光闇 「忘れられた世界の果て〜奇跡の花を咲かすために生まれてきた〜









 味気のない白い廊下はあいかわらず苦手だったけれど、窓の外から差し込む光は穏やかだ。さっきまでの通り雨も上がって、そこから吹き込んでくる風は優しく、肌に浮いた汗をすぐに乾かしてくれる。天気予報は明日は晴天だと伝えていた。こんな日に心の赴くまま旅にでも出れたら幸せなのに。
 片手に荷物を抱えてゆっくり歩みを進めながら、もう片方の手にある携帯の、さっきから怒鳴り続けている相手の声を受け流しつつ、十代はそんなことを考えた。




 turn.30 そして続く世界




『おい!聞いてるのか十代!』
「聞いてる聞いてる。だからそんな怒鳴るなよ。耳が壊れる」
『これくらい言わないとお前はすぐ誤魔化すだろうが。もう一度言っておくが、お前が無事に戻って来れたのは、ヨハン・アンデルセンのおかげじゃないんだぞ!あの時、俺達がこちらから呼びかけていなければ、あのまま次元の狭間を彷徨うことになっていたのを忘れるな!』
 こちらに戻って来て聞いた話では、あの時、ヨハンから異世界から無事戻って来れるように頼まれたらしい。一枚のカードを手渡されて。
 そのカードは永続魔法「ディファレント・ディメンション・ゲートDifferent Dimension Gate/異次元隔離マシーン」。効果は「自分と相手のフィールド上からモンスターを1体ずつ選択し、ゲームから除外する。このカードが破壊され墓地へ送られた時、除外したモンスターを同じ表示形式で元のフィールド上に戻す。」
 カードの効果でヨハンが異世界に向かったあと、必ず崩壊しようとしている異世界で超爆発が起こるから、それを合図に「D・D・G」を破壊すればいい。ヨハンはそう言い残してとっとと十代の後を追ったとのだという。
 カードの破壊はともかく、超爆発を知る方法がないみんなは慌てたそうだ。三沢がいたからよかったものの、一瞬パニックになったと口々に十代が責められた。その後も、超爆発に合わせてカードを破壊したまではよかったが、一向に戻って来る気配がなくて、戻って来いとみんなで呼び続けてくれたそうだ。超爆発の後、薄れゆく意識の中で聞いたみんなの声は幻じゃなかったのだ。たぶんみんなの気持ちが、十代とヨハンを引き戻してくれたんだと十代には思えた。
 とはいえ事在る毎にその話になって、もちろん感謝はしていたが、十代は少々聞き飽きていた。
「それ、もう耳タコだ」
『お前が人一倍のバカだから、忘れないように言ってやっているんだ!あと、迷惑かけた詫びに何でもすると言ったのはお前だってことも忘れるな!』
「確かに言ったけどさぁ〜、“翔達が開催するリーグ戦に特別枠で強制参加”ってのは勘弁しろよ」
『ダメだ!勝ち逃げは許さん!公の場でお前を倒し、リーグ制覇するのが俺の計画なのだ。それに今回のリーグ戦を望んでいるのは俺だけじゃない。翔とカイザーは企画者としてすでに公式プロジェクトで話を進めているし、エドも参加すると言っていた。だからわかったな!それが済むまでは、これまでのようにふらふら姿を消したら承知しないぞ!』
 言いたいことを言ってようやく切れた携帯を眺めつつ、言い出しっぺとはいえ想定外に面倒なことになってしまったと、十代は盛大に溜息を吐いた。
「はぁ・・・・・・何でも、なんて言うんじゃなかった・・・・・・」
「そんなこと言って、本当はまんざらでもないだろ?」
 肩を落とす十代の隣を並んで歩いていたジムが楽しそうに言う。
「デュエルはな。だた、扱いがさ・・・・・・」
「確かプロアマ問わずに参加者を集めて、“優勝者には伝説の決闘者・遊城十代とのデュエル”だっけ?」
「どうせなら普通に参加したい。ていうか、伝説の決闘者って言えば遊戯さんだろ?俺じゃなくて遊戯さんを呼べばいいんだ。それなら止められたって俺も参加するのに」
「そうかい?武藤遊戯とのデュエルもいいけど、十代とデュエルってのは、なかかな魅力的な商品だと思うけどね。俺も参加しようかな」
「マジかよ」
 プロアマ問わずだから、この調子じゃ話を聞きつけた仲間達がみんな参加しての同窓会になりそうだ、と再び溜息を吐きつつ抱えていた荷物を抱え直して、十代は万丈目達とジムの「何でもいい」のギャップに気が引けてきた。
「・・・・・・つうか、ジムはこんなのでいいのかよ」
「What?」
「“何でもいい”って言ったのに、カレンへの土産を選ぶ手伝いなんてさ」
 腕の袋の中には、カレンが喜びそうなものがぱんぱんに詰まっている。食い物からうろこを洗うブラシまで多種多様のものだ。土地勘のないジムにすれば、これらを探し出すのは容易なことじゃないだろうけど、こんな程度じゃ詫びには含まれないと十代には思えた。
「十分さ。残りは十代とのデュエルをかけたリーグってのを楽しみにしておくさ」
「ジムもそれに乗るのかよ!裏切り者〜!」
 ますます逃げられない方向に進みつつある状況に十代は頭を抱えたくなったが、そんなところへ、廊下の先からハネクリボーが慌てて飛んで来た。
『クリクリ〜〜!』
「相棒?」
『クリックリクリクリー!』
「・・・・・・・・・・・・!悪い、ジム!俺、先に行く!」
 十代は腕の中の荷物をジムに渡すと、先に飛んでいくハネクリボーを追って走り出す。それを見送ったジムは笑みを浮かべていた。
「寝坊の王子さまが、ようやく目を覚ましたか。またしばらく騒がしくなりそうだ」






