光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜







 その後、アークティック校に戻り卒業を向え、俺はカレッジに進んだ。その時期、宝玉獣デッキの使い手としてプロとしてデビューしないかという話もたくさんもらった。KCやペガサス会長は、俺の意思に任せると干渉せずにいてくれたが、プロとしてスポンサーが着けばメリットもあればデメリットもある。それらを秤に掛けて、俺は学生の間はプロとして活動はしないことに決めた。




 turn.27 ヨハン・アンデルセン 下




 デュエルカレッジの学生として。一デュエリストとして。あと、表沙汰にはしていないけれどKCの研究所の関係者として。これまで以上に忙しい日々に追われる中、ペガサス会長から頼まれて、とある大会のエキシビジョンデュエルに参加することになった。
 その日、大会中の宿泊場所として会場のすぐ側に用意されたホテルのカフェで、俺は携帯を眺めていた。その画面には、数週間前十代に送った文章が表示されている。内容は、「今度、大会のエキシビジョンデュエルに出ることになったから、暇があるなら見に来いよ」という簡単なものだ。十代からは「行けたらな」といつもの調子の返信が来た。「たまには顔だせよな!」と返信したら「わかってるって」と戻って来た。
 それを見返しながら今回も会えそうにないと溜息を吐くと、俺の肩に乗ったルビーが励ましてくれた。
『るび〜?』
「ああ、大丈夫。これぐらいでへこたれたりしないから」
 心配そうに覗き込むルビーの頭を撫でてやると、気持ち良さそうに小さな頭を俺の手に撫で付けながら目を細めた。俺がこんなふうに行き詰っていると、宝玉獣達はいつも励ましてくれる。そんな存在が側にいてくれるのはありがたいことだ。今になって本当にそう思う。
 あれから、早いもので一年が過ぎようとしていた。けれど十代との関係が変わることはなかった。お互い生活のベースが違うのだから仕方ないのだろうが、この一年、十代からの接触は殆どなくて、報われない想いに正直押しつぶされそうだった。俺が言い出したことだけど、ただ好きでいるのがこんなに辛いとは思わなかった。そしてアルビノが言ったことが日に日に重く圧し掛かって来た。悔しいけれどアルビノは全て見通していたんだろう。俺がこんなふうに焦がれて苦しむことも。
 そのアルビノも、この一年、俺の前に姿を現すことは殆どなかった。宝玉獣達が常に一緒にいたこともあるだろうが、これまで姿は見せなくても常に側にあったアルビノの気配をまったく感じない日も増えていた。
 ただ、アルビノの言ったことを冷静に考えるのには必要な時間だったと思う。いや。正確に言えばそれは覚悟する為の時間だった。何かを選択した時、何かを失うという覚悟を。
 俺にはあいかわらずアルビノの考えていることはわかならし、アルビノが言ったことを鵜呑みにはしたくないとも思っていた。けれどこれまでのことを踏まえれば、ただの脅しだと受け流すことも俺には出来なくなっていた。
 アルビノにはアルビノの考えがあって、十代には十代の思うところがあって。相手を尊重しようと俺は待つことを選んだけれど、その結果、どちらも俺から離れてしまったような気がしてもどかしい。

 結局、エキシビジョンデュエルに十代が姿を現すことはなかった。






 そんな宙ぶらりんな気持ちと状況のまま、めまぐるしい日常に追われてあっと言う間に2年が流れていった。その間にも状況はどんどん変化していく。
 やがて十代はデュエリストとしてより、デュエルモンスターズに関する困り事に首を突っ込む、もとい、解決する「デュエルモンスターズ界専門の何でも屋」とか呼ばれて、その世界じゃ名が知れるようになっていた。
 学生の間はプロとして活動はしないと宣言していた俺も、エキシビジョンデュエルには参加していたこともあって、カレッジ卒業まで1年を切るとこれまで以上にプロデビューの話を持ち掛けられるようになり、一人で全ての状況を把握するだけでも大仕事だった。
 その間、俺の前にアルビノが姿を見せたのはほんの数回だった。アルビノのことが気になる俺はその度に何をしているのか訊ねては、軽くいなされるというやり取りを繰り返していた。
 時間も立場もどんどん変わっていくのに、十代やアルビノとの関係だけが取り残されたままで、いつまでこんな状態が続くのか、もしかしたら、十代もアルビノもすでに俺を見限っているのではないかという不安が心に浮かび始めた頃、それまでの長い沈黙が破れるように急速に事態が動き出した。






 その日も、ペガサス会長からの依頼でエキシビジョンデュエルに参加する為、俺は久しぶりに日本に来ていた。この数年で世界中いろんな国へ行ったけど、やっぱりデュエルの聖地である日本が一番昂ぶる。
 せっかく日本に来たんだ。しかも、ちょっと足を伸ばせば童実野町もすぐそこだ。時間に余裕があるわけじゃないが、たまにはDA本校まで行ってみるのもいいかもしれない。学生時代の顔見知りはみんなすでにDAを去ってしまっているが、鮫島校長にクロノス教諭、保健室の鮎川先生に、購買部のトメさんやセイコさん。今も変わらずそこに居る人達の顔を見に行くのも悪くない。留学中のことを思い出したらドローパンも食いたくなった。
 ただひとつ。DAはそう簡単に行ける場所じゃなかった。まずはアポイントを取った方がいいだろうと、携帯を取り出して液晶画面を操作していると、そこで送信済みのメールに目が行った。それは随分前に十代に送った、今度エキシビジョンデュエルで日本に行くことになったことを知らせるメールだった。
 しかし今回も十代が顔を出すとは思えなかった。この3年の間に十代と直接顔を会わせたのは数回だけ。そのほとんどが、デュエルモンスターズにかかわる問題が起こった時に必要に応じてということだけで、少なくとも、俺の誘いに乗って十代が会いに来ることはなかった。
 それでも知らせたのは、もしかしたらという僅かな期待が俺の中から消えることがなかったからだ。それどころか会えない時間が長ければ長いほど、十代への想いは強くなっていった。そして、どれだけ離れていても時間が流れてもこの想いは変わらないことを確信した。ただ、それを単純に喜ぶことができないということを、骨身に沁みて思い知るのに3年の月日は十分だった。
 報われない想いを抱えていくとこは辛い。想いってのは目には見えないけれど、確かに重量を持って降り積もるものだった。やがてそれに溺れてしまうんじゃないかと思えるぐらいに。いっそきっぱりと切り捨てることができたらどれほど楽だろう。そう考えたのは一度や二度じゃない。けど、こればかりはどうしようもない。理屈で感情を変えることは、そう容易なことではないのだ。本当によくわかった。
 今度十代に会うことができたら、少しぐらいせっついても罰は当たらないよな?と考えながら、携帯を片手に借りているホテルの部屋に入った俺に、冷や水のような声が降って来た。
『あいかわらず進歩が見られないヤツだな』
「アルビノ・・・・・・!?」
 こうやってアルビノと直接顔を合わすのは半年振りくらいだろうか。まさか宝玉獣達が側にいる時に、姿を現すとは思ってもいなかった俺は突然のことに慌てた。
『少し見ない間に、随分くたびれたな』
「お前、どういうつもりだよ!?宝玉獣達に知られたくなかったんじゃ・・・・・・!」
『ああ、安心しろよ。今、少し眠ってもらってるから』
「眠ってもらってるって・・・・・・」
 咄嗟に腰のカードホルダーに手を伸ばして宝玉獣達の様子を伺った俺を、アルビノがなんてことないようにそう言って笑った。どうやったのかはわからないが、常に俺の感情の変化に敏感な宝玉獣達ならすぐに気づいて飛び出して来そうなものなのに、アルビノの言う通り宝玉獣達にその気配はなかった。
『今の俺には簡単なことさ。それにしても、まさか未だにお前が俺に気を使ってくれるとは思わなかった』
「久しぶりに顔を見せたと思ったら・・・・・・随分機嫌が良さそうじゃないか」
『いろいろなことが、考えていた以上に思い通りに進むもんだからさ〜』
 戸惑う俺とは裏腹に、アルビノはこれまで見たことのない満足気な表情を浮かべていた。そこに宝玉獣達と出会った頃の浮かれた自分を垣間見て、少しばかり嫉妬を覚えて気分が悪くなった。あの時、側で俺を見ていたアルビノもこんな気分だったのだろうか。大人気ないとは思ったが、どうしても不機嫌な声を抑えることができなかった。
「なあ。そんなふうに匂わすなら、そろそろ俺に話してくれてもいいんじゃないか?」
『そうだな・・・・・・じゃあ、ひとつ教えてやるよ。今回の大会を見にあいつが来る』
「あいつ?」
『遊城十代以外に誰がいるよ』
 いつ今し方、それを諦めようとしていた俺は思わずアルビノに食いついた。
「十代が来る!?本当に!?」
『おそらく、あっちから声をかけて来ることはないだろうけど、お前から声をかけることは可能だろ?声をかけてそれからどうするか。それはお前が決めたらいい』
 十代に会えるかもしれない。そう思うだけで沈んでいた気持ちが一気に浮上する。けれど、その高揚感も長くは続かなかった。これまでの俺だったらそのまま舞い上がってしまって、アルビノの言動を気に掛けることはなかったと思う。それだけ信頼していたし疑うという思考がまったくなかった。
 だが、悲しいけれど今は違う。ただの嫌がらせで、こんな嘘をつくヤツじゃないことはわかってる。アルビノには何か思うことがあって、十代のことを知らせたに違いない。
 それに気づいて、素直に喜ぶことができず黙り込んだ俺をアルビノは訝しがった。
「・・・・・・・・・・・・」
『どうした?恋しくて堪らない遊城十代に会えるんだぜ?』
「俺にそれを知らせて、お前は何を企んでるんだ?」
 遠まわしに訊ねたところではぐらかされるのは目に見えていたから、直球で訊ねると、一瞬目を丸くした後、アルビノは『あははは』と思いっきり笑った。
『少しは頭を使えるようになったじゃないか!言っただろう?教えてやるのはひとつだけだぜ。けど、そうだな。アドバイスぐらいはしてやってもいいか。異世界に飛ばされる前にも言ったけど、本当にあいつが欲しいなら力尽くででも手に入れろよ』
「それは・・・・・・」
 アルビノの言い分も少しはわかったつもりだ。このままじゃ、軽くあしらわれるばかりで、十代との関係が進展することはないと俺にも思えた。そうなればこれからも報われぬ思いに身を焦がす日々が続くのだ。
 だからといって、アルビノの言うように力尽くでことを進めようとすれば、十代とはそれまでのような気がする。下手をすれば親友という立場も失うだろう。それとも、そんなふうに思うのは俺の被害妄想なんだろうか。
 ここまで来ても煮え切らない俺にアルビノはやれやれと頭を振った。
『まだ時間があると思っているなら大間違いだ。時間は有限なんだぜ』
 アルビノはその印象的な赤い瞳を細めて、そう言い残すとそのまま姿を消した。
「アルビノ・・・・・・!」
 その気配が消えた途端、宝玉獣達が目を覚ますように意識を浮上させると、俺の動揺に気づいたアメジストキャットが声をかけてきた。
『ヨハン?どうしたの?』
「!・・・・・・いや、何でもないぜ」
 心配させないようにアメジストキャットにはそう答えたけれど、内心穏やかではなかった。直接的な言葉はなかったが、俺にはアルビノの「宣戦布告」に聞こえた。もしかしたらアルビノの抱えている事情を知る機会は、もう俺にはないのかもしれない。
 ただひとつはっきりしていることは、たとえアルビノが何かを企んでいたとしても俺は十代を探すってことだ。






 エキシビジョンデュエルを終え、大会を観戦して。会場を後にしようとしたその時、人垣の間からこちらを窺うその人の姿を見つけた。
 そして俺は迷わず手を伸ばす。



 十代との時間を邪魔されてくなくて、ホテルのルームサービスで部屋に運んでもらった料理は、あっと言う間に俺達の腹に納まった。意識していなかったがこんな満腹感を味わうのは久しぶりな気がする。そう思わせるのは他でもない、十代が目の前にいるからだ。これが恋愛の与える多幸感ってヤツかもしれない。
「あ〜、食った食った!あ。言っとくけど、やっぱ割り勘とか無理だからな。つうか俺、金持ってねぇし」
「そんなこと言わねえよ。でも、そうだな〜。十代が悪いと思ってるなら身体で返せよ」
「身体でいいのかよ。ならさっそく・・・・・・」
 十代はそう言って後ろのホルダーからデッキを出すとさっそく調整をはじめた。そう来るだろうなと、俺はテーブルの上に残っていた皿をワゴンに移しながら、俺の下品な物言いに便乗つつ惚けて軽くかわしてしまう十代に、再会した時にも感じた不満感が再び擡げ出した。
「お前さぁ〜、まさかと思うけど、誰にでもこんなことしてるんじゃないだろうな?」
「人聞きが悪いぜ。いつもは俺から誘う主義だ」
「知ってる。じゃあさ、なんで俺を誘わない?」
「!・・・・・・もしかして焼いてる?」
「ああ、焼いてますよ。これまで何度誘ったと思ってるんだ?」
 不満そうな表情をわざとらしく作った俺に、十代は目を細め唇の端を上げて尊大に笑った。
「なら、今日その分まとめて全部返してやるよ」
「期待してる」
 十代にどこまでその気があるのかわかったもんじゃないが、今は素直にこの時間を楽しもう。俺は自分にそう言い聞かせながらテーブルの向かいに座り直し、互いのデッキを交換してシャッフルする。



