光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜







 それは遠い昔の記憶だ。
 俺の側にはユベルとハネクリボーがいて、ヨハンの側にはエリシュカとルビーがいた。
 俺達は互いに守るものの為に、剣を取り戦った。

 それに続くように、もっと昔の記憶が蘇ってくる。
 そこはヨハンの治める国で、ヨハンの側に俺がいる。
 女として生まれた俺の中には、ふたつの命が宿っていた。
 けれど、その命を守り産んでやることができなかった。
 とても幸せでとても悲しい記憶だ。

 さらに遥か遠い昔の記憶が溢れ出す。
 互いを憎み合いすべてを守ったこともあった。
 互いを求めてすべてを台無しにしたこともあった。
 互いを想い合いすべてを諦めたこともあった。

 その記憶のさらに先に、交わした約束があった。



 その時、世界は終わりを迎えていた。大地は大きく罅割れ、その罅は空にまで広がっている。もうその世界に残るのは光と闇だけだ。あと僅かな時間でその世界と共に光と闇も消え去ろうとしている。
 どれだけ望んでも共にいることができないと知った俺達は、これから先何があっても、互いが孤独でないように、互いを忘れないように、互いを護る為に、互いの力を交し合い側に置くことにした。
「寂しがり屋なお前が泣かないように」
 そう言った俺に少しカチンと来たようだ。お返しとばかりにそいつは言った。
「忘れっぽいお前が忘れないように」
 光と闇は顔を見合わせて笑い、祈るように声を重ねた。
「「どんなに離れていても、苦難からお前を護れるように」」
 世界の果てで最後に見たのは、受け取った互いの欠片を大切に抱えて笑い合う、二人の姿だった。




 turn.29 廻る世界の果て




 澱みのない光の中で俺は重い瞼を持ち上げた。たった今垣間見たものが、ただの夢じゃないってことはわかった。しかし、それを一度に受け入れるにはあまりにも膨大で、整理できずにあちこちに散らかったままだ。それをひとつひとつ確かめるように思い返しながら、そこで俺の身体を支えるように寄り添っている虹龍と、自分の頬が濡れていることに気づいた。涙の理由は自分でもよくわからない。
 ヨハンが感じていたように、俺ももうたくさんだと嫌気も差したし、無力感や無常感もあった。気づかなかった自分に対する怒りもあったし、ヨハンに対する怒りもあった。それ以上に、自分でもどうしようもない溺れそうなほどのヨハンへの情の所為だとも思えた。そこに渦巻いている感情は余りにも複雑で、言葉では表現しようというのが間違いなのかもしれない。
 どちらにせよ、いい大人が泣いてるということが恥ずかしくて慌てて拭ったけど、止めようという行為が逆に心を揺さぶって、嗚咽を抑えることができなくなった。
 そんな俺を虹龍が心配そうに覗き込んでいた。たぶん虹龍なりに申し訳なく思ってるんだろう。ヨハンを救いたい一心だったとはいえ、知ることが俺を苦しめることになると知っていただろうから。
「・・・・・・たく・・・ずるいんだぜ・・・・・・ヨハンも、レインボー・ドラゴンも・・・・・・!」
 涙を隠すように虹龍の身体に顔を埋めたままそう呟くと、虹龍が小さく鳴いた。叱られてしょんぼりした子供みたいな声で、俺は思わず笑ってしまう。泣いて、笑って、徐々に気持ちが凪いでいく。思考がクリアになっていく。記憶が整理されていく。
 しばらくして、凭れ掛かっていた重い上半身を起こした俺は辺りを見渡した。確か破滅の光が支配した、異次元とのゲートのなっていた施設に居たはずなのに、そこは俺達以外誰も居ない宇宙空間だった。
 闇の中に幾億もの星が、決して手に届くことのない遥か遠くで瞬いていて、頭上に光の帯が七色の光を放って棚引いていた。オーロラだ。その光景は「ネオスペース」を思い出させた。虹龍に触れられるところをみると、はじめてアクアドルフィンと出会った異空間と同じような場所なのだろう。
 視線を空から虹龍に戻したその時、視界の隅に蒼い髪が入った。
「ヨハン・・・・・・!」
 ヨハンは虹龍の尾に凭れるように倒れていた。少し緊張しながら側に近寄って様子を窺う。どうやら気を失っているだけのようで、ヨハンは規則正しい呼吸を繰り返している。
「本当に、バカだよ・・・ヨハン・・・・・・」
 ホッとすると同時に再び浮かんできた複雑な感情に、胸が締め付けられてそれ以上言葉が出て来なかった。
 全部一人で背負い込んでバカみたいだと思った。でも人のことを言えた立場じゃない。俺もヨハンには何も言わなかった。言えなかった。
 「闇を統べる者」として思い出した過去の記憶は多くはなかった。ほんの一部の強く印象に残っていることだけだ。それは当然のことだ。一人の人間が抱えられる記憶は、一人分だけ。これまで何度も生きてきた記憶を全部持つことなんてできないし、本来必要のないものだ。むしろ、与えられた生を全うする為には無い方がいい。そうでなきゃつらくて生きていけない。
 俺だってヨハンのように、幼い頃に・・・・・・たとえばユベルと過ごしたあの頃、背負ってるものを突きつけられたら、こんなの理不尽だと放り出してしまったかもしれない。知らないことで護られることもある。持たないことで全力で走れる。今ならそれがよくわかる。
 現に俺は今、身動きが取れなくなってる。何も知らなければ、きっと別の選択肢を導き出しただろう。これはすべてを知ってしまったものにしか選べない道だ。
 穏やかに寝息を立てているヨハンの柔らかい髪に触れる。その感触は実体化したハネクリボーと少し似てた。それを聞いたらきっとヨハンは「ええ〜?それ喜んでいいのか、よくわかんないぜ〜」と微妙な顔を隠さないに違いない。
 その感触を忘れないように撫でてからヨハンとの距離を一気に縮めると、唇に自分のそれをそっと重ねた。それは温かくて柔らかかった。その感覚が残る中、俺達を見守る虹龍を見上げて言った。
「ヨハンのこと、頼むな・・・・・・!」
 虹龍は少しの間迷っていたが静かに頷いてくれた。そこにずっと姿を見せなかったルビーが現れる。
『ルビィー・・・・・・』
 耳を垂れて情けない声を上げるルビーの頭を撫でてやった。
「ルビーも、ヨハンのこと頼んだぜ」
『ルビー』
 これ以上ヨハンと虹龍達の側にいたら離れがたくなりそうだったから、俺は勢いをつけて立ち上がりハネクリボーを呼び出した。俺の選択を察したのか、ハネクリボーはその大きな瞳に涙を浮かべていた。
「こんな所でサレンダーはカッコ悪いし、自分の蒔いた種は自分で刈らないとな。力を貸してくれるよな、相棒・・・・・・!」
『・・・・・・クリ〜・・・・・・』
 頷きながら、ハネクリボーの瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。
「お前は優しいヤツだな」
 励ますように頭を撫でてやる。やっぱりヨハンの髪の感触とよく似てた。
 いや、似ていて当然だ。ハネクリボーはずっとずっと遥か遠い昔、ヨハンが・・・・・・光が俺に託した光の欠片だった。



