく見開いた後、呆れたふうに、けれど、少し照れくさそうに、
「ヨハンの好きにしろよ」
と言って頬を緩めた。






『あいつの言ったことを真に受けるなんて、お前はどこまで間抜けなんだ?』
 十代達の卒業式の後、アークティック校へ戻る船室のベッドに寝転んで一息ついていた俺に、アルビノは呆れ顔で言った。これくらいの嫌味なら以前は聞き流すことができたのに、今はやっぱりカチンと来る。
「・・・・・・好きな人のことを信じるのは当たり前だろう?」
『だから間抜けだって言ってるんだよ。お前がどう思おうと関係ないし、あの時あいつがお前を選ばなかった時点で結果は見えてるじゃないか。お前は振られたんだよ』
「アルビノの方こそ、十代の言ってたこと聞いてなかっただろ?十代は時間が欲しいって言ったんだ。俺とのことを真剣に考えたいってのは、あのまま終らせたくないからだろう?それに、俺もただ待つつもりはないぜ。これから十代に思い知らせてやるんだ。俺をそばに置いておきたいってってさ!」
 振られたという単語や反抗心も後押しして思わず言葉使いが荒くなったが、アルビノは気を悪くするどころか可哀想なものを見るように俺を見下した。
『本気で呆れた。お前の頭はどこまでメデタイんだ』
「何がだよ」
『あいつの迷いは感情の域を脱している。その上での迷いだってことに気づかなかったんだとしたら、俺の思う以上にバカだよ、お前は』
 アルビノの指摘に正直俺は戸惑った。感情を越えた部分での迷いってなんだろう。それに、もしアルビノが言うことが本当なら、俺よりアルビノの方が十代のことをわかってるってことだ。
「それって、どういうことだよ?」
 思わず口をついて出た俺の疑問に、アルビノは諦めの表情を浮かべた。
『ああ、もういいよ。今のお前じゃ何の役にも立たないし。これから俺は俺のやり方で目的を果たすことにする。お前はいくらでも十代に付き纏って愛を囁いてるといいさ』
「ちょっと待てよ!」
 これ以上言うことはないと、背を向けようとするアルビノを慌てて止めた。そんな俺に向けるアルビノの視線はこれまで以上に冷たいものだった。
 それを切っ掛けに、これまでに溜まっていたアルビノに対する不満が噴出すのを、俺は止めることができなかった。
「なんだよそれ・・・・・・役に立たないとか、目的とか、どういうことだよ?なんで俺に何も話してくれないんだよ!そりゃ、アルビノから見たら、俺はまだ頼りない存在なのかもしれないけどさ、ちゃんと話してくれなきゃ、アルビノが何考えてるのか俺にはわかんねぇよ!!!」
 そう自ら口にしたことで思い知ってしまった。俺はアルビノのことがわからないのだ。子供の頃からずっと一緒にいて、まるで双子のような存在で、互いに一番の理解者で。宝玉獣達に出会うまでは、俺にとって唯一の家族と呼べる存在だった。そんなアルビノのことが、今の俺にはまったくわからない。
 それを認めた途端、恐怖に近い感覚を覚えた。俺は今までアルビノの何を見て、何を理解したつもりになっていたんだろう。
 急速に渦巻き出した感情に飲み込まれそうになっている俺に、追い討ちをかけるようにアルビノが訊ねてきた。
『・・・・・・なら聞くが、お前は何が望みだ?』
「何って、」
『代わりに俺が言ってやろうか。アルビノの力になりたい。宝玉獣達の期待に答えたい。遊城十代の側にいたい――――どれもお前にとっては大切なことだ。でもさ、少し多くを望み過ぎだとは思わないか?』
「それは・・・・・・」
 アルビノの言うことは確かに一理あって、俺にはもう何も言い返せなかった。
『お前はすっかり忘れてるようだけど、宝玉獣達は俺の存在を知ったらどう思うだろう?遊城十代はどう思うだろう?』
 ついさっきまでは「俺はみんなを信じてる。きっと、受け入れてくれる。力になってくれるさ!アルビノさえ認めてくれれば!」そう思っていた。そう言うつもりだった。でも、今の俺にはそれがとてつもなく子供染みた、他人任せのものでしかないと感じた。俺でさえ彼のことがわからなくて戸惑っているのに、どうしてみんなも受け入れてくれるなんて言えるんだ。
 黙り込んだ俺を、アルビノは俺と同じ顔で、同じ声で、追い込んで来る。
『もし、俺か、宝玉獣か、遊城十代。その中からひとつしか選べないとしたら、お前はどうするつもりだ?』
「そんな、例え話・・・・・・」
『例え話だとしても俺にはわかる。お前の心はすでに決まってる。お前は最後に遊城十代を選ぶ。選ばずにはいられない。それは一向に構わない。けど・・・・・・』
 触れるか触れないか。そんな至近距離で囁くようにアルビノは言った。
『今のお前に、他のモノを手放す覚悟があるのかな?』
「・・・・・・・・・・・・っ!」
 俺の迷いを観察する赤い瞳が、舐めるように俺を映していた。しかし、すぐに冷たい視線を合わせたまま身を引く。
『これは俺からの最後の忠告だ』
「最後・・・・・・?」
『ヨハン・アンデルセン。お前が本当に望んでいるのは何なのか、良く考えてみるんだな』
 アルビノが光の中に溶ける様はいつもと同じはずなのに、言い得ぬ不安を俺に残した。
 ずっと同じ道を進んで来たつもりだったのに、いつ道を違えたのだろう。どうしてこんなことになってしまったんだろう。
 アルビノとの関係は、本当の家族のように何があっても変わらず続くものだと、心のどこかで甘えていたのかもしれない。これまでのことを振り返れば、そんなことはないとわかっていたはずなのに。何度もそれに気付かせる出来事はあったのに。
 そんな自分が悔しくて、思いもよらず零れそうになった涙を必死で堪えた。






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