 どうやら望んだカードが来たらしい。ドローしたカードに視線をやると十代はニヤリと笑い、迷うことなく「ミラクル・フュージョン」を発動する。墓地で様子を伺っていたヒーロー達が待ってましたとばかりに現れて、十代のフィールドにE・HEROマグマ・ネオスが召喚された。そこで終わりかと思えば、十代は続けてハネクリボーを攻撃表示で召喚した。どうやらこのターンで決着をつけるつもりらしい。十代の攻撃宣言で、俺の場の守備表示だったアンバーマンモスがマグマ・ネオスに破壊され、宝玉となってフィールドに残ったが時すでに遅し。伏せカードもなかった俺は、ハネクリボーのダイレクトアタックを受けて残り僅かだったLPが0になった。
「くそぉ〜、負けたぁ〜!」
「そう簡単に連勝させるかよ」
 テーブルに突っ伏した俺に、十代はハネクリボーと拳を合わせて喜びながら、空いた片手でガッチャする。負けることは悔しいけれど、十代の笑顔は出会った頃と変わりなくて心が温かくなった。
「1:1かぁ〜・・・・・・決着つけるか?」
「もち!」
 次のデュエルに備えて、デッキを調整しようとしたその時だった。隣のフロアのソファーに投げ出したままだったカバンの中の携帯が鳴る。十代との時間を邪魔されたくなくて視線をカバンに向けたまま動かずにいると、それを見透かした十代が言った。
「誰からかぐらいは確かめた方がいいんじゃないか?」
「・・・・・・だな」
 十代に促されてしぶしぶテーブルを立ち、カバンの中から携帯を取り出すと液晶の着信表示を確認する。しかし、そのに表示されていたのは俺の知らない番号だった。非通知ならそのまま無視してしまうところだが、いつまでたっても切れない着信音に通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『遅い。俺を待たせるなんて、いい度胸だな』
「!?」
 耳に届いたのは他でもない俺と同じ声で、すぐにアルビノだと気づいた俺は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げそうになったのを、息を止めて堪えた後、何度か深呼吸して小声で問い詰めた。
「なっ・・・・・・・・・・・・ちょ、お前、どうやって・・・・・・!?」
『今の俺には簡単なことだ。それより話がある。今すぐ部屋を出て来い。』
「お前な、わざとやってるだろう?俺は今、」
『出て来ないなら、今すぐそこに飛び込むぜ?それでもいいなら俺はまったく構わないけど』
「・・・・・・わかったよ」
 アルビノが本気でここへ飛び込んで来るとは思えないが、最近のアイツの行動は予測がつかないし、機嫌を損ねれば本当に実行するだろう。俺は諦めてひとつ溜息を吐くと、気をつかってくれているのだろう、こちらに無関心な様子でデッキのカードを選別している十代に一声かけた。
「十代、悪い。ちょっと席外すけど、すぐ戻って来るから」
「おう」
 十代は視線をカードに向けたままヒラヒラと手を振ってそう答えた。外に出るついでにテーブルの横に置いたままだった、空の皿が並ぶワゴンを引いて俺は部屋を出る。
 人気のない夜のホテルの廊下は妙に寂しい。ワゴンを脇によせて辺りを見渡すと、廊下の行き止まり、そこを照らすライトの下にアルビノが立っていた。
「・・・・・・アルビノ。いったい何のつもりだ?」
『いいのかなぁ?俺にそんな口きいて。今、十代と過ごせるは誰のおかげだと思ってるんだ?』
「お前に聞いてなかったとしても俺は十代に気付いたさ。まさか、そんなこと言う為に俺を呼び出した訳じゃないだろうな?」
『お前のやってることがあまりに生温いもんだから、さすがにイラッときてさ。ちょっとケツに火をつけてやろうかなって』
「覗きなんて、いい趣味じゃないぜ」
『それも今更だな。いや。ようやくプライバシーが気になるようになったと、成長を喜ぶべきか』
「・・・・・・・・・・・・」
 本当の親みたいなことを言うアルビノに、複雑な心境に陥った俺は沈黙を返す他なかった。
 確かに見た目は俺と色違いの瓜二つで、まるで双子のような存在だって言ったけれど、本当は随分前からわかってた。アルビノが人智を超えた存在だってことは。だからこそ、どんな理由があってアルビノがそうしているのか、これまで俺の側にいてくれたのか、ずっと知りたいと思ってた。それは昔から俺の一方的な願いでしかなかったのかもしれないが、関係が拗れてしまった今でも変わらない。けど、いくら俺がそう望んでも、肝心のアルビノにその気がなければどうしようもない。しかもそんな俺の気持ちを知った上で、こうやって姿を現して試すようなことをしているのだ。アルビノは本当に性格が悪い。
 ただ、こうやって上機嫌なアルビノの様子を見ていると、これまでのことは一度棚に上げて、とことん話し合うにはいい機会なのかもしれないとも思えた。
 もし、今、部屋で十代が待っていなければ。
 そうなのだ。結局俺は十代を選択する。少なくとも俺には、手の届く場所にいる十代を放っておくことはできない。どちらか一方にしか手を伸ばせないとしたら、俺はやっぱり十代に伸ばす。伸ばさずにはいられない。アルビノの言ったように。
「・・・・・・アルビノ。用がないなら俺は戻るぜ」
 これ以上アルビノと言い争いたくなくて、俺はそう言い残すと踵を返した。アルビノはそんな俺を止めなかった。



 部屋に戻って来るまでにそれほど時間は経っていないはずだ。だが、俺の目に入って来たのは、さっきまで何事もなくカードに向っていた十代がテーブルに突っ伏して眠り込んでいる姿だった。そんな素振りは微塵も感じなかったが、こんな短時間で眠り込んでしまうなんて随分疲れていたのかもしれない。緩んだ顔を曝け出したまま、規則正しい呼吸を繰り返すその様子は、DAの授業中を思い起させて俺の頬も緩ませた。
 しばらく穏やかな寝顔を眺めているのも悪くはない。が。上半身をテーブルに預けた体勢は身体に負担だろう。起こすついでに頬を抓ってやろうと声をかけながら伸ばした手が、十代のそれに触れた途端伝わってきた感覚に、手を引き言葉を飲み込んでしまった。
「・・・・・・十代。こんな所で寝ると、筋を違えるぞ・・・・・・!?」
 こんなふうに眠りこけてしまった十代を起こしたことは数え切れないが、俺の掌に伝わって来たのは、これまでに感じたことのない人の体温とは思えないひやりとした冷たさだった。驚いて思わず手を引いてしまったが、もう一度確認する為に、その細い首筋に手を滑らせて驚いた。やっぱり冷たい。まるで死体に触れているような錯覚を起こしそうなくらいに。少し不安なった俺は首筋の血管を探して規則正しく触れる脈にホッとする。呼吸も変わりなく繰り返されているし、どこにも問題ないように思える。しかし、それにしては体温が低すぎる。正常な状態だとは思えない。
「十代、じゅうだい・・・・・・!」
 何度か名前を呼んで身体を揺すってみるが十代に起きる気配はなく、心地良さそうな寝息を立てるばかりだ。このままテーブルに置いておくこともできず、俺は十代を抱え上げて隣のベッドルームへと運んだ。
 丁寧に扱ったとはいえそれなりに振動はあったはずだ。けれど十代は目を覚まさなかった。見た目にはただ眠っているようにしか見えないが、ベッドに運ぶ間にも伝わってきた十代の低い体温が染み付いてしまったように思い出されて、不安感が拭えなかった俺はベッドサイドに腰掛けて、もう一度その頬に手を伸ばす。
「冷たい・・・・・・」
 整った顔を眺めながら温まるようにと頬を撫でていたけれど、内側から滲み続ける冷気は与える熱を上回り、俺の体温までも奪っていくように感じた。
 好きな人が目の前で隙だらけで眠っている。シチュエーションからすればこのまま襲い掛かっても可笑しくないと思う。居眠りをかまして隙を見せる十代が悪い。焦らされ続けた分だけ執着が強くなってるという自覚もあるし、指を咥えて見ていることができるほど俺は枯れてもいないし聖人でもない。
 十代と離れて過ごす間、俺はずっとこうして十代に触れたかった。触れて、思いを伝えて、十代の気持ちを知りたかった。恋愛は熱病って言うけどそれを身を持って知った。
 けど、その熱量さえも十代の冷たい体温が奪っていくようだった。
 十代は本当にズルイヤツだ。そういえば、アルビノはずっと前からそう言ってた。何度も言ってた。
『こいつがいつまでもお前の側にいると思ったら大間違いだ。いざとなれば容赦はしない。こちらのことなど御構い無しに離れてく。たとえお前の気持ちを知ったとしても』
 それを思い出して、輪をかけるように不安と焦りが広がるばかりだ。アルビノの言うことはハズレたことがない。悔しいし信じたくないけど、このままじゃ本当に十代に置いていかれてしまいそうで、俺は不安を掻き消すように眠ったままの十代を抱きしめた。服越しにでも感じる低体温に、俺の熱量はどんどん奪われていく。いっそ、このまま全部奪い去ってくれれば楽になれるだろうか。
 せめて、そこで目を覚まして俺をぶっ飛ばしてくれたらよかったのに、十代が起きることはなかった。

 もし、十代が手を差し伸べてくれたら。それだけで俺は満たされるのに。たとえ、その結果何かを・・・・・・アルビノを失うとしても。



 ふと訪れる睡魔に時折邪魔されながら、濃紺の空に太陽の光が滲み、やがてその光がカーテンの間から溢れ出した頃、俺の腕の中でそれまで殆ど身動きさえとらなかった十代が、ううんと唸った後、一言「なっ!?」と声を上げて身を硬くした。
 その時、何事もなかったように「おはよう。よく眠れたか?」って、声をかけてやればよかったのだろう。そして「どこか身体の調子悪いんじゃないか?」とか、「何か問題が起こってるなら俺には話せよ」とか、低体温の理由を問い詰めてやれば、さすがの十代も口を割ったのかもしれない。けど、一晩中十代に熱を奪われながら思ってしまった。
 十代やアルビノが俺を試すように、俺も十代を試してやろうって。
 俺は寝た振りを決め込んで、抱きよせる腕の力は入れたまま十代がどうするのか窺っていた。なぜこんなことになっているのか、かわからなかったのだろう。最初、十代は身体に力を込めたまま辺りを見渡していたが、しばらくして冷静さを取り戻したらしく、俺の腕の中から這い出しベッドサイドに腰掛けて「いつの間に寝ちまったんだろう」と呟いた。どうやら寝落ちたことさえ覚えてないようだ。すると、そんな十代に答える知った気配を感じた。異世界から戻って随分経つが、未だに俺の前に姿を現そうとはしないユベルだ。
『・・・・・・君はこいつの側にいると気を緩め過ぎだよ』とぼやくユベルに、十代は苦笑して静かにベッドから立ち上がると、布の擦れる音が聞こえてきた。身支度を整えているようだ。
『どうするの?』
「・・・・・・これから向かえば、あっちに着くのに丁度いい時間だろ」
 その言葉に俺の心臓が跳ね上がり、冷たい感覚が身体中に広がった。十代やユベルに起きてることを気づかれたんじゃないかと思ったが、ユベルは何も言わずに再びその気配を消した。
 せめてそこで声をかければよかった。寝た振りなんか続けずに、俺に黙ってどこへ行くつもりなんだって。それなのに俺は動けなかった。まるで一晩かけて移されて身体中に広がった、冷たさに囚われてしまったように。
『たった一言でいいじゃないか。黙ってどこ行くんだよって。水臭いぞって。そしたらきっと十代だって、すぐには吐かないかもしれないけど、このまま俺を放って置いて行ったりしない。するはずない!だから、動け!動け!動け・・・・・・!』
 そう念じているうちに、一度離れた十代の気配が近づいて来ると、側にいる俺にしか届かないくらい小さな声で言った。
「悪いな、ヨハン・・・・・・また、逢えるといいな・・・・・・」
 祈るような十代の声色に、起きる切っ掛けを失った俺はもう何もできなかった。



 十代が立ち去り静寂だけが残る部屋で、起き上がる気力も無くしてベッドの上で呆然と天井を眺めていると、ずっと様子を見ていたのだろうアルビノの溜息が俺の耳に届いた。
『・・・・・・結局、何もできずじまいか』
「・・・・・・煩い」
『愛しくて愛しくて、狂いそうなくらい思ってる人がその腕の中にいたんだ・・・・・・!何度も何度も心の中で犯したようにさ、心の趣くままにあいつをその手で確かめて、身体中愛撫して、くちづけを落として、隅々まで味わって、お前の熱を埋め込んでやればよかったのに・・・・・・!』
「煩いっ!!!」
 一晩中、苦心しながら追いやっていた欲望を突きつけられて、アルビノの言葉から逃れようと俺は耳を塞いでベッドに押し付けた。俺にはアルビノのことがわからないのに、どうしてアルビノには俺の心の奥底まで筒抜けなんだろう。不公平だ。
 俺の心を一方的にかき乱せるだけ乱して、アルビノはわざとらしいくらい大きく溜息を吐いて失望感を漂わせた。
『武士の情けだと、わざわざ危険を冒してまで隙を作ってやったのに。骨折り損とはまさにこのことだな。ま、これでよくわかっただろう?あいつにとっちゃ、お前のことなんてこの程度なのさ』
 耳にタコが出来るほど聞いた言いっぷりに、腹立たしさもあって、うっかりそのまま聞き流すところだった。が、さすがに引っ掛かって、俺は重い身体を持ち上げるとアルビノの方を向いた。
「・・・・・・隙だと?おい、どういうことだ?まさか、お前・・・・・・!?」
『あ、言っとくけど“低体温”は別件だぜ。俺は眠らせただけ。いい頃合であいつの目を覚ましてやろうと思ってたんだけどさ〜。お前、最後まで手出さねぇんだもん。さすがにがっかりだぜ』
 食って掛かった俺にアルビノは肩を竦めながらそう言った。すでにアルビノの言葉を素直に信じることができなくなっていたが、その話は俺をますます混乱させた。こいつの考えていることがまったくわからない。
「お前・・・・・・本当に何考えてるんだ?」
 これまで何度も投げかけて、一度として納得の行く答えが返って来ることはなかったが、それでも俺はもう一度その言葉を口にせずにはいられなかった。
「確かにお前のこと、俺にはわかんねーことばっかりだ。でも、そんな俺にだってわかることはある。アルビノは十代のことが好きなんだろう?それなのに、邪魔するならまだしも、どうして俺の味方みたいなことすんだよ?本当にどういうつもりなんだよ・・・・・・?」
 つっかえてしまいそうになりながら俺は最後まで吐き出した。アルビノから答えがあるとは思わなかった。それは訊ねる為というより、俺の困惑した感情をぶつける為に発した言葉だったから。だが予想に反して、アルビノは一息吐くと淡々と話し出した。
『俺はさ。お前が十代を手に入れるなら、それもいいと思ってた。それはそれで面白いことになるってわかってたからさ。だから俺は見守ることにした。どっちにしろ俺の望みは叶えられるんだ。けど、空っぽの器だけじゃ、あいつを釣るには不足だったのかもな』
 それははじめて聞く内容だった。しかも、主語のない漠然とした表現で、俺にはアルビノの言わんとすることが理解できない。
『いや。お前だけの問題じゃないのかもしれないな。お前もあいつも、記憶がなくても心の奥底で感じるものがあって、無意識に避けてるのかもしれない。少なくとも、あいつはお前が光に属していることはわかってるだろうし』
 話を聞いているうちに、アルビノが何について話しているのかさえ見失ってしまいそうになった。
「空っぽの器?光に属してる?お前、マジで、何言ってるんだよ・・・・・・?」
 戸惑っている俺を気にする様子もなく一人で納得したように頷くと、アルビノは俺に向き宣言した。
『でも俺はもう待たないぜ。お前が出来ないならそれでも構わない。あいつは俺が手に入れる』
「アルビノ・・・お前・・・・・・!」
『何を驚くことがある。お前が言ったんじゃないか。俺があいつを望んでるって。俺は好きにするから、お前も好きにするといいさ』
 アルビノの言うようにそれはわかっていたことだ。けど、やっぱり気分のいいモノじゃない。頭にカッと血が登って俺はベッドから飛び起きた。
「なら、俺はここでお前を止めるぜ・・・・・・!」
『ほう。できるもんならやってみな』
 宝玉獣達はこの前のように眠らされているのだろう。起きてくる気配はない。必死で頭を回転させるが、どう考えても俺一人でアルビノをここに足止めすることはできそうになかった。悔しくて唇をかみ締める俺をニヤニヤと笑いながら見ていたが、アルビノはそれさえもすべてお見通しと言わんばかりに、声を上げて笑った後、呆れたように大げさに頭を振りながらその瞼を閉じながら言った。
『できないよな?お前に俺を止めることなんてさ・・・・・・!』
 そう言って再び開いたアルビノの瞳に俺は息を飲んだ。
 瞼の下から現れたのは見慣れたあの赤い瞳ではなく、白銀の光を滲ませた白い瞳だったのだ。
 その白く光る瞳を目にしたのははじめてなはずだ。なのに、いつかどこかで見たことがあるような気がする。こういうのをデジャヴというのだろうか。そんな妙な感覚を覚えるのと同時に恐怖が湧き上がって来た。
「その瞳は・・・!?・・・・・・あ、」
 アルビノの冷たい瞳に背筋が凍りつくような感覚を覚えた次の瞬間、視界がぶれる。それは強烈な眠気だった。宝玉獣も十代もこんなふうにアルビノに眠らされたのだろう。身を持ってそれを理解したがどうしようもなかった。瞼が重くて仕方がない。少しでも気を抜くと知らず知らずのうちに閉じてしまう。眠気との戦いで足元も覚束ず俺はフラフラと後ず去った。
 今ここで眠る訳にはいかない。アルビノがどうするつもりか知らないし、十代が簡単にアルビノに気を許すとも思えないけど、十代をアルビノに盗られたくない。本気でそう思った。
 けれど、どれほど必死に抗ってもその眠気を払うことはできず、いつの間にか目の前に立っていたアルビノに肩を押されてベッドに倒れ込んだ。どうしてアルビノが俺に触れることができるのか。その訳を考える暇もなく急激に意識が遠退いていく。
『よい眠りを、ヨハン・・・・・・』
 眠りに落ちる間際に見たのは、腹が立つほど嬉そうなアルビノの笑顔だった。