 とても懐かしい感覚を覚えて俺は目を覚ました。薄く開いた瞼の先にはどこかを見つめる虹龍がいた。その視線の先に居たのは十代だ。腕にハネクリボーを抱いて、ぽっかりと浮かんだ空間の穴に足を進めようとしていた。
「十代!!!」
 咄嗟に声を上げた俺に気づいて十代は振り返った。そして俺を見てちょっと困ったふうに笑った。
「起きちゃったか・・・・・・できれば、俺が立ち去ってからにして欲しかったのに」
「・・・・・・何処に行くつもりだよ?」
「何処、か・・・う〜ん・・・・・・そうだな、“世界の果て”かな」
「“世界の果て”だと・・・・・・?おい、誤魔化そうとしても無駄だぜ」
 珍しく洒落た表現で言い訳する十代に、似合わないぞと言ってやると、どういう訳か彼は安堵の表情を浮かべた。
「そっか、今のお前にはわかんないか・・・・・・いや、わからなくてよかった。少し気になってたんだ。お前は昔の記憶を・・・・・・破滅の光としての記憶を、どこまで取り戻してたのかなってさ。でもそうだよな。昔のことなんて、これからのことに比べればたいして重要じゃない」
 十代の言わんとしていることがわからない。ただ、ひとつはっきりしたのは、彼が何もかも思い出しているってことだ。しかも、俺が<破滅の光>だということも理解してる。その切欠も予想がついた。意識を失う直前、虹龍が十代に何かしようとしていた。おそらく虹龍が十代の記憶を元に戻し、俺が十代の知っている“ヨハン”じゃないってことを知らせたのだろう。
 俺は頭上の虹龍を睨んだ。
「レインボー・ドラゴン・・・・・・やりやがったな!?」
「おい、レインボー・ドラゴンを責めてやるなよな。ヨハンを救いたくてやったことなんだ。お前だってわかってるんだろう?」
「“ヨハン”だって?・・・・・・すべて知った上で、まだそう呼ぶのか?」
「じゃあ、お前はどう呼ばれたい?<アルビノ>?それとも、<破滅の光>?」
「そうだな・・・・・・<ヨハン>と呼ばれるよりは、その方がずっとマシだ」
 そう吐き捨てた俺を見る十代は悲しげな顔をしていた。そしてひとつ息を吐いて「ずっと気づかなかった俺が言っても、信用ないかもしれないけどさ」と、自嘲気味に前置きしてから言った。
「・・・・・・お前は<ヨハン>だよ。<ヨハン・アンデルセン>以外の誰でもない」
「黙れよ・・・・・・!」
「俺が<遊城十代>でしかないように、どれだけ拒否したってお前は<ヨハン・アンデルセン>以外にはなれない」
「黙れって言ってんだろう!?」
「黙らない。俺は細かいこと考えるのは苦手だし、バカだけどさ、はっきりわかってることもある。それはどれだけ自分を否定しても、どうにもならないってことだ」
 ほんの僅かな沈黙の後、十代は少し言い難そうに言葉を選びながら話を続けた。
「俺も一度自分を否定したことがある・・・・・・ヨハンには俺から話したことなかったよな。異世界でのこと。俺はさ、ヨハンやみんなを失ったことが怖くて、それまで大切にしてたこと全部捨てて、最後に残った力しか信じなくなった。それが覇王だ。そんな俺をジムとオブライエンが命を懸けて、それじゃダメなんだって教えてくれた。けどさ、俺はそんな自分が嫌で、怖くて、すぐには受け入れられなかった。ユベルと向かい合って、みんなを救うという目的があって覚悟ができた。本当の強さを知った。
 だからさ、オブライエン達がしてくれたみたいに、今ここでデュエルしてお前をぶっ倒して、閉じ篭ってるヨハンを引きずり出してもいいけど、それだけじゃダメなんだよな。ヨハンが、本当の意味で自分自身を受け入れる覚悟ができなきゃ、何の解決にもならないんだ」
 それは十代の口からはじめて聞いた異世界での話だった。おそらく十代にとっては、触れることさえ苦痛な心の傷に違いない。だからこそ、これまで一度として自分から話そうとはしなかったし、まわりの人間も触れようとはしなかった。<ヨハン>でさえそうだった。けれど、傷に触れて走るだろう痛みさえも受け止める強さを、今の十代は持っていた。
 そこで俺の中の<ヨハン>が固唾を呑んで聞いているのに気づいた。これまで<ヨハン>に成りすまして、俺がやりたい放題やってる時も、死んだみたいにそれを見ているだけだった<ヨハン>が、意思を持って十代の言葉に耳を澄ましている。そんな<ヨハン>につられてザワザワと心の奥底がざわめきはじめた。
「お前に、俺の、何がわかるって言うんだ・・・・・・っ!?」
「わかんねーよ。ちょっとヨハンの過去を覗いたくらいで理解したなんて言えるほど、俺、頭良くねーし。けど・・・・・・」
 十代はまっすぐ俺を見て言った。
「俺はヨハンを信じてる」
「―――――――っ!」
 澱みのない澄んだ瞳だった。そこには憎しみも疑いも気負いもない。俺が何度も乱暴に踏み入って光を撒き散らして、滅茶苦茶にしてやったはずなのに、そこにあるのは深く澄んだ闇だ。何もかもを、俺が撒いた光さえも内包した、純粋な闇だ。
「俺はヨハンを信じてるから、今、俺にしかできないことをすることにした。というか、自分の記憶と一緒に思い出しちゃったからさ・・・・・・光と闇が産まれてくる本当の理由」
「本当の理由だと・・・・・・?」
「それを知らん振り出来る程、俺は器用じゃないし、それを果たす為の選択肢はデュエルと同じでたくさんあるけど、俺にも譲れないものがあるんだ。だからもう行かなくちゃ」
 話が噛み合わない。まただと思った。十代はまた一人で答えを出して、一人で先に進もうとしてる。
「勝手に行かせるかよ!」
 この場に縛り付けてやろうと光の鎖を十代に向けて放ったが、何かに弾かれてしまう。それどころか、逆に脚を捕られてふらついた。何が起こったのかと足元を見れば、そこには放ったはずの光の鎖が俺の脚を縛り上げている。
「これは!?」
「残念でした。今の俺の中は光でいっぱいで、闇を統べる者としては失格だろうけど、これくらいのことはできるんだぜ」
「くっ・・・・・・!」
 その鎖を引き離そうとした途端、その上に重なるように闇の鎖が巻きつき、光の鎖が消えた後も闇の鎖は俺の足をその場に縛りつけた。
「ヨハン・・・・・・」
「・・・・・・許さない!こんなの、俺は許さない!お前は俺のモノだ!俺はっ・・・お前だけなのに!お前以外は何もいらないのに!!!」
 血を吐くような俺の叫びを、十代は「うん・・・ごめんな」の一言で受け流してしまう。
「ヨハン・・・・・・これから何があったって、どれだけ遠く離れたって、俺はいつだってお前と同じもの見てるからな!そうすれば、また、いつかきっと・・・・・・!」
 そう言って、空間に浮かんでいる穴を背にハネクリボーを抱いた十代は、笑顔で人差し指と中指を揃えて指差す。
「ガッチャ・・・・・・!」
そして後ろに倒れ込むようにして、十代はその穴の中に消えた。