 柔らかい風に頬を撫でられて、重い瞼を持ち上げた。視界に入ってくるのは外から注ぎ込む優しい光だ。上半身をゆっくり持ち上げながら辺りを見渡す。自分が身体を横たえていたベッドや置かれている棚から、そこが病室だってことはわかった。
「・・・・・・なんで俺、こんなところで寝てるんだ?」
 目を覚ましたばかりのヨハンは、寝起きの頭で途切れる直線の記憶を引っ張り出そうとして、その内容に身体を強張らせた。
 それは闇と光の戦いの記憶だ。
 十代が闇でヨハンが光の物語は、創世の光の中で完結した―――――?
「・・・・・・夢、か?それとも、本当の・・・・・・!?」
 記憶の中の、自分の仕出かしたことがあまりにも酷くてヨハンは身震いした。夢ならいい。夢であって欲しい。だが、もし夢だとしても、どこまでが現実でどこからが夢なんだろう。それを訊ねる相手もなく、膨らんでいく不安にパニックを起こしかけたその時、唐突に部屋の扉が開いて、驚きの余り身体が飛び上がった気がした。
 誰が入って来たのか考える時間もなく、目の前に飛び込んで来た人を見て息が止まる。そこに立っていたのは、ヨハンが記憶の中で酷い目に合わせていた十代だった。しかし、目の前にいる十代にはそんな影さえも感じさせない。
「ヨハン!」
 十代に勢い良く抱きつかれてヨハンはベッドに倒れ込む。
「寝坊にも程があるぜ!って、人のこと言えないけどさ・・・・・・」
「あ、あのさ、ここ何処・・・・・・?」
「どっか痛いとこあるか?ないよな!ヨハンが起きてくれてよかったぜ〜!そろそろ限界だって思ってたんだ!」
「あの・・・・・・?」
 戸惑うヨハンの話を聞いているのかいないのか、いつものことだが話が噛みあわない。それを気にする様子もなく十代はベッドから起き上がると、ベッドサイドの机の引き出しの中から、見慣れた紫のシャツと黒いズボンを引っ張り出してきてヨハンに突きつけた。
「ほら!他に着る物用意してないから、これで我慢してくれよな!」
「着替えろって?」
「そう!」
 素直にそれを受け取り病衣から着替えるヨハンに満足した十代は、ベッドから離れた場所に設置されていた棚に駆け寄って中を漁りだした。
「荷物は確かここに〜・・・・・・あった!ヨハンが目を覚ましたら、いつでも行けるように準備してたんだ!ヨハンの分も!」
 さっと身支度を整えて視線を十代に向けると、ヨハンに向けて差し出された十代の手にはふたつのリュックが握られていた。
「あ、サンキュー・・・・・・じゃ、なくて。あのな、」
「着替えすんだな!よし、行こう!」
「行くってどこへ?」
「まずはデッキの受け取りにだな!俺のデッキもヨハンのデッキもボロボロだったから、ペガサス会長がまとめてメンテナンスしてくれてんだ。それにちゃんと顔出して詫びないとな!」
「!」
 「詫びる」という単語にヨハンの心臓が跳ね上がる。十代の様子を見ていて、やっぱり夢だんじゃないかと思い始めていたヨハンは、それが甘い願望であることを知った。思い起こされる記憶のリアルさを考えれば、夢なんかじゃないとわかるようなものなのに、それでも自分の引き起こしたことだと認め難かった。それは容易に受け入れられるほど生易しいものじゃない。