 十代を眠らせることは想像したより容易だった。ユベルが手のうちにあることが、これほど優位に動くとはさすがに予想していなかった。まさに棚からぼた餅。ついでに試してみようと、軽く記憶を上書きしてみたら上手く言った。気分がいい。
 ただ、ヨハンと俺は同属同志。力を打ち消してしまうかもしれないと危惧していたが、そんな憂慮の必要もなかったようだ。気分がいい。
 ベッドの上ですっかり深い眠りの中にあるヨハンを見下ろしながら、ヨハンに対して、こんなふうに力を使ったのははじめてだったことに気づいた。意識して心掛けていたとはいえ、思っていた以上に俺はヨハンを甘やかしていたのだと自覚する。俺だけじゃない。宝玉獣やあの十代でさえヨハンには甘い。
 せっかく気分がよかったのに、今更ながらちょっと腹が立ってきて、うんと性質の悪い悪夢を見せてやろうかと思ったが、それで目を覚ましてしまったら元も子もない。最低でも今日一日は夢の中に居てもらわないと困る。
 そうしなければヨハンは本当に立ち塞がってくるだろう。少しばかりぬるい思考をしてるとはいえ、目的は十代であることを知っているのだから、直接俺を止めることはできずとも、間接的に邪魔することぐらいは考えるはずだ。
『夢の中で十代との甘い生活とやらを存分に味わうといいさ。その間に俺は、本物の十代を俺のモノにする。そして日が暮れる頃、目を覚まして絶望すればいい・・・・・・!』
 その時浮かべるだろうヨハンの表情を想像したら、長年溜め込んで来た鬱々とした気分が一気にスッとした。

 清々とした気分のまま、俺はヨハンを残して部屋を後にする。
 もちろん十代の後を追う為だ。






 カーテンの隙間から、穏やかな金色の光が差し込んでいる。
「・・・・・・ああ、もう朝か・・・何だろう、久しぶりにすげーよく寝た気がする」
 そんなことを考えながら、ふとボタンを掛け違えているような違和感を感じた。ベッドに残る温もりと柔らかさを味わいながら、寝ぼけた頭でその理由に思い巡らせたのはほんの少しの時間だった。
 眠りに落ちる寸前に見たアルビノの光る白い瞳と笑顔が浮かんできて、俺は飛び起きる。
「・・・・・・・・・・・・しまった!今・・・っ!今、何時だ・・・・・・!?」
 慌ててベッドサイドの置時計を確認する。電子表示の光が6時を少しまわったと知らせていた。あれから12時間近く眠っていたことに一気に血の気が引く。当然ながらここにアルビノの姿も気配もない。
「アルビノの野郎・・・・・・!次、顔出したら一発ぶん殴ってやる!」
 毒づきながら俺は寝起きの頭を必死で回転させた。まず最初にやるべきことは十代に連絡をとることだ。
「携帯!俺の携帯は・・・・・・!?」
 昨日、アルビノに呼び出された後、すぐに部屋に戻った俺は、テーブルで眠りこんでいた十代を見つけて。十代をベッドに運ぶ前にテーブルに置いたままはず。隣のフロアのテーブルに向うと記憶通りに携帯があった。
 すぐに十代の携帯へかけたが、繋がったのは十代本人ではなく感情のない自動音声ガイダンスだった。
『おかけになった電話番号は電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため―――』
「・・・・・・くそっ!」
 切迫感がさらに増す。ひたひたと不安が忍び寄ってくる。俺の早とちりや思い違いならいい。けれど今朝のアルビノの清々とした空気を思い出すと、どうしてもそう思えなかった。覚悟を決め、すべてを切り捨てたことが、あれの発端だとしたら。そんな気がしてならない。
「落ち着け・・・・・・まだ、そうと決まった訳じゃないし、あの十代がそう簡単に油断するもんか」
 もし、アルビノが少々強引な方法をとったとしても、十代の側にはユベルにハネクリボー、そしてヒーロー達が居る。今朝の俺と同じようには行かないだろう。例え、アルビノがあの姿を見せて惑わせたとしても、簡単について行ったりすることはない・・・・・・たぶん。きっと。
 間違えてないと思うのに、どうしてだろう?何だか随分頼りなく感じる。それどころか、十代は逆にアルビノに好奇心を覚えて、ホイホイとついて行ってしまう気さえする。
 ふと浮かんだ想像に俺は頭を振って否定して、部屋を出る前に十代がユベルと話していた内容を引っ張り出す。
 確か十代は「これから向かえば、あっちに着くのに丁度いい時間だろ」と言っていた。俺には特に用はないと言っていたが、何か目的があったということだ。誰かと待ち合わせていた可能性もある。それは何処だろう?誰だろう?
 そこで、会場の前で十代を捕まえた後、ホテルへ向う車の中で聞かれたことを思い出した。
「最近、精霊の宿ったカードを集めてるヤツがいるって話、ヨハンは聞いたことないか?」
 恐らくそれは、今、噂の「デュエルモンスターズ界の何でも屋」としてかかわっている厄介事なんだろう。俺が何も知らないと知った途端、惚けてそれ以上話してくれなかったけど、十代のことだ。俺を巻き込むこともないとでも考えたのだろう。その辺りのことが十代の行く先に関係があるかもしれない。
 十代にそんなことを依頼しそうな人はそう多くはない。だとしたら、まずはその相手を片っ端から当たってみるしかない。
 再び携帯に視線を戻して記録されている番号を呼び出した。相手は、昨日の大会を観戦する為にこの町に訪れていたペガサス会長だ。確か今日いっぱい滞在していると聞いた。十代が接触しそうな相手として、その点から言っても確立は高いんじゃないだろうか。
 しばらくの間の呼び出し音の後、いつもなら留守電に回されることが多いのに、珍しくすぐにペガサス会長が出た。あまり良い感じはしない。
『コンバンワ、アンデルセンボーイ。何が用デスカ?』
「ペガサス会長、急にすみません。あの、ぶっちゃけた話なんですが・・・・・・十代が今どこにいるか知ってますか?」
 変に誤魔化さない方がいいと判断して軽く訊ねると、ペガサス会長から硬い雰囲気が伝わって来た。どうやら俺の読みは当たりだったようだ。冷や汗が背中を伝うのを感じながら、俺は先を促す為に話を続けた。
「実は十代のヤツ、昨日、俺の部屋に泊まってたんですけど、俺に一声かけていけばいいものを、今朝、黙って出て行っちまって。一言文句言ってやろうと思ったんだけど連絡が取れなくて、昨日、精霊がどうのって話を聞いてたもんだから、何かあったんじゃないかって・・・・・・。話が話だから、もしかしたらペガサス会長なら何か知ってるじゃないかと」
 嘘は言ってない。こちらの事情を黙ってるだけだ。しかし、話ながらそれまで別々の事象だった、アルビノと十代と消えた精霊の宿るカードがひとつに結びつき、強烈な眩暈を引き起こした。
 まさかとは思う。けれど今の俺にはそれを否定出来る自信も根拠もなく、そんなことはないと言ってくれる他者もない。疑惑ばかりがどんどん膨らんでいく。
 ペガサス会長がどう思ったかはわからない。だが、俺が少々今の状況を訝しがっているということは伝わったらしく、少し間の後、覚悟をしたように切り出した。
『・・・・・・そうですね。どちらにしろアンデルセンボーイ、あなたの力が必要になるかもしれまセーン』
「やっぱり何か知ってるんですね!?十代は今どこに居るんですか?ペガサス会長のところじゃないんですか?教えて下さい!何なら、今からそちらに、」
『いけまセーン!』
「えっ・・・・・・?」
『あなたは宝玉獣の主デース。今回の件では精霊の宿るカードが標的になっていマース。つまり、ヨハンボーイ。あなたが狙われている可能性もあるのデース。いいデスカ。このことは他言無用に願いマース。明日の朝こちらから迎えを送りマース。私から直接連絡が入るまで、部屋から動かないようにしてくだサーイ。可能ならば、他の誰かが尋ねて来ても対応しないように願いマース』
 ペガサス会長の徹底した対応に、俺の思っていた以上に状況は進行していることを察することができた。十代のことを考えるとほんの少しでも待つ時間が惜しくて、今すぐにでも飛び出したかったが、アルビノの存在が俺の足を止めてしまった。
 もし、アルビノが今回の件にかかわっているとして、ペガサス会長の言うように俺に危害を加える気があるならすでにそうしてるだろう。まだ眠りの中にいるが、宝玉獣達にもかわった様子もない。
 それらを踏まえて、俺への配慮は無用だと口を開きかけたが、アルビノの存在を伏せたままペガサス会長を納得させることはできそうになくて、結局、俺はその言葉を飲み込み、指示を受け入れるしかなかった。
「・・・・・・わかりました。ホテルの部屋で待機しています。もし、何かあったら連絡して下さい」
『わかりマシター。必ずそうしマース』
 そのまま携帯を切ると思いきや、俺の落ち込みに気づいたようで、ペガサス会長はそれまでとは違う柔らかい声色で言った。
『大丈夫デース。十代ボーイは誰よりも柔軟でタフデース。あなたの方こそ、いつでも動けるように今はしっかり休んで下サーイ』
「そうですね、その通りだ。急に連絡してすみませんでした。でも、会長と話せてよかった。感謝してます。それじゃ、明日の朝待ってます。」
 ペガサス会長の気遣いをありがたく受け取って、感謝を伝えてから携帯を切ったが、アルビノのことを黙っている俺には後ろめたさが残った。
 いつの間にか、ついさっきまで窓の外を満たしていた黄金の光は去り、闇が広がりはじめていた。






 次の日、ペガサス会長の元へ向った俺は、そこで鮫島校長とオブライエンに再会し、精霊の宿るカードが奪われているという一件についてのこれまでの経緯と、十代が拉致された可能性があるという話を聞いた。予想していたとはいえ、やっぱりショックだ。
 それ以上にショックだったのは、十代とユベルの置かれている状況についてだった。もしあの低体温がそこからきている症状だとしたら、楽観できる状態ではない気がする。
 楽観できないのはそれだけじゃない。昨日、オブライエンは十代が調べてきた施設に潜入したものの、そこはすでにも抜けの空で、新たな手がかりひとつ見つけることができなかったらしい。
 消えた十代と、精霊の宿るカード。そして、その後ろにちらつくアルビノの存在・・・・・・。
 ペガサス会長や鮫島校長から今回の件の解決の為に協力を頼まれて、俺は当然それを快諾した。
 アルビノことは話さなかった。もしかしたら関係かもしれないという願いもあったから。






「ほら、腹減ってるんだろ」
「にゃあ〜」
 足元で不機嫌そうにしていたファラオに用意したキャットフードを差し出すと、当然だと言わんばかりに一声鳴いてさっさと食事をはじめた。媚びたりしないところは飼い主?に似たんだろうか。しかし、すぐに思い直す。本来の飼い主は真逆だ。目の前で愛猫を愛でる、愛想の良いその人と向き合ってそう考えた。
『ありがたいですにゃあ〜。今朝から何も食べてなかった所為で、ファラオの機嫌が悪くて困ってましたにゃあ〜』
 本来ならホテルの部屋で一人きりの食事のはずだった。が、今、俺の向かいの席には、ついさっき出会ったばかりの、背が高くひょろっとしていてどちらかといえば冴えない印象の、半透明に透けた男が居た。
 名前は大徳寺といい、本人曰く、元DAの教師の錬金術師だそうだ。
「先生も・・・・・・とは、いかないよな。幽霊じゃな」
『気持ちだけありがたく受け取っておきますのにゃあ〜。私のことはお構いなく腹ごしらえして下さいにゃあ〜』
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 正直飯を食う気分じゃなかったが、テーブルにはすでにペガサス会長が手配してくれたイタリアンが並んでる。食い物を粗末にしたら罰が当たる。自分にそう言い聞かせて俺は無理やり口に押し込んだ。そんな俺の様子を幽霊先生はニコニコと見守っている。