 十代を飲み込んだ穴はすぐに閉じてしまう。呆気なく消え去ってしまった十代に、破滅の光は慟哭した。
「あああああああああああああっ!!!!」
 感情の赴くまま、足に絡みついていた闇の鎖を力任せに引き千切ると、四方八方に光を放った。一気に広がる強烈な光に七色のオーロラも吹き飛ばされて、宇宙空間に罅が入り、それはあっという間に空間全体に広がると、ガラスが砕けるような破裂音を立てて崩れた。
 視界が光に占領されて、空中に放り出されたような感覚の後、恐る恐る閉じていた瞼を開くと、そこはさっきまでいた異空間ではなく、異次元に干渉しエネルギーを集めているシステムD・D・Gのメイン機関の前だった。どうやら、光の力であの異空間から元の空間に戻って来たらしい。辺りを見渡すが、やはりそこに十代の姿はなかった。
 ヨハンは・・・・・・アルビノはその場に崩れ落ち、掌に残った闇の鎖を握り締めて震えていた。籠めた力に鎖は溶けるように消えてしまう。俺はそれを一歩引いた場所から見ていた。
「・・・・・・俺は、ちゃんと言ったぞ?俺にはお前だけだって・・・・・・!他には何もいらないって!なのに、どうして・・・・・・っ!!」
 こいつはいつも、こうやって置いて行かれることを怖がっていた。口では偉そうなこと言っていても、何よりもそれが恐ろしかったのだ。人から理解されない孤独より、蔑まれる屈辱より、世界を敵に回すことよりずっと。その絶望を今は俺も共有してる。
「・・・・・・ははっ・・・そうだよな!・・・・・・やっぱり、そうなんだ・・・・・・どうやっても、何度繰り返しても、お前は俺を置いて行くんだ・・・・・・ははっ・・・あははは!!・・・・・・もういらない・・・何もいらない!このまま崩壊する異世界に飲み込まれて、この世界も全部消えちまえばいいんだ!あはははははははっ!!!」
 やけくそになって笑ってる姿は哀れだった。虹龍もかける言葉が見つからないのか、その様子を心配そうに見守っている。
 アルビノの気持ちがわからない訳じゃない。むしろ今は同情さえしてる。自分に同情するってのは情けない話だし、今回の件に関しては自業自得だとも思うが、アルビノの大切なものを失ってきた記憶は他人事じゃなかった。
 とはいえ、このまま十代を見送るのはごめんだ。さすがに格好悪すぎる。これが十代の言う「覚悟」かどうかはわからないが、俺にはこれ以上アルビノを放って置くことはできなかった。後ろからそっとアルビノに呼びかける。
『・・・・・・・・・・・・諦めるのかよ?』
「何だと・・・・・・!?」
 アルビノは振り返り青白い顔で俺を睨み付けた。そういえばアルビノに取り込まれてから、こうやって正面きって向き合ったのははじめてのことだった。
『十代のいつもの格好つけに素直に従うのか?このまま十代が行ってしまうのを、何もせずに見送るつもりか?お前はこんな別れをする為に、今まで奔放してたってのか?』
「煩せえよ!今まで心の奥底に閉じ籠もって、ただ成り行きを見てたヤツに言われたくないね!お前だって同じだ。結局、十代に置いて行かれたんだ!」
『そうだな・・・・・・でも、それも仕方ないぜ。俺達がしたこと考えれば当然だ。これでまだ俺のこと信じろだなんて言えない』
「・・・・・・ふん。偉そうに説教するのかと思えば、お前も諦めてるんじゃないか」
 見下すように鼻で笑ったアルビノに、俺はニッと笑い返した。
『いーや。俺は諦めない』
「はあ?」
『お前の手を取った後も、俺はやっぱりアルビノのことが受け入れられなかった。アルビノが俺を許せないように、俺も俺自身が許せなかった。でも、取り込まれたお陰で、お前の十代への想いが本物だってことはよくわかったから、アルビノがこれからどうするのか見てようと思った。いや・・・・・・情けないけど、十代にどんな顔して会えばいいのかわからなかったし、アルビノに対して後ろめたかったのもあるかな』
「俺に対して後ろめたいだって?何、間の抜けたことを・・・・・・」
『だってさ、これまでずっと嫌な記憶お前に全部押し付けて、俺は何も知らずにのうのうと生きてたんだぜ?さすがに自己嫌悪するって。けどさ、お前が<ヨハン>として振舞って、ずっと十代の側にいて面倒見てるの眺めてたら、いつの頃からだっけな・・・・・・そうだ。十代から“過去の話か、未来の話か”って切り出された時だったかな?いや。もっと前の“ヨハンの枷になりたくない”って言われた頃からだったかもしれない。やっぱお前は俺なんだって思った』
 ずっと心の奥底から見ていた時のことを思い出して、思わず笑ってしまった。
『だってさ、俺ならこう言うだろうなってことを、お前そのまま言うんだもん』
「あれは・・・っ!・・・・・・俺はお前の振りしてたんだぜ?お前の言いそうなこと言うに決まってるじゃないか・・・・・・!」
『嘘ばっか。俺はお前の中に居たんだぜ?あれは振りなんかじゃない。たとえ俺の記憶を利用していたとしても、お前はお前として十代と向き合ってた。十代を前にしてさ、俺達は同じように感じて、同じ行動とるんだ。本当によくわかった。お前は俺なんだって・・・・・・エリシュカと引き裂かれて泣いてた、幼い頃のままの俺なんだって』
「煩い!」
 俺の指摘が気に障ったらしい。アルビノが目の色を変えて叫んだ。気がつくと俺達は心の中にいた。どこまでも広がる空間に柔らかい光が満ちていて、乱雑に斬りだされたクリスタルの柱が辺り一帯に並んでいる。そこで俺はアルビノと向かい合っている。
「どんなに大きな力を持ってたって、過去の膨大な記憶を持ってたって、結局は、大切なものに置いていかれるのが怖くて、必死で虚勢を張ってる可哀想な子供だ」
「煩い!煩い!煩い!!!」
 アルビノは耳を塞ぎ、喚き散らして俺の言葉を掻き消そうとした。それはいつかの自分の姿と重なった。
「それでも俺は知ってるんだ。アルビノは俺よりずっと頭も回って要領もいい。知識もある。何より、光を司る者としての力がある。そして俺と同じくらい・・・・・・いや、もしかしたらもっと強く十代のことを望んでる。欲してる。
 そんなお前なら、十代と一緒にいたいと願ってるお前なら、十代を救って、俺達を縛り付けてる宿命ってヤツさえも薙ぎ払って、共に生きていく術を見つけられるんじゃないかって、そう思ったんだ!だから俺は黙って見てることにした。何もかも忘れた俺にアルビノがそうしたように・・・・・・なのに何だよ。ちょっと十代に置いて行かれたくらいで、動揺して諦めちまってさ!!」
「煩い!!!」
 アルビノの姿はいつの間にか幼い子供に戻っていた。いや、それこそがアルビノの本当の姿だ。世界も自分も否定した、愚かで哀れな幼い子供だ。子供には似合わない憎しみを込めて、俺を睨みつけたアルビノの瞳の色は、光を宿した白銀ではなく見慣れたあの赤い色に戻っていた。
「お前に、俺の、何がわかる・・・・・・!!!」
「わかるさ!お前は俺だ!!!」
 はっきりとそう宣言した俺に、アルビノはビクリと身体を硬直させる。
「けど、ひとつだけ納得いかない!どうして諦めちまうんだよ!?なんで十代の後を追おうと思わない!?」
「追う、だと・・・・・・?」
 アルビノはきょとんと、その目を見開いた。俺はその小さな肩を掴んで揺する勢いで訴えた。
「そうだよ!一緒にいたいなら追えばいいじゃないか!あいつに何度置いて行かれたって、何度でも追えばいい!格好悪くても情けなくても、12次元中探しまわって、もう一度十代を掴まえてさ!たとえ呆れられて、罵られて、連れ戻されることになったとしても、十代が根を上げるまで、隣に居させろって泣きつけばいいんだ!縋り付くのが嫌なら、脅すなり、強要するなり、方法は何でもいい・・・・・・!
 十代の側に居る為だったら、ありとあらゆる手を使うんじゃかったのか!?なのに、なんでこんな簡単なこと思いつかないんだよ!お前の言う“どんなことをしても”って、こんな程度だったのかよ!十代以外、何もいらないって言ったのはお前だろ!!?」
 いつかアルビノが言ったように、俺も同じ言葉でアルビノを煽った。俺の勢いに押されて、呆気に取られたように目を丸くしたままだったアルビノも、そこでようやくいつもの調子を取り戻したらしい。まっすぐ俺を見据えて言い返してきた。
「・・・・・・じゃあ、お前にはわかるのかよ!?十代が何を知って、考えて、ここから去ったのか!何処へ向かったのか!」
「わっかんねーよ!けど、十代が言ったじゃないか。『俺はいつだってお前と同じもの見てるからな!そうすれば、また、いつかきっと・・・・・・!』ってさ!お前だって聞いてただろ!?諦めなければ、探し続ければ、十代の向かった先を、十代を見つけることができる。そうは考えないのか!?本当にこのまま、ここで十代と離れ離れになってもいいのか!?俺は嫌だ!これが十代の選んだ道だとしても、俺もお前も納得してないじゃないか。十代だけじゃない。俺はアルビノがこんなところで諦めちまうのを見るのも嫌だ!」
「お前・・・・・・」
 俺の叫びにアルビノの纏っていた気配が明らかに変わった。絶望ですべてを拒否して硬くと閉ざしていた心が緩んで、力が抜けていくのがわかる。
「だから俺と一緒に行こう、十代を探しに・・・・・・!」
 アルビノは天秤に掛けていた。十代を追う為に俺と手を組むか、十代を諦めて世界の崩壊を眺めているだけか。けど、考える時間は必要ないとわかっていた。アルビノの十代への執着はこの世界よりずっと深い。どちらかなんて比べる前から決まってる。
 それでも、俺の提案に素直に乗ることには抵抗があるのだろう。俺を睨む瞳には怒りが宿ったままだった。
「・・・・・・俺はお前が許せない。憎い。大嫌いだ。今すぐにでも消し去ってやりたい。お前だって、よくわかってるだろ?それでもまだそんなぬるいこと言うのか?」
「安心しろ。今は俺も自分のことが許せない。だから、もしどうしても許せないっていうなら、十代を掴まえてから俺を消すなり好きにすればいい。けど、十代を追う為にはお前の力が必要だ」
 俺は手を伸ばす。今度はその場凌ぎの嘘も誤魔化しも無しだ。アルビノはその手を眺めながら「何をどう安心しろって言うんだか・・・・・・」とぼやいていたが、瞼を閉じて一度深く息を吐くとまっすぐ俺を見据えた。
「そうだな・・・・・・“どんなことをしても”あいつを手に入れる・・・・・・それが俺に残った、たったひとつの望みだ。それを叶える為なら俺は・・・・・・!」
 俺達は手を重ねる。アルビノの小さな手を、もう二度と離さないようにぎゅっと握り締める。そしてふたりを包むように、心の中に光が広がっていった。