 痛みを伴った記憶に気を重くして、十代からリュックを受け取りながらヨハンは未練がましく訊ねてみた。
「詫びるって・・・・・・なんの?」
 そこで十代の明るい表情が固まった。見開かれた木の実のような瞳に不安の色を浮かべる。
「!・・・・・・・・・・・・ヨハン、まさかお前、忘れちまったのか・・・・・・?」
「あ、いや、そうじゃ・・・・・・」
 そうじゃないと言いかけて、妙に覚えのある状況だと思ったら、十代が目を覚ました時に良く似ていた。あの時とは立場が逆だ。
 あれはヨハンが(正しくいえばアルビノが)<破滅の光>のことを忘れさせようとしてやったことで、そう度々記憶喪失なんて事態が発生するとは思えないが、十代はそうは思わなかったらしい。
「身体は大丈夫だってユベルが言ってたけど、やっぱあの時の影響があったのか・・・・・・?」
 早合点した十代からはすっかり子供のような表情は消えていて、ベッドサイドに鋭い視線を落とし考え込んでいたが、すぐに迷いのない瞳をヨハンに向けた。あのまっすぐな瞳だ。
「・・・・・・・・・・・・いや、でも、そんなの関係ない。ヨハンが俺のこと忘れたって、俺が覚えてる。だから大丈夫だ。ヨハンの面倒は俺が見てやるから何も心配いらないぜ!」
 その揺るぎない言葉と澱みのない笑顔に、ヨハンは湧き上がる感情を抑えることができず、心の求めるままに十代を抱き寄せた。
「ヨハン・・・・・・!?」
「・・・・・・忘れる訳ないだろ、バカ十代」
 一瞬戸惑っていたものの、すぐに俺が惚けていたのだと気づいた十代はヨハンの腕の中で暴れた。
「!!・・・・・・・・・・・・このっ・・・ビックリしただろ!バカ!」
「人の話を聞かないお前が悪い」
「だって、お前、2ヶ月近くも眠ったままだったんだぞ・・・・・・!もしかしたらって思うだろ!」
「2ヶ月も!?そっか・・・・・・ゴメン。お前があんまりにも普通だから、夢なんじゃないかって・・・・・・けど、そんなはずないよな。アルビノは俺だし、痛みは確かにここにある。夢や幻なんかじゃない」
 疼く胸の痛みでヨハンは上手く笑えなかった。それを見た十代は暴れるのを止めてヨハンを窺う。
「ヨハン・・・・・・」
「けど、もう二度と目を逸らしたりしない。十代のことも」
「・・・・・・これからまた俺達は立場を違えて、敵対するようなことがあるかもしれない・・・・・・それでも?」
 それは常に二人の胸中にあった不安だ。これまでもそうだったように同じことを繰り返すかもしれない。喜びと悲しみの連鎖。喜びと悲しみの背中合わせ。
「それでも」
 ヨハンは思った。それでも止められないだろうと。
 それを聞いた十代は幸せそうに笑って言った。
「俺もだ」
 そして十代はヨハンの手を取った。
「ほら、行こうぜヨハン。みんなを迎えに・・・・・・!」
「ああ!」
 その手はとても暖かかくて、ヨハンは嬉しくなってぎゅっと握り返した。


 そこから飛び出す二人の頭上に広がるのは、どこまでも続く高い青空と、白い雲と、虹だ。






End.






back    index    next