 この状況の切っ掛けは、オブライエンからファラオを預かったことだった。
 十代との連絡が途切れたことで、その現場へ駆けつけたオブライエンが、そこに取り残されていたファラオを見つけて連れて来たそうだ。ただ、彼自身はファラオを連れてまわるわけにはいかず俺に預けていったわけだ。
 もちろんオブライエンは、十代が連れていた猫を放って置けなかっただけで、ファラオの中にこんな魂が入ってるなんて思いもしなかっただろう。俺も知らなかった。おかげで十代がファラオを連れてまわっていた理由はわかったし、こうやって話を聞くことができるのだから、オブライエンには感謝しなきゃならない。
「詳しく聞かせてくれないか。幽霊先生」
『詳しく?』
「十代が襲われた時のことさ。オブライエンから大まかに聞いたけど、やっぱりその場に居た人?から聞いた方がいいと思うし」
『ああ〜・・・・・・あの時、私はファラオの中に居たから、把握できていることはオブライエンくんとかわらないですにゃあ〜。気がついたら急に車が止まって、乗り込んできた男に驚いてファラオが車外に飛び出してしまって・・・・・・すぐにオブライエンくんが現場に駆けつけてくれたおかげで、こうやって合流できてよかったですにゃあ〜。』
「その時に、気がついたことなかったか?襲って来たヤツの特徴とか、雰囲気とか・・・・・・何でもいいんだ」
『なんせ一瞬のことだったのにゃあ〜。はっきりしているのは、乗り込んで来たのは二人組みの男で、行動に迷いはなかったということぐらいにゃあ』
「二人組み・・・・・・それってやっぱり組織立った相手ってことだよな。迷いがなかったってことは、はじめから十代が目的だったのかな?」
『おそらく・・・・・・ヨハンくんの期待にそえなくて申し訳ないのにゃあ』
 大徳寺先生の元々下がり気味の眉がますます下がった。もうちょっと具体的な手がかりを得ることができればよかったけれど、なんせあの十代が対応できないほど突然のことだったのだ。そう都合良くはいかないかと納得しかけた時、引っ掛かることがあったらしい。大徳寺先生が『あ』と声を上げた。
「何だ?」
『これが手がかりになるかどうかはわかりませんが、彼等からは光の気配を感じましたにゃあ』
「光?」
『そうですにゃあ。ヨハンくんは聞いていないかもしれませんが、十代くんが2年生の時にDAで起こった、光の結社の一件の時に感じた気配に少し似てましたにゃあ』
「光の結社?」
『詳しいことは鮫島校長にでも訊ねるといいのにゃあ。今回のことに関係しているかもしれないとでも言えば、今のヨハンくんになら話してくれると思いますにゃあ』
 そういえばDAに留学してくる前に、施設で目を通したデータの中にそれらしき事件について読んだことを思い出した。確か、レーザー衛星まで絡んで大事になる一歩手前だったはずだ。KCのデータにはそのことに十代がかかわっているとはなかったが、よくよく考えてみればあの十代が無関係で済むとは思えない。
 すでに解決したことだとたいして気にもかけていなかったが、そうじゃなかったのかもしれない。十代を拉致して行ったヤツらが、大徳寺先生の言う光の結社とやらと同じものだとしたら、新たに得体の知れない謎の存在が現れるよりずっと現実的な気がした。
「それじゃあ、その光の結社とやらが今回の件にも関係してるってことか?」
『確かにその可能性もあるのにゃあ。ただ、断言するにはまだ早いと思いますゃあ。光の気配を持つこと事態は珍しいことではないですし、光に属しているからと悪巧みをしてるとは限りませんのにゃあ』
「そうなのか?」
 俺からすれば、今の所、そいつら以上に怪しい存在はない気がするが、人の枠から外れたモノからずれば、また違う認識があるらしい。
 それまでの雰囲気とは打って変わって、真剣な眼差しで言葉を続けた。
『すべてのモノは光と闇を等しく抱えているものですにゃあ。生まれながらにどちらかの力を強く帯びていることもありますが、時と場合によって刻々と変化していくものであり、それをどう使うかは人それぞれ。それこそが人に与えられた可能性という力ですのにゃあ』
 大徳寺先生の話は理解できた。確かに人は精霊と違って複雑で矛盾に満ちている。それはよくわかっているつもりだ。けれど、それと今回の件は話が別だ。少なくとも過去に敵対していたヤツが関係しているとしたら、そこから疑ってかかるのが当然なんじゃないだろうか。
 大徳寺先生の言い分に納得できず眉を顰めたまま黙っていると、そんな俺の疑いを察してか口調を少し緩めて言った。
『現に、ヨハンくんからは彼らよりずっと強く純粋な光の力を感じますにゃあ』
「俺?」
 話の矛先が自分に向くとは思いもしなかった俺は目を丸くした。
『そうですにゃあ。他の人とは比べモノにならないくらい、光の気配がはっきりとわかりますのにゃあ。しかも、ただ強いだけではなく様々な色を含んだ複雑な・・・まるで虹やオーロラを思わせるような光ですにゃあ。それは今日に到るまで体験して来た、様々なことを経てもなお変わることのない、ヨハンくんが生まれながら持った宿命と呼ぶに相応しいものかもしれませんにゃあ。宝玉獣達がヨハンくんを主として選んだ理由がよくわかしますのにゃあ』
 これまで他人からいろんなふうに評されてきたが、それらとはまったく異なった視線からの指摘に新鮮な感覚を覚える。そして大徳寺という存在に興味が沸いてきた。
「先生にはそんなふうに見えるのか?死んで幽霊になったら誰でもそんなふうになる?」
『さぁ〜。これは世界の理から外れた、私だけの能力なのかもしれませんにゃあ』
「へぇ〜・・・・・・じゃあさ、先生の目には十代はどんなふうに映ってる?」
『今の十代くんからは強い闇の気配を感じますにゃあ。DAに入学して来た頃は、光と闇を等しく用いて、デュエルを通して難問を解決してきたものですが・・・ヨハンくんと同じく様々なことを経て、彼は闇を選択した。私はそう思ってますにゃあ』
「闇・・・・・・」
『これはあくまで私独自の見解ですが、十代くんとヨハンくんは正反対の位置にあるように見えますのにゃあ。そう・・・まるで、一枚のカードの表と裏のように。対極であるが故に、二人は似ているのかもしれませんにゃあ』
「一枚のカードか・・・・・・そりゃいいや」
 大徳寺先生の喩えに悪い気はしない。それにしても、俺達のことをこんなふうに分析する人がいるなんて考えたこともなかった。世界は広い。
 素直に感心すると同時に、その存在をずっと知らなかったことを思い出して、腹立たしい気持ちがムクムクと膨らんできた。
「・・・・・・十代のヤツ、ずっこい」
『ずっこい?』
「他の誰よりも十代から信頼されてるって自覚してるんだけど、幽霊先生みたいな面白いこと黙ってるなんて、俺、自信失くしちゃうな〜」
『お、面白いですか、にゃあ・・・・・・?まぁ、そう言わないであげて下さいにゃあ。十代くんなりに私に気を遣ってくれたんだと思いますのにゃあ』
「そうなんだろうけどさ〜・・・・・・」
 以前からわかっていたけど、俺は自分で思う以上に十代に関することでは心が狭いらしい。十代が大徳寺先生のことを教えてくれなかったことも、知らないところで認識を共有する存在がいたことも、今の俺には妬ましい。
 テーブルに肘をつき口を尖らせて拗ねてそっぽを向いていると、そんな俺を眺めていた大徳寺先生は、俺の耳には届かないボリュームでボソッと呟いた。
『・・・・・・どうして十代くんがヨハンくんのことを気に掛けているのか、わかった気がしますにゃあ』
 視線を戻して「ん?」と聞き返すと、彼は微笑みを浮かべたまま『何でもないですにゃあ』と惚ける。何が言いたいのか突き詰めたいとも思ったが、まあいいと気持ちを切り替えた。いつまでも機嫌を損ねていじけている場合じゃなかった。この際だ。俺や十代の力になってくれるなら、ネコだけじゃなく幽霊の手も借りてやろう。
 そう考えてイスに座り直し、姿勢を正して大徳寺先生に向かい合う。
「大徳寺先生」
『何ですかにゃあ?』
「ペガサス会長が言うように、十代がそう簡単に隙を見せるとは思わないけどさ。出会った頃に比べれば随分しっかりしてるけど、あいつ、あれで案外抜けてるところがあるんだ。あと、俺と一緒であまり後先考えないところも変わってないと思う。今回の件に、俺を巻き込まないようにって考えていたみたいだけど、この事態だ・・・・・・もしかしたら助けが必要かもしれない。だとしたら俺は十代の力になりたい。こういう状況では、精霊や先生みたいなヤツ等の力が侮れないってことはよく知ってる。これまでずっと十代と行動を共にして来たってならなおのことだ。俺に力貸してもらえないか?」
 もちろん俺が説得しなくても先生は協力してくれるだろう。これは説得というより、俺の意思表明でありケジメみたいなもんだ。
 それもわかってくれているんだろう。大徳寺先生はニッコリと微笑みを返してくれた。
『もちろんですにゃあ。こちらこそ、よろしくお願いしますにゃあ。ヨハンくんが居てくれて本当に助かったのにゃあ』
「にゃあ〜」
 俺のことも忘れるなってところだろうか。大徳寺先生の言葉尻と重ねるように、皿を空にしたファラオが鳴いた。






 もし、大徳寺先生の指摘が本当だとしたら。そして、それにアルビノが関わっているとしたら。案外早く解決できるんじゃないだろうか。
 しかし、そんな俺の考えは甘いものだった。
 十代の行方がわからなくなってから、精霊が宿るカードが奪われるという事件は起きず、新たな手がかりを得ることができなかった。俺達は関係があるのではないかと疑われた出来事は、些細なことでも片っ端から調べ上げていたが、それが事件や十代に繋がることはなかった。
 そして、あれ以来アルビノが俺の前に姿を現すことはなかった。こうなってしまっては俺にもお手上げだ。
 まるで十代の姿と共に、今回の事件も、アルビノも、この世界から消え去ってしまったみたいだ。



『あれからもう5日ですか・・・・・・ここまで徹底的に行方を眩ますとは、あちらもなかなかやりますのにゃあ』
「くそっ!俺じゃ十代の力にはなれないのか・・・・・・!?」
『ルビ〜』
 ホテルの部屋に持ち込んだPCの前で、肘をついて両手を組んだ上に頭を乗せて自分の無力さに落ち込んだ俺を、肩の上のルビーが心配そうに覗き込んだ。PCの液晶画面には、鮫島校長に頼んで送ってもらった光の結社にかかわるデータが表示されている。それは先に入手していたKCの情報と大差のないもので、そこから、今起こっている事件に繋がるものを見つけることはできなかった。
『そんなことないのにゃあ。ヨハンくんはよくやってますにゃあ。それに気を落とすのは早いですにゃあ。まだこれからなのにゃあ』
「・・・・・・そうだな。俺がこれくらいでめげてちゃダメだよな。ありがとう先生」
『明日からは捜索範囲を広げましょう。宝玉獣達にも、もうひと頑張りしてもらって・・・・・・』
 そこで急に大徳寺先生の顔色が変わり黙り込んだ。ほぼ同時に肩の上のルビーも悲鳴を上げてデッキに戻ってしまう。
『ルビビ〜〜ッ』
「どうしたんだ大徳寺先生?ルビー?」
 デッキに手を伸ばそうとしたその時、俺自身も不快感に襲われる。一瞬の眩暈の後、まるで一枚幕がかかってしまったような感覚を覚えた。ファラオもこの異変を感じているらしい。それまで俺の足元でまどろんでいたのに、急に起き出して「にゃあ〜」と不満げな声を上げる。
「何だろう?頭の芯が痺れて、感覚のひとつを邪魔されてるみたいだ。気分が悪い・・・・・・大徳寺先生も宝玉獣達も大丈夫か?」
『結構厳しいのにゃあ〜・・・急に重力が強くなったような・・・・・・何だか、息苦しいのにゃあ』
「いったい何が起こってるんだ?」
『わかりません・・・・・・ですが、明らかに空気が、変わりましたにゃあ。この世界で、何かが起こっているのは、確かですにゃあ!・・・・・・もう、無理ですにゃあ〜!ファラオ〜!』
 不快感に耐え切れなくなった大徳寺先生は、そう叫んでファラオの口の中に飛び込んだ。
「本当に大丈夫か?」
『こうしてると、少しマシですのにゃあ〜』
「ならいいけど・・・・・・」
 ファラオの中から先生の声が聞こえてくる様子は、まるでファラオが喋っているようで、いつもなら笑ってしまうところだが、今はそんな場合じゃなかった。デッキの宝玉獣達も口にはしないが随分辛そうだ。その様子から、俺よりも幽霊や精霊の方が影響を受けていることがわかる。
 いったい何が起こったのだろうか?その原因を探ろうと携帯を手にしたその時だ。手の中で携帯が着信音と共に震えだした。驚きながらも誰からだろうと確認すると、それは今かけようとしていた相手、オブライエンからの着信だった。タイミングが良過ぎて嫌な予感しかしない。