 D・D・Gのコントロールルームで、聞き慣れぬ駆動音と共に大きな振動に襲われたオブライエンは、覚えのある状況に一瞬デジャヴかと思い違いしそうになった。
 ロビーにいた<破滅の光>に操られた者達を振り切って、ようやくここまで追いついた途端この有様で落ち着く暇もない。振られて倒れそうになった体勢を咄嗟に堪えて辺りを見渡した。
「三沢、何が起こったかわかるか!?」
「ちょっと待ってくれ・・・・・・これは!?」
 コンソールを操作していた三沢が声を上げた。この流れも前回ここに潜入した時と同じでおかしな気分になった。前回は確か勝手にシステムが再起動したはずだ。しかし、またかと訝しがったオブライエンの耳に入ってきた言葉は、想像と少し違った。
「D・D・Gが完全に停止している!」
「それはミッションコンプリートじゃないのかい?」
「そうじゃないんだ。プログラムは最終段階に入ったばかりで、完全停止まではもう少し時間がかかるはずだ。それなのにどうして・・・・・・なっ・・・なんだって!?」
 コンソールの前に幾つもならんだ画面を隣で覗き込んでいたジムに、説明していた三沢が顔色を変えて再び驚愕の声を上げた。
「システムが逆の作用をしただと!どうしてこんなことが・・・・・・!」
「?」
「どういうことか説明してくれないか?」
 オブライエンとジムが顔を見合わせて改めて問い直すと、画面を睨みつけたまま三沢は話し出した。
「このシステムは異世界からデュエルエナジーを集めている。つまり一方的にこちらにエネルギーが流れ込んでいた。それが今のほんの少しの時間で、まるで機能が逆転したように、これまで蓄積されていたデュエルエナジーのほとんどが、こちらの世界から元の世界に送られた形跡があるんだ!俺とツヴァイン博士で調べたデータには、D・D・Gにそんな機能はなかったはずだ・・・・・・しかも、すぐには消えないと予想していた特異点が完全に消失している!信じられない!!」
 画面に表示された見慣れぬ公式が並ぶデータを、何度も確認しながら三沢はそう叫んだ。システムについての説明はされていたが、専門的なことまでは理解出来ないオブライエンとジムには、三沢の動揺に同調できずにいた。
「システムは完全に停止していて、異世界とのゲートもクローズしている・・・・・・状況としてはパーフェクトなんじゃないか?」
「そうだ、確かにこちらにとっては都合がいい・・・・・・だがしかし、何故こんなことが・・・・・・」
 自分の理解を超えた事象は解明しないと気が済まない、研究者の性というヤツだろう。三沢は映し出されるデータから目を離さないまま、何度も「何故だ」と繰り返す。
 何故・・・・・・そこでオブライエンの頭に浮かんだのは十代だ。あくまでヨハンの説明を信じることが前提だが、前回の時も状況が一変した切欠は十代だった。考えたくはないが、もしかしたらと直感する。三沢の話で斎王が一緒について行ったと聞いて、十代もそう無茶はしないだろうと踏んでいたが、どうしても一度浮かんだ仮定を消すことができなかった。
「・・・・・・十代の後を追うぞ」
「オブライエン?」
「まさかとは思うが・・・・・・どちらにせよ、このままここで十代を待つつもりはないだろう?」
「それもそうだな。あの二人は誰かが迎えに行ってやらないと、そのままエスケープしてしまいそうだ」
 さっそく後を追おうとその場を離れようとしたオブライエンとジムに、三沢が慌ててついて来た。
「ちょっと待て、俺も行くぞ!」
「ここはいいのか?」
「システムの停止に関しては、今の状況でこれ以上俺にできることはないし、自分の目で直接メイン機関を確認しておきたい。それに俺だって十代達のことは気になる!」
 後を追って来た三沢と共にコントロールルームから出たところで、視界に飛び込んで来た集団にオブライエン達は驚愕した。
「・・・・・・なっ・・・お前たちは!?」






 光の中で思い出した。懐かしくて愛しい記憶だ。
 それは世界が終わって、そして始まる時の記憶だ。
 その時、光と闇は崩壊していく世界に飲み込まれようとしていた。
 光にも闇にも滅んでいく世界を止めることはできない。
 けれど世界中に満ち溢れた光と闇が、新たな世界を、命を、産み出すのだ。

 それがこの世界でたったひとつのルールだった。

 そのルールを守る為に・・・いや。自分達を産み出してくれた世界を愛していた光と闇は、世界の未来を望んで共にいた。
 光と闇はこれからまた、離れ離れになることを知っていた。
 けれど二人は何も恐れていなかった。
 どんなことがあっても、また廻り逢えると知っていたから。
 自分の存在こそが、相手の存在を証明すると知っていたから。



 ゆっくり瞼を上げると、そこにはエリシュカが立っていた。あいつを思い起こさせる金の瞳から涙が零れている。
「ずっと、つらい思いさせてゴメンな・・・・・・エリシュカを泣かせてばっかで、本当に俺は情けない男だな」
 手を伸ばして涙で濡れたその頬に触れる。D・D・Gの力でその空間にはデュエルエナジーが満たされていて、今なら精霊のエリシュカにも直接触れることができた。涙を拭ってやるが、後から後から溢れて止まらない。
『ごめんなさいっ・・・・・・十代を止められなかった・・・・・・!本当にごめんなさい・・・・・・!』
「わかってる。エリシュカは悪くない。だからもう泣くな。母親似の美人の顔が台無しだ」
 優しく抱き寄せてしばらく頭を撫でてやると、少し落ち着いたのかエリシュカは腕の中で笑った。顔を覗き込むと、頬を染めて少し照れくさそうに微笑んでいる。どうやら母親似と言われたことが嬉しかったらしい。
「泣いてる顔も可愛いけど、やっぱり笑顔の方がいい」
 そう言ってもう一度エリシュカの白銀の髪を撫でていると、様子を窺っていたのだろう、ルビーが姿を見せて俺を見上げた。
「ルビー・・・・・・!・・・そっか、そうだった。お前は、十代の・・・優しい闇の欠片だったんだな」
 今の俺の目には宝玉獣としての姿ではなく、幼い頃の十代にそっくりな子供の姿がうつっていた。その大きな赤い瞳を不安げに潤ませている。
 それは今しがた思い出したばかりの記憶だった。
 たったひとつのルール。世界の果てで互いを想う証として交わした約束。その結晶そのもの。
 おそらくルビーにその自覚はないだろう。俺達が転生を繰り返す度にすべて忘れていくように、精霊も死を迎えれば、それまでのことを忘れてしまうはずだ。それでも、何度生まれ変わっても、こうやって側にいることを選んでくれているだとしたら、忘却よりも強い、時を越えるものがあるんじゃないかと思える。俺と十代の間にあるものと同じように。
 エリシュカにしたようにルビーの頭を撫でてやと、ようやく安心したのか無垢な笑顔を浮かべた。
『ヨハン』
「みんな・・・・・・!」
 気がつくと宝玉獣達が俺のまわりに集まっている。すべてを知って、それでも笑ってくれている。後ろのデッキケースからカードを取り出すと、ペガサス会長の元から奪ってきた時は真っ白だったカードに再び宝玉獣達の姿が浮かんでいた。
 アルビノは宝玉獣達からも見放されたのだろうと諦めていたけど、本当は吹っ切れてなんてなかった。<ヨハン>が何気なくみんなといることが、羨ましくて嫉ましくて仕方なかったのは、アルビノもそんなふうに生きたかったからだ。ただ、それを認めてしまったら、光の中で一人ぼっちで立っていることさえできない気がして、目を背けていただけだった。『俺は何もいらない。俺は何も欲しくない。俺が欲しいのは闇だけだ』と強がって。
 もっと早く気づいてやればよかった。そして受け入れてやればよかった。そうすれば今回の事だって、ここまで拗れなかったはずだ。虹龍にも宝玉獣達にも、十代にも、つらい思いさせずに済んだはずだ。自分の情けなさにがっかりしたが、今は後悔している時間はない。
「みんなには迷惑ばかりかけて、本当にすまないと思ってる・・・・・・。けど、俺は十代を、この世界を、このまま諦めたくないんだ。今回だけでいい、俺に力を貸してくれないか」
 俺の犯した罪が許されるとは思わない。それでも十代を追う為には、虹龍と宝玉獣達の力が必要だ。恥も外聞も投げ捨てて頭を下げた俺に、サファイアペガサスが言った。
『今回だけでいいのか?』
「え?」
『遠慮するなんてヨハンらしくないわよ。どうせなら最後まで付き合えって言って』
「アメジスト・キャット・・・・・・」
『言ったはずだ、我々は家族だと。そして我々も十代を救いたい。ヨハンがそれを望むなら力になろう』
 「家族」という言葉に胸が詰まった。本当の血の繋がった家族を知らない俺は、これまで宝玉獣に理想の家族の姿を見ていた。何があっても助け合い、俺の存在を肯定してくれる。そんな理想に宝玉獣達は応えてくれた。でもその理想を壊したのは他ならない俺だ。自分のエゴを貫く為に彼等を犠牲にしてしまった。
「みんなを裏切った俺を、まだ家族だと認めてくれるのか?」
『私達は裏切られたとは思っていないし、もし、それだけで絆が切れてしまうなら、それは家族とはいえないわ』
「俺にはもう、みんなを家族と呼ぶ資格なんて・・・・・・」
『家族ってお互いを認め許し協力し合うものだと思う。血が繋がってるだけでも、ただ側にいるだけでも、一方的に求めるものでも与えられるものでもなくて、その努力があってはじめて家族って呼べるんじゃないかしら。それにヨハンが私達を必要としているように、私達にもヨハンが必要なの』
「俺はまた十代を救うという名目で、みんなを裏切るかもしれない。それでも・・・・・・?」
 俺はもう以前のように、純粋に宝玉獣の側にいることはできないと思った。少なくとも俺は俺を信用してない。十代を望んだ俺は、それが必要なら何度でも彼らの信頼を裏切るに違いない。
『そうだな・・・・・・もしヨハンが十代を救う為じゃなく、不幸にする為にその力を使うというなら、私達はどんなことをしてでもヨハンを止めよう。罪を犯したなら、共に償う道を探そう。それでもまだヨハンは不安か?』
 サファイア・ペガサスとアメジスト・キャットの言葉に、今になって本当の家族というものを知った気がした。
 こんな俺でも、宝玉獣達の優しい眼差しに応えることが許されるだろうか。やり直すことが許されるだろうか。もし許されるなら・・・・・・そんな甘い思いが浮かんだが、その先は十代を見つけて、今回の件をすべて解決できた時に取って置くことにした。
「ありがとう・・・・・・頼りにしてる」
『さぁ、十代を追うんでしょ?』
「・・・・・・ああ!」
 アメジスト・キャットにそう促されて、気持ちを切り替えたその時だ。広いフロアーを閉ざしている、たった一つの扉が開いた。
「ヨハン・・・・・・!」
「オブライエン、ジム、斎王に三沢か・・・・・・」
 その扉から飛び込んで来たのは、オブライエンに、斎王に方を貸したジム、そして三沢だ。三人は俺と宝玉獣達を見渡し、そこに十代の姿がないことを確認すると、緊張感の増した4人の瞳が俺に突き刺さった。
「十代はどうした?彼は先にここへ来たはずだ・・・・・・!」
「詳しく説明してもらおうか、ヨハン・・・・・・いや、<破滅の光>と呼んだ方がいいか?」
 ジムに肩を借りていた斎王とオブライエンの一言で、宝玉獣達の視線も俺に集まる。ここまで来たらもう中途半端な誤魔化しは効かないだろう。俺は覚悟を決めてオブライエン達に向き合うことにした。
「そう呼ぶからには、お前達は俺のことを全部知っていると思っていいんだな?」
「・・・・・・ペガサス会長は十代を救出した後のお前に違和感を感じていた。そして拉致される直前に、十代が鮫島校長に話していた『闇と光の因縁』とやらを聞いて疑いをもった。もしかしたらヨハンは<破滅の光>に関わっているのではないのか・・・・・・いや、ヨハン自身が<破滅の光>なのではないのか、とな。正直、ここに来るまで後半の予想は信じられなかったが」
 疑われていることはわかっていたが、まさか俺自身が破滅の光であることまで予想していたとは思わなかった。
「う〜〜ん・・・・・・ペガサス会長の前じゃ、かなり気を遣って対応してたつもりなんだけど、やっぱり遊戯王・武藤遊戯や海馬瀬人ともわたり合ったってのは伊達じゃないな」
「否定しないんだな」
「否定することに意味があるとは思えないね。少なくともここに来てからは、ペガサス会長の予想は正しかったと考えてるんだろう?」
 俺の遠まわしな肯定に、オブライエンは斎王へ視線をやった。
「斎王、」
「確かに彼から光の気配を感じる。経緯はわからないが、今現在、彼が<破滅の光>であることは間違いないようだ」
「そうか・・・・・・」
 それを聞いたオブライエンとジムは、その視線を俺と俺の後ろにいる宝玉獣達に移した後、己の腕にあるデュエルディスクで止めた。
 彼らの考えていることは予想がつく。十代のことを助ける為には、<破滅の光>とのデュエルは避けられない。だが、こんな形で俺とデュエルってのは、わかっていてもいい気はしない、といったところだろう。
「デュエルで決着かぁ〜・・・・・・オブライエンやジムとのデュエルはすげえ楽しそうだけど、時間がないんだ。俺は今すぐ十代を追わなきゃならない」
「追うだと?いったいどういうことだ?」
「心配すんな。世界をどうこうしようってつもりはもうないから。ただ、俺の邪魔だけはしないでくれよな」
 デッキケースからカードを取り出す。「次元の裂け目」だ。このカードと、宝玉獣と、この場に残っているデュエルエナジーと、俺の光の力があれば、十代の元へ飛ぶことは可能だろう。
 昔、俺と虹龍を引き裂いた憎いカードだけど、今は十代への架け橋になるのだ。だったら俺はどれだけ憎いカードでも使ってみせる。
「待て、ヨハン・・・・・・!」
 オブライエンは何か察したのか慌てて制止する。もちろん俺は止めない。デュエルディスクを展開してカードを乗せようとした。しかし聞き覚えのある叫び声が俺の手を止めて、その場を一変させる。
「ちょっと待った――――っ!!!」
 開いた扉からフロアーに飛び込んで来る者達に俺は唖然とする。万丈目を先頭に、翔、剣山が続き、明日香、吹雪さんに、カイザーとエドの姿まである。その面子がそろって入って来る様子は異様だった。
「なんだぁ!?」
「逃げることは許さん!ちゃんと説明してもらおうか、ヨハン・アンデルセン!」
 あれだけ気を遣って秘密裏にことを進めていたはずなのに、結局、DA時代と変わらずまわりの人間を巻き込んでしまったようだ。どこかから情報が漏れたのかとオブライエン達へ視線を戻す。
「オブライエン、お前・・・・・・な訳ないか。ジムや斎王もありえないし。じゃあ・・・・・・誰の仕業だ?」
「お、俺もいるぞ!いや、だが、俺じゃないからなっ!本当だぞ!!」
「わかってるよ、マジになるなよ」
 三沢を宥めながら、オブライエンがこの状況に少々うんざりしていることに気づいた。「何の為に隠れていたんだ」とぼやいたオブライエンに「こんな時の為だ!」と万丈目が言い返したが、たぶんオブライエンの意図とは違っている。
 呆気に取られる俺に、翔がしてやったりと目を細めて言った。
「僕達を舐めて貰わないで欲しいね。今更言うことでもないと思うけど、アニキとの付き合いはヨハンくん達よりずっと長いんだからね!」
「俺達ももうガキじゃない。みんなそれぞれ今回の件を探っていて、鮫島校長や影丸理事長やペガサス会長を問い詰めてここに辿り着いた訳だ!お前達は自分達だけが知ってることだと思っていただろうが、そう簡単に俺達の目を誤魔化せると思ったら大間違いだ!」
「まぁ、ペガサス会長が連絡をくれなかったら、今ここにはいないとは思うけど」
「天上院くん!そういうことはわざわざバラさなくていいのだっ!」
 みんなが次から次へと問い詰めに来る姿が目に浮かぶようだった。校長達も参っただろう。そして負けた。話してしまった。俺は自分をアグレッシブな方だと自覚しているけど、彼らもなかなかなものだ。しかし、それぐらいの奴等じゃないと十代と一緒にはいられない。
 ペガサス会長に呼び出された俺は、これ以上邪魔されないように少しばかり退場してもらおうと、一時的に次元の狭間に放り込んだ訳だが、そこから戻った彼はすぐにここのことを知らせたのだろう。まったくタフな人だ。こんなことになるならもう少し長く次元の狭間に除外しておけばよかった。心の中でこっそり溜息をついた俺を尻目に、みんなの緊張感の欠けた会話が続いていく。
「まぁでも、途中でオブライエンくんと会えてよかったよ。僕達だけで進んでたらきっと迷子になってたね」
「馬鹿なことを!この俺様がいるのだ。こんな解り難い地図などなくとも、まっすぐここに辿り着いている!」
「万丈目先輩はあいかわらずザウルス。その自信はどこから来るドン?」
『万丈目のアニキは、常にこうなのよ〜!』
「あ、おじゃまだどん。直接見るの久しぶりザウルス」
『あれ?もしかして俺達実体化してるのか?』
『あ、本当だ!アニキにも触れるよ〜』
「ええい、鬱陶しい!いちいち触るなっ!」
 じゃれつく万丈目達の横で、吹雪さんがぽかんと口を開いてD・D・Gを見上げていた。
「ほお〜、これが異次元からデュエルエナジーを回収する装置か〜。こりゃすごいねぇ。まるで映画のセットみたいだ」
「兄さん、関心してる場合じゃないでしょ?」