 嫌な予感ってのは当たるもんで、オブライエンに呼び出されて出向いたI2社の一室で、俺はこれまで以上に悪い状況を知った。
「どこのどいつかは知らないが、3年前のユベルが起こした状況と同じことを起こしているヤツがいる」
 三沢の言葉にその場に集まった全員が息を飲んだ。
 そこにいたのはペガサス会長に鮫島校長。三幻魔と、行方不明になった十代のこともあり、話を聞いて駆けつけた影丸理事長。そして俺(と大徳寺先生と宝玉獣達)と、事件の解決のミッションを受けているオブライエンに、再会したばかりの三沢とツヴァイン・シュタイン博士だ。二人とは異世界ではじめて知り会った時以来だった。
 三沢が言うには、再び世界に異変が起こりはじめていることを知り、原因を探る為にこちらの世界に戻って来たらしい。それが本当なら世界で一番アグレッシブなヤツかもしれない。
「いや。状況は、あの時以上に厳しいかもしれん・・・・・・!」
「3年前と同じこととは、どういうことですか?そう簡単にあんなことができると思えないが」
 硬い表情の博士にオブライエンが訊ねた。それはオブライエンだけでなく、その場にいたみんなが持った感想だと思う。しかし、そんな俺達の戸惑う態度がもどかしいらしく、ますますヒートアップした三沢が声を荒げた。
「そうだ!その簡単じゃないことが起きているんだ!」
 準備されていたプロジェクターが、日常では目にすることもない図形や数式がぎっしり書き込まれた画像を壁一面に映し出し、それを操作しながら三沢は話しはじめた。
「これまでも特異点・・・・・・異世界との接点は数多く確認されている。しかし、それはいずれもとても不規則で不安定なもので、その存在がこの世界に影響を与えることはほとんどないと言ってもいい。だが、今回のそれは明らかに異なっている。これほど強く次元への干渉し、しかも維持されることは今までになかったことだ。ここまで来ると安定していると言ってもいいくらいさ。短い時間の観測でもその異質さははっきりとしている。これまでのデータからしても自然発生的なものだとは考えられない」
「つまり何物かが故意に起こしているということデスカ?」
「そんなことが本当に可能なんでしょうか・・・・・・」
 次々と表示されるデータと説明に、ペガサス会長と鮫島校長と影丸理事長が顔を見合わせながら唸る。カレッジでツヴァイン博士のレポートは目を通していたから大まかなことは理解できたが、そんな俺にもさすがにわからない部分が所々あった。
「だとしたら、逆に原因がわかるんじゃないのか?それを引き起こしてる発生源とかさ」
 俺の疑問に、三沢の横に立っていたツヴァイン博士が答えた。
「知っての通り、3年前のDAの異世界への転移では、引き換えに、デスデュエルで多くの生徒が倒れるという事態を引き起こしておる。それを踏まえれば、それ相応の事態が発生していると我々も考えた。しかしじゃ。今のところその影響と思われることは把握できておらんのだ」
「その所為なのか、もしくは我々の探知を阻害しているのかはわからないが、今現在、発生源を特定できずにいるんだ。問題が起きていないということはありがたいことなんだが・・・・・・」
 ツヴァイン博士の説明を補充するように三沢がそう言うと、ペガサス会長も「確かに、特に問題が起こっているとは、私の耳にも入っていまセーン」と肯定する。
「そこで十代やヨハン、君達のことを思い出した訳だ。精霊と交流することのできる君達なら、我々とは別の突破口が見つけられるんじゃないか、とさ」
 一斉にみんなの視線が俺に集まる。確かに、いつもなら十代や俺の出番なんだろうが、今回はそうはいかないようだ。黙っている必要もないだろうと、俺は素直に今自分の身に起こっていることを話すことにした。
「申し訳ないけど、期待に答えられそうにない」
「どういうことだ?」
「オブライエンから連絡が来るちょっと前からなんだが、精霊達が異変を訴えてたんだ」
「宝玉獣達がデスカ?」
「ええ。上手く説明できないけれど、精霊達だけじゃなく俺自身も少しおかしいんだ。例えるなら、精霊たちとコンタクトできるセンサーが、何かに邪魔されてるっていうのが近いかな・・・・・・さっき三沢が言ってたように、次元への干渉の所為か、発生源を探知されない為に何か小細工してるのか、断言はできないけどたぶんその影響だと思う。俺はその程度で済んでるけど、宝玉獣達は随分辛そうだ。恐らく他の精霊達も同じなんじゃないかな」
 それなりに期待してくれていたのか、俺の話に三沢とツヴァイン博士は肩を落とした。
「そうか・・・・・・いや。考えてみれば、精霊やヨハンが何かしらの影響を受けているのは当然だ。今、世界はそれ相応の不安定な状況に置かれている。しかし、そうなると別の方法を見つけないと・・・・・・それなら、いや・・・・・・」
「・・・・・・精霊達にまで影響が出ておるなら・・・いや、しかし・・・・・・」
 切り替えが早い三沢とツヴァイン博士はすぐに復活すると、まわりのことなど御構い無しにブツブツと呟きながら、睨み付けた空に指で数式を書いていく。それを止める言葉を俺達は持ってなかった。
 そんな二人を横目に鮫島校長が話を続けた。
「どちらにせよ、我々にとっては不利な状況にかわりない。そのことが精霊の宿るカードや十代君が行方不明の件に、直接関わっているという証拠はありません。ですが、逆に無関係だという証拠もないわけです。この場合、何か関わりがあると考えて動くべきでしょう」
 影丸理事長とペガサス会長も頷きながら話を繋ぐ。
「3年前のことを考えば、我々が気付かないだけで確実に何かが起こっておるはずだ。今それを特定する方法がないというなら、たとえ膨大な時間がかかろうと虱潰しに捜索し、その兆しを発見するまで」
「数をこなす作業は、我々、I2とDAに任せて下サーイ。皆さんはそれぞれが持ち得る能力を最大限に使って、この事態の真相を探り出して欲しいのデース。その為の協力は惜しみまセーン」
 3人の提案に反対する理由もない。三沢とツヴァイン博士が加わったことで、少しでもこの行き詰った状況に突破口を開くことができれば。その場にいた誰もがそう期待し士気も上がったようだ。
「そうと決まれば・・・鮫島校長。試してみたいシステムがあって・・・・・・」
「ペガサス会長。自分も心当たりを捌く為に、少し人手が欲しいのですが」
 さっそく今後の対応を講じる三沢やオブライエンを尻目に、その時の俺は、どうしても事態が好転するように思えなかった。
 感覚が狂ってしまったせだろうか。それとも、十代の行方がわからないからだろうか。
 そのどちらともなのかもしれないが、妙な不安感に囚われて、いつものようにテンションが上がって来ない。
 俺ってこんなに情けないヤツだっただけ?
 心の中で大きな溜息を吐いた。






 俺は幾億もの星が輝く闇の中をふわふわと漂っていた。そこはたぶん宇宙空間だと思う。なんせ行ったことのない場所だから、本当にそうなのかはわからない。足元には太陽の光を真下から浴びて、地球が青く仄かに輝いている。その大きさからすると宇宙ステーションより少し高い高度だろうか。それでも海や森や大地の色もはっきりと見ることができた。暗闇の広がる宇宙空間から見たその星は、強烈な存在感を発していた。
 やがてそこに七色の光の帯が現れ、その空を染めていった。棚引くオーロラは上から見てもキレイだった。
 オレはその様子をしばらく漠然と眺めていが、そのうち、見ているだけじゃ物足りなくなった。もっと側に行きたい。どうせなら、あのオーロラの横を通り地球に降りて、青い海の上を鳥と共に渡り、その海の水底を魚と共に泳いでみたい。
 そう思って手を伸ばすと、無重力空間?ってのは思ったように身体が動かないもんで、自分の意思とは関係無しにその場でゆっくりとくるくる回転してしまう。
「あれ?・・・ちょ、止まんねーっ!?・・・・・・うっ・・・だ、誰か、止めてくれ〜!」
 俺の声は何処にも誰にも届かず、闇の中に溶けてしまった。そこでようやく、この空間に俺はたった一人だということを認識する。俺以外の存在をまったく感じないし、いつも一緒に居てくれた宝玉獣達の気配もない。ここには俺を助けてくれる存在はない。そのことに気づいてはじめて少し恐怖を覚えた。
 そこでそれまでキレイだと思っていた足元のオーロラが、地球全体に広がっていくのを、回転し続ける視界の中で確認して、それがただのオーロラじゃないことに気づいた。本来オーロラは極域近辺に見られる大気の発光現象だ。じゃあ、これはいったい何だ?美しすぎる光景が逆に恐ろしさをかき立てる。
 すると、これまでまったく気にならなっかたのに、急に肌を刺す冷気を感じて俺は震えた。ここが宇宙空間だというなら当然だ。確か、地上約350キロメートルの地球周回軌道上を回ってる宇宙ステーション外の温度は、太陽の光が当たっていれば100度以上、当たっていない場合はマイナス100度を下回る。
 そうだ。ここが宇宙空間だっていうなら、まず空気がないはずだ。そう思った途端、息苦しい気がしてくる。ゆるゆると回転しながらそれを止めることもできず、寒さに凍え、息苦しさに喘ぎ、緊迫感がどんどん増してゆく。
 無限に続くかのように感じたそんな時間が、突然破られる。目が眩むほどの光を発しながら、地球の向こう側から太陽がその姿を見せると、次の瞬間、腕が掴まれるて回転が止まった。
 何が起こったのか戸惑いながらも眩しさに閉じた瞼を僅かに開くと、目の前には太陽を背にしたアルビノがいた。
「アルビノ・・・・・・!?」
『・・・・・・何だかんだ言っても、結局、お前は俺がいないとダメなんだ』
 あいかわらず人を小馬鹿にしたように眉を顰めながらも、何処となく嬉しそうにも見える、そんな笑みをアルビノは浮かべていた。逆光で見難いが、その瞳は俺のよく知る赤い色ではなくて、最後に見た時の光を宿した白銀だった。
 助けてくれたことは嬉しかったのに、その顔を見ていたら、この間の捨てゼリフと、その直後、行方がわからなくなった十代のことを思い出して腹が立ってきた。
「・・・・・・おい。お前、十代に何をした?」
『は?』
「惚けんなよ。十代を連れ去ったの、お前の差し金だろ!?あと、次元に干渉してるのもお前なんじゃないか?何をしようってんだよ?いったい何を考えてるんだ!?」
 心に溜め込んでいたことを俺は一気に吐き出した。それは疑惑でしかなく、俺自身そんなことはないと思いたくて、今までずっと口にしなかったけれど、言ってしまえはなんてことはない。俺は最初からわかっていたのに知らん振りしていただけだ。
 そんな俺を、アルビノはきょとんと目を丸くした後、『あははははっ』と心底可笑しそうに笑った。その態度に心底イラッとする。
「何笑ってんだよ・・・・・・俺の質問に答えろよ!」
『ああ〜、十代に何をしたのかが知りたいんだっけ?ていうか、俺に聞かなくてもお前はもうわかってるんじゃないのか?』
 そう言うと、アルビノは背後の太陽を指差した。視神経だけじゃなく、その奥の脳まで焼かれそうな光に、アルビノの指し示す先に何があるのかすぐには確認できなかったが、無理やり光に目を向け続けていると、やがてその光の中に影があることに気づいた。視界に焼きついた光に邪魔されながらもアルビノに視線を戻すと、その手にはいつの間にかその影に繋がる光の鎖が握られていた。アルビノはこちらに手繰り寄せるように鎖を引き、抵抗する様子もなく近づいて来たその影が、自分の探している人だと気づくのに時間はかからなかった。
「十代!!!」
 光の中から現れたのは間違いなく十代だった。身体にはアルビノの握る鎖だけじゃなく、背後からも伸びる鎖が絡みついて縛り上げていた。その様はさぞかし苦痛だろうと思うのに、十代は無表情で虚ろな視線を空に彷徨わせている。いや、もしかしたら何も見えていないのかもしれない。そこにはいつもの強い意志を感じさせる、底深い大地のような輝きはなかった。
 俺は咄嗟に、アルビノの手を振り払って十代に手を伸ばそうとしたが、その動きより早くアルビノは俺を突き飛ばした。反動でアルビノは十代の方へ向い、引かれるままに近づいて来た力の入っていないその身体を乱暴に抱き寄せる。そして、見せ付けるように無抵抗な十代の顎を取った。
「アルビノ!てめぇっ・・・・・・!!!」
 自分と同じ顔とはいえ、やっぱりムカつく。アルビノから十代を引き離したくて無闇やたらに手足を振り回したが、再び無重力の中に放り出され止まる術を知らない俺は、どんどん離れて行くばかりだった。
「チクショ――――――ッ!!!」
 遠ざかって行く俺を尻目に、アルビノは愛しげに十代の頬を撫でつつ、光を宿した白銀で一瞥をくれた。
『お前はそこで、指を咥えて眺めていればいい・・・・・・』
 宇宙の暗闇を照らし出す太陽の光を背に、アルビノと十代の姿が重なる。
「やめろ――――――――っ!!!!」