「コレを止めないと、このシステムと繋がっている異世界の崩壊に、この世界も飲み込まれてしまう、だったか」
「そういう話だったな。だが、三沢の言う通りすでに停止しているようだ・・・・・・ヨハン、お前が止めたのか?」
 何気なくそう訊ねてきたカイザーに、俺は別れ際の十代を思い出して砂を噛む気分になった。
「十代が止めて、そのまま行っちまったよ・・・・・・」
 俺の消え入りそうな一言に、長閑な雰囲気さえあったみんなにもさすがに緊張感が走って、緩んでいた空気がキュッと一気に引き締まる。
「やはり十代が・・・・・・」
「十代はこのシステムとリンクしているんだったか。しかし、本当にそんなことが可能なのか?三沢」
「俺が聞きたいくらいだ。まぁ、あいつの常識外れは今にはじまったことじゃないがな」
 少し思い当たる節があったのだろう。オブライエン達は冷静だったが、万丈目達は姿のない十代に向けて憤りを吐き出した。
「あの馬鹿が・・・・・・っ!」
「あいかわらず人の気持ちを知らずに自分勝手なヤツだ」
 辛そうに呟いた万丈目と溜息混じりに首を振るエドの後に、心底悔しそうに翔が言う。
「まったくだよ。僕達のことを思ってってことはわかってるけどさ、僕達だってもっとアニキに頼ってもらいたいのに・・・・・・!」
「丸藤先輩・・・・・・」
 歯痒い気持ちはみんな一緒だ。あいつは人のSOSにはすっ飛んで行くくせに、自分はSOSさえ出そうとしない。悪い癖だ。そしてまわりの人間が異変に気づいた時には、手のつけようがなくなっている。大人になって、少しはまわりの目を自覚することが出来るようになったと思ったが、エドの言うように自分勝手は全然変わってない。
「きっとこれ以上この世界を危険に巻き込むまいとしたんだろうね。十代君らしいといえば十代君らしいかな」
「だが、ここにいる誰一人として納得していない。ヨハン・アンデルセン、お前もだろう?」
「十代・・・・・・ヨハン、十代はどこへ行ったの?あなたは知っているから後を追おうとしているんでしょ?」
「それは、」
 再び俺にみんなの視線が集まった。みんなのあまりにも自然な態度につい口を開きそうになったが、そこで自分の置かれている状況を思い出した。
「・・・・・・みんな重要なことを忘れてないか。俺は<破滅の光>で、今回の事件の首謀者で、十代の、世界の敵だぜ?すげー普通に話してるけど、みんなは俺を止めに来たんじゃなかったか?」
 そのことは俺に言われずともみんなよく理解しているはずだ。なのにどうしてこんなふうに「普通」にしていられるんだろう。さっきまで警戒していたオブライエン達も、その雰囲気に飲まれてしまったのか今は闘気さえ感じない。何か企みでもあるのではないかと、疑心暗鬼になった俺に向けるみんなの眼はなんだか生温かった。
「お前はそんなことも気づいてないのか?」
「?」
 何に気づいてないと言うのかわからず、呆れる万丈目へ視線を移した俺に彼は言い放った。
「確かにお前は<破滅の光>とやらなんだろうよ。しかし、今の俺達には大した問題じゃない。それより、これから俺達がどうするかの方が問題だ。どうせお前一人で十代の後を追って、いいところを全部持っていくつもりだったのだろうが、そうはいかんぞ!」
「危険かもしれないがもう一度D・D・Gを起動させて、一時的にでも異次元と繋げることはできないか?」
「いや、D・D・Gを起動せずとも、ここに残ってるデュエルエナジーを使えば・・・・・・しかしそれでも危険なことに変わりはないしな・・・・・・」
 本当にどうでもいいようにそう言って、俺を放置したままオブライエン達は話をどんどん進めていく。どうやら十代を追うつもりのようだ。
「大した問題じゃないって・・・・・・おかしいだろ。だって全部俺が引き起こしたことなんだぜ?もっと、お前の所為だ!とか、裏切り者!とか、お前を倒す!とか、そういう言葉が出て来るのが普通なんじゃないか?」
「そういうことなら先に言ってよね、僕が幾らでも罵ってあげるよ!これまでに積もりに積もった罵詈雑言で!」
「いや、罵って欲し訳じゃなくてさ。みんながどうかしてるとしか思えない」
「ヨハン・・・・・・お前、案外バカだったんだな」
 悪乗りする翔に続いて、いつもの調子で言うエドにカチンときた。
「ああ?今なんつった?」
「アニキと同じレベルなんてどこまで腹立たしいんだ・・・・・・!」
「まぁまぁ、丸藤先輩もヨハン先輩も落ち着くドン」
 十代と同じレベルと言われて、嬉しいような悲しいような微妙な気分に顔を顰めていると、このままじゃ話がまとまらないと考えたらしく、吹雪さんとカイザーが助け舟を出してくれた。
「ほらほら、その辺で許してあげなよ。自分のことは自分じゃわからないものなんだから」
「このままじゃ先に進まん。誰か言ってやれ」
 年長組みにそう促されてみんな互いに視線を交わすと、俺達のやりとりを黙って見ていたオブライエンが話を切り出した。
「・・・・・・宝玉獣達を見ればわかる」
「!」
「俺達の目から見て宝玉獣達におかしなところはないし、お前自身が言ったじゃないか。“世界をどうこうしようってつもりはもうない”と」
 そう言われて思わず宝玉獣達を振り返った。彼らはいつもと変わらない温かい眼差しで俺を見守ってくれている。そんな俺達の様子にオブライエンに続いて明日香が言う。
「確かに私達はあなたを止めるつもりでここへ来た。あなたが十代と敵対し世界を危険に曝そうとしているならね。けど、今のあなたにはその気はない。だったらもうその必要はないでしょう?」
 俺に集まるみんなの瞳は宝玉獣達と同じ優しいものだった。しかし今の俺にはそれを素直に受け取ることができない。自分しか信じられなかった俺は、手を、心を、汚し過ぎていた。どうしても消えない猜疑心に、探るように「・・・・・・本気か?」と呟くと斎王が口を開いた。
「君がただ単純に光に操られ世界を破滅に導こうとしたなら、我々も全力で立ち向かい阻止しただろう。だが、君の身に起こったもうひとつの可能性も予測していた。異世界で十代の身に起こったことと、同じようなことが起こったのではないかと」
 斎王の言葉を受けるように三沢が続ける。
「もちろん異世界での十代のように、ヨハンがその力に振り回されているというなら、こんな暢気にはしていられないさ。しかしヨハンは十代と同じように、その力と向き合い受け入れる覚悟をした・・・・・・俺達はそう解釈したんだが、違うか?」
「それは・・・・・・けど、」
 そこまでわかっていて、どうして俺を認めることができるのかがわからない。たとえ今の俺に敵対する意志がなかったとしても、今回の件で俺が多くの人を巻き込んだことに違いはないのだ。それは許されることじゃない。少なくとも俺は俺を許せないし、許すつもりもない。
 床を睨みつけて黙り込んだ俺に翔が言った。
「ヨハン君はあの時いなかったからわからないだろうけど、僕達は覇王として異世界を支配しようとしたアニキを見てるんだ。あれに比べたら<破滅の光>なんて大人しくて可愛いもんだよ」
「可愛いって、」
「キュートかどうかは別としても、少なくとも俺達にとっては、ヨハンがヨハンであるなら、闇だろうが光だろうがノープログラムのさ。もちろん、どちらも世界の命運を握るほどの人知を超えた力なんだろうがね」
 人差し指でテンガロンを上げながらそう言うジムはどこか楽しげでさえあった。辺りを見渡すと、翔やジムに同意するように頷いたり苦笑いするみんなの姿がある。
 そんな彼らに呆気に取られながら思い出した。そういえば彼らはこれまでもずっとこんなだった。仲間や世界を危険な目に合わせた相手にも手を差し伸べることができる、優しさという強さを持っていた。
 罪を許すというこは簡単なことじゃない。俺はそれをよく知っている。だからこそ、その強さに憧れと同時に畏怖すら感じた。そして敵わないと思った。きっと十代もそうだったんだろう。今なら異世界から戻って来た頃のあいつの気持ちがよくわかる。
 みんなの空気に感化されてしまったのだろうか。ずっと張り付いていた緊張感が抜けて思わず頬が緩んだ。力が抜けたら、ひとりでジタバタともがく自分の滑稽さに気づいて羞恥心に襲われた。それを誤魔化したくてつい素っ気ない態度を取ってしまう。
「呆れた・・・・・・けど、そうだな。みんながそんなだから、自分のことを差し置いてでも十代は、みんなを、世界を、守りたいと思っちまうんだ」
 そして俺はそんな十代の願いを叶えたいと思ってしまう。逆らえない。たぶんみんなも同じだろう。そんな十代を放って置けない。途切れない絆のループだ。俺の照れ隠しの嫌味だってことはわかっていても、思うところがあるのだろう。みんな苦笑いを浮かべていた。万丈目と翔もバツが悪そうにしていたが、みんな同じ穴のムジナだって知っているからいつもの調子で嫌味を返してくる。
「おい貴様っ、その言い方は失礼だぞ!?まるで俺達の所為で十代が馬鹿な真似をするようじゃないか!あいつの馬鹿さまで俺達の所為にされたらたまらん!」
「そーだ、そーだ!アニキの特殊効果“可愛い水臭さ”を発動させる切っ掛けを作った張本人に言われたくないぞ〜!」
「わかってるって」
 そう言ってみんなで笑い合う。こんなふうに笑い合えるなんて想像もしなかった俺は、たぶんすごくニヤけていたと思う。けれどいつまでもそうはしていられない。俺にはやらなきゃいけないことがある。一度息を吐き出して気持ちを切り替えると、まっすぐみんなを見た。
「このまま放って置くつもりなんてないさ。これは俺の引き起こした事態だ。他の誰かに尻拭いさせるつもりはない。もちろん十代にもな」
「だったら話は早い。十代を探しに行くんだろ?俺達も連れていけ!」
「それは無理だ」
「どうして!?」
「これから行こうとしてるところは、以前行った異世界とは訳が違う。ボロボロになって壊れかけてる世界だ。みんなが行っても十代を探すどころじゃないと思うぜ」
「そんな・・・・・・!」
「だからってこのまま見過ごせないよ!」
「だから俺が行くって言ってんだ。邪魔すんなよ。もし、邪魔するっていうなら俺がここで全員を叩き伏せるぜ・・・・・・!」
 俺の気迫に押されてみんなが息を飲んだ。自分のことを認めてくれた人達に、こんな態度を取ることは心苦しいが仕方がない。ここで喧嘩別れすることになっても、俺はひとりで十代を追うつもりだった。付いて来ると言うなら容赦しない。恨まれることも覚悟の上だ。たぶん十代が俺の立場だったとしてもそうしたはずだ。
 とはいえ危険を知った上で追うと言った奴等だ。そう簡単には納得してはくれないだろうと思っていたら、そこで万丈目が「だったら!」と叫んだ。
「責任を持って十代を連れ戻せ!言っておくが十代だけでもダメだぞ!ヨハン、お前も一緒にちゃんと戻って来い!そして今回の事件の後始末をしろ!」
「万丈目・・・・・・」
「それが約束できないって言うなら、私達も黙って見送ることはできないわ」
「ヨハン君が止めたって、僕達もアニキを追いかけるからね!」
「もし戻って来なかったら、どこまでも追いかけてぶっ飛ばすドン!」
 万丈目の横暴な口ぶりの中に、彼の心の中で渦巻いているのだろう歯痒さを感じた。明日香も翔も剣山もそうだ。ここで待つことしかできないことが悔しいんだろう。
「そうならないように、十代を捕まえてすぐ戻って来い」
「信じてるからな、ヨハン」
「くっ・・・もう言うことがない・・・・・・!とにかく、ちゃんと戻って来い!」
 オブライエンとジムの後に三沢が重ねて言った。
「まったく人騒がせな奴等だ」
「十代君を捕まえたらもう離しちゃダメだよ!」
 カイザーと吹雪さんは肝が据わってるらしく笑みを浮かべてた。
「力には悪も善もない。今はその言葉を信じ、君に未来を託そう。ヨハンと十代。君たち二人なら突き付けられた運命さえも乗り越え、変えることができる。そんなふうに思えるんだ」
「変えてもらわないと困る」
 斎王の後にそう言ったエドは少し呆れ気味に話を続けた。
「時間がないんじゃなかったか。それとも、十代を追うのを僕達に譲るかい?」
「まさか。俺が行く。俺が行かなきゃいけないんだ」
 もう一度、手にした「次元の裂け目」に力を込めて気合を入れ直したその時、あることが頭に浮かんだ。十代を連れ戻す可能性を高めるひとつの方法だ。視線を上げてひとりひとりを確かめるように見て、言った。
「みんなにひとつだけ頼みたいことがある」
 上手くいくかどうかはわからない。だがそれは俺や十代にはできなくて、ここに残るみんなだからこそできることだった。






 頭上の宇宙に浮かんでいる星達が、一斉にこちらに向かって集まってくる。そのエネルギーに耐えられないののか、宇宙には大きな罅が入っていた。それはいつか見た風景によく似てた。だからだろうか、はじめて来た場所のはずなのに懐かしい。だけどここもそう長くは持たないだろう。まるで宇宙遊泳するみたにその空間を漂いながら、音を立てながら広がり続ける罅を眺めて十代はそう思った。
「・・・・・・はぁ・・・・・・次元の穴は、何とかなった・・・かな?」
 四肢を投げ出してそう呟くと、腹の上に乗っていた相棒が労ってくれた。礼の代わりにいつものように撫でてやる。柔らかい毛の感触が心地良い。ハネクリボーも気持ち良さそうにしている。
 D・D・Gの所為でできてしまった次元の穴は、はちきれん程に溜め込まれていたデュエルエナジーを、俺ごとこちらの世界に送れるだけ送ることで、無事閉じることができたようだ。それもこれもここへ来るのにハネクリボーが俺をフォローしてくれたからだ。おかげで俺はデュエルエナジーを送ることに専念できた。
 あとはこの世界がちゃんと終わって始めることができるように、俺が手伝ってやればいい。本来なら俺が手伝わなくたって、世界に満ちた光と闇の力で超爆発が起こる。そうやって死んだ世界がまた生まれて、12次元のバランスは保たれるはずだった。
 だが今回はD・D・Gの所為でその切っ掛けを失ってしまっていた。このままじゃこの世界は崩壊してそのまま消えてしまうだろう。そうなれば他の次元にも確実に影響が出てくる。バランスを失った先にあるのはすべての次元の崩壊だ。それを避ける為にも、偶然か必然か、俺にしかやれないことがあった。
 俺の手には「超融合」があった。
 ヨハンが眠っている間にデッキを見つけることができてよかった。相棒に案内してもらわなきゃ、短時間の間に見つけることはできなかっただろう。
 「超融合」・・・・・・異世界で多くの犠牲を払って俺が作り上げたカード。俺の罪の象徴。これがあれば超爆発を引き起こすことができるはずだ。異世界でユベルがやろうとしていたように。
 もとはといえば俺を生かすためにヨハンがD・D・Gを使ったんだから、身から出た錆、自分で撒いた種は自分で刈り取る、ってヤツだろう。
 ただその前にひとつやっておかないといけないことがある。腹の上で気持ち良さそうにしていた相棒を両腕でぎゅっと抱き寄せると、丸い身体をビクリと振るわせた。聡いってことはこういう時には損かもしれない。
「お前はヨハンに似て頭がいいから、もう気づいてるかもしれないけど・・・・・・俺の頼みを聞いてくれないか?」
「クリクリ〜ッ」
 腕の中の相棒は嫌だと身体全体を振って主張した。毛を立ててプルプル震える身体を撫でてやる。
「ここから先は俺にもどうなるか予想もつかない。もちろん頑張るけどさ、相棒達のこと守ってやる余裕ないかもしれない。だから・・・・・・」
「クリクリッ・・・クリクリクリ〜〜ッ!」
「ごめんな。一緒にはいてやれない。俺、すげー強欲だから、ヨハンやみんなや世界だけじゃ嫌なんだ。相棒もユベルも守りたい。ここで終わらせたくないんだ」
 デッキから一枚のカードを抜き出す。それは「亜空間物質転送装置」。ユベルの使っていたデッキに入っていたカードだ。カードの効果は「自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、発動ターンのエンドフェーズ時までゲームから除外する。」
 俺の意思に従ってカードが輝き、空間に小さな穴が開いた。それは俺達がいた世界に繋がっているはずだ。
「クリクリクリクリッ!!!」
「相棒・・・・・・・・・・・・本当に、ゴメン」
 俺は必死にしがみ付いているハネクリボーを引き離して、相棒の羽の付け根を握り力いっぱい振りかぶると、次元の裂け目に放り込んだ。乱暴だってことはわかってる。けど、相棒を元の世界に戻す為だから仕方ない。
「クリクリ〜〜・・・・・・・・・・・・ッ」
 次元の穴の中から届いたハネクリボーの最後の言葉は「十代のバカ」だった。まぁ、仕方が無い。自分でもバカなことしてると思う。もっと頭がよかったら上手くやれたはずだ。再びその場にへたり込みながら、ハネクリボーを飲み込んで再び閉じたその空間をじっと見つめた。
 相棒だけじゃなく、きっと仲間達も腹を立てているに違いない。ヨハンもだ。あんな風に置いて来たことを恨んでるだろう。いっそ俺のことを口実にアルビノと仲直りできればいいけど、今の俺にあの後どうなったのかを知る術はなかった。
 ヨハンのことを想ったらふいに涙が出て来た。今もまだ俺の中に残っている光の楔が痛くて、苦しくて、愛しい。こういうのを走馬灯というのだろうか。次々にヨハンの記憶が溢れてきて、頭おかしいんじゃないかって思うくらいヨハンのことでいっぱいで、どうしようもなく愛しくて涙が止まらなくなった。そして耐え切れずに声に出してしまった。一度言ってしまうと止められなくなりそうだったから、もう口にしないでおこうと思っていたのに止められなかった。
「・・・・・・よはん・・・・・・」