「・・・・・・ハ・・・ハン、ヨハン!」
「―――――――――っ!?」
 肩を揺らされて俺は目を覚ました。横にはオブライエンが立っている。どうやらPCの前で寝落ちて夢を見ていたらしい。それほど長い時間眠っていた訳じゃなかったが、身体を起こすと無理な体勢が祟って関節と筋肉がギシギシと悲鳴を上げた。
「随分魘されていた」
「ああ・・・・・・嫌な夢見てた」
「気持ちはわかるが、こんなところで寝るからだ」
 今見たばかりの夢を振り払うように軋む身体を伸ばし、あくびをしながら俺は辺りを見渡した。そこはI2社の関係機関の研究所にペガサス会長が用意してくれた一室だ。深夜2時も過ぎたそこには人の気配はまったくない。俺とオブライエンだけだ。夜の闇が包む俺達を照らし出すように、目の前のPCの画面には、今回の事件に関わっている可能性がある人物の情報が切れ目なく並んでいる。
 それは昔とある機関に属していたことがある研究者達の一覧だ。今現在、その一部の人間が行方不明者になっていることを突き止めた俺達は、その足取りを探して、役に立ちそうな情報の収集と判別をしていたが、単調な作業に途中で寝落ちてしまったようだ。その間も十代とアルビノのことを考えていたことと、最近の睡眠不足の所為であんな夢見たんだろう。
 あれから十代の行方はわからないまま。三沢が加わってからも10日が過ぎ、俺の焦りは極限に達しようとしていた。
「だな・・・・・・悪い、もう平気だ。それより何か新しい情報は?」
「これまでの地道な作業が実を結んだようだ。かなり絞れてきたぞ」
 オブライエンが差し出してきた書類に目を通す。そこには10日かけてオブライエンとI2社とDAがかき集めた情報から、今回の事件に関わりのある可能性が僅かでもあると判断された、施設や工場や会社のデータが記されていた。オブライエンは絞れてきたと言ったが、ぱっと見ただけでも50前後はあった。これを全部調べてまわるとなると骨の折れる仕事になる。
「それでも随分あるな。大丈夫なのか?」
「ああ。これからペガサス会長に連絡を入れてさっそく動くつもりだ。いざという時にはヨハンにも動いてもらうことになるだろうから、そのつもりでいてくれ。それと、ついさっき万丈目から連絡があった。お前に話があるらしい。携帯が繋がらないと俺にまでかかって来たぞ」
「万丈目が?」
 そういえば万丈目から直接連絡が来るなんてはじめてのことだ。珍しいことがあるもんだとテーブルの隅に置きっぱなしにしていた携帯を手に取ると、そこには確かに万丈目からの着信が表示されていた。寝落ちているうちに何度もかかって来ていたらしい。全然気付かなかった。
 今まで連絡して来ないヤツがわざわざオブライエンにまで訊ねていることを考えれば、他愛のない友人への電話ではないことは察することはできる。万丈目も精霊を認識できる人間だ。異変を感じたおじゃま達にせっつかれたのかもしれない。
 確か今リーグ参加中で地球の裏側にいるはずだが、手が空いていれば繋がるだろう。そう思いかけ直そうとした途端、再びその万丈目から着信があった。オブライエンに視線を送りつつ俺は通話ボタンを押す。
「さっそくだ・・・・・・もしもし?」
『――――俺だ!お前等はどうしてすぐに出んのだ!携帯の意味がないではないか!』
 挨拶も無しに怒鳴りつけられて理不尽だと思ったが、着信にまったく気づかなかったんだから当然といえば当然だった。「お前等」の「等」ってのは十代のことだろうなと頭を掻きながら答えた。
「悪い。ちょっと寝てた。丁度、今、オブライエンから聞いたぜ。用があるんだろ?どうした?」
『ハァ、まったく・・・・・・まあ、いい。お前に聞きたいことがある。宝玉獣達は無事か?』
 俺の悪びれのない態度に呆れたのか大げさに溜息を吐いていたが、万丈目はすぐに本題に入る。思った通り、精霊達の異変にその重い腰を上げたらしい。俺はあえて知らない振りをして訊ねた。
「唐突に何だよ?」
『10日程前からだったか。うちのクズどもが具合が悪いと喚き出してな。俺はプロデュエリストだ。クズどもの為にリーグを途中で放り出すことはできん。とはいえ、四六時中耳元で呻かれては鬱陶しいくて敵わん!』
『万丈目のアニキィ〜、ヨハンのアニキィ〜、助けてぇ〜〜』
『つらいよおおお〜う、苦しいよおおお〜う・・・・・・う゛う゛う゛う゛〜〜〜・・・・・・』
「だろうな・・・・・・」
 万丈目の話が終らないうちに、すぐ側にいるのだろうおじゃまたちの呻きが俺の耳にも届いた。一日中こんなふうに訴えられたら、確かにこっちまで参ってしまいそうだ。
『そこでだ。クズどもを黙らせる為にも、暇を持て余してフラフラしている十代のヤツに、仕事を与えてやろうと連絡してやったのに一向に繋がらんのだ!まぁ、アイツに連絡が取れないのはいつものことだし、十代のヤツがその気なら俺は別に構わんが、このままじゃ、おじゃまが煩くて仕事にならん!そこでお前のことを思いだした訳だ。おい。お前は、今、何が起こっているのか知ってるんじゃないのか?十代もそうだ。連絡がつかんのもその所為じゃないのか?知っていることを全て話せ!』
 理屈と推測はどうであれ万丈目の指摘は当たってる。とはいえ、今回の事件についてはできる限り表に出さないように口止めされていた。
 なんせ、あの十代が行方不明なのだ。そのことが知れ渡れば、十代を慕っている者達を巻き込んで大事になるのは目に見えている。少なくとも、知ってしまった俺やオブライエンや三沢はすでに首を突っ込んでしまっているし、おそらく万丈目も話を聞けば口では文句を言いつつも協力するだろう。
 ここで適当に誤魔化してもいいが、下手を打つと万丈目だけでなく他のヤツ等にも飛び火して、手の付け様がなくなってしまう。それが十代の身をより危険なものにしてしまう可能性だってある。ならば、いっそ万丈目を先に取り込んでしまおう。そう判断した俺は、横でこちらを窺っていたオブライエンに目配せして話を続けた。
「そうだな・・・・・・万丈目、時間が空くの何時だ?」
『今週いっぱいはどうしても動けんが、それ以降なら都合がつく』
「わかった。それまでに状況が変わらなければ、週末にこちらから連絡する。来週の予定は空けておいてくれ」
『・・・・・・それは、電話では済まない事態が発生していると思っていいんだな?』
 それまでの傍若無人な口調は消えて、万丈目はこちらを窺いながら慎重にそう言った。
「そういうことだ。でも、このことは口外しないでくれよ。人に知れて事がややこしくなると困るからな」
『わかっている。俺を誰だと思っている』
 いつもの調子に戻ってそう言い放った万丈目に、ずっと気にかかっていたことを訊ねてみた。
「あ、そうだ。具合が悪いのおじゃま達だけか?」
『それはどういう意味だ?』
「お前自身に何か起きてないか?気分が悪いとか、変な感じがするとか〜・・・・・・」
『強靭な精神力を持つ俺を、クズどもと一緒にしないでもらおうか!』
 話していて、もしかしてとは思ったが、やはり万丈目自身は何も感じていないようだ。
「ならいいんだ。じゃあ、週末な」
 万丈目はまだ何か言いたそうだったが、俺はそれを無視して通話を切った。どこに耳があるかわからないのだ。電波にも出来る限り乗せない方がいい。
「万丈目も異変に気付いたようだな」
「ああ。あいつにはおじゃま達がついてるからな。誤魔化してややこしいことになるのは避けたいし、手伝ってくれるってのなら万丈目財閥の手でも借りるってね」
「排除するより取り込む方が効果的とはいえ、あれで口止めになればいいがな。まぁ、俺達は万丈目が合流するまでに、目星のひとつでもつけられるよう努力しよう」
「だな」
 オブライエンはよくできた男だ。いちいち説明しなくても察してくれるってのは、余裕のない今の俺にはありがたい。
 それにしてもだ。俺が感じている不快感は、精霊達が感じているものと同じだとばかり思っていた。だからこそ万丈目も同じように何かを感じているんじゃないかと予想したわけだけど、どうやら外れたらしい。
 感受性というものは人それぞれだ。精霊が見えると言っても、その中でも差はあるだろう。現に姿は見えずとも、声を聞くことができる者もいる。俺と万丈目の感じ方が一緒であるとは限らない。
 ただそれだけの差なのかもしれないが、俺は少し不安を覚えた。考え込んだ俺に気付いてオブライエンが言った。
「ヨハン、根を詰めすぎるな。顔色も良くない。少し休め。万丈目のことは俺が伝えておく」
「いや、俺は・・・・・・そうだな。ちょっと気分転換して来るわ」
 せめて目の前にあることだけは終らせてしまいたかった。だが、夢に見たことが引っ掛かって、このままじゃ作業も捗りそうもない。俺は諦めてオブライエンの言葉に従って腰を上げようとした。その時だ。聞き覚えのある声が耳に飛び込んで来た。
『クリクリ〜〜〜!』
 反射的に振り返ると、そこにはフラフラとふらつきながら飛んで来るハネクリボーの姿があった。
「ハネクリボー!!」
「ハネクリボーだと?」
『・・・・・・ク、リィ〜〜〜・・・・・・』
 俺の声につられて、精霊の姿を見ることができないオブライエンも辺りを見渡す。ハネクリボーはそんなオブライエンと俺の前で、力尽きるようにポトリと床に落ちた。






 俺達の元へ辿り着いたハネクリボーは随分疲弊していたが、十代の身に何が起こったのか、これまでの経緯と居場所を知らせてくれた。十代やヒーローから希望を託された、ハネクリボーの勇気ある行動によって、這うようにしか進まなかった状況が一気に好転する。
 世界を巻き込むこの事態を収拾する為にも、一刻も早く十代を救い出す為にも、十代達が作ってくれた好機をここで無駄にするわけにはいかない。俺達はさっそく動きだした。