 背後から罅が広がる音がする。圧縮する宇宙があげる音だ。
 世界の果てに俺ひとりだった。

 その時だ。突然、目の前の次元が歪んだ。何が起こったのか考える暇もなく歪みの中に、ついさっきハネクリボーを送り出したものと同じ裂け目ができて、そこから飛び込んでくるものがあった。
「なっ・・・・・・!?」
「いってぇ〜〜〜っ!たんこぶできたぞ、これ!」
 そこに現れたのは頭を擦りながら涙目で文句言う、ハネクリボーを抱えたヨハンだった。その肩にはルビーもいる。
「よ、は・・・・・・?」
「お、さっそく十代発見!お前なぁ〜、全力で投げ込むなんてハネクリボーを何だと思ってるんだ?おかげで出会い頭にハネクリボーと頭をぶつけちまったじゃないか。すごい音がしたぞ。ゴッつったぞ。きっとハネクリボーもたんこぶできてる」
「クリクリィ〜〜・・・・・・!」
「ルビビ〜」
 目が回っているらしいハネクリボーは、痛みに涙を浮かべつつ抗議するヨハンに同意する。ルビーはそんなハネクリボーを慰めるように声をかけていた。
「――――――どうしてっ!!!!」
 頭に血が登って叫んだ俺に、ヨハンとハネクリボーとルビーが同時にビクリと身体を固めた。
「何考えてんだ!?何で俺がひとりでここに来たと思ってんだ!!」
 俺がここまでやってきたことを、オジャンにされたことに腹が立った訳じゃない。むしろ自分に腹が立つ。今、目の前にヨハンがいることが嬉しくてたまらない自分に、腹が立って仕方がない。
 どうしてヨハンは、いつも俺がもうダメかもって思う時に駆けつけてくれるんだろう。
 どうしてヨハンは、いつも俺が置いてきぼりにしても追いかけて来るんだろう。
 それは光と闇の習性みたいなもので、ヨハン・アンデルセンという個人の意思から外れてしまっているのかもしれない。それでも嬉しいと思ってしまう俺はどうしようもなくバカで、どうしようもなく救いようがなかった。
「・・・・・・じゃあ十代は、俺が何の為にここに来たと思う?」
 たぶんヨハンには筒抜けなんだろう。穏やかにそう言うヨハンの顔はバカみたいに緩んでた。嬉しさともどかしさでいっぱいになって、素直に喜べばいいのに俺の口から出るのは罵る言葉ばかりだった。
「・・・・・・バッカじゃねーの!?ヨハンのバカ!!!」
「おう。俺はバカだぜ。十代に負けないくらいにバカだ」
 ヨハンは恥ずかしげもなくそう言い放ち、俺は勢い良くハネクリボーごと抱きしめられた。ルビーも嬉そうにヨハンから俺の肩に移って来る。加減なくぎゅうぎゅう締め上げられて痛いけど、その痛みがヨハンの存在が本当なのだと教えてくれる。
「でもバカでよかっただろ?バカじゃなきゃ<破滅の光>を受け入れられなかったし、こうやって十代を追うこともできなかった」
「ほんと、バカだよヨハ・・・・・・ん、」
 言い終わる前に唇を塞がれた。確かめるように優しく触れる柔らかくて温かいヨハンのそれは少し震えていて、思わず笑ってしまう。息がかかるほどの距離を保ったまま、ヨハンは照れ臭そうに「笑うなよ」と口を尖らせた。
「クリクリィ〜・・・・・・ッ!」
 俺達の身体に挟まれて相棒が悲鳴を上げていたけど、ヨハンは力を弱めようとはしない。もしかしたらまだ逃げられると思っているのかもしれない。必死にもがいて隙間から脱出したハネクリボーは、一息吐いて俺の視線に気づくと、慌てて俺の背後の回り込み背中に張り付いた。どうやら再び次元の穴に投げ込まれるかもしれないと警戒してるらしい。ヨハンとハネクリボーとルビーに挟まれて悪い気はしないけど、いつまでもこんな格好でいる訳にもいかない。
「悪かったって。もうあんなことしないから、こっち来いよ相棒・・・・・・っ」
 まずは後ろでピリピリしている相棒を宥めようと、ヨハンに抱きかかえられたまま腕を後ろに回そうとしたその時、安堵したからだろうか、不意に身体の力が抜けて膝が折れた。力が込められたヨハンの腕の中にいたから、そのまま倒れ込むようなことはなかったけど、俺の異変に気づいたヨハンは腕の力を緩めて身体を抱え直した。
「大丈夫・・・ちょっと、力抜けただけだから・・・・・・」
「・・・・・・じっとしてろ」
「ヨハン?」
 何をしようとしているのか訊ねる前にヨハンは実行した。心の闇の中で、俺を幾重にも重なり縛り上げていた光の鎖が解かれ消えていく。そして最後に残ったのは魂を留めている楔だけだ。少し楽になって息を吐いた俺を見つめているヨハンの顔は穏やかだった。
「・・・・・・いいのかよ。俺はまた、ヨハンを置いて行っちまうかもしれないぜ?」
「何言ってんだか。こんなふうに縛り付けても置いて行く時は行くだろ?現にそうだったじゃないか。」
 身に覚えの在り過ぎる俺にはもう返す言葉もない。苦笑いするしかない俺をヨハンはもう一度抱き寄せた。
「本当によくわかった。いや、<アルビノ>ははじめからわかってた。わかってたから、辛くて悲しくて怖くて虚しくて・・・・・・すべて終わらせたくてわざとあんなことしたんだ。十代だけでいいって願いながら、十代に終わらせて欲しいと思ってたんだ。バカだよな。けど、実際に十代を前にしたらわからなくなった。終わらせるのが惜しくなっちまったんだ。記憶を奪って、あんな下手な芝居まで打っておいてさ。本当にどうしようもない。懲りないバカだ」
 肩口に顔を埋めるヨハンを受け止めて背中に腕を回した。懲りないバカは俺も同じだった。せっかく全部忘れたのに俺はヨハンを選んでた。どうしようもない。
「それでもさ、どうしたって諦められないんだ。だからまだサレンダーはしない。何度遠く離れたってどこまでも追ってやる。逃げたって無駄だからな」
 顔を上げてそう宣言するヨハンに、言ってやりたいことはいっぱいあったけど、浮かんでくるものはどれも今更なことばかりで、それを伝える為に適切な言葉も浮かばない俺は全部放り投げることにした。諦めて、ガッチャして、言う。
「知ってる・・・・・・!」
 ヨハンは一度大きく目を見開いてから、少し眉を顰めて今にも泣き出しそうな顔で笑った。たぶん俺も同じような顔をしてる。
 俺達は一枚のカードのように互いがいないと成り立たない。だけどカードの表裏と同じで背中合わせに立ってる所為で、俺達はよく似てるけど違うものを見てる。違うものを見てるからバラバラに動く。考える。けれど二人は同じだから、最後に目指す場所は同じだ。
 バカだとわかっていてもそんなふうにしか生きられないことが、泣きたいくらい嬉しくて、少し悲しい。
 ハネクリボーと宝玉獣達に見守られて、もうしばらくヨハンとこうしていたかったけど、それがタイムリミットだった。
 耳を劈くようなこれまでにない大きな破砕音が響き、その後も軋むような音が続いてどんどん大きくなっていく。宇宙に広がっていた罅もさらに増えて、いつ砕け散ってしまうかわからない。どうやらヨハンが飛び込んで来たことが引き金になったようだ。
 急激に崩壊しはじめた世界に圧倒されて、思わず腰が引けそうになった俺の手を、隣に立っていたヨハンが握った。少し驚いてヨハンを見ると、照れ臭そうな笑みを浮かべていた。そこにはこれから起こるだろうことに対する恐怖は見えなくて、俺はまたホッとしてしまう。
「ここまできて、ひとりで何とかしようとか思ってないよな?」
「まさか。もう無理だ。もしこの世界を創った神様ってヤツがいて、この手を離せって言われても、絶対に離さない」
「じゃあ俺も諦めない。十代は俺が守る。ハネクリボーもユベルも宝玉獣達もだ。だから一緒に帰ろう。みんなの待ってる世界へ・・・・・・!」

 ぎゅっと手を握って、俺達は世界の果てにいた。
 側にはハネクリボーもユベルもいる。宝玉獣達もいる。遠く離れても、バカな俺達のことを待ってくれている人達もいる。
 だからここで終わりなんてゴメンだ。もう少し先が見たい。ヨハンと一緒に。

 俺達に向かって崩れ落ちてくる宇宙に<超融合>を翳すと、黄金の光を放った。
 集まってくる世界を破壊しながらすべてを飲み込み、光と闇は交じり合って、やがて世界に一気に広がっていく。


 その輝きの中で、俺達を呼ぶ仲間達の声を遠くに聞いた。


 光と闇は何も恐れていなかった。
 自分の存在こそが、相手の存在を証明すると知っていたから。






Next, it is the last turn...!



back    index    next