 今後の計画が決まった後、準備が完了するまで休むように諭されて、研究所の中に宿泊出来るように用意してもらった部屋で、すでに日課になっていたファラオの食事を眺めながら、俺はハネクリボーから聞いたことを反芻して、溜息が零れるのを止めることができなかった。
 十代の無事を確認することができて、多少気が楽になったのは確かだ。だが、ハネクリボーの説明を聞いたことでそれまでとは別の不安が生まれた。
 まず、俺のアルビノへの疑いが確信へと変わった。認めざる負えなくなった。大徳寺先生は俺から強い光の力を感じると言ったけれど、それは俺自身のことではなくて、アルビノの力のことだったのではないだろうか。そう考えれば何もかも辻褄が合う。合ってしまう。
 十代を助けたい。力になりたい。十代が人々にとってヒーローであるように、俺は十代にとってのヒーローでありたい。これから何があっても・・・・・・たとえそこにアルビノが立ちはだかるとしても、その気持ちは変わらないし逃げ出すつもりもない。
 とはいえ、相手がアルビノなのかもしれないと思うとやっぱり気が重い。何より、今この時も十代の生命が危機に曝されていると思うと、一人焦ったところでどうにもならないのはわかっていても、叫び出したい気持ちでいっぱいになる。他のことを考えられなくなる。
 そんな気持ちを持て余してもう一度溜息を吐くと、テーブルの上でぐったりしていたハネクリボーが気遣うように俺を見上げた。
『クリクリ〜?』
「ああ、俺は大丈夫だぜ」
『・・・・・・大丈夫じゃなくても、動いてもらうよ』
 そこでハネクリボーとのやりとりに入って来る不機嫌そうな声があった。それはあの異世界の一件以来、一度として俺の前には姿を現そうとはしなかったユベルだ。ユベルの置かれている状況も説明を聞いてよくわかっているが、まるでハネクリボーが話しているようにも見えて、違和感を通り越して面白い。
『今ここで、僕たちの声を他の人間に伝えることができるのは、お前だけなんだからね』
「止められてもそうするつもりだから心配すんなよ。ユベルの方こそ、ハネクリボーと大人しく待ってろよな。お前らに何かあったら、十代に会わせる顔がない」
『フン・・・僕はお前の世話になるつもりはないよ。けど、十代の身に何かあったら殺す。来世でも殺す』
「はいはい・・・・・・」
 十代がしばしばユベルに対して「減らず口を」なんて口にしていたのは知っていたが、その理由が何となくわかった。異世界でのことを思えば可愛いもんだが、性質の悪いところはそのままだった。
『あと、さっき渡したモノ、絶対に忘れるなよ』
「わかってるって」
 それは十代を助ける為に預かった、ユベルの力の宿った宝玉のことだ。最初ユベルは、十代の救出について行くと言って聞かなかった。だが、ユベルをハネクリボーに預けた十代の気持ちや、救出時にユベルにもしものことが起こったらと考えると、同行を認めることはできなかった。それならとユベルが提案したのが闇の力の譲渡だった。宝玉獣達の協力もあって、ユベルが今持てる力の全てを俺に預けてくれた。
「お前の覚悟を忘れる訳ないじゃないか。俺、方向音痴だけど物忘れはしないから!」
 何かおかしなことを言っただろうか?それを聞いた途端、ユベルの一気にくたびれた空気が伝わって来た。
『・・・・・・・・・・・・僕は、もう休むよ。言っておくけど、お前が助けを呼んでも僕は答えるつもりないから』
 どうしてだろうと頭を捻る俺に、付き合いきれないとユベルは『じゃあね』と言って話を切り上げて、そのまま寝に入ってしまう。こうなったらいくら声をかけても、もう答えないだろう。ユベルが俺に対してあまりいい感情を持ってないのはわかってるつもりだし、今の状態がユベルに負担になっているのは確かだ。けれどそれ以上に、十代の為に動くことができない自分が何より腹立たしいのだろう。十代を思うユベルのそんな気持ちを察することは容易い。共感さえ覚えるほどだ。
 今はそっとしておいてやろう。そう考えて、俺とユベルのやり取りを不安げに見上げていたハネクリボーに微笑んでやる。
「ハネクリボーも疲れただろう?休んでろよ」
『クリ〜・・・・・・』
 ハネクリボーに手を伸ばし、触れることができれば得るだろう、そのふさふさとした感触を想像しながら俺は空を撫でた。仕草だけでも満足らしい。ハネクリボーは瞼を閉じ、やがてうとうとと船を漕ぎ出す。
 そんな俺達の様子を見ていたからか、飯を食い終わったファラオが珍しくにゃあと鳴いて足元に擦り寄ってきた。どうやら自分も撫でてもらいたいらしい。仕方がないなぁと、ファラオに手を伸ばそうとしたその時、唐突に声が届いた。
『なんだ・・・案外、余裕なんだな』
 何事もないかのようにアルビノがそこに立っていた。そういえば、こいつが来る時はいつも唐突だった。足元のファラオは警戒して毛を立てていたが、先日と同じようにテーブルの上のハネクリボーは眠ったままだ。宝玉獣達も同じく沈黙を保っている。
 アルビノの悪びれのないその表情に、顔を出したら、まずぶん殴ってやると心に決めていたことを思い出した。
「アルビノ・・・・・・!てめえぇ・・・・・・っ!!!」
 込み上げる怒りのままに、駆け寄る勢いを乗せてアルビノに拳を振り下ろすが、当然、俺の拳は虚しく空を切る。もちろんこうなることはわかっている。相手は実態のない存在で、俺の拳がそれを捕らえることができないのは百も承知だ。それでもそうせずにはいられなかった。
『残念でした。気は済んだか?』
 そのヘラヘラした態度が気に入らない。ムカムカする。この間、アルビノは俺をベッドへ突き飛ばしやがったのに、本当に不公平だ。
 アルビノ相手に俺にできることは限られているとはいえ、このまま放って置くことはできない。今回の事件に関わっているというなら、なおのことだ。
 その時、俺の背後から叫び声が上がった。
『にゃああああ!何が起こってるのにゃあ!?』
「大徳寺先生・・・・・・!」
 ただならぬ気配にファラオの中から出て来たらしい。俺と似た姿のアルビノに驚いたのだろう、大徳寺先生の視線がアルビノと俺の間を忙しなく交互に行ったり来たりする。そんな大徳寺先生にアルビノは驚くこともなく、逆に納得したように言った。
『へえ・・・・・・十代と一緒にいたヤツじゃないか。ヨハンのところに転がり込んでいるとは、なかなか抜け目がない』
 アルビノの口ぶりからすると、以前から大徳寺先生の存在について知っていたのだろう。
『ヨハンくん、これはどういうことですかにゃあ!?』
「・・・・・・説明は後だ」
 これまで黙っていた罪悪感から、居心地の悪さを覚えたがどうしようもない。どちらにせよ、今回の事件にアルビノが関わっている以上、話さなくてはいけないことだったのだ。そう覚悟を決めて、俺は気持ちを切り替えるとアルビノに向き合った。まずはアルビノの本心を確認することが先決だ。
「何の用だよ?」
『冷たいなぁ〜。昔は双子みたいな存在だって言ってくれたのに。がっかりだぜ』
「煩せえよ。減らず口はいいから、俺の質問に答えろ」
『はいはい。そうピリピリすんなよ。俺はただ、ハネクリボーがちゃんとヨハンの元へ辿り着いたかどうか、確認しておこうと思ってさ』
 俺は自分の勘を信じているから、すでに予測していた。覚悟もしていた。けれどアルビノの言葉は思った以上の衝撃を俺に与えた。これまで俺が信じていた世界が大きく揺らぐ。
「お前、やっぱり・・・・・・!十代をどうするつもりだ!」
『また同じこと聞くのか?ついさっきも答えたじゃないか。お前の“何故”“どうして”はもう飽きたぜ』
「ついさっきって、まさか・・・・・・!?」
『何だよ、気付いてなかったのか?ふらふらと俺のフィールドに入って来たのはお前じゃないか』
 十代への募る思いの所為で見た悪い夢だとばかり思っていたのに、そう思いたかったのに、なんて呆気なく、ほんの一瞬で、世界は壊れてしまうんだろう。
 視線が定まらない所為か、視界がぐらぐらする。上手く息が吸えない。冷たい汗が背中を流れていく。
「嘘、だろ・・・?・・・・・・まさか、そんな・・・・・・!」
『ここまで来て、まだ信じられないとか言うなよ』
「じゃあ、十代の意思を自由を奪って・・・・・・あんなもんが、お前の望んでることだって言うのか!?」
『そうだって言ったら?』
「絶対に許さない!ここでお前を止める!!!」
『・・・・・・いいだろう。お前にその気があるならデュエルの相手をしてやるよ。もちろん手加減なしだ』
「望むところだぜ・・・・・・!」
 そうは言ったものの、あいかわらず宝玉獣達の反応がない。この深い眠りがアルビノの仕業だとしたら、俺の呼びかけに答えてくれるだろうか。不安を覚えつつ腰のデッキに手を伸ばずと、それを見たアルビノが鼻で笑った。
『俺はそこまでせこくないぜ。お前がそのデッキと共に戦うというなら、宝玉獣達の眠りを解いてやるよ』
 そう言ってアルビノが指を鳴らすと、それを合図に宝玉獣達はすぐに目を覚ました。いつもの様にルビーが俺の肩に登って来ると、他の宝玉獣達も次々と姿を現した。
「ルビー!みんな・・・・・・!」
『ヨハン!これはいったい!?』
 宝玉獣達は目の前にいるアルビノに驚き警戒する。当然だ。俺そっくりの色違いのような姿をしたヤツが、殺気を隠さずこちらを睨んでいるんだから。
「すまない。詳しい説明は後で必ずする。今は、こいつをここで止めなきゃいけない。それが十代を救い、世界を救うことに繋がるんだ・・・・・・!みんな、俺に力を貸してくれ!!」
 俺自身でさえ理解できていないことが多過ぎて、アルビノとの関係はこの場で説明するのは簡単じゃなかったから、宝玉獣達には悪いと思ったが、俺はそれを後回しにするとこにした。そんな俺の身勝手を宝玉獣達は受け入れてくれた。
『・・・・・・・・・・・・わかったわ、ヨハン。いいわね、みんな』
『ああ。我々は家族だ。君のことを信じている。君が求めるならば、力になるのは当然のことだ』
「ありがとう・・・・・・!」
 そんな俺達のやりとりを眺めていたアルビノが、わざとらしく溜息を吐いた。
『話しは済んだか?あいかわらず甘いこった。そうだな。甘いついでにもうひとつ、ハンデをつけてやるよ』
「ハンデだと?」
 アルビノは当たり前のように、ソファーに置かれた俺のバックからデッキを取り出した。
「そのデッキは・・・・・・!」
『そう。お前が宝玉獣達と出会う前、幼い頃からずっと使ってたデッキの内のひとつ、ライトロードデッキさ。一方的に相手のデッキを把握してるのってズルイよな?俺は宝玉獣デッキをよく知っているから、代わりに俺はお前もよく知るこのデッキを使ってやるよ。これでフェアだろ?』
 確かに、俺はそのデッキをよく知っている。けど、それがフェアであるとも思えなかった。何故なら、アルビノの強さを誰よりも一番よく知っているのは、他でもない俺自身だからだ。
 俺がデュエルをはじめたばかりの頃、ルールと戦術を学ぶことを目的に、アルビノの指示にしたがってデュエルしていた。宝玉獣デッキと同じく一癖あるライトロードデッキを、苦もなくクルクルとまわすアルビノの戦術に、何度息を飲まされたかわからない。そんな実力をよく知ってる俺には脅威としか感じない。
 だからといって、さすがにここで他のデッキを使って欲しいとは口にできない。プライドもさることながら、これから倒そうとしている相手に乞う行為は、その時点で決闘の負けを認めてるのと同等だ。
「・・・・・・お前の好きにすればいい」
『それじゃあ場所を変えようか。さすがにここじゃ狭すぎるし。都合の良いことにこの施設にはデュエル場もあるよな。先に行ってるぜ』
「おい、ちょっと待てよ!」
 アルビノの後を追うように俺は部屋を飛び出した。
 外はすでに日が昇って、そろそろ研究所に勤めている人達が出入りをはじめてもおかしくない時間だ。しかし、どういう訳か人の気配がない。これもアルビノの仕業だろうか。だとしたら、アルビノの力は俺が考えている以上に厄介なものかもしれない。
 広がる不安を抑えながら辿り着いたデュエル場にも人の姿はなかった。もともと研究用に設置されているもので、DAの生徒ならまだしも、こんな朝早くからデュエルしてるヤツなんてそうはいないだろうが、その場を包んでいる異様なまでの静寂は、そう単純なものではないと思わずにはいられなかった。
『なんだか息苦しいのにゃあ〜』
 俺達とは少し距離をとったまま、後を着いて来た大徳寺先生がそう呟いた。息を吐く間もなく、アルビノは誘うように俺に手を伸ばす。それを見て、大徳寺先生は慌ててフィールドから離れた。
『さあ、はじめようか・・・・・・俺達のデュエルを!』
 俺はディスクを構え起動させる。それに合わせる様にアルビノの腕に光が集まると、白銀の美しいデェスクが現れた。それを合図に、重なる同じ声がデュエルの始まりを告げる。
「デュエル!」『デュエル!』
 硬い表情だろう俺とは裏腹に、アルビノは心底嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
『そういえば、こうやってお前と直接デュエルするのははじめてだったな〜。フフッ、ワクワクするぜ!』
「・・・・・・・・・・・・」
『どうした?何でそんな辛そうな顔してるんだよ。お前だって幼い頃からずっと望んでたじゃないか、俺とのデュエルをさ。もっと嬉しそうにしろよ』
「俺はこんなデュエルは望んでない!こんなっ・・・・・・!」
 確かに子供の頃、何度も空想した。こんな風にアルビノとデュエルできたらいいのにと。だが今は、願いが叶ったと喜ぶ気分にはなるはずがない。俺が望んでいたのは、こんな世界や十代をかけたデュエルじゃない。十代とするような、互いをリスペクトした楽しいデュエルがしたかった。
 言葉をかみ殺した俺を気に掛ける様子もなく、アルビノは投げやりに言う。
『ふうん・・・・・・まぁ、俺はどっちでもいいけど。先行はお前にやるよ。さあ、ドローしろよ』
『気をつけるのにゃあ!このデュエル、おそらく普通のデュエルじゃないのにゃあ〜!』
 そう忠告してくれる大徳寺先生に頷き返した。俺の第六感もそう告げてる。
「ああ、わかってるぜ・・・・・・!俺の先行、ドロー!」
 引いたのはサファイア・ペガサス。迷うことなく俺は召喚する。
「来い!サファイア・ペガサス!そしてモンスター効果発動!このカードが召喚に成功した時、自分の手札・デッキ・墓地から宝玉獣と名のついたモンスター1体を永続魔法カード扱いとして自分の魔法&罠カードゾーンに置くことができる!俺はルビーカーバンクルを呼ぶ!ペガサス・コーリング!」
 ペガサスの呼びかけに応じて、俺の場の魔法&罠カードゾーンにルビーの瞳と同じ、赤い宝石が現れる。
「手札から魔法発動、虹の古代都市レインボー・ルイン!」
『レインボー・ルインがあれば、宝玉獣達の効果はさらに効いてくるのにゃあ!』
 フィールドに虹が架かる古の都が現れると、少し離れた場所で観戦していた大徳寺先生が声を上げた。俺の手札にあるのは、「エメラルド・タートル」「宝玉の双璧」「宝玉の恵み」「レア・ヴァリュー」。
「手札を一枚伏せ、ターンエンド・・・・・・!」
 アルビノ相手に余裕なんてない。ほんの少しのミスが命取りに繋がる。まるではじめてカードを使う時のように、ひとつひとつ確認しながら俺はカードを伏せた。そんな俺のとは対照的に、アルビノは迷いのない優雅な動きでカードを引く。
『俺のターン。ドロー・・・・・・懐かしいなぁ、このデッキ・・・最初、お前は俺のデュエルを眺めながら、ひとつひとつ覚えていったんだ』
「・・・・・・何だよ。今更、情にでも訴えようとでも?アルビノらしくないぜ」
 鼻で笑って受け流そうとしたけれど、アルビノの表情はまるで大きくなった子供を前に、幼い頃を思い出した親みたいに穏やかで、俺の心の中は大嵐を食らったみたいに大荒れだった。そんな俺の気持ちの揺れも敏感に感じているのだろう、気遣うサファイア・ペガサスと、こちらを窺う大徳寺先生の視線さえも痛くて居た堪れない。
『まさか、そんな必要がどこにある。よく知ってるだろう?俺は誰に対しても手加減なんてしない。全力で相手をなぎ払う。それはお前に対しても変わらない・・・・・・!』
 必死に冷静さを取り戻そうとする俺を尻目に、アルビノはそう言うと、穏やかな気配を捨て去り白銀の瞳に殺気を漲らせた。
『手札から魔法発動。ジャスティス・ワールド!』
『あああ〜!レインボー・ルインがぁ〜!』
 宝玉獣がいることでカード効果で破壊されることはないが、同じフィールド魔法ではそれを阻止するとこができない。パアンッと弾ける破壊音と共に虹の都は消え去り、神々しい光が差し込み、巨大な白い石柱が並ぶフォールドが現れた。
『ライトロード・パラディン・ジェインを召喚し、サファイア・ペガサスを攻撃!』
 サファイア・ペガサスとパラディン・ジェインの攻撃力は同じ1800。しかしダメージステップの間、パラディン・ジェインは効果により攻撃力が300ポイントアップする。
 アルビノならきっとペガサスを迎撃してくると予想していた俺は、伏せていたカードを発動した。
「伏せカードオープン、宝玉の双璧!宝玉獣と名のついたモンスターが、戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、発動!デッキから宝玉獣と名のついたモンスター1体を、魔法&罠ゾーンに置く。俺はアンバー・マンモスを選択。このターン自分の受けるダメージは0になる」
『へえ・・・・・・普段なら多少のダメージは気にせず宝玉獣達を場に残すのに、ペガサスを墓地に送るってことは、手札に宝玉の恵みでもあるのかな?』
 さすがアルビノ、鋭い。やはりデッキや戦略を把握してるヤツを相手にするのは難しい。とはいえ、それはお互い様だ。俺だってライトロードデッキの特徴はよくわかっている。このまま終らないのがこのライトロードデッキの怖いところだ。
『場に一枚伏せ、エンドフェイズのモンスター効果発動。自分のデッキから2枚カードを送る。墓地に送られたモンスターの効果発動。ライトロード・ビースト・ウルフを特殊召喚し、ターンエンド』
 危惧した通り、アルビノはモンスターを特殊召喚した。ビースト・ウルフの攻撃力は2100。俺のデッキにそのままで立ち向かえるモンスターは虹龍だけだ。ここでの対処を間違えれば状況を覆すことが難しくなるだろう。
「俺のターン、ドロー!」
 空を切ったカードに視線をやる。次に引いたのは「宝玉の導き」。魔法&罠ゾーンにはルビー・カーバンクルとアンバー・マンモスがいる。これで宝玉獣を呼び出すことができる。
「手札から魔法発動、宝玉の導き!自分の魔法&罠ゾーンに宝玉獣と名のついたカードが2枚以上存在する場合、デッキから宝玉獣を特殊召喚できる!現れろ、トパーズ・タイガー!」
 トパーズ・タイガーと手札のエメラルド・タートルだけじゃ、おそらく次のアルビノの攻撃は避けきれない。そうなればますます戦況は不味くなる。何より、アルビノ相手に守りに入ったら負けだ。俺は続けて手札からカードを引き出し翳す。
「そしてレア・ヴァリュー発動!自分の魔法&罠カードゾーンに宝玉獣と名のついたカードが2枚以上存在する時に発動。自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で存在する宝玉獣と名のついたカード1枚を相手が選択して墓地に送り、自分のデッキからカードを2枚ドローする。さあ、選べよ・・・・・・!」
『ルビー・カーバンクルだ』
「ルビー・カーバンクルを墓地に送り、カードを2枚ドロー!」
 ドローしたカードは「宝玉の契約」「虹の引力」。デッキはちゃんと俺に応えてくれた。
「エメラルド・タートルを守備表示で召喚し、宝玉の恵みを発動!自分の墓地に存在する宝玉獣と名のつくモンスターを2体まで選択し、永続魔法カード扱いとして自分の魔法&罠ゾーンに表側表示で置く。俺はルビー・カーバンクルとサファイア・ペガサスを選択。戻って来い!」
 俺の場に再び二つの宝石が現れる。
「そして、宝玉の契約を発動!自分の魔法&罠ゾーンに存在する宝玉獣を特殊召喚する!ルビー・カーバンクルを守備表示で特殊召喚!」
『ルビー!』
 ルビーが俺を励ますように声を上げて振り返った。それに応えてルビーの効果を発動する。
「ルビー・カーバンクルの効果発動!このカードが特殊召喚に成功した時、自分フィールド上に存在する宝玉獣達を可能な限り召喚できる!サファイア・ペガサスを守備表示で召喚!ルビーハピネス!そしてサファイア・ペガサスの効果発動!デッキからコバルト・イーグルを魔法&罠ゾーンに呼ぶ!サファイア・コーリング!」
 モンスターゾーンにはトパーズ・タイガー、ルビー・カーバンクル、サファイア・ペガサス。そして魔法&罠ゾーンにアンバー・マンモスとコバルト・イーグル。
『宝玉獣デッキの本領発揮にゃあ!さすがヨハンくん、見事ですのにゃあ〜!』
 残るはアメジスト・キャットだけだ。次のターン、アメジスト・キャットはきっと来てくれる。予感がする。そして手札には「虹の引力」がある。今現在、2体のライトロードに防戦を強いられているが、「虹の引力」で虹龍を召喚できれば状況は一気に変わる。
「手札を一枚伏せて、ターンエンドだ!」
『・・・・・・いや、本当にさすが宝玉獣に選ばれた者だ。それがお前の言う家族の絆だってなら、俺にとっても随分やっかいなものだと認めるべきだろうな』
 アルビノがあれ程毛嫌いしていた俺と宝玉獣達の絆を認めるなんて、何か魂胆があるとしか思えない。
「何だよ、お前がそんなこと言うなんて気持ち悪いな」
『酷い言われようだぜ。でも、お前の言う通り。俺には必要ないモノだし、押し付けられても迷惑だ。そうだな。今後のことを考えても、ここでその絆を断ち切らせてもらうか』
「できるもんならやってみろよ!」
『安心しろ。お前がまた一人ぼっちになっても俺が側にいてやる。宝玉獣達との絆を忘れられないというなら、もう一度全て忘れさせてやるよ』
 聞き捨てならない言葉に、俺は思わず聞き返してしまった。
「は?もう一度って・・・・・・何言ってるんだ?」
『ああ、そうか。お前にはその認識すらないんだったな。どこまでも都合の良い思考回路だぜ』
「そんな嘘で動揺を誘おうったって無駄だぜ・・・・・・!」
『ふうん・・・・・・じゃあさあ〜、ひとつ聞くけど。お前、子供の頃のこと・・・俺と過ごすより前のことを覚えてるか?』
「!」
 その指摘に心臓が跳ねた。落ち着けと言い聞かせるが、意識すればするほどますます強く脈打って痛いくらいだ。
「・・・・・・・・・・・・覚えてねえよ。けど、それは当たり前だろ?5、6才以前のことなんて、誰だって忘れちまってる」
『それはどうかな?確かに全てを覚えてはいないだろうけど、印象的なことや大事なことは覚えてるもんさ。そこの、人の理から外れたあんた。あんたみたいなのでも覚えてるよな?』
『にゃああ!?わ、私は〜〜〜・・・確かに、すっかり忘れているわけではないですが・・・・・・はっきり覚えているかと聞かれれば、そんなこともないような〜〜〜』
 突然の指名に驚き、どう答えるべきか迷ったのだろう。大徳寺先生は挙動不審に両手を振りながら支離滅裂な返事をした。
『何も詳しいことを聞いてるわけじゃない。たとえば・・・自分の両親のこととか。どんな場所で暮らしてたとか。友達がいたとか。そんな当たり障りのない事柄さ』
『そ、それはもちろん、さすがに覚えてますが・・・・・・』
『だってさ。ヨハン、お前はどうだ?思い出せるか?』
「・・・・・・・・・・・・覚えてねえよ。けど、それが何だっていうんだ?」
『お前はこれまで、一度としてそれを“おかしい”と思ったことはないのか?』
「・・・・・・・・・・・・っ!」
 言い返してやりたいのに上手く言葉が出て来ない。それはアルビノに言われるまでもなく、俺の心の中にあった疑問だったからだ。
 小さい頃は施設の大人によく訪ねたもんだ。「どうして僕は何も覚えてないんだろう?」って。するとそれを聞いた大人達は決まって苦い虫を噛んだみたいな顔をして「どうしてだろうね」とはぐらかした。結局、何度訊ねても、俺の質問にはちゃんと答えてくれた大人はいなかった。
 いつの頃からだろうか、俺は考えるのを止めた。まわりの大人の反応から、忘れてしまった過去が、自分にとって心地の良いものじゃないことが予想できたからだ。たとえ思い出しても辛い思いをするぐらいなら、このままでいい。それに俺にはアルビノがいてくれる。それだけでいいじゃないか。そんな風に考えるようになっていた。
 そのことはアルビノも知ってるはずだ。知っていて、なぜ今になってそんなことを・・・・・・そこで、さっき引っ掛かったアルビノの言葉がリピートされる。
『もう一度全て忘れさせてやるよ』
 それが事実だとしたら、アルビノが俺の子供の頃の記憶を「消した」とでも言うのだろうか。まさかと思う。信じたくはない。けど・・・・・・!
 突きつけられた記憶の空白の理由に、心臓が壊れるんじゃないかと怖くなるくらい暴れまわって気持ちが悪くなってきた。
『俺のターン、ドロー。ソーラー・エクスチェンジ発動。手札からライトロードと名のついたモンスターカード一枚を捨て、自分のデッキからカードを2枚ドローし、その後デッキの上からカードを2枚墓地に送る』
 アルビノは慣れた手付きで処理していく。手札のライトロード・ハンター・ライコウを墓地に送り、2枚ドローし、墓地に送るために再びデッキからカードを2枚引いたところでアルビノの表情が変わった。どこか達観したような顔をしていた。
『・・・・・・残念。せっかくの楽しいデュエルだけど、どうやらこのターンで終了みたいだ』
「何だと・・・・・・?」
 これが他のヤツの言葉なら気にも留めなかっただろう。けれどアルビノのそれは、予言と言ってもおかしくないほど確証を持ったものだって知っている。
『その伏せカード、虹の引力だろう?後はアメジスト・キャットを待つばかりってわけだ。そして、デッキの一番上、次のターンお前が引くのは、おそらくそのアメジスト・キャット・・・・・・』
「・・・・・・だったとしたら、どうだって言うんだよ」
『もし相手が俺じゃなくて、そこら辺に掃いて捨てるほど存在するデュエリストなら、お前の狙い通り、このターンを凌ぎきってレインボー・ドラゴンを召喚できただろう。けど、お前に次のターンはない。運命の歯車は、俺を選んだ』
「・・・・・・まさか・・・・・・!」
 そこで、これまでのアルビノとの時間が俺にすべてを理解させた。
『自分の墓地にライトロードと名のついたモンスターカードが4種類以上存在する時、特殊召喚出来る・・・・・・すべてのモノに等しき光を!光臨せよ!裁きの龍!!!』
 アルビノのフィールドに現れた、白銀の鱗に赤い瞳と鋭い爪を持つドラゴンが咆哮を上げて空気がビリビリと震えた。裁きの龍の攻撃力は3000。虹龍と比べれば攻撃力は劣るが、ひとつだけ発動されると厄介な効果を持っている。当然アルビノはそれを使った。
『裁きの龍の効果発動!1000ライフを払う事で、このカードを除くフィールド上のカードを全て破壊する!』
「みんな・・・・・・!」
 裁きの龍の効果には、宝玉獣達の魔法&罠ゾーンに残るという能力も関係ない。これまで呼びだした宝玉獣達が、悲鳴と共に墓地に送られてしまう。次のターンを信じて切り札として伏せた「虹の引力」も一緒にだ。
 しかし悪いことばかりじゃないと、俺は折れそうになる闘争心に叱咤する。その効果で、アルビノの場にいたライトロード・パラディン・ジェインとライトロード・ビースト・ウルフも破壊され、フィールドには裁きの龍だけだ。このままダイレクトアタックを受けたとしてもライフは1000残る。諦めるにはまだ早い。デュエルは最後まで何が起こるかわからないもんだ・・・・・・そんな俺の僅かな希望を、軽く往なすようにアルビノは宣誓した。
『手札から魔法発動、使者蘇生。ライトロード・ドラゴン・グラゴニスを召喚!』
 裁きの龍に並んで、黄金の鬣と大きな翼を持つ白い龍が召喚される。グラゴニクスの攻撃力は2000だが、墓地のライトロードの数×300ポイントアップする。今墓地に存在するのは5体のライトロード達。つまり―――――
『攻撃力3000の裁きの龍と、攻撃力3500のライトロード・ドラゴン・グラゴニクス・・・・・・!場にはモンスターどころか伏せカードもないなんて!このままじゃあ、ヨハンくんは・・・・・・!!!』
「そんな・・・・・・!」
 大徳寺先生がよろよろと後ず去る。俺の手札はゼロ。デッキにも墓地にも、この場を凌ぐことのできるカードはない。
 アルビノは冷淡に冷酷に、攻撃宣言を下した。
『グラゴニクス・・・・・・ヨハンにダイレクトアタックだ!』
「ぐああああああああああっ!!!」
 大徳寺先生の危惧した通り、それは普通のデュエルじゃなかった。グラゴニクスが放った光の衝撃が現実のダメージとして俺の身体を襲い、全身を切られるような感覚が走る。その光から解放されても苦痛は身を焼き続けたが、ふらついて折れそうになる膝をなんとか堪えた。
 一気に削られたライフは残り500。俺にはもう打つ手はなかった。ただここで背中を向けるようなことだけはしたくなくて、ぶれる視界の中、俺は2体の龍の後ろに立つアルビノを睨みつけた。
「・・・・・・くっ・・・・・・」
『この時が来るのをずっと待ってた・・・・・・ずっと、ずっとだ・・・・・・!』
 震える声が、アルビノの興奮を伝えてくれる。
『なぁ。その態度おかしくないかな?お前はこのままここで死ぬんだぜ?俺に命乞いのひとつでも見せてくれよ。地べたに這い蹲ってさ、泣いて助けてくれって俺に縋れよ・・・・・・!』
 目を大きく見開きその白銀の瞳を揺らめかせ、歪んだ口角が喜びに震えながら、堪えきれないのように上がってゆく。
『それがイヤだって言うなら、せめてもっと俺に怯えてくれよ。俺に怯えて、憎んで、恐怖の淵で消える姿を俺の見せてくれ・・・・・・!そうすれば最後の情けに、お前の死を十代に伝えてやってもいいぜ?お前の死を知ったら、あいつはどうするだろう。異世界の時みたいに泣き叫ぶかな?絶望するかな?すげぇ楽しみだぜ!』
 アルビノはそう言い放って心底愉快そうに笑う。俺は心底恐ろしいと思った。死を目前にしたこの状況にだろうか、それともアルビノに対してだろうか。その時の俺には、その恐怖の元が何なのかよくわからなかった。
「何言ってんだよ・・・・・・?お前の言ってることわかんねぇよ。全然わかんねえよ!」
 声が震えることも構わず、必死に言葉を紡ぐ。
「俺の知ってるアルビノは、確かに意地は悪かったし、人間をバカにしてたのも知ってるし、人間が好きじゃないだろうなって思ってたけどさ・・・・・・!少なくともこんな風に人を蔑んだりはしなかった。俺を守る為に、少々やる過ぎることはあっても、訳もなく人を傷つけることはしなかった。理解されない孤独にも負けない、誇り高さを持ってたじゃないか!そんなアルビノのことが好きだったんだ!だから俺も、これまで人を憎んだり蔑んだりせずに生きて来れた!それなのに、どうしてだよ?なんでこんなことするんだ?何がお前をそんなふうにしちまったんだ・・・・・・!」
 沈黙がフィールドを包んだのは、ほんの一時だった。俺の搾り出すような叫びを、アルビノの笑いが吹き飛ばす。
『アハハハハハッ!お前は裏切らない男だな〜!いや、そうだよな。そんなふうに思うように育ててきたんだ』
「アルビノ・・・・・・?」
『何が俺をこんなふうにしたか、だって?』
 アルビノから笑みは消え、鋭い眼光に射抜かれた。
『お前だよ』
「な・・・・・・!?」
『お前の所為だ。俺がこんなふうになったのはお前の所為なんだよ!』
 その白銀の瞳に宿った、憎しみの光がさらに強くなる。
『俺は最初からお前のことが大嫌いだった。憎くて憎くて仕方なかった。すぐにでも殺してやりたかった!・・・けど、そこで考えたんだ。死は刹那だ。それっきりだ。俺の苦しみは永遠なのに・・・・・・!なら、簡単に終らせずに、最高に苦しめてから殺してやろう。その為に、それまでは大切に大切に守り育ててやろうって決めたのさ』
「苦しめる、為・・・・・・!?」
『そうさ。俺なしじゃいられなくなったお前を、残酷に裏切って、すべてを知って、絶望して、泣き喚いて、見も知らない神とやらにでも救いを求めたその時、呆気ないくらい簡単に終らせてやろうってさ!!!』
 言いたいことや聞きたいことがたくさんあるにの、頭が上手くまわらない。混乱していく俺と比例するように、アルビノはますます饒舌に語った。
『一人ぼっちのお前にとって唯一絶対の存在になる為に、俺なしじゃいられなくなるように。いつでも側にいて、何があってもお前の味方であり続けた。実際、途中までは順調だった。お前は俺のことをこの世界の誰よりも信じていた。絶対だった。けど、あいつが・・・・・・遊城十代が現れたことでお前の中の絶対が崩れた。俺がお前にとっての1番ではなくなってしまった。まぁ、それはいい。仕方がない。神様にだって止められない“理”みたいなもんだからな。むしろ、お前を追い詰めるのには丁度いいとさえ思ったもんさ。ただ予想外だったのは、俺の思う以上にお前に理性があったってことだ。煽っても煽っても火が付かないんだもんなぁ』
 心の奥から、どんどん冷たいモノが広がって身体が痺れていく。さっきまで煩いとさえ感じた心臓の鼓動が、一枚幕を被ったように遠くに聞こえて、やがて現実感がなくなっていく。
「・・・・・・アルビノも、十代のことを思ってたんじゃなかったのか?それとも、それも俺を煽る為の振りだったって言うのか?だから、十代の意思や自由を奪うようなことしたって言うのか・・・・・・?!」
『・・・・・・・・・・・・いいや。俺はあいつを、誰よりも憎んで怨んで妬んで・・・そして、愛している・・・・・・!俺の持てる感情すべてはあいつの為にある。何度離れ離れになっても、何度生まれ変わっても、たとえ、この気持ちが報われなくても、それだけは変わらない。何万年、何億年経っても変わらない。これまでも、これからも、ずっと・・・・・・!!!』
 そう言いながら浮かべるアルビノの表情はそれまでとは打って変わって、すべてを享受し、満たされ、穏やかに凪いだものだった。まともに動いているとは思えない思考でも、アルビノにそんな顔をさせているのが十代だってことだけはわかった。
 そんなアルビノから目を離すこともできず、考えることもできず、ずっと渦巻いていた言葉が無意識に唇から零れ落ちるまま、俺は呟いた。
「アルビノ・・・・・・お前はいったい、何なんだ・・・・・・?」
『まだわからないのか?俺は―――――――・・・・・・』
 アルビノが何を言っているのかわからない。確かに耳に入っているのに、そのまま通り過ぎてしまっているようだ。思考にも機械みたいに許容範囲ってのがあって、それを越えてしまったのかもしれないし、ただ単に、アルビノの言うことを信じたくなかったのかもしれない。
 俺は頭を左右にゆるゆると振っていたと思う。自分がどこにいるのか、何をしているのか、もうよくわからなかった。苦しいのに呼吸の仕方もわからない。眩しいのに瞼の閉じ方もわからない。いつの間にかボロボロと涙も零れていた。
 ただひとつわかったことは、涙で滲む視界の中で、アルビノが俺を見て満足そうに笑っていることだけだった。
『心配するなよ。何も恐れることなんてない。楽に死なせやしない。次に目を覚ましたら、お前はあの頃みたいにすべて失くしてるだろう。何を忘れてしまったのかさえわからないお前を、俺がまた導いてやるよ。そして、何度でもこの絶望と恐怖を味あわせてやるからさあ・・・・・・!裁きの龍よ!すべてを光へ帰還させろ!!!』
 アルビノの宣告に答えるように裁きの龍が咆哮を上げ、世界を塗り潰す光を放つ。世界ごと俺を飲み込んだ光の向こうから、宝玉獣達が呼ぶ声を聞いた気がした。






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